夏に冬鳥が勢ぞろいする、でたらめな環境調査
愛知万博では、1999年から施工enforceされる「環境アセス法」を前倒しmove upする形で、アセスが行なわれた。通達を出したのは通産省であるが、環境アセスのモデルということで、通産省と環境庁とで実験的experimentallyに環境アセスを共同で行うことになったようだ。
ただ、それ以前から愛知県は、万博開催を前提premiseに、海上の森の生物調査を行なっていた。調査は愛知県の万博推進局から社団法人環境創造センターへ発注orderして行なわれた。
ところが、その調査報告書には、夏の調査のときに冬鳥が何種類かカウントされていたり、秋に植物調査を行い、春の植物が見つからなかったとして、何種類かの植物の生育growthを否定したりするような結果があった。秋から冬にかけては、多くの植物が枯れる。地上を見ただけでは、そこにどんな植物があったのかを知ることは難しい。つまり、時期をずらして調査を行なえば、ある種の植物は存在しないことになってしまう。
海上の森には、多くの昆虫insectも生息している。「春の女神」とも呼ばれ、海上の森にすむ昆虫の代表とされているギフチョウは4、5月に幼虫時代を過ごし、スズカカンアオイという植物の葉を食べて育つ。ところが、秋に調査を行なって見つかったスズカカンアオイの昆虫の食痕を、ギフチョウの食痕としていたのである。ギフチョウ以外にもスズカカンアオイの葉を食べる昆虫は8種類ほどが知られているが、それをすべてギフチョウの食痕にすることでギフチョウの数を水増しして見せたかったのだろう。
こうしたあまりにも杜撰な生物調査bioassessmentに対し、地元で自然保護活動をしている住民や研究者らが住民監査請求auditrequestを行なった。そうしたなかで明らかとなったのは、環境創造センターの職員は3名で、専門家expertはいないということだった。理事には、愛知県幹部が天下りgolden parachuteしていた。しかも、愛知県は入札bidもせず、ほとんど丸投げleave allで環境調査を発注した。
住民監査請求は結局退けられたが、こうしたことが明るみexposureになった結果、生物調査は別の調査会社へと変わった。その後は、県の調査もかなり精度を上げてきたという。とはいえ、万博にご執心の県としては、希少種rare speciesが明らかに減少しているというような結果を出すわけには行かない。
名古屋女子大の八田耕吉教授は、万博会場でギフチョウやハッチョウトンボの調査を行なっているが、県の調査結果とはかなり違う結果になることが多いと語る。
ただ、万博会場の調査といっても、会場は県有地であり、県が造成した土地を万博協会に貸す形となる。万博会場のアセスメントは県が行なうが、パビリオンなどの工事が行われる場所は万博協会がモニタリング調査を行なうことになる。モニタリングというのは追跡調査であり、結果を確認confirmするだけである。モニタリングの結果、貴重な昆虫や植物が絶滅していたことが判明したところで、工事方法の変更や事業の中止が行なわれるわけではない。
八田教授は、「私たちと県や万博協会とでは調査方法が異なります。私たちはスズカカンアオイという植物に産みつけられたギフチョウの卵の数を数え、成虫になったチョウを捕まえマークを付けて放します。こうした調査方法ですと、かなり正確に個体数を把握できます。ところが博覧会協会ではルートセンサスと呼ばれる方法で調査します。この方法で調査する場合は、目的とする昆虫だけでなく、他の昆虫なども同時に数えるなどして調査対象とする昆虫の数を推測することになります。きちんとした方法で調査を行なえば問題はありませんが、そうでなければかなりの誤差が生じます」と話す。
八田教授たちが愛知県で行なっている調査方法の欠陥flawを指摘したところ、「これまで行なってきた調査方法を変えると、データが狂うので変えられない」との返事があったと言う。「間違った公式や方程式を使って計算すれば、同じことを何度やっても正解は出ません。大学ならばそんな解答は何度提出されても0点しか付けられず、卒業させることが出来ません」と教授はため息をついた。
ガードマンまで立てて露骨な調査妨害
行政側executive branchのいい加減な環境アセスに業を煮やした市民の側では、八田教授も加わった市民によるアセスの会が作られることになった。ところが、こうした学者らの生物調査に対し、県側はかなり露骨obviousな妨害を行った。
愛知万博のメイン会場は、2000年9月に瀬戸の海上の森から、隣接する長久手町にある愛知青少年公園へ変更することとなった。この公園は、故桑原幹根・愛知県知事の時代(1970年)に、青少年の健全育成を目的として開園された。面積約160ヘクタールという国内でも有数の規模を誇る公園として、県民ばかりか県外の人々にも親しまれていた。
園内には、子供たちが楽しく過ごせる施設、温水プールheated pool、アイススケート場、サイクリングコース、キャンプ場camping areaなどが備わっていた。年間の来園者も280万人に達し、特に家族連れに人気があった。緩やかな起伏の丘陵地を利用してつくられた園内には、溜池small reservoirが多数散在し、待つ、コナラの林が敷地のかなりの部分を占めるなど、都会の中では味わえない自然環境にも恵まれていた。また、園内には、希少種の植物、昆虫なども生育していた。
そんな青少年公園で万博が実施されるなら、当然、通産省の通達にしたがって、ここでも環境アセスを実施しなければならない。しかし、青少年公園そのものの生物調査は、過去において行われていなかった。公園周辺の河川などにおける生物調査があった程度である。県はそうしたデータを元に調査報告書research reportとして提出し、環境アセスの準備書とした。
きちんとしたアセスが行われることのないまま、青少年公園が万博会場に改変されることに危機感senser of crisisを抱いた八田教授たちは、青少年公園でのハッチョウトンボの調査を開始した。
この時点では、まだ青少年公園は閉園されておらず、一般の人が自由に出入りできた。それでも八田教授は、調査目的の入園だから、一応はきちんとした調査願いの手続きをしたほうがいいだろうと、公園の管理事務所administrative officeを訪ねた。すると、公園を管理している県の部署へ届けてほしいといわれたので、県に申請書を提出した。
勇躍、調査に入ると、いつの間にか調査地点の周囲にはロープが張られていた。最初、公園事務所が気を利かせdo it smart、調査をしやすいようにロープを張ってくれたのだと思ったという。しかし、状況は全く違っていた。ロープの前にはガードマンまで立ちはだかり、調査をさせないようにしていた。
その理由を問いただすと、その池で数年前に中学生が溺れたことがあり、危険なために立ち入りを禁止したのだという。
長年にわたり、池や川、海などで調査活動を続け、常に安全に心掛けてきた教授も、こうした県の対応responseには驚いた。湿地部分での調査であり、池の中へ入り込むことなど、まずあり得ないからだ。
「天皇陛下でも現場へは入れません!」
八田教授たちへの調査妨害obstructionは、その後も続いた。ロープを張られ嫌がらせharassmentoを受けた場所で、再びハッチョウトンボの調査をしようとしたときは、とんでもない言いがかりをつけられた。
トンボの個体数調査censusには、トンボがいる一定の区域に、1m四方ずつの目印をつける必要がある。そのため八田教授たちは、串カツなどに使われる竹串を何本か用意していた。
これを県側に了解を取ろうとしたところ、「公園内で勝手に竹串を立てれば、違法構築物とみなす。そのような行為は公園管理規定によって許可できない」と言われたのだ。それで、「公園内でオリエンテーリングを行うときには、旗を立てているではないか」と反論すると、「あの旗は競技の都度撤去するため構築物にはならない」と、なんとも理解しがたい返事が返ってきたという。このときはマスコミに訴えるなどし、各自然保護団体からの抗議objectionもあり、調査は実施できた。
しかし、青少年公園が閉鎖され、万博会場造成のための工事が始まると、工事現場の近くはもちろん、工事の行われていないところも、万博協会は立ち入りを拒みだした。理由は工事車両が走り回って危険だから、とのことである。
その後、国会議員congress-memberが万博会場の視察をすることになったとき、議員への同行を申請したが、このときには、「工事が盛んに行われている。たとえば天皇陛下であらせられようと、現場へ入ることを認めることはできません」とまで言い出す始末であったという。
万博会場は、県有地となっている。万博協会は、あくまでその土地を県から期限付きon a temporary basisで借りているだけの形だ。それだけに、県から調査拒否をいわれたら、調査活動は行えないというのが実際のところである。
さらに言えば、土地は県のものとはいっても、万博工事の進捗状況によって、所管overseeする県の部署は変わっていった。所轄部署がなかなか決まらず、結果的に県からの調査許可が遅れ、調査の時期を逃したこともあった。
八田教授たちの調査に対し、万博協会は以後も執拗relentlessな妨害を続けた。最後には、現場に立ち入るには安全を確保しなければならないため、協会関係者をたち合わせなければならないが、そのための人員がいないとの理由で調査を拒否してきた。
ところが万博PRのため、2003年8月から、第2・第4日曜日に一般向けの工事見学会を実施することになった。一般人が工事現場を見学する際は、万博協会の関係者を立ちあわせるのだから、万博協会の言い分はおかしいのではないか。こう教授professorが主張したことで、ようやく第2・第4日曜日だけは万博関係者が同行する条件で、調査が行えるようになった。
見学者が工事現場に入るとき、万博協会の関係者は腕に腕章armbandを付けている。その腕章が、土に戻るため自然に優しいといわれている「生分解」の素材でつくられていた。八田教授は、そうした小賢しいパフォマンスに、心からため息をつくのである。
前田栄作著「虚飾の愛知万博」、土建国家「最後の祭典」アンオフィシャルガイド、光文社
P.110−117