セアカゴケグモの駆除に生態学視点を
名古屋女子大学 八田耕吉
1995年に大阪で発見されて以来、各地で生息の確認がされ、2000年には西宮市(兵庫県)にて定着が確認されており、名古屋でも2008年に駆除が開始された。
その後、この種も外来生物に指定され、危険動物としての駆除が行われるようになった。従来、日本にはマムシで代表される危険動物はスズメバチやムカデ、最近ではツツガムシやヤマビルなどの被害が増えており、セアカゴケグモの毒よりも怖い、死に至る危険性のある生物は多く見られる。かといって、攻撃性がなく、毒性も弱く、アナフラキーショックなどの致命性も低いなど、たいした危険性がないといって、行政は放置するわけにもおれない。ここでセアカゴケグモの駆除について、生態学的見地を考慮した対策の必要性を述べる。
現在、決定的な駆除法の決め手がない状態で、農薬の散布や焼却による壊滅作戦があちこちで行われている。農薬の散布は日本の農業の発展に大きな貢献があったが、同時にトンボやメダカ、ドジョウなどの水田地帯における日本の自然を代表する在来の生物を壊滅状態に追い込むといった影響も大きかった。農薬は害虫などの撲滅には効果があったが、反面天敵を含む多くの生物を失うこととなった。
現在行われているセアカゴケグモの撲滅作戦も、焼却も含め、同様に多くの生き物の生息を危うくすることともなりかねない。有効な決め手もないまま行えば、農業害虫の撲滅と違い、作物の収量を上げるといった経済効果などの大義名分もないまま、日本の在来生物の存続も危うくすることとなる。ただ、咬まれても死ぬなどの大きな被害がないと放置することもできない。その上、ブルーギルやブラックバスで代表される外来生物の侵略による在来生物の絶滅や生態系の破壊(生物相の単純化)が憂慮される。
在来生物の駆逐の危険性からの排除を考慮した外来生物の駆除と、有効な駆除方法の確立なくして、むやみな全滅作戦による自然界への影響を考慮して行わなければならない。すなわち原点に返り、セアカゴケグモが侵入、繁殖している要因を解明することからはじめ、分布の拡大を止める有効な手段を探らないまま、むやみな殺戮を繰り返してはならない。
帰化生物の侵入、定着については、古くは「侵略の生態学(エルトン)」、「天敵(安松敬三)」や「アメリカシロヒトリ(伊藤嘉昭)」などをはじめ、多くの生活史、繁殖行動、天敵などの生態学的な研究をもとに農学や林学を中心とした調査・研究がなされている。アメリカシロヒトリは1950年代に侵入したと考えられているが、関東や関西などの大都市では大きな被害を出したが、当時名古屋飛ばしといわれるなど名古屋では大きな被害が出なかった。この蛾はご存知のようにポプラやプラタナスなどの街路樹に多く見られた。当時名古屋もサクラの害虫駆除(毛虫や農薬散布への苦情)に困っており、外来の街路樹が使われており、他の大都市と同様であったが、名古屋では小鳥の捕食により大発生が抑えられたと考えられたが、近年名古屋を中心に被害は拡がっている。
すでに分布が拡大したブルーギルやブラックバスなどの駆除も限界があり、セアカゴケグモの駆除も早い対策が必要と思われるが、前述したように生態系を無視した大掛かりな駆除は一時的に壊滅しても他地域などの生き残りの侵入により、天敵のいない空間での繁殖は反って彼らにとっては好都合な環境ともなりうる。外来生物の侵入、定着はその生物の生息条件ともなる要件を充たす生息環境、産卵習性、移動・分散、生活史・天敵を含んだ生命表の解明なくしての駆除を行っても、過去の外来生物の侵略と同様になることは容易に推測される。
セアカゴケグモはオーストラリアからの侵入は船により搬入された資材についていたと見られている。長期間放置された資材や車の車体(車軸)などに生みつけられた卵塊が基盤材とともに運ばれて拡散したと考えられている。そのため、港から他の地域への拡大は駐車場や人が多く集まる広場など、徐々に拡がっていくのではなく単発的である。生息場所は、周辺の草むらや田・畑、山林など豊かな餌環境が整った場所でなく、むしろ側溝や雨水枡などほとんど餌動物が少ない悪環境である。もともとクモの仲間では、積極的に徘徊して餌を捕るのでなく、待機型であるため、卵塊から幼生が生まれたときに分散したと考えられる。待機型の昆虫は、飢えにも強く、身を隠すことによって身を守るため、積極的に周辺環境への生息域の拡大はないと思われる。
ここまで書いてきたら、およそ見当がつくだろうが、卵塊および幼生がついた基盤材の移動と生息に適した無機質な環境の撤去が重要である。周辺の雑然とした資材置き場やごみ置き場の清掃などによるセアカゴケグモの生息環境および移動可能な環境をなくすことのほうが先決事項であろう。
生息の拡大や大量発生などの危険性を恐れるあまり農薬の散布や焼却などによる生息場所の生態系の壊滅につながる行為は避けたい。これらの行為は天敵などの全滅と同時に餌動物の減少を招き、結果的には他地域への移動を引き起こす結果ともなる。
セアカゴケグモはブルーギルが日本の在来生物の既存の生態系における食物連鎖網での隙間を埋める形で侵入したと考えられる。都市化により追い詰められたスズメバチや雑木林などの開発により追い出されたムカデ、シカなどの野生動物の繁殖により山ビルの被害が増えていることから考えても生態系のバランスを崩すことが、一時的な特定の生物の繁殖を引き起こすこととなる。そのまま定着しても、大きな生態系のバランスを崩さなければ、反って大発生を起こさないかもしれない。かといって、放置しておけばよいかといえば、前述のアメリカシロヒトリの大発生に見られるように、環境の変化などによる生態系バランスが崩れたときに同様な大発生が見られることも考えられる。
早急に必要なことは、前述した生活史や生命表で代表される繁殖行動、産卵習性、移動・分散や摂食行動などの生息地での実態調査を行い、今後の新たな生物の侵入に備えた地道な調査・研究の必要性が求められる。現在、侵入した地点において、駆除を全く行わない地域を含めた地域生物相の解明とセアカゴケグモの動態調査を行い、同時にコントロールとしての周辺地域を含めた側溝および集水枡における生物相の解明、周辺地域との交流可能な生物の行動範囲の推定が必要である。