(これは本誌の抜粋ではありません。ペーパーver.2.5用の書き下ろしテキストです)

新年早々。


 一昨日は大晦日。年越し準備も整えば、やることはひとつとばかりに俺は自分の部屋へ河野を誘った。そして翌朝は、彼のリクエストで雑煮をつくって食べさせた……はずだ。

「なあ河野。これってば昨日喰っただろ?」
「ああ、そうだな。うまかったぞ」
「でさ。なにも当番制だからって、おまえまで同じ物作らんでも」
 今朝もまたカウンターには、湯気をあげる雑煮らしき椀。そう、らしきものだ。餅が汁のなかに野菜とともに沈んでいる。
「なんだよ。ちゃんと味だって変えてやっただろうが」
「すまし汁から白味噌ってな。まったく」
 そこが問題なんだ。雑煮というのは、ふつう食べ慣れた味以外をなかなか受け付けない。こだわりの家庭の味なのだ。だがずぞーっとすすりこむ彼には当てはまらないようだ。文句を言っていても始まらない。俺もとりあえず箸をつっこんでみた。
「おまえ、餅焼かずにいれただろーっ」
「ちゃんと変えてやったぞ、本当なら形も丸にしたかったかな」
「……どろっどろで、おそろしい状態だぞ」
 もともと関西出身なわけでもない彼だ、たぶん煮込みすぎたのだろう。鍋など覗き込むのも怖い。
「でも餡入りにはしなかっただろうが」
「いったいおまえはどこの出身だーっ!」
 飄々とおかわりをつけてきた河野のセリフに、限界は軽々と突破した。すまし汁に切り餅を焼いた椀。俺が認めるのはそれだけだ。
「うわ、ひでぇ。去年まで俺のつくったもんに文句言ったことなかったくせに」
「そういう問題かっ」
「たかだか半年つきあっただけで、変わるもんだな……」
「遠い目もするなってーの!」
 ああ、もう。やってられっかよ。
「餅ごと流し飲まんでも……」
「こんなことくらいで愛情を疑われたらたまったもんじゃない」
 たぶん餡入りでも食っただろうな、俺。
 息を切らして椀をカウンターに叩き戻せば、さりげなく煎茶が差し出された。
「ったく、どこに白味噌なんかあったんだ」
「買った」
 ようやく人心地ついてぼそりと呟けば、次の瞬間、再びキレそうな血管を感じた。
「無駄遣いするなっていつも言ってるだろ!残りをいったいどうするんだっ」
「……おまえ、白味噌きらいだったんだな」
 ため息まじりの言葉は図星を突いていた。嫌いというよりどうにも苦手なのだ。
「大丈夫、赤味噌も買ってきた。混ぜりゃいつもの合わせだろ」
「合わせの雑煮かよ、明日は」
「それはやめとく。こいつも作り直すか?」
 手つかずの椀を指してくる彼は、どうにもやさしい。だがそれすら今は痛かった。
「……餅も嫌いなんだよ。一応、元日くらいはと思ったけどだ」
「知らなかった。悪かったな」
 そう謝罪されても、むしろ隠していたくらいであれば居たたまれないのは俺の方だ。
 こどもじゃあるまいし、所詮は勝手なわがままであるくらいはわかる。
「いや、初めてふたりで過ごす正月だからな」
「そっか。そういやそうだな」
「同居したてのころもこんなんだった」
 目が合えば互いに笑ってしまう。こんな諍い、とうにありえないと思っていた。
「ところでぜんざいとかって喰う?」
「餅が嫌いだっての。鏡開きにも早すぎだ」
「……餅がなきゃいいんだな?」
 にんまりとした笑みは危険な兆候。ぞわりと背筋が震えれば、あっという間に新たな椀が目の前に置かれた。
「おまえのは栗な」
「ありがとよ。でも甘い物も苦手なんだが」
「おう、それは知ってる」
 そりゃ浅からぬつきあいだもんな。しゃあしゃあと答えるこいつは、いったいなんだ。
「ったく、このサディストがっ!」
「お望みなら、夜はもう一回りグレードアップして披露してやるよ」
「……お断り、はできないんだろうな」
「当然」
 笑った相手に、俺は甘いぜんざいを啜った。



これが一年の計。結局ずっとこんな感じってことですな。




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