結局、そのまま宿泊になだれこんだ夜中。
「で、先輩! おいらの言いたかったこと、わかったの?」
照明も落とされた室内でほけほけと起き出した和真は、となりで寝こけている相手の肩口を突如として揺すぶりだした。
「……未経験じゃないってことかぁ?」
ゆっくりと瞼を持ち上げながら、相手の口は渇いた声を吐き出した。
「ちがうっ!」
「そう言って襲いかかってきたのは、お前だろうが」
寝起きはそう悪くもないはずだが、さすがにこの深夜にたたき起こされたのでは、身体がついてこないのだろうか。上半身を起こして髪をかきむしる姿は、不機嫌さもあらわでまだひどく眠そうだ。
「そうだけど! でも、ちがうのっ」
けれどいまさら遠慮していたところではじまらない。寝転がったままで反論するつもりなのか、相手の立てた膝へと頭をずりずり乗せかけていく。その間に男はベッドサイドに腕を伸ばして、置いてあったのだろうタバコのボックスを手にしていた。
「だからおいらが言いたかったのはっ」
「『はじめてだから、それだからじゃないんだもん』」
「ふぇ?」
噛みつきかけた口調は、ぽかんと開けっぱなしになった唇から、どこかへ放り出されていく。自分の話し方がいきなり相手からとびだせば、驚くのも当然だろう。けれど相手はそんな和真に頓着する様子も見せずに、取り出したタバコを唇に挟み込んでいく。
「だからさ、はじめてでもそうじゃなくても、お前はお前」
薄闇を裂くように、ライターは炎を吐いた。
「そういうコトだろ?」
まぶしげに細めていた目をそのままに、満足げに煙を吐き出した。ゆるりとあがる、螺旋。見るともなく見れば、音を立ててパズルが組みあがった。
「わかってたなら、あんなことしなくてもよかっただろー!」
「お前が教えてくれたんだろ? さっき」
怒髪天を突くような声は、あっさりと微笑みに流される。いや、微笑みというにはあまりにも品がない。普段は形のよく整っているはずの唇を、どうやったらここまで嫌みに歪められるのだろう。
「ちくしょー! ムカつくっ」
けれど、言葉は正論。封じられた反駁は、膝のうえでうなり声に変わるだけだ。
「くたばってると思ったが、割に元気そうだな」
「起きあがることもできない相手に、言うセリフ?」
「どうだろうな」
楽しげな顔つきも相変わらずの、かわした答えは煙のように消えていく。どこまでも、卑怯な男。けれど膝に乗せたまま髪の毛を梳きあげる手つきは、ひどく優しくあたたかかった。
おいらちゃん(=和真)が主張したかった内容。
経験済みって言いたかったワケじゃないらしい…
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