083:雨垂れ。
オープン・エアがメインの、カフェテリア。
春だからと、めずらしくもそんなところで待ち合わせれば、降り出した雨に閉じこめられた。
(さっき、出ていくべきだったな……)
本降りになりかけた天気は、晴れる気配をみせない。今はひとつを残してすべて閉じられたパラソル。取り残されたその席から眺める景色は、何もかもグレーにかすんでいた。軒先から伸ばされた屋根の下にいるはずの、数人の影さえ窺えない。見えるのは、向かいの席に座っている相手だけだ。
「逢えてからで、よかったよねぇ」
「まあ、な」
にっこりと笑いながら、相手は手袋のままカップを持ち上げる。白いモーニング・カップは、座席のないキッチンだけのちいさな店内から運んできたばかりだ。器から立ちのぼる湯気の濃さは、寒さをかたちにしている。
とどまることを知らないのか、雨はますます世界を切り取っていく。華やかなブラックコーヒーの匂いにも、ほんの少し湿り気が混じる気がする。パラソルの屋根は、素材のせいでか判然としない音を奏でるだけだ。
「濡れて行っても、いいけどな」
思った以上に焦れていたのだろう。飲みかけのまま下ろしたカップが、派手な音を立てた。
「どうする?」
再度のうながしにも、言葉は返らない。ちいさく視線を投げれば、大きなカップを掌に包み込んだまま、相手はこちらを見上げていた。
「こういうのも、たまにはいいよね」
「……こういうの?」
ゆったりとした口調の返事は、意外すぎる内容だった。相手の気を読むことに長けた相手だ、意図があっての発言だろうが、読み切れない。見つめ返した瞳は、きっと厳しい色を宿しているだろう。
「誰もいない雰囲気とか。向こう側のみえない世界とか」
数え上げるような調子は、けれどまったくこちらの様子を気に留めないようだ。
「それと……単調につづく、雨垂れ」
静かな声に、なぜかとまどいがまじった。包み込まれたままのカップが口元に運ばれる。ふわりと、一際たくさんの湯気が立ちのぼった。
「終わりがなさそうで。安心する」
一口飲んでからの言葉は、カフェ・ラテの甘い匂いを運んできた。
(考え方、ひとつか)
ちいさく息をついたあと、自らのカップを手に取った。ほんのりと丸みを帯びた匂いは、確かに心に優しいかもしれない。気のせいか、雨音までやわらかく響きかけてくるようだ。
「かも、しれないな……」
視線を外して眺めた外界は、いまだかすんでいる。
打たれることしか考えられなかった、冷たい雨。
隔絶された空間も、ふたりでなら幸せかもしれない。
物事など、見方ひとつ
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