021:はさみ
一枚の、古びたフロッピーディスク。翔はそれを、ただひたすらに見つめていた。
もちろん、それでなにが見えるわけでもない。
けれど彼は静かなまなざしを注いでいた。
(過去の整理に、書きかけたわけじゃねぇけどな……)
どうしても結末を見いだせなかった小説が、そこには長く保存されていた。
再び書きかけたのは、つい先日のこと。そのときの想いそのままに、過去は明示された。
「あんなに悩んだってのに、あれだけで終われたのかよ……」
ピンっと弾きたてれば、指先に鈍く刺激が伝わってくる。
「過去は、しょせんただの過去だったわけか」
瞼の内によみがえるのは、和真の歌い上げるまっすぐな姿。
達彦の旋律に乗って、透明なバイブレーションはどこまでも広がっていった。
「これが書き上がったら、言えると思ったんだがな」
苦い煙を吐き出すような深いため息が、そっとあたりを揺らす。
けれどその表情は、あくまでも澄み切っていた。
過去にけじめをつけてから、新たな一歩は踏み出すもの。
その想いはかわらない。
だが一度閉じていた目を、新たに開かされた今。見つめたいものは変わったから。
いまはもう書きかけたときと同じ視点では書きつづれない。
「これはこれで、いつか仕上げるとして」
歌詞として書きあげた、たった数十行のことば。
想いは、それで葬り去った。けじめはもうついたのだ。
いま、俺が書くべきものは、なんだ ―― ?
心ゆさぶられるもの、書かずには抑えきれないもの。
この結末より先、道はどこへつづくのか。
(とりあえず、書き始めよう)
どこまでもつづくはずだから。
「書き上がったとき、きっとわかる……」
ハードディスクのうなりが、ひどく心地よい。
フロッピーディスクは、机の引き出しへ投げ込んだ。
そして彼は、使い慣れたソフトウェアの、新規作成をクリックする。
「待っていやがれ」
真っ白な画面が、モニタには広がっていた。
それまでは、過去も未来も ―― カットアウト。
強気になりたい男の、独り言めいた宣戦布告。
続・098:墓碑銘。電光掲示板と似たノリで。
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