「いってーっ! 頭の芯がしびれてきたー」
悲鳴を上げた悟空の前には、白い発泡スチロール製の物体が積み上がっていた。それには青地に氷という紅書き文字……言わずと知れた、テイクアウト用かき氷の容器だ。
「そりゃあ、あれだけ食べれば……ねぇ」
さすがの八戒といえ、かなり呆れた調子を隠し得ないようだ。
なぜなら寒風吹きすさび、かつ雪降りそぼる戸外でのご乱行だからだ。
しかしながら、『なぜ』と理由を問うのは無駄なことだ。食べたいとなったら、好きなだけ食べる。それが悟空という存在なのだから。
そして普段ならとめるであろう他の三人も、今回ばかりはその行為を阻まなかった。なにせ悟空はただかき氷を食べたがったわけではなかったのだ。
「なあなあっ、オレあれに出たい!」
そんなふうに某スキー場主催【冷え冷え氷フェスティバル】という、大食い&ガマン大会に参加したいと言いだしたのだ。
悟空の腹の足しになり、なおかつ賞金つき。どうして文句のつけようがあろうか。
そしてスタート後10分で、トップは確定していた。悟空の食べっぷりに、次々と他の挑戦者たちがリタイアしていったからだ。
そんな無様な者たちを後目に、彼はその小柄な身体の前に、空となった残骸を積み上げつづけた。それも、優勝賞金をもらってなお、食べ続けていたのだ。一番寒かったのは、まぎれもなく主催者の懐であろう。
「なあ、三蔵。オレ、あったかいもんほしい」
今回の功労者でもある悟空も、さすがに寒さに耐えきれなくなったらしい。ようやくステージから下りてきての第一声はそれだった。
「あったかいもん?」
「だって口の中、冷たくって痛いからさ」
ステージ上にまったく関心を見せることなく、それでも寒さの中で待っていた三蔵は、ようやく新聞を袂へとしまい込んだ。その様子に、悟空は口を大きく開いて中を見せる。
「あーあー、真っ赤ですねぇ」
シロップの色なのか、冷えたためなのか、それはわからない。けれど横から覗き込んだ八戒の言葉どおり、その口の中は真っ赤になっていた。
「……あったかきゃ、いいんだな」
「うんっ!」
何が特に食べたいというわけでもない。そもそも指定したところでそれを貰えるとは限らないというのもあって、悟空は素直に頷いた。
その期待に満ちた顔に、ゆっくり三蔵のそれが近づいていく。
「え、えっ……?」
とまどう金晴眼の、その視界に三蔵のアップが映る。視線をからめとる、深紫の瞳。そしてその紫玉すらがぼやけた瞬間、悟空は唇に柔らかな感触を感じた。
ようするに、キスをされたのだ……それもかなりかなりディープなものを。
「あ、あにすんだよ! オレはあったかいもんが喰いたかっただけなのにっ」
人前でされるには恥ずかしい行為だったらしい。喰らいつかれた唇を両手で隠しながら、真っ赤な顔で悟空は叫びをあげた。しかし三蔵はしれっとしたものだ。
「どうせてめーはまた『なんか冷たいもんがほしい』とかなんとかぬかすだけなんだから、これでがまんしとけっ!」
「そ、そんなのってなー……」
「黙れ。まだ足りねえのか?」
ギロリとにらみを付け加えて述べられたのは、とんでもない理論である。けれど口をパクつかせている相手の様子をみると、反論を防ぐには十分なものだったらしい。
「お前らなぁ、少しは人目って……」
「なるほどっ」
めずらしい悟浄の取りなしの言葉をばしっと遮ったのは、八戒だった。
「本当、いいアイデアですよね。経費削減×2」
ぽむっと手を叩き、そのまま彼は電卓をはじき出す。その横顔はひどく真剣だ。
眼をいまだに白黒させている悟空。そして再び袂から新聞を取りだした三蔵。
「お前ら……」
なんかおかしくねぇか?
しかし、あえて質問するまでもないだろう。そのくらいの理性は、悟浄にもどうにか残っていたらしい。
(冬場のスキー場は鬼門だ……)
少しだけ皆より一般人寄りだった男は、悲劇にも独り、周囲の白い視線に耐えているのだった……。
終わり
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