教育・研究現場の崩壊
一私学の現状―
八田耕吉・村上哲生(名古屋女子大学)
2007年9月「日本の科学者(Vol.42,9)」の「シリーズ:変貌する大学/研究機関(11)」に、「今、私学で起きていること」として投稿。国立大学の法人化に伴い、私学にも法人権限の強化、大学運営のトップダウン方式の強化が進められ、教授会の形骸化、理事会による教授資格への越権行為が行なわれている現状を伝えてきた。その後、2008年3月愛知支部会の学集会(Vol.43,8に今井証三報告参照))にて、現状報告と私学の特殊性である親族支配、経営重視などによる教育・研究環境の軽視などの問題点と組合立ち上げの経緯と課題について報告した。
今、多くの私学における「教育・研究現場の崩壊」が起きている原因には、国立大学の法人化に伴う大学運営のトップダウン方式の強化や本学の特殊性だけでなく、今日まで私学が歩んできた私学経営者による教員支配の構図が生み出したものと思われる。
背景
1)創設者の継承によるワンマン経営
私学の特殊性としての(一部の宗教法人を除き)、創立者一族による世襲制の継続。
大学の重要ポスト、及び役職者(教学部門も含む)の任命権限などの親族による独占支配
2)教員資格のハードルとしての成果主義
私立大学における教育に対する研究の比重を上げるため、従来の高等教育の延長型からの脱却を求めた研究費、研究時間の確保への代償として教員の資格審査基準の見直しがおこなわれ、その結果研究業績が強く求められるようになった。しかし、授業時間(週6コマから8コマ)、及びゼミ(卒論・ゼミ生10名以上)、オフイスアワーの導入などクラス指導(クラス担任制)の時間は殆ど変わらず、引き換えに外部からの研究費の導入が必然的になり、科研費の獲得が私学でも義務付けられるようになった。さらに、全国の大学での研究費不足から、大学教員への研究費配分も平等型から評価主義に変わり、備品購入や研究助成費の決定権が経営者側に委ねられるようになった。的確な判断基準や公正な評価基準でおこなわれればよいのだが、一部の選ばれた人たちが行なうことによる偏り、利益集団的な考えが危惧される。
3)18歳人口の減少による私学の生き残りとしての競争原理の導入
大学の生き残り作戦として出された「特色ある教育研究プログラム」に代表される大学の特色化は、人気ある学部、学科への傾倒により、更に激化する結果となっている。本来授業改善のために取り入れられた「学生による授業評価」は学生に迎合する形で振り回され、さらに教員の勤務評価や人事評価に取り入れるなど、ボーナス等の減給にまで使われるようになった。そのため、枠にはめられた研究環境への不満は極力抑えられ、大学側が要求する授業優先、組織優先型の歯車としての役割に順応することに疑問を抱かなくなり、外れた行為をするものにもその原因があるといった批判をするものさえ現れてきた。
本来、教授会による教員資格審査委員会を無視して作られた、法人のトップダウンによる「資格審査委員会」や「FD委員会(教員の資質向上委員会)」などが、「教員評価委員会」として人事考課に使われ、勤勉手当のランク付け(C評価20%カット)として使われ始めた。
4)国立大学の法人化に伴うトップダウン制の強化
鳥居康彦氏の「月報私学」での「理事会が最高の意思決定機関」という発言に対しては、私大教連の抗議・公開質問で取り上げられたにも関わらず、法人のトップダウン制が進められた。公務運営組織に関する内規の改正により、「学長の承認」、「教授会の議を経て」が「理事長」、「理事会」に改められ、常務理事会が最高決議機関とされた。さらに、本学唯一の民主的手続きであった学長・学部長選考が選挙制であったのが、新しい選考規程では「候補者の選考は、理事会が行なう」とされ、教授会での審議、信任が省略された。
これらの背景の下、私学における教育・研究環境の悪化は急速に進み、本学においても理事者権限の強化が教職員の地位を脅かす状況にまで陥っている。
一私学の教育・研究の現状
1)トップダウン制の強化
2007年4月より中学・高校の法人に大学法人が吸収合併。1法人各8名のうち約半数が重複しているため、親族以外の理事(外部理事)は高校の後援会と同窓会の会長のみとなり、教学理事2名は学長・副学長が兼務するため、事実上教学理事は存在せず、実質6名。さらに大学の組織における学生支援センター長、学術情報センター長などの主要役職は親族4名により17役を兼ねることとなった。
2)教授会の形骸化
「公務運営組織に関する内規」の改正を始め、一気に24項目の規定改正が一方的に行なわれ、規程・内規の改廃は「理事長の承認」、「理事会の議を経て」に変更。それに伴い学長、学部長の選考規定が改選前に変更、大学2学部と短期大学部
の規程・内規・候補者選考基準が全廃された。それに伴って、教授会、大学運営会議、協議会など15委員会の組織(委員の選出)を大幅に変更。教学部門の学部長(研究科長兼任)と学科長を含む全員が選挙制ではなく、法人の任命制により指名されたもので構成されることとなった。
大学運営は評議会(規定抹消)、協議会(科長・課長以上の任命職のみ、教授会選出委員は抹消)は事実上機能していない。代わりに大学運営会議が管理運営を行なうとし、部長級以上の役職者(事務部門は課長)20の役職中、兼務を省くと実質9名の委員でもって組織され、教学部門は大学院研究科長・学部長(兼務)の3名であるが、1名は法人の参事でもある。教授会の議題も大学運営会議で承認を受ることとなり、学科の改組などの重要事項も大学運営会議の報告事項とされた。
3)教員支配への強化
このように書いてくると、理事会側に一方的にやられているようだが、わずかながら2つの新学科開設に伴う旧学科の改廃に伴い、教授会承認なくして大学運営委員会の決定に従うよう学部長からの説明が行なわれたため、3度にわたる臨時教授会を開くという事態にまでなった。しかし、2学科の改組に関する教授会記録の改ざんなど、新たな問題を抱えているにも関わらず、教授会メンバーの問題意識のなさは教授会に欠席するものが多数出るなど相変わらずの無関心、無気力、無責任であった。これは、長い間私学経営とのハザマで造られた私学、特に本学特有の生き方を示していると思われる。このような理事者による「成果主義」と「競争原理」のもとに締め付けられてきた私学教員の教育・研究に対する姿勢が、今日の経営者のトップダウンによる支配を生み出した背景と思われる。長年の私学勤務により、疑問を持ちながらもどっぷり使っている私学教員の教育・研究への意識改革を根本的に見つめなおす必要があると思われる。このことは、国立大学の法人化が私学経営者に大きな影響を与えたのと同時に、今後国立大学における法人化による影響へと拡大されることとなれば、日本の教育・研究現場の崩壊へとつながる危険性を感じる。