「海上の森はなぜ貴重か」(1999.5.29

1部講演
@地質・地形・地下水「なぜ海上の森に湿地があるか
?、その地形・地質と水文環境を探る」森山昭雄(愛知教育大学)
A植生「海上の森は禿山だったのか」波田善夫(岡山理科大学)
B昆虫「昆虫から見た海上の森の生態系」八田耕吉(名古屋女子大学)
C鳥類「オオタカでわかった生態系の多様性」森島達男(日本野鳥の会愛知県支部)
D動物「
1110になる環境アセスメント」吉田正人(日本自然保護協会)
E動物・生態系「結論が先にあるような欠陥アセスメント」金森正臣(愛知教育大学)

2部シンポジウム・討論筆者が話した講演部分を以下に転載する。他の講演者の講演内容とシンポジウムでの討論部分は「日本人の忘れ物(200.6.10)」(名古屋リプリント)として出版されている。

講演その3 昆虫から見た海上の森の生態系(1999.5.29
          八田耕吉(名古屋女子大学教授)
 ギフチョウは、食草を移植するだけで守られるのか。大正池の水を抜いただけで影響を受けた水生生物が、本当に開発の影響を受けないのか。
 環境アセスメントの問題点をずばり指摘する。

[写真]大正池から流れ出る北海上川(撮影:高橋順子)

生態系の多様性が驚くほど高い
  まず最初に,今までの方たちの話しをもとにしてお話ししますが,里山がどうして重要なのかいろんなところで盛んに論じられています.その反面「海上の森のような里山なんか大したところではない」なんて表現する人が,一般の方だけではなく,生物屋といわれる人の中にもかなりおられます.それはどうしてかというと,知床のような原生自然を頭に描いたり,いわゆる虫屋と称されるアマチュアの方は,非常に珍しい生き物を採集しようと,いろんな所を歩いてみえ,たとえば西表島とか、原生に近い自然に入って,珍品と称する虫たちを集めて喜んでいるわけです.そういう人たちにとって,海上の森は,ごく当たり前の面白くない所だというイメ−ジがあるのです.
ただ,環境アセスの準備書の中に昆虫の種類が2300種記載されています.これは全ての種ではなく,それ以外にも「何々の一種と」書かれている種名が準備書の昆虫リストの中にたくさんあります.私もざっと目を通して,200 種類以上あるのです.
昆虫などの名前を確定することを同定といいますが,分類群の科とか属までしか区別できないために,とりあえず「何々の仲間」と言っているのです.その200種を見てみますと,これは名前を決めるところまで、専門分野では研究が進んでないだけでなく,それらは非常に小さな虫たちで、皆さんがあまり関心がないだけでなく,「なんだこんな虫」というわけで無関心のうちに見捨てられているものが大半なわけです.
 たとえば,土や落ち葉などの有機物を分解する生態ピラミッドの底辺にいる「トビムシ」という昆虫の仲間は,8種のうち7種が「何々の一種」で記載されています.このような小さな虫達を食べて上位の生き物達が育まれているわけですから,この生態系を保つためには,このような我々の目に触れない小さな生き物は非常に大切で,多くの種と数がいるということです.これらはその2300種から外されているものですから,多分,海上の森だけで昆虫は3000種近くいると思います.
数年前に出された「愛知県の昆虫」のリストには,6063種いることになっています.それは五十年もの間,つまり戦後から現在までの全ての記録を調べて6000種ほどです.このうち何分の1かはもういなくなっているかもしれません.愛知県中の昆虫の半分以上の種類が,海上の森にすんでいることになります.愛知県のわずか0.1 %という、限られた面積にすんでいるということです.このことから海上の森が非常に生物の多様性が高いということは,どなたが考えても間違いはないと思います.雑木林や田畑,人工林や湿地などの多様な景観を構成している里山が,分類学者たちには価値の高いと言われるシイなどの純林で構成される森よりも多様性が高いということです.

どこにでもいる虫がいなくなってきた
 自然保護の取り組みは,1970年代くらいまではいわゆる貴重主義,または珍品主義でした.たとえば天然記念物のヒサマツミドリシジミというチョウが自然保護の対象になってきたわけです.しかし,そういう考え方だけではもはや自然が守れないということに,全く気がつかないうちに,海上の森のような、非常に身近な自然が,この20年から30年の間にほとんどなくなってしまったのです.
 たとえば,ゲンジボタルとか、最近ではメダカがレッドデータブックに出てきましたね.海上の森には,このレッドデータブックに新たに記載されたメダカとカワバタモロコ,ホトケドジョウの三種がいます.さらに,アクセス道路の名古屋瀬戸道路の予定地には天然記念物のイタセンパラも生息しています.これらは,昔はわれわれのごく身近に,普通に見られた虫や魚たちです.今では一匹何万円もするオオクワガタなども本来里山にいたのです.いわゆる屋敷木といわれる大きな木の中に、穴をあけて棲んでいたのですね.われわれの小さい頃には,そういうところで採った記憶があります.そういう虫たちがホントにいなくなってしまったのです.おそらく海上の森にもオオクワガタはいるでしょう.近くの昭和の森で見つけたことがありますから.
 「里山は貴重でない」という言われ方の多くは,「里山は人が手を入れて作り出してきたものだから,だから里山はわれわれがつくれるし,管理できる」ものだとする間違った考えかたからです.それは大きなマチガイです.里山は,何十,何百年という長い年月を経て形成されたその地域に特有の生態系があり,特有の生物相を持っているのです.この点が一番大切なのです.

写真1 ギフチョウ         写真2 アサギマダラ

ギフチョウは全滅の危機にある
 この地域の特徴として,たとえばギフチョウが上げられます.皆さんも良くご存知のこれがギフチョウです(写真1).これがアサギマダラですね(写真2).秋になると海上の森にもたくさん飛んできます.これらが海上の森で見られる昆虫ですが,その中で指標として重要なものをリストアップしたものです.たとえば,これは名古屋の矢田川で採れたというので,ハッチョウトンボという名前を付けられたトンボです(写真3).ここにいるいくつかの虫は,オサムシの仲間です(写真4).海上の森には7種類おり,ガの幼虫やミミズ,カタツムリなどを食べる肉食性です.彼らが多くいることは,彼らのえさとなる小昆虫や土壌性の動物が豊富であることを示す指標にもなります.

写真3 ハッチョウトンボ         写真4 オサムシの仲間
(省略部分)96年の5月頃に半日歩くと,道路上を歩いているオサムシを20〜30匹以上見つけることが出来ました.しかしここ2年ほどは,調査や採集マニアによる影響でほとんど見かけなくなりました.それは後ろのはねが退化しているために飛ぶことが出来なく,移動範囲が狭いため地域により色や点刻が微妙に違うことです.私から見ると同じ種なのですが,この変異がマニアにとって魅力的で,そのうえ紙コップの中にえさを入れて集まった虫を一網打尽にとれるためです.土の中に埋めた紙コップに佃煮になるほど一杯入ったのを見かけましたが,県のベイトトラップ調査の調査方法を見ると1カ所に二十個もしかけるそうです.1回の調査で7地点としたら,3回の調査で、なんと420個の紙コップを埋めたことになります
 これは準備書の中に載せられている「注目すべき動物種」一覧(表)です.海上の森には貴重な動植物があわせて100種います.保全生態学の鷲谷さん(東京大学教授)に「海上の森はまさにホット・スポットである」と言わせたほど,海上の森にはこんなに多くの貴重な昆虫が生息しているのです.その中からギフチョウを例に挙げてお話します.

表1−1 注目すべき動物種リスト(準備書より編者一部改変)

表1−2 注目すべき動物種リスト(準備書より編者一部改変)


 この図(図1)は,ギフチョウの幼虫のえさとなる二つの食草,ヒメカンアオイとスズカカンアオイの愛知県における分布を描いた図です.北の方の岐阜県から,ヒメカンアオイを食べるギフチョウが南下してきたのだろうと考えられます.それから,東の静岡県の方から移動してきた,ヒメカンアオイを食べるギフチョウがいます.静岡県では最近はほとんど絶滅して,その名残がわずかに岡崎あたりに残っている程度です.この南東側は静岡県を含んでほぼ全滅に近い状態です.
 海上の森のスズカカンアオイを食草とするギフチョウは,西の三重県の方からというがずっと分布を広げてきたのだろうと想像されます.その食草が岐阜県側と静岡県側との間に侵入してきた形になっております.この名古屋市を中心とした市街地を含む地域は開発が進んで,ヒメカンアオイもスズカカンアオイもなくなり,その北東側の地域,図の右肩下がりの斜線のところにスズカカンアオイが残されてしまったのです.その南端が海上の森になります.静岡県のギフチョウはスズカカンアオイ食べないことは知られており,スズカカンアオイを食べる海上の森のギフチョウは,他の地域とは違う個体群だろうと考えられています.このギフチョウが,今全滅の危機にあるわけです.

図1 愛知県のカンアオイ2種の分布(愛知県豊田加茂広域圏のギフチョウ生息地、田中蕃、日本産蝶類の衰亡と保護、第4集、日本鱗翅学会、1996

ギフチョウの生きられる環境が大切
 図2は市民グループの海上の森ネットワークが調査したもので,海上の森でのスズカカンアオイの分布図です.あえてこちらを使うのは,県の調査よりも精度が高いので,こちらを使わせていただきます.このようにスズカカンアオイがあっても、必ず卵があるとは限りません。南部を流れる吉田川から北にかけては空白なわけです(図2).もっと北側の地域に行くと卵がみられることを頭に入れておいてください.(ギフチョウ卵の分布図は乱獲防止のために掲載していません)


2 スズカカンアオイ分布図96年度版瀬戸市海上の森調査報告書、海上の森ネットワーク、編者一部改変)

 これが県のやりました調査(図3)です.ちょっと縮尺が違うのできれいに重なりませんが,調査域がこのように書かれています.卵が確認されたということでなく,あくまで調査地点です.なぜこの地域に限定したのかはわかりません.調査地点を見ますと,卵が多いところは分かっているのですが,そこをはずしています.これは気になることですが,細かいことは省略しましょう.


3 ギフチョウの調査地点位置図(準備書より編者一部改変)

 ギフチョウがいかに重要であるかという話をすると,「あまり貴重な種ではない」と言われる人がいます.ギフチョウが重要であるのは,それが珍しく,個体を保護せよと言っているのではなく,環境を表す指標種として,ギフチョウがすめる環境があるかということです.
 ギフチョウは飼育することができるのですね.卵を採ってきて、家に持ち帰って飼育ができます.だから,非常に簡単にギフチョウは増やせるのだ,という錯覚におちいるわけです.それは非常に危険なことで,たとえば,ビオトープだとか保護策を考える時に,移入や移植の話しが出てきます.その移植がどうして問題になるのかというと,植物の場合はある特定のもの,ここではスズカカンアオイですが,これを増やすことは技術的に可能かもしれません.しかし,移植をして増えても,果たしてギフチョウが飛んできて卵を産むでしょうか.彼らは特定の地域にしか卵を産みません.こんなにたくさんスズカカンアオイが分布しているにもかかわらず,ギフチョウが卵を産むのは局限された地域なのです.わたしたちは98年と99年に調査をしましたが,たった三個所しか卵の確認ができないほど,個体数が少なくなってきております.
 話は変わりますが,皆さんはトキの人工飼育についてどう思われますでしょうか.5羽になり捕獲した時点で、もはや日本は自然界に復帰させることをあきらめたわけですね.中国では,ほぼ同じ頃に7羽のトキを保護して,現在野生のものだけで98羽、人工飼育をあわせると176羽にもなっているのです.徹底した保護策をとった中国ではまだまだトキが住める環境が,そして、営巣することができる場所があるわけです.これは,トキやオオタカばかりでなく,昆虫においても同じです.
 少なくとも、なぜギフチョウがこんなところに卵を産むのだろうかということがわかっていなければ,保全策はたてられません.わたしたちも調査をしていて,丸々と太ったこんな柔らかい葉に卵がついているだろうと思って裏返して見るのと、不思議なことに,ついていません.ギフチョウが孵化して親になるまでには十枚・二十枚も食べるわけですから,こんな大きな株にはつくだろうと思って返すと,ついていないのですね.ときたま23枚のところをひっくり返すと,そういうところについていることがあります.
 なぜそこに産みつけるのか,まだわれわれにも分からないわけです.スズカカンアオイが芽を出す時には,葉っぱが二つに折れたような形で延びてくるのですが,そこにギフチョウが飛んできて卵を産みつけるわけです.その後、葉が展開すると卵は葉の裏側になってみつかりにくくなるのです.どの葉が,そしてどのような環境がいいのかということは,残念ながら分かりません.スズカカンアオイの丸々と太った葉がいっぱいあるところに,ギフチョウの卵が見つかるとは限りません.スギ・ヒノキの人工林の中にも大きな株のスズカカンアオイがあるのですが,そこでは食べられることがなかったからスズカカンアオイが丸々と太ったのかもしれません.しかし,そこにギフチョウが卵を産みに行きません.なにか理由があるのではないでしょうか.それをわからずして,食草の移植やチョウを放しても,ギフチョウすらすみつくことはないでしょう.生態系の保全にはその種を取り巻く環境を広く残していかなければならないことを,考えておかなければならないということかと思います.

川の分断で水生生物はどうなる
 水系の図を見てください(図4).濃い線で描かれているのが川です.中心域(Aゾーン)が南北に広がるため水系を真っ二つに分断しています.すべての川の真ん中を分断しています.だから,いくら下流の保全域(Bゾーン)を保存してみても上流が開発されれば,当然影響がでるだろうということは,子供でもわかりそうなことです.それがまったく理解されていません.

4 海上の森に広がる小河川と湿地(準備書より編者一部改変)

これは準備書にある図(図.5)ですが,これを見ますと「水辺の環境に変化を生じる可能性のある河川区間」という中に下流のBゾーンが書かれていないのですね.先ほどの森山さんと波田さんの話に出た屋戸川という砂礫層のある地域は,まったく無視されているわけです.この地域には,ハッチョウトンボがたくさん生息している所なのですが,どうしてでしょうか.


5水辺の分布と計画案(準備書より編者一部改変)

 もう一つ奇妙な話ですが,これは準備書に出てくる底生動物調査地点(図6)です.底生動物とは水生昆虫のことです.調査地点で見ていただきたいのは,一番上に1が,その下に3があります.4がありますが,567がなくて8があります.この予定地の中のある部分だけが,意識的に準備書の中に書かれていないのです.書いていないということは,県にとって困るから書いてないのでしょう.123と順番に書けば良いところを,わざわざ見抜いてほしかったのかもしれません(笑い).このとばされた調査地点は事業による影響が予測されたために,意識的にはずされたと考えられます.評価書で出ることを期待しましょう.


6 底生動物調査地点(準備書より編者一部改変)

水生昆虫の生活形からわかること
 そこで,私たちも水生昆虫を調べました.ちょっと頭に入れておいてほしいのは,カゲロウとカワゲラです(図7).カゲロウは,水底の石の表面に付いている珪藻という植物プランクトンを食べて生きています.カワゲラは,石の隙間に隠れていてカゲロウやトビゲラを食べています.これらは匍匐型といって,水中の石の上を歩き回る虫です.トビゲラには,大きく分けて巣を造る携巣型と,網を張る造網型がいるのですが,巣を造るためにはたとえば石粒や枯葉、木の枝などが必用になってきます.


7 採集できた主な生物(川合禎次編:日本水生昆虫検索図説より抜粋、東海大学出版会、1985
 図8は,どの川にどのような生活形を持った水生昆虫がいるかを表わしています.たとえば四ツ沢では,ほふく型のカワゲラがたくさんいるところです.北海上川や吉田川も同じ型のものが多くいます.そして次に多いのが掘潜型といって,とんぼの幼虫であるヤゴのようにもぐっている昆虫です.屋戸川では携巣型が多いのです.これは石粒で巣を作るトビケラです.屋戸川というのは砂礫層地域ですので,その砂粒で巣を作るのです.


8 生活形による水生昆虫のうちわけ
 このグラフ(図9)は1996年から99年の4年間,毎年3月の調査結果です.調査していないところもあって見づらいですが,私たち以外の調査グループ(会場の森ネットワーク)の調査結果も合わせて各年の比較をしています.そこで,先ず種類数の方を見てください.これから,屋戸川流域は非常に種類数が少ない事がわかります.それは,非常に水がきれいで、栄養物が少なく,食べ物が少ないことを表わしています.水が少し汚れてきて栄養分が多いと,植物プランクトンである珪藻が石の表面に付着し,それをカゲロウが食べたりします.あるいは落葉があるとトビゲラが食べたりします・屋戸川ではそういった栄養物や堆積物がないために,非常に種類数も個体数も少なくなります.



9 毎年3月の水生昆虫の個体数と種類
それに比べて,北海上川・四ツ沢というのは,非常に種類数も個体数も多いですね.種類数と個体数では目盛りの単位が違いますが,個体数を見ていただいても,北海上川は非常に多いですね.それから次に吉田川,そして四ツ沢です.この四ツ沢というのは,北海上川と海上川が合流し,少し水の流れが緩やかになるところです.だから中流型のものが少し出てきます.歩き回るほふく型にとって川の流れが速いところは非常に苦手なわけです.四ツ沢では,流れが緩やかになります.歩き回るほふく型が72%とたくさん出てくるのは,そういう理由なのです.

大正池の水抜きだけで水生生物に影響
 さらにこのグラフを見ていきますと,1999年大正池の水抜きとボーリング工事による影響が出ています.大正池の水抜きは98年の11月に行なわれました.これによって非常に大きな影響があったのが大正池の下流の北海上川です。
北海上川では,多かった個体数と種類数が,99年にはガタッと落ちています.ものすごい減少です.種類数の大きな減少は,ほふく型の昆虫が激減したためです.ここでの個体数の多さは,もちろんほふく型に依存していたわけです.
大正池は砂防ダムによってできた池ですから、水を抜くと砂が流れ出てきます.その土砂の流入により水が濁り水中に光が十分届かないため,カゲロウの餌となる石の表面につく珪藻がよく育たなかったり,カワゲラたちの隠れ家となる石と石のすき間が砂で埋まったりして,ほふく型の水生昆虫がいなくなりました. 先ほど水系の地図のところでお話したように,その地域が守られてもその上流の環境が変われば,その下流で影響が出てくるのは当たり前なのです.大正池の水を抜いただけで,下流の北海上川が大きく影響を受けましたが,海上川は全く影響を受けないでいるわけです.しかし,その上流にあるAゾーンが開発されれば,当然海上川も大きく影響を受けるようになるわけです.
 それからもう一つ,ゲンジボタルとハッチョウトンボですが,こちらがゲンジボタルの分布図です(図10).ゲンジボタルが川に沿って分布しているのは当然ですが,屋戸川にはほとんど分布していませんね.それがハッチョウトンボになりますと(図11),今度は砂礫層の地域に多くいるのです.ハッチョウトンボというのは,春から夏にかけて,卵を産むのですが,その時にはあの湿地帯から消えてしまうのです.彼らの移動先は,砂礫層の特徴でもある非常に小さな湿地と言うより、ガレ場の上でちょろちょろと水が染み出している,そのようなところにいるのです.


10 ゲンジボタルの成虫の確認位置(準備書より編者一部改変)


11 ハッチョウトンボの生息確認地と直接改変域(準備書より編者一部改変)

 この図12は準備書にある,注目すべき動物種の確認位置です.意識的ではないと思いたいのですが,黒に網がけされた部分,直接改変域には少ないのですね.底生動物の調査地点(図6)のように,調査を省いたとしたら,当然そのような図になるのは当たり前なのでしょう.それで,注目すべき動物種がみんなAゾーンをさけた川沿いにあるのです.


12 注目すべき動物種確認位置と直接改変域(準備書より編者一部改変)

 しかし,ここで重要なのは,この注目すべき動物は水生昆虫ばかりではないということです.ゲンジボタルやハッチョウトンボは川沿いにいるというのは誰が考えても不思議ではありません.しかし,他の昆虫や鳥たちも,やはり同じように水系に依存しているのです.小鳥はえさをとるだけでなく,毎日水浴びをするために,湿地や川にきます.このこと,ひとつとっても,地形・地質あるいは水系がベースになって,植物が,そして昆虫や鳥たちという生態系のピラミッドが形成されていることがわかるでしょう,その形成の過程のどこを崩しても大きな影響が出てくることは,明らかです.

第2部         シンポジウム・討論(八田発言部分)


生物の生息は地質が左右するか?(P.145)
わたしが面白いと思ったのは、水生昆虫はどの川もトビゲラが少ないことです。トビゲラには石や木の葉などの殻をミノムシのように作るのと、殻を持たない裸のやつと、2つのタイプがあります。殻があるのは意外と魚に食べられにくいのですが、棲んでいるところが流れが緩やかなところに限られています。殻を持たないのは、砂礫層地域では非常に少ないのですが、サワガニや魚などの捕食者に食べられてしまいます。それに加え、屋戸川流域では完全に砂礫層地域ですので、餌となるものが少なくて、生息が限定されます。それから、砂地ですから石と石との間の隠れ家ができません。そういったことが、トビゲラが少ないことが原因に挙げられます。捕食者に見つかりやすく、食べられてしまうわけです。だから屋戸川では水棲昆虫が住みにくく、ほとんどいません。屋戸川では、砂で作った巣を持っているのがかろうじて生きているだけです。こんなふうに捕食者の影響が考えられます。
だからあそこには、サワガニも少ないですね。サワガニが多いのは、吉田川と北海上川です。すごく多いという感じがしています。海上の森の川ではサワガニが捕食者としてあげられ、魚がいるのは池か、川ではかなり下流の方です。四ツ沢あたりから魚が見られますから、水生昆虫の捕食者という点では、さびしい感じがいたします。だから、カワセミもどこに取りに行くのかなあ(笑い)、と思います。
(省略:それから魚のことで一つ触れておきたいのは、下流の方、屋戸橋と屋戸小橋のところにいま護岸工事がされていますが、そこに魚が棲めるとは考えられません。なんであんな多自然型工法をしたのか、あれでは魚が外から丸見えの状態になってしまいます。そこで生活できるのは川幅が広く、流れの緩やかな下流でみられるオイカワくらいだろうと思われます。あるいは、池でも棲めるコイなどを放流すれば棲みつくだろうと思います。これはカワセミの餌になるかもしれませんね。ここまでくればの話ですが。
このような山地流から平地流になるところで、海上の森のように自然度の高いところは、今では少なくなったのですが、水質が悪化しなくても周辺の環境が変わるだけで、そこに棲む水生昆虫に大きく影響を与えることがあります。そのよい例が、屋戸橋の上流ではチョウトンボが、屋戸小橋と銭屋鉱産跡の前の川ではオオカワトンボがみられたのですが、今ではこれらの生息場所がなくなってしまいました。)

里山の生態系の認識がない!(p.154)
オオタカが営巣していることに関して、とんでもないことを言う人がいます。一般の方ではなくて、生物屋さんと称する人たちにも多くいます。「人の生活とオオタカとどちらが大切か」とか、「オオタカなんてごく普通じゃないか」なんていう話しが出るんですね。このような考えには、先ず里山の生態系の頂点に立つ生物がオオタカであるという認識がないんですね。オオタカというのは、ドバトだとかカラスだとか我々の身近にいる鳥、多くは鳥らしいのですが、それらを食べているんですね。その生態系の頂点にいるオオタカが影響を受けると、その頂点が影響を受けると、当然その下の生態系にまで大きな影響を与えてくるというのは小学生でも知っている話しですね。しかしこの点は、大変重要なことだろうと思います。

木曽川のトンボ池の実例
 ここで、下の表を見ていただきたいのですが、木曽川の笠松のところにあるトンボ天国と呼ばれる池の集まりです。最後の調査をしてから10年になるので、ぼつぼつ調査したかったのですが、建設省が大々的な公園を造ってしまいましたので、怖くて見に行けません。もうあのトンボの池は終わってしまったというか、トンボの成虫の生息環境がなくなり、完全に孤立してしまったのです。池のバックになる環境が完全に崩されました。
トンボ池というと、トンボが住んでいる池だけを保全すればよいと考えがちなのですが、トンボは幼虫のときはヤゴとして水の中にいるのですが、親になると外に飛んでいくわけです。よい環境はないかと、あるいはメスを探す、という行動圏があるわけです。行動圏は周囲の環境によって全く違います。これは、ため池でのトンボの産卵場所を書いた表です(表1)。もちろんトンボは池だけでなく川にも産卵します。トンボは環境に対する適応性がありまして、トンボの幼虫の生息場所も、たとえば流れが速いとか遅いとか、深さによっても、あるいは植物状態によっても違います。それは親になってもそうです。たとえばアカトンボやシオカラトンボは、わりに広い空間を好みます。イトトンボなんかは草むらの中、あるいはモノサシトンボなどは林の中にいます。空中にもそういう環境を求めるわけです。


1 ため池での産卵場所(高崎保郎:ため池の自然学入門、ため池の環境と生物(トンボ)、ため池の自然談話会編、合同出版1994

 そこで、ここに書いている造成池というのは1973年に掘った池です(表.2)。これはどういうことかというと、トンボ池にはたくさんのトンボがいるということで、トンボに関心を持っている方が、河川敷の中で用水路がないために壊されてしまう、ということで反対運動をしたわけです。そこで、奈良女子大学の津田松苗さんが、建設省からトンボ池の再生を頼まれたわけです。


2 トンボ天国池沼群のトンボの種類数の年変化(木曽川トンボ天国の自然、岐阜県笠松町、1989

 そこで、トンボ池においては、先ず、河川敷の中にブルドーザーを持ってきて、とりあえず穴だけ掘りなさい。そしてそのまま放置して、その造成池がどのように遷移していくのかを見ましょうとしました。図5の湿性遷移では、水草が生え、浮き草などが生えて、そしてヨシやガマで埋め尽くされていく、という形になるというわけです。そのヨシやガマが生えているのが古池という池です。この池は、トンボ池よりも遷移が進んでいる池です。トンボ池はヒシが繁茂してきて、そのうちにヒシが水面を覆い尽くすような状態の池です。トンボ池では、その池にいるトンボの種類数を調べていきますと、1973年から比べると表1のように落ちているわけですが。しかし造成池はほったらかしで穴を掘っただけで、手を入れていない池ですが、1982年の状態では27種類、1988年には32種類になっています。もともとこのトンボ池では、はじめは20種類しかいなかったのに、いろんな状況を持った池ができたために、1988年にはトンボ天国全体で38種類と、その種類が約倍になったわけです。それぞれの遷移の段階をいくつか持っているということが重要であると示しています。


5 乾性遷移と湿性遷移(新生物:教研出版、一部改変)

ギフチョウと植生の関係は?
(省略:今、海上の森では「代償措置」という言葉が出てきますが、代償措置とは、たとえば移植すればいいじゃないかと言います。それは最後にやるべきことなのですが、代償措置をするにしてもその効果が、前あった自然環境よりも良いものができるとか、ちゃんと確保されてから代償措置を行うべきであって、海上の森の代償措置は具体的には出ていないのですが。果たして、たとえばギフチョウの食草であるカンアオイを植えて、あるいはゲンジボタルの代償措置としてどうするのか、それが100%可能性があるのかどうかということを試さずに、その代償措置を取ってそれで保全できるというようなことを言っているわけです。)
それは、里山の中でもあるわけです。そこで、波田さんにお聞きしたいのは、海上の森で40年、50年のスギがある、それをたとえば40年くらいで生産性が成り立つということで切って、そこにギフチョウが産卵できるような。あるいはギフチョウが求める空間を作ることはできるのでしょうか。スギ林では産卵数が少ないんですが、若い状態の時には割と見通しが良いので、結構人工林の中にも侵入してくるんです。スギ林のような人工林の環境の中にもそういう可能性があるのか。あるいは、その植生環境の中で、波田さんが始めて海上の森に来られて歩いたとき、たしか土岐砂礫層の地域はここまで遷移が行かないんだよと言われましたですね。わたしは非常に関心を持ちましたが、その点を含めて波田さんにお話しをいただけるとありがたいと思います。

禿山でなかったことを証明する一枚の写真(p.172)
わたしも県のホームページを見ました。書いている文言がひどいものでして、一番ひどいところは、「このように会場地の成り立ちは、長年にわたる人間の関与の影響下で維持されてきた自然であることを認識することが大切です」と。
つまり、海上の森は禿山でひどいところであったことを認識しろといっているわけで、明らかにあの森の価値を下げるような内容だと思います。


Nさんが作ったオオタカの巣

 このシンポの討論部分で、「p.178実際にやってわかったオオタカの巣作りの難しさ」として、Nさんがオオタカの巣作りに挑戦した話が紹介されている。彼は造園業を営むかたわら海上の森の保護活動にかかわり、パトロールなどをしてオオタカ保護のためにがんばっておられた。開発予定地にあった古巣が何者かの手により壊され、その巣にいたと思われる個体が万博会場に乗り入れる名古屋瀬戸道路の海上の森の中心部に当たる進入路近くに営巣したため、名古屋瀬戸道路の万博会場への乗り入れがストップしたことは博覧会協会や愛知県にとっても予測もしない事態であった。
日本野鳥の会を中心に里山生態系の頂点にいるオオタカの重要性についてマスコミなどでも取り上げるようになり、「里山」と「オオタカ」は自然保護運動での重要なキーワードとなり、「人と、自然との共生」という造語が言われるようになった。しかし、前述のように行政サイドの一部の分類学者や研究者によって構成される専門家からは、「里山」は「禿山を手入れして作られたものである」とか、「希少種が少ない」、「オオタカはどこにでもいる」などといわれ、新しいアセス法の中には「生態系」という観点が入ってきたが、まだまだ日本の自然に対する考え方にはなじんでなく、「絶滅危惧種」や「レッドデータブック」がはやり言葉として使われるなど「貴重種保護」としての扱われ方をしている。