中国西南部の貴州省興義市における上水道について
八田 耕吉 *伊佐治 知明(名古屋市水道局犬山取水場)
はじめに
貴州省は中国の西南部の雲貴高原の東部に位置し、北緯25度、東経105度、標高227mから2207mの熱帯山地性高原にある。気候は、湿季(5〜10月)と乾季(11〜4月)があり、年降水量は1300mm程度である1)。西の雲南省と境を接する興義市は、面積2,915m2の広い市域に60万人の人口を有している。このうち城区と呼ばれる都市区域には9万人が生活しており、それ以外は農村地帯になっている。
1997年5月興義市を訪れ、水源のダム湖や浄水場、市内の様子を見聞する機会を得ることができた。ここでは、この経験を基に、中国西南部の小都市の水道の現状と課題について報告する。
都市の水道と農村の水道
多くの人々が集中する都市においては、生活用水や都市機能を維持するため多量の水を必要とするので、水道は重要な施設である。飲料水を作る浄水施設の他に、その原水を得る水源施設、浄化した水を消費者まで送る浄水輸送施設からなっている近代水道システムは、19世紀のヨーロッパの都市に始まっている2)。ただ水道の歴史自体は古く、古代ローマ時代に遡るが、それらは水質変換施設を有していない輸送のみの水道であった。日本においても、江戸時代主要都市に存在した水道は輸送のみの簡易的なもので、近代水道は、1887年横浜市に始まっている。その後水道が普及していくと共に、消化器系伝染病の減少に大きく貢献していった。
中国の近代水道は日本より古く、1883年清の時代に上海市に緩速ろ過の浄水場がつくられている3)。その後、都市を中心に水道が建設されていったが、現在は、水源の不足、水質の悪化の問題などが生じている。水道事業は各都市単位で運営されているが、都市の郊外では独自の水道が設けられていることもある。水道事業は、独立の自来水公司により企業経済計算に基づいて運営されており、利潤は国庫に納付される仕組みになっている4)。
一方住んでいる人が疎らな農村部では、都市と同じような水道が必要ではないこともある。多くの水道管を布設することは多大の費用を必要とし、それから得られる便益が少なければ、効率的でないからである。このような考え方から、発展途上国の農村水道を次のようなレベルに分けることがある5)。
レベル1:井戸や湧水のみで配管はない。近隣の家庭から汲みにくる。
レベル2:水源+ポンプ+短い配管+共用水栓。より近い家庭から汲みにくる。
レベル3:水源+ポンプ+配水管網+各戸給水
レベルの高い水道が必ずしも良いという訳ではなく、それぞれの地域の実情に合った適正な水道が必要である。
興義市都市部の水道
興義市においては、都市部では、興西湖水庫(ダム湖)を水源とする2つの浄水場を有する公共水道があり、農村部には、井戸水や湧水を主体とした簡易的な水道が散在している。公共水道は、地下水を水源としてスタートしたが、水量的に不十分になってきたので、ダム湖水を水源とする2つの浄水場を建設した。1つは、1988年に完成した1万m3/dayの浄水能力を持つ浄水場、もう1つが今回訪問した柯沙水廠で、1996年に完成し1.5万m3/dayの浄水能力がある。合計の浄水能力は2.5万m3/dayで、給水区域の一人当たりにすると280 l/dayとなる。また興義市自来水公司により、0.45元/m3(1元≒15円)の水道料金が設定されている(写真1)。
[水源の興西湖水庫(ダム湖)]
興義市城区の北西に位置する容量2500万m3のロックフィルダムである。(写真2)1970年に完成し、現在は、農業用水(2m3/sec)と上水道用水(3万m3/day)を目的としている。ダム湖の最大水深は38mであるが、両用水共に、表層から4〜6mの深さで取水している。流入水は、雨水を集める流入河川の他に、3つの泉がある。洪水時に備えて余水吐が設置されているが、底層からゲート操作によって排水する構造であるため、一度開くと閉止できなくなるおそれがあり、現在は使われていない。農業用水は6m3/secまで取水できるので、洪水時の水位調節はこれで行っている。
ダムサイト付近には、貸しボートがいくつかあり、リクリエーション施設としての役割もある。ただ、遊泳等は禁止との掲示がある。周囲の山は、石灰岩地質の痩せた土地で、全て植生で覆われているわけではなく、降雨時には表層土が洗われ湖内に流入することが考えられる。堆積土砂量は測定されていないが、完成以来、200万m3程度と見積もられている。
このダム湖は、貴州省の水文観測ステーションの1つになっており、年1回水質調査が行われている。また、飲料水源としては、興義市の衛生防疫セクションによる年3回の水質調査が行われている。ダム湖の容量と通常の流出水量から計算すると、水の滞留時間は123日(回転率 3.0)で、夏季には水温躍層が形成されることが考えられる。また、中層から取水されていることから、表層水は長期間滞留することも考えられる。今回の調査では、ダムサイト付近の表層水を採取し測定したが、総硬度140mg/l、総アルカリ度128mg/lと市内の水道水に比べて低く(表1)、植物プランクトンの増殖に誘起された炭酸カルシウムの沈澱作用が起きている可能性や化学成層の可能性もある。ダム湖を水道施設の一つと考えると、懸濁粒子の沈澱、水質変化の緩衝作用、乾季の水量確保などの機能があるので、取水口付近の水質鉛直分布など詳細な調査を行って、より良い水道原水を得るための管理を模索していく必要がある。
[柯沙水廠(浄水場)]
柯沙水廠は、城区を見下ろす大老堡の中腹に位置している。水源の興西湖水庫からは、導水管により自然流下で原水が送られてきている。浄水処理は、凝集沈澱、急速ろ過、消毒の標準的な処理方式である。水源から浄水場内、そして配水管を経て市内に配水されるまで、全て自然流下で流れるシステムになっている。
凝集沈澱池は、地上5mの構造物である。着水井からの原水管は、凝集沈澱池下部から流入する。管は地上に剥き出しており、漏水の発見、維持管理等がし易くなっている。凝集剤は硫酸バンドで、原水管に圧入される。凝集池は上下迂流と水平迂流の複合式、沈澱池は上向流式の傾斜板沈澱池である。凝集池でフロックを形成した水は、沈澱池下部から入り、上澄水は沈澱池上部の集水管で集められる。凝集沈澱池には、ゴミやほこりの混入を防ぐための屋根がついており、直射日光が当たらず、集水管の付着藻類は目立たなかった。
急速ろ過池は、サイフォンで沈澱処理水を導入し、ろ過水で逆洗するバルブレスタイプのろ過池であり、沈澱池と同様に屋根がついている。ろ過継続日数は通常1週間、凝集沈澱の状況によっては2週間まで使用できることもある。各ろ過池のろ過停止、洗浄、ろ過開始などは、操作盤から一括して操作できるようになっている。
塩素消毒は、ボンベから取り出した塩素ガスを水に吸収させて塩素水とし、それをろ過水に注入している。塩素ガスは雲南省の昆明市から購入している。2つのボンベを計量器の上に載せ、交互に切り替えて使用していた。ボンベ室は開放状態であったが、若干塩素臭があり、取り出し部分の腐食が激しいことから、問題があるように思われた。塩素注入は、残留塩素が0.6〜0.8mg/lとなるようにしているとのことであった。
配水池の屋上には、塩素を抜くための脱気孔があり、配水池からは600mmの配水管が地上に布設され、市内に向かっていた(写真4)。
案内の田再強水廠長は白衣を着ており、水道が衛生施設であることを強調するかのようだった。沈澱池やろ過池に屋根があること、配水池には人を入れないことなど衛生には気を使っていると共に、周りが高い塀で囲まれていたり、写真を撮ることを許可しないなどの危機管理がなされていた。原水が滞留時間の長いダム湖から得られていることから、原水水質が安定し、薬品注入量を変化させないでも良いようであった。また、自然流下を基本として、機械駆動部分の少ない凝集沈澱池やろ過池を採用しており、この意味で維持管理の容易な浄水場であった。中国には、国レベルで定められた飲料水の水質基準があり、1986年に改訂されて35項目となっているが、水源と同様に水道水の水質検査は市の衛生防疫セクションが行うので、浄水場に水質試験室はなかった。また、維持管理のための水質試験も行っていない様子であった。
[市内の給水]
市内の配水管は、歩道に埋設されていたり、側溝を這っていたりしていた(写真5)。歩道は、コンクリート平板が並べられているだけで、容易に掘削できるようになっている。歩道の中央にバルブが設置されている所も数多く見かけ、かなり危険を感じた。消火栓も歩道上に突き出ているものが多い(写真6)。各家庭への給水は、市街地では、側溝や歩道の端から分岐して、むき出しのままの鉄管が家庭に入っているものが多かった(写真7)。水道メーターも、家の前に見られた。郊外では、田の畦道や水路に沿って配管されており、むき出しのためか赤く錆びているものが多かった(写真8)。また、蛇口は家の前に1つあるのみという家も多く、そこで洗い物をしたり食事の準備をしていた。
ホテルの水は赤水がひどく、バスタブ2はいほど放水しないと無色の水にはならない状態で、給水管の問題が大きいと考えられた。十分放水した後の水質を調べたところ(表1)、濁度や色度は低いが、残留塩素は検出されず、除濁は良いが消毒に問題があると考えられた。また、石灰岩地質であるため硬度が高いという特徴があった。
農村の水道
農村部では、湧水をためた程度の浅井戸が多く見られた。これらは集落の共用として使われており、人々は水を桶に汲んで家庭まで運ぶ。これらは先に述べたレベル1の水道で、自然の湧出に頼り、水汲み場の石積の補修程度の維持管理で済むので、費用がほとんどかからないという利点がある。しかし、水汲みの労力が大変で、水量が安定しない、水質に不安があるという欠点もある。
また、レベル2に相当する共同水栓を有する簡易水道がある村もあった。レベル1の水道に比べて、水量的には安定するものの、施設の維持管理が必要となってくる。この場合も、水質への不安は解消されてはいない。
これからの課題
都市部にあるような近代水道では、浄水場の役割は大きいが、そこでの浄水処理や維持管理は、消費者が必要とする水質と水量に左右される。この地方では、伝統的に生水をそのまま飲むという習慣はなく、一度沸騰させてお茶を飲むことが多い。そのため、水道水の細菌学的な安全性についてはそれほど厳しく管理されてはいないようであった。しかし、多くの家が衛星放送のパラボラアンテナを設置しており、テレビから新しい文化がもたらされているようで、ペットボトルの飲料水が市販されていたり、昆明市で見たように浄水器が売られる日も近いと考えられる。こうした生活様式の変化が、市民からの飲める水、きれいな水への要求をもたらすことも考えられる。“今は水道水を信頼していないが、水質が良ければ水道水を飲む”と話す市の幹部もいた。安全な水の供給のためには、浄水場における水質管理(特に塩素注入)と給水管の整備が必要となる。また硬度が高いので、水の味、台所用品のスケール、洗剤の使用量などが問題にされれば、軟水処理も求められるかもしれない。
また、人口の増加、城区の拡大そしてビルの建設などに対応して、給水能力を増大させる必要に迫られている。現在の浄水能力は280 l/day・人 で、貴州省の平均消費量118 l/day・人4)に比べて大きく、北京市248 l/day・人 や上海市205 l/day・人 レベルが目標であったとしても、浄水場の能力に余裕がある。当面は、配水管の延長により給水区域を広げていくことで、郊外の人々も、公共水道の恩恵に預かることができるようになる。
農村の水道は、従来からの生活様式を前提として成り立っている。化学肥料や農薬の使用あるいは産業排水などの水質汚濁要因が加われば、飲料水が汚染されることも考えられる。しかも、水質をモニターしつつ使ってはいないので、水質の問題が起きた時実態がつかみにくい状態である。また、入浴や洗濯でより多くの水を使う生活になれば、水量も不足するし、各戸給水も求められる。このような場合には、よりレベルの高い水道への移行を考えていかなければならない。
まとめ
中国南西部の小都市興義市では、都市部では企業経済計算に基づいて運営される公共水道があり、農村部では浅井戸を主体とした簡易的な水道が使われていた。公共水道は、ダム湖を水源とし、凝集沈澱、急速ろ過、塩素消毒の浄水処理を行う浄水場を有する近代水道であったが、より良い水道水を供給するためには、浄水場での水質管理、給配水管の改善が必要である。農村水道では、水質悪化、水量不足の問題があり、レベルの高い水道への移行を考える必要がある。
参考文献
1)名古屋女子大学生活科学研究所中国学術調査団:中国貴州省の少数民族をたずねて−苗族・布依族の食文化,32,名古屋女子大学生活科学研究所(1995)
2)丹保憲仁:新体系土木工学88 上水道,2,技報堂出版(1980)
3)海賀信好:開放政策後の中国水道事情,水道協会雑誌,55(7),44(1986)
4)斉藤博康:世界の水事情,262,中国水道年鑑,水道新聞社(1995)
5)友野勝義:水道計画と適正技術,JICA技術協力専門家養成研修資料(1994)