066:666
『007は殺しの番号。666は悪魔の番号』
数年前に発行された部誌を眺めていた和真は、そんなフレーズに疑問を覚えていた。
あっさりと書かれているところをみると、特にこの作者の個人的意見とも思えない。
(007は、知ってるんだけどなぁ……)
このまま放っておくのも、気分が悪い。
ふと視線をあげれば、おあつらえ向きな相手がそこにいた。
「666って、なんです?」
「オーメンだろ」
二人連れのうちのひとりが、キーを激しく叩きながらあっさりと返す。
「おーめん?」
「要するに、悪魔ってこと」
その答えに、もうひとりの相手がつけくわえてくれるが、それは書かれている内容だ。
この調子からするに、やはり【666=悪魔】は常識らしい。
ということは、訊き方がマズイのだろう。
「なんで、666が悪魔なんですか?」
そう。知りたいのはここなのだ。
正確に問うことは、回答への第一歩。和真は再度たずねてみた。
「ヨハネの黙示録だな」
「あれ? ネロがどうこうってのじゃなかったっけ?」
ふたりの意見が割れる。
「そうだが……。待ってろ」
正確に説明するには、手間がかかると思ったのだろう。
作業を邪魔されたはずの男は、けれどくるりと首だけ向きをかえ、断りをいれてきた。
再びモニタに向き直れば、またキーをいくつか叩く。
「ほら」
そうしてwebから情報をはじき出したようだった。
開かれたページにはゲマトリアというものについての説明がされている。
席を半分ゆずってもらい、和真はその内容をゆっくりと辿った。
「……要するに、名前を一文字ずつ、数字に置き換えたんですね」
「だな。で、それを足してみて、666になりゃ獣、っていうか悪魔だと」
百聞は一見に如かず。確かに口で説明されるより、わかりやすいだろう。
「まったく、神秘なお話なこって」
読み終わりと判断したのだろう。ぐっと伸びをして、彼はそのブラウザを閉じた。
「でも結局は一種の暗号なんだろ?」
「まあな。ゲマトリアは数字価らしいし」
背後から覗き込んでいたもうひとりの男は、別の観点が気になったようだ。
神秘の数字であるかどうかなど、彼らには関係ないのだろう。
確かにその宗教を信仰していない限り、その程度のものかもしれない。
「そういえば、おまえの名前って、666になるんじゃねーの?」
再びキーを鳴らし出すかと思われた彼が、おもむろにそんなことを問いかけた。
肩越しに眺めた相手は、どうやら背後の親友だったらしい。
「んなワケあるかよ。おまえこそ、ちがうのか?」
「あいにくな」
はじめられたツーカーなやりとりは、だまって見守るに限る。
ふふんと笑いながら視線をかわしあう姿を、和真はふたたび手にした部誌ごしに眺めた。
「つか、俺は777のほうがイイけどな」
ま、それもさっきの一種らしいけど。
ラッキーセブンも悪魔の数字も、所詮は同じということか。
つついたモニタは、すでに新しいソフトウェアが起動している。
「ゲン担ぎって? めずらしいもんだね。で、その心は?」
「確変」
一瞬の沈黙が、彼らの間をすりぬけていく。
「確率変動があるかどうかって、大違いじゃん」
「 ―― ああ、同感」
しばらくののち、ふたりはおおきく吹き出していた。理解に苦しむやりとりだ。
けれど、わかるような、わからないような。そんなあいまいな言葉は、妙な嫉妬心だけを煽る。
(一瞬も逃さず、関わりたいんだから……)
くしゃり。部誌の端が、手のなかでわずかにゆがんだ。
「ま、あれだな」
笑いをこらえたまま、突然に視線が流されてくる。
今度こそ、その切れ長な瞳は、まっすぐに和真を射抜いていた。
ドクリと心臓が跳ねる。
「神が存在すると思うから、悪魔が存在するんだよ」
そしてちいさく微笑みをみせつけて。
彼は再び、モニタだけに集中しはじめた。
うますぎる、駆け引き。
誘惑をかける彼は……確かに、魔性かもしれない。
どうやら意外とパチスロ好きらしい(笑)
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