年越しならではの暴挙が祟れば、寝不足なふたり。カレンダーなど関係ない職業の男は、それでも年末年始をなんとか空けようと、つい先日までの仕事で寝不足つづきだ。
 けれど元旦くらいそれらしく過ごしたいわけで ―― 。
 今朝はめずらしく和真がコンロの前へと向かった。おせちは忙しいなか翔が奮戦したおかげで、昨夜とっくに出来ている。

「ねえ、しょーうっ! お雑煮、なに入れる?」
 しばらく経ったころだろうか。まだ男がベッドでシーツと戯れていれば、台所からお湯の沸く音とともに相変わらずな声量が呼んでいた。
「なにって……餅ならふたつ」
「そうじゃなくって、ほかの具」
 ベッドサイドまで来た和真に、髪をかきあげながら翔は上体だけを起こす。
「……なんでもいい。ああ、魚はパス」
「あんたって、ほんとブリとか嫌がるよね」
「うるさい。魚は生がうまい」
「とかいって、焼き魚も煮魚も食べるくせに」
 捨て台詞にしては愛らしいことばを残し、足音はぱたぱたと離れていく。
「まったく。雑煮に入れるもんなんて決まってるだろうが」
 不満を呟く声は、けれど甘い。
「じゃあ、鶏肉とー、かまぼこと。あれ? 野菜がない」
「ねぎなら外だぞ。すき焼き用に買ったから。にんじんもジャガイモもだ」
「そうじゃなくって、青い葉っぱの」
「ああ、餅菜? じゃあ冷蔵庫のなかだ」
 扉が開きっぱなしならば、あの声を遮ることはできない。
 寝室と台所。双方から交わす声は、新年早々騒々しくも微笑ましい。
「小松菜しかないよ? おいら、母さんが言ってた正月菜ってのがほしいんだけど」
 ぱたぱたと駆け戻った和真の手には、青々とした葉野菜が握られている。
 透明なシートには、確かに白く小松菜と刷られている。
 けれど翔の目は怪訝に見開かれていた。
「……おまえ、知らないのか?」
 そして、告げられた衝撃の事実。
「えー! うそでしょっ」
 驚きの声は容赦がなかった。鼓膜が訴えだした痛みは、もはや寝ることを許しそうにない。
 もぞもぞと起きあがった男は、そうしてパジャマの上をはおった。
「しゃーねぇなぁ。やっぱ俺が作るわ」
「……お願いシマス」
 湯の沸ききった鍋の前、どぼどぼと出汁としょうゆを合わせ出した男は、いかにも地域密着な味をつくりはじめる。

 一年の計は元旦にあり。
 結局、今年も台所に立つのは翔になりそうです。



正月菜と餅菜と小松菜。
 全部一緒だなんて知ってるのは、根っからの地元民です。




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