095: ビートルズ


「おまえらって、オリジナルしかやらねぇの?」
 ふとした疑問が、紫煙とともに立ちのぼった。
 もちろん問いかけの主は、この場に対するもっとも新参者である男だ。
「だって、タツが曲作るし」
「和真に歌詞は頼んでたし」
 同時に言い合ったのは、作詞と作曲に携わるふたりだった。
「昔から?」
「割にそうですよ。こいつら」
 まとめたのは、ここのベーシスト。いつものバランスだ。
「まったくコピーなしって。めずらしいもんだな」
「……っていうかですね」
 ため息は、やはり説明係になりやすいその彼のものだった。
「達彦が好きなのは、洋楽なんです」
「ロック好きとしちゃフツーだろ」
「ええ。まあそれはいいんですけど」
 口ごもりながら滑り出した視線は、ひとりの相手を前にぴたりととまった。
「歌わせたいのは、あいつだったんですよ?」
「だから?」
 めずらしいほどに鈍いのか。パイプ椅子の上、怪訝な顔は崩れない。
 そんな対応に、政人は肩をすくめていた。
 目線の先にあるのは、この男の恋人だ。非難めいたことは、言いたくなかったのだろう。
「洋楽のカバーじゃ歌詞は英語でしょうが」
「……悪かった」
 あきらめの混じった宣告に、失態を認める姿はあまりにも潔かった。
 そう。和真の英語力の低さは、ここにいる誰もが認めるものなのである。
「じゃあリクエストっても、無理だな」
「なんか聞きたかったんですか?」
 タバコをもみ消しながらのため息に、達彦が恐縮してみせる。
CDなら流せますよ? Let It Beとか」
 コピーバンドのプレイから連想されたセレクトだろう。もしくは彼が好きな曲なのかもしれない。
 ステレオの隣に政人ともども立ちあがり、十数枚を収納しているだろうボックスを示してくる。
 だが翔は首を横に振っていた。
「俺は小学生じゃないんだぞ。ムシキングに関心はない」
「ムシキングって?」
 唐突に差し挟まれた疑問は、英語力を指摘された相手のものだ。言語以前に、洋楽に関する知識もあまりないのだろう。挙げられた曲名もわからなければ、関心がそこに向くのも仕方ない。
「昆虫なんかに、興味はないんだって」
 そうしてヒントは、苦笑をたたえた恋人の唇から与えられた。
 だがまったくピンとこないのだろう。疑問符を浮かべたまなざしは、答えをせがんでいる。
「つまりは、ビートルズだって」
「ああ。なんか知ってるかも」
「じゃあ、なにが好きだったんです?」
 恋人同士の甘いとも称しがたいやり取りになど、関心はないのだろう。
 ため息まじりのカタカナ言葉をあっさりとスルーした政人は、隣で固まる親友の手からCDを奪い、即座に片づけた。
「そうだな……、ザ・ローリング・ストーンズあたりなら押さえてるだろ」
「転がる石?」
「お、正解。まあ複数形だがな」
 どうやら英訳よりは得意だったらしい。
 しかし頭をかるく叩きながらの賞賛は、どうやら取り残されていたもう一人の怒りを誘ったようだ。
「伝説のミュージシャンに対する、冒涜ですよ!」
「はは。伝説あつかいじゃ、それこそ怒るぜ?」
 絶叫は、ここの熱きリーダー。硬直の理由は、ふたりのやり取りだけではなかったらしい。
 だが受けて立つ男は、ニヤリと笑ってみせる。
「なにせ、永遠のフレーズなんだからな」
 そうして、ひとつ。悪びれることなくウインクしてみせたのだった。

「ちなみに、本当はなにが好き?」
「ああん? じゃあ、そうだな。pink floyd
「……おいら、知らないや」
 そのリクエストは、聞きとがめられていたのだろう。そっと一枚のCDを出した政人の手。
 スピーカーから流れ出したのは、場にそぐわぬタイトルの曲だった。




好きな歌は、ありますか?




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