064:洗濯物日和。



 久しぶりに自宅へと呼ばれてみれば。このひとは出迎えもせず、二階の窓から外を眺めていた。
「いーい天気だなぁ……」
 勝手知ったるとばかりに部屋まで行けば、散らかり具合は最高潮だ。
「どんだけ、シュラ場ってたの?」
「ええと……」
「あ、もういい。ごめん」
 メールすら返ってこなかったくらいの、缶ヅメ状態。日数感覚などあるわけがなかった。
 たぶんひねられた首もポーズだろう。
 しかし部屋に来客があって、なお外を眺めているのは、どうしてだろう。
「こんな日は、洗濯物日和だなー」
「洗濯物日和? 先輩、洗濯なんて自分でしてたの?」
 かなりのほほんとした調子で呟かれた声に、思わず叫んでしまった。
「は? んなワケあるかよ」
「だよねぇ」
 生家に住んでて親がいるのだから、そのほうが普通。なんとなく胸をなでおろして、ついでに床に座り込んだ。
 クッションはなかったけれど、陽の光を浴びてたフローリングはそれなりに快適だ。
「それにな、それ言うなら洗濯日和」
 ようやくふりかえった顔は、出来の悪い子供をみる先生の表情だった。
「そうも言ったっけ?」
 自信があるわけじゃない。だから、ちょっと上目遣いに中空を眺めて、ごまかしてみる。
 すると、明らかにあきらめのため息がひとつ。
 そこまでするほどの内容じゃないと思うけど。内心でだけど、こちらも舌をだしてやる。
「俺が言ったのは、“洗濯物日和”だ」
 アクセントつけて言い直されても、わからないものは、わかんないって。
「だからそれってば、なに?」
「俺が、洗濯物になるの」
「!?」
 あまりの意見に、驚きの声もだせなかった。
「要するに風呂はいってぇ、日当たりのいいところで、ここちよく過ごすという……」
 とんでもない想像力 ―― というか発想力。それは判れというほうが、無理だと思う。
 でも確かに、今日の天気ならそれは気持ちよさそう。
 蒼い空の下、はためく白い洗濯物の気分。確かに、ちょっと味わってみたいかも。
「 ―― ってことで、お前もつきあわない?」
「な、なんでっ?」
 いつのまに背後に回り込んだのだろう。耳元への唐突なお誘いに、声が裏返った。
『ここ、家族もいっしょに住んでるんでしょ?』
 真っ赤になっていく顔を自覚しながら、あたふたとしてみるけれど、言葉が口から出ていかない。
 数秒間、そうして見つめ合っていただろうか。突然、相手の顔が、ニッと嗤った。
「別に、一緒に入ろうなんて言ってないぞ」
「 ―― ! からかったなーっ」
 今度は怒りで、血が顔から頭にのぼった。
 だいたい一緒に入浴するだけなら、なんの問題もないじゃないかっ。
「それとも、なに? 期待したのか?」
 人の思考わかってて、そういうコト言う? どこまでタチが悪いんだろう。
「別のところでだったら、俺も考えるんだけど。残念だなぁ」
「謹んでお断りさせていただきマス!」
 全然、残念がってないくせに。
 どうしてクスクスと、効果音までつけてくるかな、このひとは。
(でも、さすがのあんたも、家じゃおとなしいんだ)
 びっくりかな、これは。それとも、ふつうなのかな。
「まあ、じゃあ一緒に干されてくれない?」
 改めての誘いは、笑い顔はそのままに、でも声はちょっとだけ本気っぽかった。
「……なんでおいらを誘うのさ」
「洗濯物は、白いものだろ? だから、お前」
 むくれた声にも、どうだと言わんばかりのお言葉。突きつけてきた指は、またちょっと血がついてる。
 どうしてもう少し、気をつけられないかなぁ。
「で、いかがです?」
「ひなたぼっこのおつきあいなら、するかも」
 よくわからない理論ではあるんだけれど、開け放した窓から入ってくる風が、ここちいいから。
 唇をとがらせたまま、そう答えてみた。
「じゃ、しばらく待っててくれ。ちょいかかるかもしれないが」
 ぽふっと頭をひと叩き。そうして真っ白なシャツを持つと、彼は部屋を出ていった。
 どうやら本格的に洗濯物になる気らしい。
 使う石けんは、どんなものやら。
「そんなコトしなくても、キレイなのにな」

 二階の窓。蒼い空は、どこまでも突き抜けるようだった。




幸せって、こんな感じかな…と
脳がお天気な、ふたり(笑)



≪≪≪ブラウザ・バック≪≪