中国西南地域の水質浄化対策支援を通してみた環境問題

八田耕吉

 

私たちは1991年より、中国科学院昆明植物研究所と「中国貴州省西南部の苗族布依族の食文化」の研究を共同で行ってきた。

調査を通して学んだことは、多くの日本の食文化の原点となる豆腐やこんにゃくなどの昔ながらの加工法と、日本の古きよき時代を思い起こさせる里山の原風景や暖かい人とのつながりでした。多くの研究者が途上国における調査において、報告書の出版などで義務を果たしたかのように振舞ってきたのと同様、私たちの調査も報告書の出版で終わる予定でした。しかし、「ところで、あなた達はこれで何をしますか」と問いかけられ、われわれが記録してきた貴重な資料も、多くの調査データも、現地の人たちには何の役にも立っていないことに気づいた。

私達にできること

この間見てきた中国は、日本の高度経済成長期をはるかにしのぐ工業化や市場経済化が進み、大気の汚染や水質汚濁は中国全土に広がり、中国西南地域の内陸部に位置する農村(興義市)においても、1970年代の日本の公害列島といわれた時代を思い起こさせるほどの状態を呈してきました。このような中国の環境汚染の状況をシンポジウムなどの場で話すうちに、中国の公害の発生をくい止めるためにも、日本での調査や対策技術などを持つ仲間達で何かできないかと考えた。

中国でも現在ODA(政府開発援助)などの国際協力が多く行われているが、北京や重慶などの大都市で進められているような大金や大型機械を導入した大型プロジェクトでは、高い分析用試薬の購入やメンテナンスが行き届かずに高額な機器類がほこりをかぶっていると聞く。むしろ、古い方法だと思われがちなガラス器具を使った分析技術を導入するほうが適切であろう。現在、私たちが公害時代に学び、公害先進国として歩んできた多くの反省を生かした技術を生かすことが、環境に対する意識の改革をも含めて必要であろう。

わたしたちは中国貴州省興義市において、1995年から飲み水の水源となる浅井戸や河川水、水源ダム、興義市に流入する5つの河川の水質調査をおこなってきた。この2度の調査により、水質汚濁の現状と問題点を整理し、貴州省ならびに興義市環境保護局との協議の結果、水質の大きな汚濁負荷の原因となっている地場産業の芭蕉麺(カンナの塊茎から精製されるデンプンによりつくられる麺)の工場廃水の浄化について共同で調査研究を行うこととなった。

デンプン精製工場排水の浄化対策

芭蕉麺のでんぷん精製は、まずカンナ塊茎を簡単に洗浄後、破砕して水に懸濁させ、深さ数十センチメートルの沈殿池を通す間に沈殿したでんぷんを回収する方法で行われる。多くの場合、有機物や窒素を多く含んだ排水は、河川にそのまま放流されている。精製が行われる期間は秋から初春(10月から翌年の3月)にかけてであるが、カンナ破砕物の残渣も河川に捨てられるため、それが河川に堆積し、経年的な汚濁の進行が懸念される。

排出された汚泥の堆積やアオコの発生などにより、飲料水だけでなく灌漑用水としても不適な状態にまで水質は悪化している。その上、新たにでてきたカンナ塊茎の破砕残渣の処理、工場増加に伴う水量不足、漂白剤使用に伴う化学汚染、灌漑用水の汚濁による水稲被害などをなくすためにも、これらの問題を早く解決しなければならない。水質浄化対策に大量の金と資材をつぎ込み、知恵と努力を払っているにもかかわらず皇居の堀でさえきれいにすることができない日本の現状からみても、一度富栄養化した湖を元に戻すことは更に困難であると考えられる。

河川水は水田に利用されるが、汚濁の進行した河川水を利用する水田では、窒素過剰と考えられる過繁茂による水稲の被害が生じている。実際に、それがひどい場合には、水稲作を放棄した水田もみられる。一方、カンナ残渣を有機物資源とみなせば、使い方によっては農地還元により、土壌改良効果、ならびに肥料的効果を発揮する可能性がある。現在土壌・肥料の専門家を派遣して、より効果的な方法を模索中である。

大気汚染が進んでいる

中国において、もうひとつ気がかりなのは大気汚染である。中国の大気汚染の特徴は、北京や上海などの大都市や、瀋陽や重慶などの重化学工業地帯だけでなく、興義市などの農村にまで広がっていることである。工場からの排煙や自動車の排ガス対策はまったくとられておらず、真っ黒な煙を吐いているが、もっと気がかりなのが各家庭で燃料として使われている練炭の燃焼による室内被爆である。この地域で産する質の悪い石炭(硫黄含有量26%、灰分3〜35%)とつなぎとして赤土を混ぜて作られた練炭は、開放的な農村の台所でさえ、不完全燃焼による一酸化炭素や亜硫酸ガスなどにより目やのどが痛くなる。1995年頃から、冬季にこの地方独特の風のないどんよりと曇った朝には、朝の10時ごろまで車はライトをつけなければ前が見えない状態である。さらに97年の年末から正月にかけて現地に調査に出かけたときは、前日このような状態が続いた。

1985年のJICA(国際協力事業団)が世界の主要都市で行った大気汚染調査では、瀋陽市が硫黄酸化物の量が他の都市を大きく引き離しており、日本の約十倍の値を示している。更に、中国におけるエネルギー消費量は、硫黄酸化物排出量とともに世界第3位である。1993年に硫黄酸化物の排出量は、日本の18倍を越え、窒素酸化物排出量は5倍を超えている。

国際協力のあり方

貴州省は中国の中で2番目に貧しい省で、ODAなどの援助も少ない。貴州省の省都貴陽市では、肺がん、喘息などの気管支疾患の患者が日本の汚染地域の数倍以上と聞く。更に、貴陽市の周辺で、酢酸工場の排水による水銀汚染が水俣病を起こしている。ダム湖の富栄養化も進んでいる。日本と違い中国の内陸部における河川の汚染は、下流の飲料用水源ダムの富栄養化を引き起こしている。

中国では、1979年より「汚染者負担の原則」が取り入れられ、「排汚費徴収制度」があるが、企業は環境投資よりも罰金を払ったほうが安上がりと考えているために罰金収入が増え、自治体の懐がうるおうため対策が立てられないままである。

もともと川をきれいにするためにお金を使うという考えは農村の住民だけでなく行政機関においてももっていないので、川をきれいにすることによる効果が目に見えるようでなければ理解を得られない。と同時に、排水の浄化にあたっては薬品などによる化学的な汚染を防ぐことはもちろんのこと、コストが極力かからないこと、管理が容易なことなども考慮しなければならないなど、日本でやれる浄化技術をそのまま持ち込むことができない。

更に、水をきれいにするだけでなく、何か農民に還元される付加価値をも見つけ出さなければならない。日本の「ハルサメ」に似た芭蕉麺の食品としての価値、鍋などに入れても形くずれをしない性状や、KCaが多いという栄養価などの分析をした結果を現地に持ち込み、食品としての開発の手助けも考えてきた。但し、浄化法の確立なしに、ただ単に現地農民の貧しさの解消のために、直接輸入することは現地での市場価格を高騰させるだけでなく、大量生産による更なる水質汚濁の増進が起きることが考えられるため、慎重に取り組まなければならない。この他、しぼりかすの堆肥化や再生紙工場の協力のもと製紙化を組み入れ、農村での循環型社会の見直しの取り組みもおこなっている。

 

 

図。1芭蕉麺の精製工程

図。2窒素過剰による被害田の調査風景

図。3耕耘機に人を満載