軍港めぐり&記念艦「三笠」
日時:平成15年7月26日(土)
場所:三笠公園(横須賀市稲岡町82)
第二部「三笠」編
さて、三笠桟橋から再上陸、次は記念艦「三笠」である。
(横須賀市HP内の記念艦三笠案内)
戦艦「三笠」 | ||||||
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第2期拡張計画 1897計画第4号甲鉄(一等)戦艦 | ||||||
建造 | 英国/ビッカース・ソンズ・アンド・マキシム社/バロー・イン・ファーネス造船所 | |||||
起工 | 1899.1.24 | 進水 | 1900.11.8 | 竣工 | 1902.3.1 | |
全長 | 131.7m | |||||
水線長 | 126.5m | |||||
全幅 | 23.2m | |||||
喫水 | 8.28m | |||||
排水量 | 常備15,140t/満載15,179t | |||||
機関 | 2基2軸レシプロ/15,000ihp | |||||
燃料 | 石炭/1521t | |||||
速力 | 18ノット(時速約33キロメートル) | |||||
装甲 | 水線帯/100-230mm 上部水線帯/150mm 甲板/50-75mm バーベット/200-360mm ケースメイト/50-150mm |
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兵装 | 主砲/40口径30cm砲連装2基4門 副砲/15.2cm砲単装14基14門 8cm(3インチ/12ポンド)砲単装20基 20門 3ポンド砲単装8基8門 4.5ポンド砲単装4基 4門 45cm魚雷発射管 4門 |
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乗員 | 830名 | |||||
艦名 | 奈良東大寺正倉院北側にある若草山の別名「三笠山」より | |||||
略歴 | 1902.07.21/常備艦隊に編入11.5旗艦 | |||||
1903.12.28/連合艦隊編制に伴い旗艦 | ||||||
1904.08.10/黄海海戦 | ||||||
1905.05.27/日本海海戦 | ||||||
1905.09.11/佐世保港内で後部弾薬庫の爆発事故により着底、乗員339名が死亡 | ||||||
1906.08.08/浮揚 | ||||||
1908.04.24/佐世保工廠で復旧 | ||||||
1918.5.10-10.11/WWI ウラディヴォストーク、北樺太作戦に参加 | ||||||
1921.09.01/一等海防艦 | ||||||
1921.09.16/シベリア沿岸で警備行動中、アスコルド海峡で座礁 | ||||||
1923.09.01/横須賀係留中、関東大震災により岸壁に接触し前部より浸水 | ||||||
1923.09.20/ワシントン海軍軍縮条約により除籍 | ||||||
1925.01 /記念艦として保存することを閣議決定 | ||||||
1926.11.12/記念艦としての工事完了 | ||||||
1948.01.09/アメリカ海軍基地司令が04.01までに設備の撤去を指示、民間転用を許可 | ||||||
1958.11.04/三笠保存会設立準備委員会創立 | ||||||
1959.04.01/防衛庁移管 | ||||||
1961.05.27/工事完了(工事費1億8000万円) | ||||||
1992.06 /英国世界船舶基金財団海事遺産賞を受賞 |
■対露戦争をにらんで英国に発注された、六・六艦隊(戦艦6隻、装甲巡洋艦6隻を揃える計画)の一隻。
連合艦隊の旗艦として日本海海戦を戦い、その後は幾度と事故に見舞われ着底座礁を繰り返すもかろうじて生き延びた、
同世代中で現存する唯一の戦艦。
■英国ポーツマスのヴィクトリー号(ネルソン提督座乗。トラファルガー海戦に勝利。現存する最古の木造帆船)、
米国ボストンのコンスティテューション号(オールド・アイアンサイズと呼ばれる、対英戦争等で活躍した殊勲艦。
艦齢200年を超えた今も航行可能な帆走フリゲート)と並んで世界三大記念艦と称されています。
■一部にロシアのオーロラ(アウローラ)号(ロシア革命時、エルミタージュの冬宮を砲撃した巡洋艦。現在はサンクト
ペテルブルグのネヴァ川に保存。日本海海戦にも参加している)を挙げる方もいますが、ロシア人でしょうか言ってるのは。
■船体はコンクリートで固められ、船体以外の上甲板構造物(マスト、艦橋、大砲、煙突等)は、終戦後連合軍の命令で
撤去させられたため、設計図を基に復元されています。あと他国の英国製戦艦の備品も使っているとか。
■トリビア:記念艦「三笠」は、艦首を皇居の方角へ向けている。
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↑三笠の威容 |
■観覧時間は午前9時から。閉艦時間は時期によって変わる(4時半〜5時半)。
休艦日は12月28日〜31日の三日間。冬のイベントに合わせて行くと、見れないことがあるので要注意だ(笑)。
料金は一般¥500高校生¥300小中学生¥200。団体割引き(30名以上)
あり。
隣接して券売所・売店あります。
【外観】 |
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↑左舷副砲群 ■舷側からニョキニョキ突き出ているのは砲身。短艇の下、開口部から突き出ている4門は8センチ砲。その両側と下部にある、 防盾付きの砲身が15センチ砲。いずれもレプリカ。15センチ砲の砲郭は各種展示室となっています。 ■15センチ砲の下、二つ並べて置いてある砲弾は、日清戦争にて鹵獲された清国艦隊の主力艦「鎮遠」のもの。 右手前に見える黒い物体は、ロシア旅順艦隊所属の一等巡洋艦「バヤーン」搭載15センチ砲の装甲板。被弾の痕あり。 |
【兵装】 |
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↑前部上甲板 ■主砲の40口径30センチ砲は、連装砲塔が前部と後部の上甲板に1基づつ備えられています。 最大射程は10km。砲弾には、「下瀬火薬」と「伊集院信管」が使われ、日本海海戦で大いに威力を発揮しています。 ■下瀬火薬:海軍技師下瀬雅充氏によって開発された高威力の火薬。黄色火薬。ピクリン酸系と推定されたが永らく秘匿されていた。 映画ではロシア海軍の使用する黒色火薬に対して、煙が少なく視界を妨げないため弾着観測が容易、という解釈でしたが、 本来は爆発力をこそ誇る代物であり、その威力は弾殻をより粉々にし、破片による被害を増大させ、また気化ガスは非常に高温で、 鋼板に塗ったペンキへも引火し火災を引き起こすほど。 ■伊集院信管:日露戦争時、海軍軍令部次長であった伊集院五郎が1900年に開発した信管。鋭敏な感度と安全性を両立させた。 |
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↑後部主砲塔 ■展示してある砲弾は、左側の赤い方が通常弾で、右側の 黒い方は徹甲弾。砲弾重量は400Kg。 |
↑後部主砲塔左前方 ■上部に突き出ている窓付きの構造物は測距儀。 操作人員40名、装甲厚35cm、自重50トン、動力は水圧。 |
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↑15センチ砲 ■副砲として中甲板に10門、上甲板に4門、砲郭を設け計14門の15センチ砲を備える。 砲員は砲郭内で寝食を共にし、甲板や装備をピカピカに磨き上げた。 |
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↑8センチ砲 ■当時は12听(ポンド)砲と呼ばれ、砲員4名、弾丸重量5.4kg、20門を装備。現在は10門のみで、すべてが複製。 |
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【上甲板構造物】 | |
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↑上甲板中部 ■左舷側。舷側から突き出されているのが補助砲である8センチ砲。 |
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↑右舷ボートデッキ(1) ■艦尾方向を見る。こちら側の短艇は取り払われている。 |
↑左舷ボートデッキ(1) ■艦尾方向。こちら側には短艇が置いてある。 |
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↑右舷ボートデッキ(2)
■艦尾側から艦首方向へ。艦橋、探照灯が見える。 |
↑左舷ボートデッキ(2)
■短艇(カッター)が2艘並ぶ。 |
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↑前部艦橋(右後方) ■司令塔、操舵室、海図室、羅針艦橋等からなる構造物。 東郷平八郎は最上階となる羅針艦橋で指揮をとった。 |
↑操舵室(左)と海図室(右) ■黄海海戦の被弾箇所が生々しい。 |
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↑司令塔 ■艦橋の基部にあり、分厚い装甲板が用いられている。 スリットから外部を観察できるようになっている。 |
↑司令塔内部 ■羅針盤、舵輪、伝声管が備え付けられている。 |
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↑羅針盤と伝声管 | ↑60cm信号探照灯 |
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↑最上艦橋に備え付けられた測距儀 | ↑測距儀の裏側 |
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↑前部上甲板 | ↑後部上甲板 |
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↑無線電信室 ■ここで通報艦「信濃丸」の“敵発見”の報を受信し、“本日天気晴朗なれども浪高し”の電文が打電された。 当時使われた三六式無線電信機(国産品)のレプリカを展示。 ■赤の斜線は黄海海戦の被弾箇所。 |
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↑被弾鉄板雪見燈籠 ■被弾した三笠の艦材で造られた燈籠。呉鎮守府から伊藤 博文公へ送られ、のちに返還されたもの。 |
↑機械水雷 ■二号機雷。日露戦争当時採用された機雷で、旅順港外に 敷設された。 |
【三笠艦内にて彷徨える英霊の撮影に成功】 | |
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↑艦橋の群像内に白い影が。 | ↑手摺に手を置く海軍士官。腰に短剣が見える。 |
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↑ラッタルを駆け降りる海軍士官。肩章から中尉と思われる。 | ↑この後、ロッカーに吸い込まれるように消えていった。 |
嘘ですゴメンなさい。 |
【比較】 | |
最後に、三笠の大きさを踏まえた上で、世界最大の戦艦である大和の大きさを想像してもらいたい。 | |
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■戦艦三笠(水線長126.5m、全幅23.2m、基準排水量15,140t) | |
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■戦艦大和(水線長253.0m、全幅38.9m、基準排水量62,315t) | |
デカイね。 |
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(平成16年1月4日作成)