015:ニューロン



 帰り道。ささいなめぐり合わせだったのだろう。
 めずらしく大学に来ていた翔は、駅であの後輩に出くわしていた。
 ふつうならば軽くあいさつして、終わり ―― だが。
(こういうコトの、多いヤツだ……)
 偶然は、たったひとつとは限らない。
「……ちょっと、つきあわないか?」
 きまぐれが、彼にそんな声をかけさせていた。

「先輩って、これ好きですよね」
「ああ、そうだな。そうかもしれない」
 なんとなく向かったのは、近場のビリヤード場。
 人気もすくないそこで、キューを選んで、腕馴らしがてら軽いショットをしてみる。
 クッションのはずみも上々だ。
「おまえはやらないのか?」
「邪魔になりそうだから。ところで、どうしてです?」
「どうして?」
 質問はきっと誘いに関して。確かに、理由などあったのだろうか。
 瞬間だけ、ストロークが停滞する。
 しかし答えはすぐに出た。彼の顔に、笑みが浮かぶ。
「こう撞くと、こう反応する。連続性があるだろ」
 コーナーポケット前から、対角2.5ポイントへショットをする。
 バンクを三回。くるりと巡って、手玉は反対側のポケットへ落ちた。
 ファイブ・アンド・ハーフだ。
「すご……」
「これに先玉の動きも計算して、細心の注意を払って」
「人間関係に、似てるかも」
 落ちた手玉を拾い上げ、ラックを組みはじめる。
 その背にちいさくつぶやかれたのは、意外な感想。しかし返す答えは、せいぜい曖昧な視線だ。
 崩さないように枠を外し、男は悠然とポジションに戻る。
 ヘッドポイントに手玉をセット。
「あとは考えて、考えて。それから」
 キューを握りなおした手が、相手の目の前、フォームを決める。
 視線が一点に絞り込まれた。互いの息も、同じく詰められる。
「集中して、爆発させるっ」
 言葉よりも、大胆なブレイク。ぶつかる玉の音が、ひとしきり激しく響いた。
 連動するように、先玉がちらばっていく。動きはまだ止みそうにない。
 わずかに顰められた眉と瞳が、肩越し、背後の相手をみやる。
「……余計なコト、しゃべっちまった」
 そして、キューがおろされた。おまけのようにつけられたのは、ちいさな舌打ちだ。
 手玉にとるつもりが、いつしか夢中にさせられていたということだろうか。
 テーブルから離れ、チョークをつける。まだボールは動き続けている。

「あ……っ!」

 その瞬間、狙った的玉は確実に転がり落ちていた。



GAME OVER


神経の伝達経路は、人間関係にも似て。



≪≪≪ブラウザ・バック≪≪≪