南地区(西地区を含む)の重要性

八田耕吉

 

南地区は、従来から指摘されているとおり吉田川渓谷と呼ばれるほど地形上の景観が優れている。さらにコナラやアベマキの落葉広葉樹林が発達しており、土岐砂礫層が作り出す貧栄養な西地区に続く多様な植生を持つこの地域の広がりは、保全地域であるBゾーンと一体になった海上の森の多様性をはぐくむ重要な地域である。海上の森が創り出す豊かな生物層は、いろいろな地形や植生が創り出す多様な遷移の過程により、周りの開発により追いやられた生物たちのすみかとなった結果であろう。

このような認識のなさが、4月4日に出された「愛知万博見直し案」にかかれた「水系や地形への配慮」にみられるような川の改変や土地の造成を少なくすれば、直接的な影響が避けられるといった従来型の「配慮」である。市民や専門家の指摘にあるような生態系全体に及ぼすような影響を考慮に入れた配慮をするならば、川に流れる水のバックボーンとなる水域全体を含んだより広い地域の保全が必要である。

駐車場にあたる西地区の北側には、土岐砂礫層の至る所から浸み出る湿地(評価書素案の地点11)が広く広がっている。ここには東海丘陵要素のトウカイコモウセンゴケがみられ、ハッチョウトンボの重要な繁殖地になっている。その上部はバスターミナルの予定地になっているが、この部分の開発が行われれば浸みだし水がなくなり、湿地に大きく影響が出てくるだけでなく、土留め工事が行われれば湿地も完全に消滅するであろう。現在、バスターミナルの予定されているところは、文化財の発掘により完全に禿げ山の状態にされているが、花崗岩の上に土岐砂礫層がのった貧栄養な土地であることが、下部の貧栄養湿地を形成していると思われる。この地域周辺は、道路建設予定地になったために文化財の発掘が行われ、評価書素案で生息密度の1番高いとかかれている地点12が、この発掘作業による土砂の流失により完全に消滅している。このことが荒れ地の重要性と調査という名の開発行為を証明することにもなり、遷移の過程を再現するモデルとして残されるべきである。文化財の発掘調査は工事を前提とした発掘であり、工事などでなくなる前に行われるもので、文化財保護のために行う記録にとはおのずから違うものである。最近の生態学の研究で重要なこととして扱われる攪乱の見本として、このことを記録にとどめ、自然の再生力、治癒力を証明する上にも重要と思われる。この事実こそが、環境万博としてのテーマにふさわしい、「自然の叡智」であろう。

海上の森のギフチョウは、人の入り込みと採集により私たちの調査(1999:広木・江田・八田)においても、この地域の個体群を維持することは難しい状態であると予測される。ギフチョウの食草であるカンアオイは海上の森に広く分布しているが、「海上の森ネットワーク」の調査でも明らかにされたとおり局地的な分布をしている。昆虫などの分布では中心地域においては広く環境適応をしており、地域内ではどこにでもみられるが、分布の周辺や末端においては局地的な分布をすることが知られている。海上の森もかつては多くのギフチョウが観察されたが、愛知万博の会場予定地になり、開発・造成によりこの地域のギフチョウが全滅する前に採っておこうと考えるコレクター(昆虫を蒐集の対象とする人たち)の対象になり、減少に拍車をかけている。

南部地区の南部では、「海上の森ネットワーク」の調査においてカンアオイの分布が広い範囲で確認されており、ギフチョウの卵も少ないが確認されている。成虫の飛翔は午前中に山頂や尾根線へと上がってきており、午後には雌を追尾して下っていることが、多くの人たちによって報告されているとおり、わたしたちの観察でも観察された。万博協会のおこなった平成11年の調査、平成12年の調査予定(計画)には、ギフチョウの成虫および卵の調査は沢沿いに行うことになっているために、多くの見落としが推測される。

さらに、重要なことは北地区のギフチョウの産卵地域と離れており、違った個体群を形成している可能性も考えられる。周辺地域にみられるヒメカンアオイを食べるギフチョウと違って、海上の森を含んだスズカカンアオイを食べる小さな集団であるギフチョウを全滅させないためにも、いくつかの生息適地を残しておく必要がある。現在、北地区にある生息適地が植生の遷移段階が進んでギフチョウの生息に適さなくなったときに、この南地区の南側にある遷移段階の低いこの地域が重要になってくる。

 

オオタカ検討会も、南地区の重要性を指摘しており、海上の森全体の保全が大切であるといっているとおり、オオタカが海上の森一帯を利用しており、どこに営巣してもおかしくない。現に南地区の赤池の奥で古巣が見つかっており、1999年にはこの地域に営巣していた個体と思われるオオタカが、北地区で営巣した。西地区の北側から南地区にかけて歩いた折りに、オオタカなどの猛禽類におそわれたと思われるカケスの羽が散乱しているのに2箇所で出会った。このような見通しのよい地域や適度の隠れ家は、猛禽類の高利用域と思われる。