ハッチョウトンボ
八田耕吉
名前の由来は、現在の名古屋市東区大幸公園付近の矢田鉄砲場8丁目、または名古屋市瑞穂区穂波小学校区の水田八丁畷(なわて)との説があり、前者が有力である。
世界的に見ても、体長が短い点で最小のトンボのひとつである。日本最小のトンボとして、かわいらしさからも珍重されるが、本州、四国、九州本土に産し、東南アジアに広く分布している。向陽湿地にはかつて普通に生息していたが、近年このような環境が開発などにより失われたために生息地が局限されてきた。ハッチョウトンボの生息は種としての重要性より、生物多様性に富む湿地の代表的な指標種として重要である。
幼虫は終令でも8mmほどで、斜面の滲出水で潤された植生の貧弱な泥と小石が混ざったモウセンゴケやトウカイコモウセンゴケなどが生えている粘土質の湿泥地に生息する。
本種の生息調査ではいかにも湿地とわかるような所よりも、むしろ谷戸水田の奥にある猫の額ほどの斜面湿地、崩落や土取りなどで生じた崖下の湿泥地など湿地としては未発達な状態の環境に注意して観察するとよい。一時的ではあるが初期の休耕田(廃田)にも発生し、植物の遷移が進み草丈が高くなると姿を消す。幼虫が生息している土壌ごと廃田跡に客土し、定着に成功した報告例もあるなど、一時的な移植は可能であるが植生などの生息条件の保持が必要である。このことは、本種のみの保全を目的とした管理型の保護策であり、生態系保護にまで配慮した自然の保全ではないということに注意しなければならない。
成虫の発生期は、5月下旬から9月初旬までの4ヶ月足らずである。雄は羽化後1週間から10日間ほどで赤色になり、なわばり地域に定着する。雌雄ともに羽化後の成熟期に多くはクモなどの天敵にやられるためか寿命は短いが、私達の観察では1ヶ月以上生息している例が2%ほど見られた。雌雄ともに定着性が強く、マーキング後もほぼ同じところに戻るため行動や生態調査に適している。