002: 階段



 階段なんて、キライ。

 そう。絶対にみんな、嫌ってると思うよ。
 だいたい、昇るのも降りるのも疲れるし。
 そのせいか、足音も普通んところよりバタバタしてる。
 眠っていても、うるさく思うくらいに。
 学生街のアパートの鉄階段なんて、特にかな。

 ―― だけど。

 そんな金属に響く足音を、いつの間にか、好きになっていたんだね。





 聞き違えようのない足音が、今朝も安っぽい鉄階段を鳴らす。
 それはいつもより、ほんのちょっとだけ軽やかな感じ。
(今日の機嫌は、かなりイイらしいね)
 でも、まだ窓から差し込む光はかなり長い。ずいぶん朝はやいみたいだ。
 なのにこんな足音を響かされちゃ、たまらない。
 迎えに出てみようか。
「おはよ。どんな好い事があったの?」
 ひょいとドアから顔を覗かせてみれば、まだ階段途中の相手は驚いたような表情。
 やったね、なんだかひとつ得した気分。
「 ―― 聞きたいか?」
「うん!」
 本当に上機嫌なんだ。見透かされるのが何よりキライなくせに、そんなコト言ってくるなんて。
 だからすぐに階段の一番上まで行って、頷いてみせる。
 こんな問いかけ、そうしないではいられないってば。
「じゃ、教えてやるよ」
 見上げてくる角度の顔なんて、普段ないから慣れないね。
 あ。いま、ほんのちょっと口角が上がった。
 一刷きの、いたずら心?
 けど幻だったのかと思うくらい、すぐその唇は形を変えて。
「お前に、逢えるってことだよ」
「 ――― !」
 とっておきの笑顔までつけてくるなんて、ズルイよ。
 ちえっ。完全に、一本取られちゃった。
 絶句したこっちの顔、どうだと言わんばかりに見返して。やっぱりさっきの気に障ってたんだ。
 ホント、プライド高いんだから。
 だけどそうそう簡単に負けてなんかあげない。
 だからその顔が、自分から一段下のところまで来た瞬間。
「なんだ、おい……、えっ」
 早朝でよかった。誰もまだ、でてくるわけないから。
 掠め取った唇は、ちょっと冷たかった。
「どう?」
「……ますます気ぃ良くなったよ」
 強がりかな。でもこっちもきっと顔が真っ赤だ。
 こんな駆け引きなら、おたがい笑うしかないね。

 いつもはできないことができる。
 一段分の、幸せ。

 こんな喜びを見出せるんだから、階段も捨てたもんじゃない。




階段啓蒙運動(?)




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