サイレン。
クラブハウスの薄い壁を突き抜けていた特有の音が、小さく去っていく。
救急車の奏でるサイレンだ。
道路ははるかかなただというのに、よく聞こえるものだ。
少々あきれながらも、俺は特にそれを気にすることもなく、PCのキィを叩いていた。
「最近、よく鳴るみたいですね」
背中合わせに座っていた後輩が、小さく首をひねってこちらを向いた。
「そうか? そんな変わんねぇだろ」
「でもよく聞く気がするんですよ」
「気になるんなら、そりゃお前が医療者めざしてるせいかもな」
そう。この後輩は、看護学部の住人だ。
ちょっとした縁でこのサークルに来てはいるが、こことはキャンパスが異なっている。
いったい、いつまでく来られるものか。
「別に、そういうものでもない気がするんだけど……」
口篭もる声は、それでも如実に疑問のニュアンス。どうやら学部で判断されたくないらしい。
あたりまえだね、俺だってイヤだよ。
でも、たぶん今は境界線がほしいのさ。
「でも、先輩がそう言うなら、変わってないのかもね」
そんな俺の内心など、気づいていないだろうに。
こくりとうなずきを見せつつ、背後のこいつは笑ってきた。
「いやに素直だな」
「っていうかね」
「なんだよ」
わずかな喉の渇きを覚えながら、たださりげなく調子を合わせる。
背後へと腰をひねった瞬間、体の下で安っぽい椅子が、ちょうどいい具合に軋みをあげた。
「まだ1年めだからよくわからないし。先輩はもう2年以上このあたりにいるでしょう」
「そんだけかよ」
「うん」
あっさりとした答えに、小さく息をつかされる。
わざわざ振り返ってみた顔は、悪びれない目。何を考えているのかわからない、微笑だけがそこにある。
「んじゃ、いまは信じてな」
「なにを?」
「あれは ―― サイレンは、特に多かねぇってさ」
机に向き戻りながら俺は言い聞かせた。そう、自分自身に。
サイレンなんか、気にするほどのものじゃない。
最近俺の頭の中じゃ、うるさいほどに鳴ってるみたいだが。
『コイツヲ相手ニシテハイケナイ』
何が俺にそう思わせるかも、わからない。
サイレンは、理由を教えない ―― けれど。
「答えは、いつかわかるさ」
「……そう、ですね」
そして、キィの音だけが室内に響き出した。
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