若き日の白書

 小学校で4年間勤務後昭和29年村の中学へ赴任した。当時あったクラブは水泳部だけで赤い褌で川で練習していた。いろいろな郡市の大会があったが、その都度選手を集め短期間練習し参加していた。相撲・陸上・バレー・ハンドボール・駅伝など・運動能力のある子は何種目も出たものである。駅伝などは2月にあり受験生は大変だった。でも高校進学希望者は3分の1程度であった。私は着任早々から体育主任を命じられた。免許は英語・国語だったが。当時正規の体育教師はいなかった。戦後教師は希望の教科2科目まで免許状が与えられた。
 さて体育主任として臨時クラブを他教師と協力して指導していく間、何とかきちんとしたクラブの組織化をしなければと痛感した。そのころ選手らは農家の仕事があると言って放課後急いで帰るのが常だった。私はよく校門で待ち伏せし逃げていく生徒を捕まえたものだ。他の中学も似たような状態だった。そこで翌年勇気をふるって「クラブ強化策」に関する 白書を提出した。若干27才の時だった。

     体育クラブ強化策について

     「必要性と運営法」

        昭和三十年八月九日
               体育担当者  隠 居

    私は体育について多くは知らない。
        かかるが故に一小論を記し
      諸兄の批判を仰ぎ
        明日の立中により効果のあがらんことをば
            切に願うものなり

(こんな表題とはしがきを冒頭に掲げた。今読むとまことに恥ずかしい限りではあるが、熱気に溢れ敗戦から立ち上がる若者の気概が出ているようで懐かしい。)

(一)体育クラブ強化の理由     (白書は縦書きでした)
   私は深く広くは何も知らない。ただ現実の立中の実態を把握しているのみ。農村中学校として平和なる本校にも世相の流れは、多少のさざ波を与えている。理想と現実とは所詮結ばれ難きものとは知りつつも、いかにしてか現今社会の制約、慣習下にあって教育成果を挙げんかとするのが私たちの使命ではないか。
 私はこの観点より自己が所属する部門から拙き思考を試みんとするものなり。
一. 生徒の心身の鍛錬
 右事項に就いては今更論述すべき要はない。
二. 不良化防止
 体育クラブの発展が直ちに生徒の道徳教育に実績を与えるとは思わない。然し生徒が一運動に情熱を感じ、その青春を謳歌するとき、風紀上の諸問題も相当減少するのでなかろうか。
三. 中学校生活の意義
 高校進学者は別として、中学校にて学校生活に終止符を打つ生徒にとって、今こそ一生のもっとも印象深き時代ではなかろうか、此の時、日々数時間堅き腰掛けにのみにしばられているのはあまりにも哀れである。ひろびろたる校庭に力溢れる五体を躍らせてこそ数々のエピソードも生まれる。 また選手としての活躍は生涯の想い出を残し、且つ自己信頼を増大するものと思う。
四. 師弟愛
 生徒の真姿はクラブ活動の場において現れる。教師と生徒との変わらぬ厚情は斯かる処にて結ばれ、生徒の人的陶冶の機会と言っても過言ではない。
五. 課外授業との関連性
 新制中学に課せられた宿命、それは進学と就職との相離反せる二命題である。しかしてそれより発生する問題は二つのグループの感情的対立である。それは私たち教師の想像以上複雑な動きを見せている。
 私はこの事実に対して非進学者に対する教師の愛情の一つとして彼らに充分運動の機会を与えてはどうかと思う。自我意識盛んなる生徒に観念的な説明をのみもって事足れりとするは、甚だ不十分でなかろうか。
六.学習遅進児の台頭.
 世人多く学業成績にみをもって生徒の人的価値の尺度とする為に、不振児の多くは劣等感を抱き、折角の能力をば失ってしまう。教育の機会均等の上からも、体育クラブを通じて学業不振児の劣等感除去、及び各人の能力の伸展を図りたい。
七.他校との優劣
 「勝負は時の運」之は最善の努力をしてこそ言うべき言葉である。散々に敗れたとき次回への新たなる闘志を湧かせるも、屈辱に伴う劣等感は深く純真な心を覆うものである。三年生は再び相まみえる事はできない。貴重な試合には堂々と戦い悔いを残したくない。
 最近各中学校も計画的にクラブの充実を図りつつある。本校の如き小さい学校加て体育教官を持たない所にあっては、余計強力な組織と教師の協力が必要である。

(二) 体育クラブ強化の方法
一. クラブ員増加の方法
  クラブに所属せぬ生徒は時々校内清掃を行わしめ、それに並行して各クラブの募集を行う。一定部門に多く集まるのを防ぐため。所定人員を獲得した部門より募集をうち切り他クラブへ移動させる。
  身体虚弱者、要養護者にはこの場合良く留意する。
二.練習方法
 イ 練習時間   一時間
 ロ 練習開始
    ホームルーム終了後、しばらくしてベルを鳴らす。各クラブは準備を終わって朝会の場に集合、出席調査後、一斉準備運動をなす。その後各持ち場に帰り運動開始。
 ハ 終了方法
    終了ベルの合図で整理運動、道具整理後解散する。ただし部長より特別指示のある場合、この限りに非ず。
三.見学者の取り扱い
    一応見学するのを原則とする。
四.練習試合
   自校のみでは興味を失うので、他校との練習試合を為し技能を交流する。
五.教官の指導方法
   開始より三〇分間指導監督を為すを原則とする。ただし所用などにて欠くるは此の限りに非ず。
六.練習日
   一週五日とし、土曜日は自由練習とする。土曜日以外の四日間を上記の方法にて行いたい。
七.教官分担 (担当者省略)
   卓球  庭球  ソフトボール  バレーボール  体操  水泳  野球 
   バスケットボール  
   「臨時部」 相撲・陸上・送球・駅伝
八.強化期間
  クラブは生徒の自発的活動によると言っても、種目を理解せずして活動は始まらない。為にしばしの期間、教師全員協力一致してその先導を為さんとするものなり。故に、その期間を十二月末までとする。しかる後反省協議する。
九.臨時休
  農繁期、校内大会前数日はクラブを中止する。
十.種々の問題点と私見
 ア 学力低下の問題
   練習時間が短縮されているので危惧される事はない。かえって学力向上の基礎を形成するのでないか。
 イ 父兄よりの問題
   家事の手伝い、珠算塾など、あるいは運動反対の理由から多少の批判はあるとも、前記の観点より之を実践すべきもの、必ずや将来生徒により幸福をもたらすと信ずる。生徒を通じて父兄の啓蒙を図りたい。
 ウ 強化補充・遅進児指導 
   放課後右記事項の必要が生じる。之は週二日或いは三日の自由時に適宜指導の機会が得られる。
 エ 器具不足
   本年度予算全て支出した現在、消耗品はなるだけクラブ員同志、或いは個人にて買われたい。大体いずれの中学校でも個人の道具を使用する所が多いが、本校では出来うる限り学校にて用意することを本旨とする。
 オ 教師の負担

   多少教師に時間的負担と苦痛をかけることになるが、クラブ活動が軌道に乗る迄の暫定期間の事。例年の一部教官の大なる苦悩を軽減し、楽しき学園建設の為暫くの精進が願いたい。
 カ 図書館影響への影響
   練習日数、時間より判断してかえって利用者が増加するするのでなかろうか。何となれば無意味な時間の空費がないから。
 キ 文化クラブとの関係
   週に二日ある故之を利用し得る。何かの支障の生じたる時は之を話し合えば解されるものなり。
 ク 臨時クラブとの関係
  相撲、陸上、送球、駅伝については、学校全体より選手を選出し練習するため、クラブの主要メンバーが。之に抜かれる事が多い。支障を最小限になす様留意し、万一不都合多き場合は、特に駅伝、陸上を除いては棄権する考えなり。

後記
 全職員の和こそ全ての活動の根源であると同時に目的貫遂のカギでもあります。私の悪筆悪文を省みず一論文を為したるは。一案を提示しここに各見地より批判、検討をたまわり、以て本校の体育活動飛躍の基礎を確立したく念願いたしたからです。願わくば職員、生徒全て笑顔で実践できるクラブの誕生を心より祈るものであります。