中国貴州省西南部の苗族と布依族の食文化(第1報)

    ー自然環境ー

八田 耕吉・孫漢董*・謝立山**

           *中国科学院昆明植物研究所 **中国科学院昆明植物研究所、付属昆明植物園

Dietary Culture of the Miaozu and Bouyeizu Tribes

                in South-Western Guizhou Province of P.R.China(I)

        -Natural Environments-

Koukichi HATTA,Han-Dong SUN and Li-shan XIE

 *Kunming Institute of Botany,Academy of Science of China

 **Botanic Plant Garden attached to Kunming Institute of Botany,Acdemy of Science of China

 

                                      はじめに

 日本における諸文化の研究において、日本文化の起源に照葉樹林文化圏という考え方がでてひさしい。すなわち「食」の分野においても、この地域は米、粟、稗などの栽培植物の起源や、日本の伝統的な食品である茶、納豆、豆腐、コンニャクなどの加工食品のルーツともいわれている。

 本調査は照葉樹林文化圏において,調査研究が比較的なされていないと思われる中国の西南部に残されている伝統的食品や食事に焦点を当てた。調査は1991年に二度にわたる予備調査の結果、貴州省の中でも東の地域はいくつかの報告があるにも関わらず、西の地域は不便なためかほとんど報告を聞かない黔西南布依族・苗族自治州(Qianxinan Bouyeizu Miaozu Zizhizhou)を選んだ。しかし、この地域も1997年には雲南省の昆明より鉄道(南昆鉄路)がひかれ、テレビの普及など新しい文化が次々と入ってきており、伝統的な食品にかわつて便利な、そして手軽な食事形態が浸透してくると思われる。調査はこの地域に多い布依族と苗族を対象に、中国科学院昆明植物研究所の協力のもとに行った。

 本研究は生活科学研究所の機関研究の一関として、「中国貴州省西南部の苗族と布依族の食文化」を考察する上に重要な背景としての自然環境について、調査期間中に行った調査である。

 

                              調査地概況および調査方法

 調査地域は中国西南部の内陸部に位置する雲貴(うんき)高原の東部に位置し、貴州高原と呼ばれる標高227mから2,207mの熱帯山地性高原にある。調査地域である黔(けん)西南布依(ぷい)族・苗(みゃお)族自治州は貴州省の西南端に位置し、南は廣西(こうせい)壮(ちわん)族自治区に、西は雲南省に接している。位置は北緯25度、東経105度にある。(図。1)

 自治州は1 市(興義 Xingyi)、7 県(興仁  Xingren、貞豊  Zhenfeng、安龍  Anlong、册享  Cehengなど)よりなり、1982年に分離した。全州の人口は256.4万人と名古屋市(210万人)より少し多く、男性130.1万人、女性126.3万人である。面積は16,790kmあり、愛知県のほぼ3 倍にあたる。中国の人口密度が116人/km(日本333)に対して福島県と同じ152人/kmと世界人口密度(38人/km)の約4 倍になる。一般的な中国における城市(都市)人口密度が1,000人/km以上(愛知県1,265)といわれているように都市集中型であるため、平均的(中国県人口密度100-200人/km)と思われる。出生率14.0‰(千分率)(全中国20.8‰、日本10.1‰)、死亡率5.7‰(同6.56.4)、人口自然増率は8.3‰(同14.33.7)である。

 貴州省全体で人口3,271万人のうち、少数民族は約1/31,124万人いる。苗族の居住地域は湖北省から湖南省、貴州省、四川省、雲南省、ベトナム、ラオスまでと広く分散しており、その約半数の370万人(貴州省人口の11.4%にあたる)が貴州省にすんでいる。布依族は貴州省のいくつかの自治州及び自治県に、約254万人のうちのほとんどにあたる約248万人(同7.7%)が住んでおり、そのうちの約75万人が調査地域である自治州にすんでいる。同自治州(自治州全人口256万人)では苗族7.2%、布依族が29.5%と布依族の方が多い。特に册享県と貞豊県では73.2%、40.3%と布依族が非常に多く、苗族はそれぞれ4.2%と7.3%を占めている。なお冊享県と望漠県では漢族が約22%と少数派である。(表 。1)

 各民族の特徴は苗族は朝廷の権力に対して抵抗し、弾圧された長い歴史があり、山地に追われ分散したといわれている。布依族は同自治州の南側に流れる南盤江の対岸にある廣西壮族自治区にいる壮族と源流を一にしている。すなわち苗族は山に、布依族は川筋に、漢族は道筋にといわれ、焼き畑を中心の生活をしていた。 

調査は図。 2に示した37箇所の村で行い、各村でそれぞれ2世帯を対象に行った食生活の調査に同行して、周囲の環境の観察と聞き取りにより行った。調査日と調査地については表。2に示した。          

 

                                   結果および考察

気候

 気候は貴州・雲南両省の境界に発生する雲南気候前線ー昆明準停滞前線の東側に位置しているため、湿季( 510月)、乾季(11 4月)ともに降雨日(日降水量0.1mm以上)の占める割合が高く、年間の降雨日数は213日(名古屋104日)である。とくに冬季は長雨が続き、”空は三日つづいて晴れること無し’のたとえどおり、冬季(12月〜2月)の年間降雨日数の全体に占める割合は44%(名古屋16%)と多い。雨期・乾期の区別がないように思われるが、冬の日降水量は非常に少なく、”こぬか雨”と呼ばれる霧雨がつづき、 1月の降水量も16.5mmと少ない。年降水量は調査地のひとつ興仁では1,300mm(名古屋1,535mm)ある中で、 7月の降水量が235mmと多く、年降水量百分率も湿季83.3%と夏季に集中している。さらに日照時間がわずかに1,505時間しかなく、年平均相対湿度も83%(名古屋69%)と非常に高く、いつもジメジメしている。夏季( 7月、 8月)の調査時も日中は雨の日が少なかったが、夜中に雷雨が何度かあり、道路の決壊など移動がしばしば困難であった。冬季( 1月)の調査期間中も曇天に霧雨がときどきある程度で傘をさす日はなかったが、家庭でたかれる石炭や練炭の燃焼により起きるスモッグのため1日中どんよりとしている。そのうえ湿度が高いため、いつの時期にも濡れた衣服や洗濯ものが乾かなかった。

 調査地の北に位置する貴陽での 1月の平均気温は5.3°C 7月には25.0°C以下と年較差は20°Cを越えない(名古屋 1月平均気温3.6°C 726.8°C、年較差23.2°C)。冬は季節風もなく厳冬にならないが、湿度が高く肌寒く感じる。 1月の調査期間中の最低気温は 3°Cから 6°C、最高気温は1213°C、日が照ると18°Cまで上昇した。湿度は6383%であった。また夏には酷暑にはならないが、最高気温が30°Cを越える日が少ないわりには日較差が少ない。 7月の調査時における最低気温は20°C、最高気温は31°Cあり、湿度は晴が 3日続いた日中で44%だったが、後は6888%と高かった。

 

地形および地質

 地形構造は広大な侵食平坦面と高峻な山嶺と低凹盆地、それに深い渓谷が平行している。地質構造は複雑で、なおかつ褶曲が緻密で断層が連続している。高原の地表面は平均標高約1,000 m、西北部はやや高く約1,500から2,000 mある。高原の西は雲南高原につながり、雲貴高原を構成している。高原は広く石灰岩でおおわれており、カルスト地形が発達している。標高600 mから800 m以上では成帯性土壌は黄色土、それ以下の河谷・盆地では赤色土が分布している。地表面の多くは石灰岩が露出しており、レンジナ(黒色石灰岩土、腐食炭酸塩土壌)及び黄色レンジナである。レンジナは有機質含量が高く、中性ないしアルカリ性(PH6.58.0)を示し、土中の酸化鉄の影響を受けて露出した表土は黄色くなっている。

 カルスト地形の特徴として漏水し易く、岩の表面からの熱吸収及び発散が早いため昼夜の温度差が大きくなり、土壌は乾燥が激しい。そのため禾本科を中心とした草原のため植生も貧弱で、二次林もほとんど見られない。これはこの地をも含めて中国の山地では、1958年からの改革路線「大躍進」のもと、製鉄のための燃料として多くの木が切られてきたことと併せて考えられる。

 

植生

 中国における自然区画は華中区南部、貴州高原小区に属し、植物区は汎北極植物区の中国ー日本森林植物亜区に属し、鎮・黔・桂地区と呼ばれる。

 植生は照葉樹林帯を構成している石灰岩性の落葉広葉樹・常緑広葉樹の混交林を主としている。成帯性植生はおもにシイ属(栲属 Castanopsis)のオオバシイ(大葉栲 C.megaphylla)、(高山栲 C.delavayi)、(元江栲 C.orthacantha)やアラカシ(青岡檪 Cyclobalanopsis glauca)を主とする湿性常緑広葉樹林である。高木の上層は落葉広葉樹であるニレ科(楡科 Ulmaceae)のアキニレ(榔楡 Ulmus parviflolia)、エノキ(朴 Celtis sinensis)、クワ科(桑科 Moraceae)の村の”御神木”として、また”憩いの樹”としてどの村にもよく見かけられるオオバノアコウ(黄桷樹 Ficus lacor)、クルミ科(胡桃科 Juglandaceae)のノグルミ(化香 Platycarya strobilacea)、フジバシデ(黄杞 Engelhardtia roxburghiana)、マメ科(豆科 Leguminosae)のキササゲ(炮筒樹  Catalpla bignoniodes)、オオバネム(山槐 Albizzia kalkora)、カバノキ科(樺木科 Betulaceae)のヤマシデ(鵝耳櫪 Carpinus turczaninowi)などの好石灰性の樹種である。高木下層はアラカシ、クスノキ(樟 Cinnamomum camphora)、トウネズミモチ(女貞 Ligustrum lucidum)などの常緑広葉樹で構成されている。これらが破壊されたところにはウンナンアカマツ(雲南松 Pinus yunnanensis)、カタバシイ(苦椎諸 Castanopsis sclerophylla)、フウ(楓香 Liquidambar formosana)、コナラ属(檪属 Quercus)などが、更に破壊が進むとトダシバ(野古草 Arundinella hirta)、メガルガヤ(黄背草 Themeda triandra)、ススキ(芒 Miscanthus sinensis)、チガヤ(白茅 Imperata cylindrica)などの草丈の高い草地となっている。石灰岩地域ではシダレイトスギ(柏木 Cupressus funebris)の疎林に、好石灰岩性の低木であるナガバモミジイチゴ(縣鈎子 Rubus palmatus)、トウエンイバラ(小果薔薇 Rosa cymosa)、タカネバラ(刺梨 Rosa roxburghii)、ピラカンサ(火棘 Pyracantha fortuneana)、タチバナモドキ(小叶 子 Cotoneaster microphyllus)などのトゲ低木林や、林床にはウルシ科(漆樹科 Anacardiaceae)のヌルデ(塩膚木 Rhus chinensis)、カヤツリグサ科(莎草科 Cyperaceae)のスゲ属(苔属 Carex spp.)などが多くみられる。斜面は中性及び乾性のイネ科(禾本科 Graminae)のカモガヤ(鴨茅 Dactylis glomerata)、スズメガヤ(画眉草  Eragrostis spp.)などで構成されている。農家の周辺や道ばたにおける雑草群落は、根茎を利用するドクダミ(魚腥草 Houttuynia)のほか、オオバコ(車前 Plantago asiatica)、ハハコグサ(鼠 草属 Gnaphalium spp.)、ヘビイチゴ(蛇苺 Duchesnea indica)、ヨモギ(蒿属 Artemisia sp.)、イタドリ(虎杖 Polygonum cuspidatum)など日本の郊外にも普通にみられる種がほとんどであった。

 森林被覆率は貴州省全体で14.5%ある。貴州省の東部では30%を越える地域もあるが、興義市の南部と册享県で1213%、他の地域では 510%以下と低い。

 興義市、興仁県、貞豊県の海抜1,2001,800 mでは年平均気温約16°C、年積温( 1年のうち日平均気温10°C以上の継続期間内の日平均気温の総和)は4,5005,500°C(興仁で4,588°C)、年降雨量1,200mm以上と亜熱帯北部に分類される。上記地域の海抜8001,200 mと册享県では年平均気温1820°C、年積温6,0007,000°C、無霜期間(日平均気温10°C以上の継続期間)は243日あり、作付け方式は水田および畑作の 1 2作である。標高800 m以下では水稲 2期作の植え付けができる。

 主要作物は平地ではイネ(水粳稲 Oryza sativa)、山地ではトウモロコシ(玉米 Zea mays)を、裏作にはコムギ(小麦  Triticum aestivum)やアブラナ(油菜 Brassica campestris)が主につくられている。冬のコムギやアブラナの成熟前にトウモロコシを、トウモロコシの成熟前にはサツマイモ(甘薯 Ipomoea batatas)やダイズ(大豆 Glycine max)、ラッカセイ(花生 Arachis hypogaea)などを間に植える間作植栽培を行っている。栽培野菜については別項でのべられるが、野菜の大規模栽培はほとんど見られず、自家消費用の家庭菜園が中心であった。亜熱帯、温帯作物であるサトウキビ(甘蔗  Saccharum officinarum)、ミカン(柑橘 Citrus spp.)、ナツメ( 樹  Zizyphus jujuba var.inermis)、チャンチン(香椿 Toona sinensis sinensis)、シナアブラギリ(油桐 Aleurites fordii)、ユチャ(油茶 Camellia oleifera)、チャ(茶 Camellia sinensis)、ユーカリ(按樹 Eucalyptus spp.)、タバコ(煙草 Nicotiana tabacum)などの経済(換金)作物が多くみられた。

 

動物相

 中国における動物地理区画は東洋界・季節風区南部の華中区(中北亜熱帯湿潤地区)に属し、西部山地高原亜区と呼ばれている。  

 調査地域は二次潅木林と草地斜面が耕作地に交錯して混在するため、動物は人類の経済活動に大きく影響を受けて、非常に貧弱である。地上性の小獣類も典型的な森林性の動物は少なく、コミミセンザンコウ(穿山甲 Manis pentadactyla)、ムササビ(鼠吾鼠 Petaurista sp.)、ハクビシン(花面狸 Paguma larvata)がわずかに残っている。耕作地の開発にともなってできた二次性の潅木林や草地でみられるイワヤマリス(岩松鼠 Sciurotamias davidianus)、キョン(小鹿 Muntiacus reevesi)、キバノロ(  Hydropotes inermis)、チュウゴクノウサギ(短耳兎 Lepus sinensis)なども最近まで見られたが、現在はほとんど見られない。最近では農耕地域や伐採跡地にみられるセスジネズミ(黒線姫鼠 Apodemus agrarius)、キバラネズミ(黄胸鼠 Rattus flavipectus)、ドブネズミ(褐家鼠 R. norvegicus)、ハツカネズミ(小家鼠 Mus musculus)などが優占種となり、殺鼠剤が市場で盛んに売られていた。竹薮などに穴を掘ってすんでいるチュウゴクタケネズミ(中華竹鼠  Rhizomys sinensis)が冊享県の名物料理としてよく出された。

 キツネ(狐 Vulpes vulpes)、イタチ(黄鼬 Mustela sibrica)、キエリテン(黄喉貂 Martes flavigula)、イタチアナグマ(鼬  Melogale moschata)などが補食者として現れる。また、貴重な動物としてしられるインドジャコウネコ(小霊猫 Viverra megaspila)、ハクビシン、コミミセンザンコウの毛皮やニホンジカ(梅花鹿  Cervus nippon)の角が漢方薬と一緒に市場で売られていた。

 鳥類の組成も人間の活動と密接な農耕環境に生息するハシブトガラス(大嗜烏鴉 Corvus macrorhynchus)、ハクセキレイ(白鶴鳥 Motacilla alba)、ダルマエナガ(綜頭雅雀 Paradoxornius webbianus)、キバラクロガシラ(黄殿鳥 Pycnonotus xanthorrhous)、カノコバト(珠頸斑鳩 Streptopelia chinensis)、キジ(環頚雉 Phasianus colchicus)などがよくみられる。者相の市場では食用として七面鳥に似たノガン(大鴇 Otis tarda)が売られていた。

 野味の調査のためにこの地域にいると思われる野生生物の絵を持っていき、聞き取りの調査を行った。結果はほとんどの種がいると答えられたが、信憑性は薄いと思われる。両性・爬虫類は調査期間中1度も出会えなかったが、酒に漬かったトッケイヤモリ(蛤  Gekko gekko)とマルオアマガサ(金環蛇  Bungarus fasciatus)、アカマダラ(赤鏈蛇 Dinodon rufozonatum)、アジアコブラ(眼鏡蛇 Naja naja)などが売られていた。しかし、カエルやヘビなどは食用になっているのが少ないため、種の確認は正確にはできないがサンショウウオ(小鯢 Hynobius spp.)、チュウゴクオオサンショウウオ(大鯢 Megalobatrachus davidianus)、トノサマガエル(青蛙 Rana nigromaculata)、トラフガエル(虎斑蛙 R. tigrina)、ヒキガエル(大蟾蜍 Bufo bufo)、オオアタマガメ(平胸亀 Platysternon megacephalum)、クサガメ(烏亀 Chinemys reevesii)、キョクトウスッポン(  Trionyx sinensis)、キタカナヘビ(北草蜥 Takydromus septentrionalis)、コウライジムグリ(紅点錦蛇 Elaphe rufodorsata)、ヤマカガシ(虎斑游蛇 Natrix tigrina)などが生息しているようである。

 魚貝類も河川や池ではほとんど見られず、釣りをしている光景も非常に少なかった。それゆえ魚種の確認も市場で売られているものに頼らざるをえないが、市場ではタウナギ(黄  Monopterus alba)と養殖魚であるソウギョ(草魚 Ctenopharyngodon idellus)、コイ(鯉魚 Cyprinus carpio)が主で、フナ(  Carassius auratus)、ナマズ(鮎魚 Silurus asotus)、ドジョウ(泥鰍 Misguruns angullicaudatus)、ライギョ(斑鱧 Channa maculata)、ギギ科( 科 Bagridae)やボラ科(鯔科 Mugilidae)の一種、養殖魚と思われるテラピア(呉郭魚 Tilapia morsambica)などが売られていた。そのほかにタイワンキンギョ(叉尾闘魚  Macropodus opercularis)、ハゼ科( 虎魚科 Gobiidae)の仲間やオイカワ(寛鰭  Zacco plutypus)、モツゴ(麦穂魚 Pseudorasbora parva)、ヒナモロコ(似細  Aphyocypris normalis)などのコイ科(鯉科 Cyprinidae)の稚魚の干したものや貝ではタニシ(田螺 Cipangopaludina chinensis)の剥き身などがみられた。

 昆虫相は旧北区と東洋区の境界に当たり、両区の昆虫がみられるために豊富な昆虫相を持つていると思われるが、耕作地の開発などにより非常に貧弱である。調査地域で観察された昆虫類は亜熱帯から温帯にかけての昆虫相を示し、西南日本の昆虫相と非常によく似ている。たとえば、アオスジアゲハ(藍帯青風蝶 Graphium sarpedon)、モンキアゲハ(紅縁風蝶 Papilio helenus)、ナガサキアゲハ(多型藍風蝶 P. memnon)、ナミアゲハ(柑橘風蝶 P. xuthus)、モンシロチョウ(菜粉蝶 Pieris rapae)、キチョウ(黄粉蝶  Colias erate)などの日本の郊外でごく普通にみられる蝶が見られた。標高が600800 mと低い平岸や冊享ではシロオビアゲハ(玉帯風蝶 Papilio polytes)、スジグロカバマダラ(粗烏詠糟斑蝶 Salatula genutia)、タテハモドキ(孔雀眼峡蝶 Precis almana)、アオタテハモドキ(翆藍眼峡蝶 P.orithya)、リュウキュウアサギマダラ(錫蘭青斑蝶 Radena similis)、ルリマダラ属(紫斑蝶 Euploea sp.)、ハレギチョウ(青似斑峡蝶 Cethosia cyane)、シロオビヒカゲ(玉帯竹眼蝶 Lethe europa)、ウスイロコノマ(普通昏眼蝶 Melanitis leda)などの琉球列島から東南アジアにかけてみられる東洋区の蝶などが多く確認された。

 昆虫食も日本でみられるイナゴ(中華稲蝗 Oxya chinensis、長翅稲蝗 O.velox)、スズメバチ(黒胸胡蜂 Vespa nigrithorax、曷黄胡蜂  クロスズメバチ Vespula flaviceps lewisii)の幼虫であるハチノコ、カイコ(家蠶 Bombyx mori)の蛹などがある。しかし、イナゴの中にはトノサマバッタ(飛蝗 Locusta migratoria)やショウリョウバッタ(中華   Acrida cinerea)などが混じっており、イナゴだけのものは少し高く売られている。珍しいものにはヘビトンボ(剛送虫 ヘビトンボ属の1種 Protohermes sp.、カブトヘビトンボ属の1種 Neoneuromus sp.、モンヘビトンボ属の1種 Neochauliodes sp.)の幼虫の空揚げやトンボ類(遮瞼虫 アカネ属 Sympetrum spp.)の串焼き、カメムシ科( 科 イネクロカメムシ  Scotinophara lurida)、コオイムシ(青棚巴  Diplonychus japonicus)の香辛料などがみられた。

 なお、中国における動・植物の持ち出しはきびしく制限されている。特に昆虫を含む動物は一切の持ち出しを禁じられているため、現地での観察に頼らざるをえなかった。そのため大型の肉眼で同定できるものに限られたため、昆虫は蝶類などの比較的分かりやすいものに限った。

 

要約

1。調査地域は中国西南部の雲貴高原の東部に位置し、標高が2272,207 mと高峻な山嶺と低凹盆地に深い渓谷が平行する複雑な地形の熱帯山地性高原にある。

2。高原は広く石灰岩でおおわれ、カルスト地形が主な地貌特徴として発達している。土壌が乾燥しているため、禾本科の草原であるため植生も貧弱である。

3。植生は石灰岩性の落葉広葉樹・常緑広葉樹の混交林を主としている。成帯性植生はおもにシイの1種、アラカシを主とする湿性常緑広葉樹林である。アキニレ、エノキ、オオバノアコウ、ノグルミ、キササゲなどの落葉広葉樹の高木がわずかながら見られるが、農地などによる破壊のためトダシバ、メガルガヤ、ススキ、チガヤなどの草丈の高い草地となっている。

3。農業は水田および畑作の1年2作である。主要作物は平地ではイネ、山地ではトウモロコシを、裏作にはコムギやアブラナが主につくられている。そのほかサツマイモ、ダイズ、ラッカセイなどの栽培野菜やサトウキビ、ミカン、チャンチン、チャ、タバコなどの換金作物がみられた。

4。動物相はわずかながら残された二次潅木林と草地斜面が耕作地に混在しているため、非常に貧弱である。ほ乳動物は貴重な動物であるインドジャコウネコ、ハクビシン、コミミセンザンコウ、ニホンジカなどが市場で売られているが、実際にみられるものは農耕地域や伐採跡地などでみられるセスジネズミ、キバラネズミ、ドブネズミ、ハツカネズミなどである。

同様に鳥類もハシブトガラス、ハクセキレイなどの農地でも見られる種であった。

両性・爬虫類や魚介類なども自然の状態ではほとんど見られず、市場などに売られているもので種名の確認を行った。スッポン、ソウギョ、コイなどの養殖もののほかは、タウナギ、ナマズ、フナやコイ科、ハゼ科の稚魚と非常に貧弱であった。

5。昆虫相は旧北区と東洋区の境界であるが、種類数・個体数ともに貧弱であった。西南日本の昆虫相とよく似ており、アオスジアゲハ、モンキアゲハ、ナミアゲハ、モンシロチョウ、キチョウなど日本の郊外でごく普通にみられる蝶が観察された。標高800m以下の低いところでは、シロオビアゲハ、スジグロカバマダラ、アオタテハモドキ、ハレギチョウ、ウスイロコノマなどの琉球列島から東南アジアにかけてみられる東洋区の蝶なども見られた。

6。昆虫食も日本でみられるイナゴ、ハチノコ、カイコなどがみられるが、必ずしも種は特定されていない。変わったものにはヘビトンボの幼虫の空揚げやトンボの成虫の串焼き、カメムシ、コオイムシの香辛料などがあった。

 

参考文献

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水道

 中国の農村における飲用水道(自来水)の普及率は1987年に17%であるが、近年急速に経済が発展していることからもう少し高くなつていると思われる。前回調査時には水道がなかつたところが、2年目の調査時には新しくひけていたところが2カ所もあった。貴州省における飲用水の水源は河などの地面水は約25%、地下水が75%である。地下水の84%が浅井戸で、残りは深井戸と泉水である。集中式供水(水道)の普及率は11%で、他は水汲みである。水汲みの方法は機械による揚水(ポンプ)は1。4%でほとんどは人力である。飲用水道の内完全処理は約3分の1で、残りはろ過などの部分処理である。

 実際の調査における農家での水源については、後章でのべる。

 

教育(  )

 学齢児童の入学率は自治州全体では89。2%あるが、少数民族の15歳以上の文盲、半文盲率は55%と高い。興義市では28。9%と低いが、農村部である貞豊県、興仁県、册享県では60%を越す高率である(表。 )。自治州には普通高校が2校(興義市)、中学校が9校(興義市7校、興仁・安龍各1校)、小学校が1776校ある。