「瀬戸市南東部地区開発事業環境共生計画報告書」へのコメント

八田耕吉

 プレック研究所が愛知県住宅企画課に提出した「瀬戸市南東部地区開発事業環境共生計画報告書」は、大半が自然環境の特性と施工例の解説になっている。そのため、検討すべきなのは、次の各個所の整合性である。

第3章の「『自然と共生した街づくり』に関する基本理念」

第4章の「生態系及び貴重な動植物等の保全方針」

第8章の「「自然と共生した街づくり」のプラン」

まず、第4章の「生態系及び貴重な動植物等の保全方針」では、次のように書かれている。

「同質の地形・地質構造を持つ区域を一体的に保全(湿地)」

「まとまった面積をできる限り残す(二次林)」

「流域全体が保全できるよう、広範囲な生育環境の保全(貴重な植物種)」

「周辺地域との一体的な保全(貴重な動物種)」

 しかし、具体的に個体群や生態系の保持にどれだけの面積が必要なのかは書かれていない。それに加え、次のような表現が目に付く。

「必要に応じ人為的な管理を行うなど遷移の進行を抑制(二次林)」

「新たな生息環境を積極的に創出(貴重な動物種)」

「近自然工法等の採用により自然河川に近付けるとともに、親水空間の創出をはかる(水系)」

 ここには人の手による自然の管理や創造をはかるといった保全の考え方が現れている。

 このような考え方は、「食草であるカンアオイや蜜源植物の植裁を行うことにより、ギフチョウの保護が出来る」という短絡的、直線的な生物界への認識と表裏一体であり、移植や放飼、近自然工法やビオトープなどの環境の創造もその延長線上にある。

 しかし、スズカカンアオイが分布し、コバノミツバツツジが花を咲かせていても、ギフチョウが生息しているとは限らない。食草や蜜源植物は必要な条件であっても、十分な条件ではない。海上の森でも、産卵が行われ、ギフチョウが成長する場所とそうでない場所があることが確認されているが、どのような条件の違いがそのような結果を生み出しているか分かってはいない。ギフチョウが好む環境がどのようなものか分からないのに、分からないまま改変することは極めて危険である。改変後、人間の目から見て違いが分からないほど完璧に環境を修復したつもりでいても、ギフチョウの目から見れば、繁殖に大切な条件が欠落しているかもしれないのだ。だから、いくら精巧に再現してもギフチョウが戻ってくる保障はない。

 このことは貴重種の保護のために行う植裁だけでなく、生態系の保全という名目で行われる近自然工法などでも同様に指摘できる。また、たとえ生物達が自ら来て棲みつき、代を重ねても、全く同じ生態系が再現されるわけではない。その代わりに周辺の環境との総合作用によってつくり出される小さな遷移の速い集団を形成することになる。すなわち一つ一つの遷移の時間が速いため、多様度の低い集団を形成する。トンボが産卵したり発生したことで自然が再生できたものと単純に考える傾向があるが、本来の遷移によって形成された自然とは中身が大違い、似て非なるものである。それゆえ、ビオトープなどが理想とする遷移段階を創造するためには、草刈りといった手入れが必要になってくる。

 そのことは、第8章の「「自然と共生した街づくり」のプラン」の中に具体的に書かれている。「緑のゾーニング」では、「活用エリア」と「保護エリア」とにわけ、「活用エリア」を「水系保全ゾーン」、「回復緑地ゾーン」、「公園緑地ゾーン」と位置づけ、人為的に管理することを前提としている。このことは「8−5、「環境と共生した街づくり」の拠点的整備」に具体的に述べられているが、つまるところは「緑道のイメージ」、「池を中心にした公園のイメージ」などにみられる『都市公園』である。植裁による緑地の確保や間伐材の利用による整備などは、既存の植生を剥がしてつくる従来型の造成工事に、「できるだけこの地域に自生する個体から採取した種子などによって育成した苗を用い、この地域の植生の保全に配慮する」といった程度の「環境への配慮」を加味したものにすぎない。

 「保護エリア」は「保全緑地ゾーン」と「保存緑地ゾーン」とに細かくわけられている。第4章の「生態系及び貴重な動植物等の保全方針」であげられた「まとまった面積をできる限り残す」、「周辺地域との一体的な環境保全」とはほど遠い内容である。「同質の地形・地質構造を持つ区域を一体的に保全」、「流域全体が保全できるよう、広範囲な生育環境の保全」などが書かれているにもかかわらず、地形、水系などを考慮したゾーニングにはなっていない。第8章の「「自然と共生した街づくり」のプラン」は、第4章の「生態系及び貴重な動植物等の保全方針」と整合していないと言わざるをえない。

 「保存緑地」を孤立化させないため「回廊(コリドー)的につなぎ合わせる」保全策として、「8−5−2、生態系の充実のために」の「動物に配慮した構造物」のなかでは「小動物が這い出せるU字溝」などの設置が検討されている。これを読んで、生態系への配慮というふれ込みで、長良川河口堰に設置された魚道を思い起こす向きも多いだろう。魚道がアユやサツキマスなどの遡上や降下に全く効果がなかっただけでなく、結果として海と川を行き来する多くの生物や汽水域にすむシジミなどに深刻な打撃を与えたことはもはや万人の知る所である。個々の種の生態的な知識や計算だけに頼った結果、動物本来の行動を見落とし、川と海との間にある汽水域という特殊な生態系の分断を予測出来ず、全体的な影響の大きさを見誤る結果となった。その教訓に学べば、海上の森でも道路による生態系の分断はただ単に森が二つに分けられるだけではないことに気づくだろう。例えば、生息域が小さくなることや境界の面が空間的に明るくなることによる影響も考えなければならない。U字溝に多少の工夫を施せば、たまたま落ちた小動物をある程度救済することはできるだろう。しかし、動物たちの多くは 明るくなった林縁に近づくことすらできないであろう。それは動物たちの生存にとって喜ぶべき事態ではなく、生息域の確実な縮小、分断と孤立を意味する。U字溝に工夫すれば、安全に動物が行き来してくれると考えるのは人間の身勝手な願望にすぎない。

 思うに、この報告書で述べられているような小手先にとらわれた保全策では、環境の創造といっても多様な自然をつくることにはならず、全く違った他の自然(疑似自然)をつくり出すことになるであろう。そしてその途上、今ある自然を破壊することになる。そうまでして疑似自然を作り出すことにどれほどの意味があるのだろうか。行政側に明確な説明を求めたい。

 藤前干潟の代償措置として挙げられている人工干潟と同様、今ある自然を壊してつくるべきではない。「多孔質空間の創出例」などのビオトープは、今ある公園などに配置する箱庭としてつくれば、よい意味でも、悪い意味でも環境教育に使えるであろう。本来の目的を踏み外さない活用が望まれるところである。

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