Friendship?
「撮らせてくれない?」
それは、あまりに唐突な申し出だったろう。
「やっぱり気になるんだよ」
「え、と。なにがです?」
目を瞬かせているのは、背丈は少々高めながらかわいらしい少女。
いや、そう見せかけているはずの相手だ。
自室にいるのが不思議な存在。窓越しのオレンジ・カラーの光は、その妖しさをより引き立たせている。
「俺の技量、かな」
軽く返しながら、カメラを構えた。まだシャッターは切らない。
小首を傾げた仕種だけでは、承諾とはいえないだろう。
「いまのキミが、客観的にどう見えているか。気にならない?」
ファインダーを通せば、自分の施した仮面の出来がわかる。首もとを隠す服、足の細さを強調する細めのパンツ、そしてこれから向かうだろう『夜』にも似合うだろう化粧。すべてが自分の選んだ物だ。
創りあげたのは必要性。
だがこれは所詮、付け焼き刃の変身か。それとも。
「別におかしなものを撮る気はないよ」
どう仕上がるかは、相手次第。意図をまぜては意味がない。
知りたいのは、この目の前の存在そのものなのだ。
(見抜けるのは、外見だけじゃないけどさ)
そして被写体だけではなく、それ以上を知るためにも。
「撮っても、いいかな」
「よくは分かりませんが……。いい、ですよ」
「ありがとう」
理由はきっと、このコに必要ではない。
金曜の夕方から、数十分。シャッター音は彼の部屋に響かされていた。
そして夜も流れきった、土曜の午後。少女はあるべき姿へと戻り、ふさわしい場所へと帰っていった。
残されたのはこの部屋の住人である自分と、いまだ酒の抜けきらない男がひとり。ふつうならありがたくもないだろう状況は、しかし待ち望んでいた瞬間でもあった。
火をつけないタバコをくわえた相手は、脚を投げ出したまま宙を眺めている。その視界を遮るように、一通の封筒を突きつけた。
「なんだよ」
そんな問いかけには、無言。ため息とともにひったくれば、相手は即、その中身を掌にひっくり返した。出てくるのは、もちろん写真の束だ。
「で?」
流すように眺められた少女は、すべてテーブルへと投げ出された。
「イイ出来だろ?」
「……バカか」
それは撮影者に対してか、それとも被写体にか。
忘れていただろう先に火を着ければ、悪態は煙とともに吐かれた。
「どうだか。割におまえの好みじゃないの?」
「女装した男が俺の趣味って? 全然、知らなかったな」
「へえ。よくわかったな」
誰とわかるほどの写真ではない、ましてや性別を偽っている状態だ。
思わず口をついた感嘆に、しかし相手は失態を悟ったのだろう。ちいさく舌打ちした音は、意外におおきく響いた。
「これ、あいつならいくらで買うかな」
「あいつ?」
「あのコを気に入ってたってヤツ」
春の新歓コンパで異様なほど『彼女』に執心だった人間。
笑い話のようだがそんな男は確かにいるのだ。
「それか、店のヤツらでもいいし」
「……いくらだ」
白い煙は短く告げた。
「さあ。なに、おまえが買い取るワケ?」
「あいつは俺の『ワケあり』だからな」
姿勢を正すことなく、それでもヤツはまだ長いタバコを押しつぶした。
「ふうん。いくら払ってくれるんだ?」
写真には一応の自負もある。そこそこで売り込む自信もなくはない。ともかく俺はすべてを再び封筒に戻した。
そんな目の前で、相手は鞄を無造作に開いた。取りだした財布からいきなり証明書を次々抜き出す。行動の意図を読む間もなく、無造作にそれらカード類は鞄へ放り込まれた。
「こんなもんかな」
「なにやって……、うわっ!」
防衛反応が、胸元に利き腕を伸ばさせる。指先は重い衝撃にジンと痺れた。
「おまえ、これ」」
投げつけられたのは、革製の財布まるごとだった。
中を確認することもなく支払われた報酬。いったいこの写真に、いくらの価値を見いだしたのだろう。いや、そもそも写真技術に対しての価値なのか。
「足りないなら、残りは」
「いいよ。撮ってみたかっただけだから」
投げ戻そうとした手は、しかし目線だけで押さえつけられた。
「俺だって、純粋に腕試しをしたいときがあるんだ」
そう告げて睨み返せば、なおさらに鋭くなる眼光。
だからといって、退けるわけもないということだろう。
「わかった。じゃあこれもらっとくよ」
ため息をつきながら、一枚だけ抜き取る。そのまま残りを投げれば、重い革財布は持ち主の掌で音を立てた。
「おい」
「十分さ、これで。いろいろわかったしな」
カメラも、ついでにメイクの腕も。あのコの心も。
女装を好んでいるわけでもない彼が、なぜ。
(あと、おまえの心もな)
ひそめられた眉は、ようやく現れた表情にしては上出来だ。
名目つけたって、しょせんは独占欲だろう?
「じゃあ、そいつはおまえの物だから」
「ああ」
写真はビジネスのやり取り。
あえて笑いを抑え滑らせた封筒は、財布とともに鞄へと投げ込まれたようだった。
そして数年後。
「ねえ。これって」
「あ」
引っ越し荷物に紛れていたのだろう。記憶ごと置き去りにされていた封筒は、ようやく日の目を見ていた。全力で撮られたであろう写真は、親友の手によるということを除いてなお、十分な輝きを放っている。
「なつかしいな……」
「おかしなの、撮らないって言ってたのに……」
見つけた当人は、よほど恥ずかしいのだろう。その姿は、写真のなかの少女より愛らしかった。
売れやしないとは言い切れないレベル。そんな写真群だったから、買い取った。
それは確かな事実。だが彼はもうそれが理由の一端にしか過ぎないことを知っていた。
そしてそれはきっと、『少女』にとっても。
「ありがと、持っててくれて」
「別に」
はにかんだ声に、にべのない返事。写真は古びた封筒へと還された。
「さあ、まだ部屋は片づいてないぜ?」
そしてふたりは、新しい居場所の確保へと動き出す。
写真はそこでもまた、大切に封印されるのだろう。
トモだって、力試しをしてみたいのさ。
そう、カメラだけじゃなく、友情に関しても。
……って、トモの部屋は禁煙だったような?
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