隠 居 の 秘 話

  北海道の愛Love友に掲載したもの。 zanpakuさんの構成による。



        3 年  菊 組

       20年前荒ぶれる3人の生徒との格闘の日々


  もうあれから2年半たった。永い教員生活でも特異な6週間であった。3人の荒れた子たちとのつきあい、そこで得た体験、考えたこと。知り得た問題生徒の心の中など、貴重な勉強となった。職員集団の苦悩の姿が未だに記憶に新しい。ここに当時の記録を纏めて自己の足跡としたい。
               (昭和58年7月29日 記す)


      第1話 あわれ 大山中学

  彼らは入学前より評判の子たちだった。事実1年生時代、相当の金額のたかりが判明して驚いたことがあった。
  2年生になるやがぜん騒がしくなる。メンバーも10名を超える問題生徒がいた。夏休み、2学期には次々に問題を起こした。高山主任を中心に2年の先生方は、その対応に深夜に達することもしばしばあった。彼らは3年生へも次々暴力を振るう。隣接中学校へは遠征をかけ個々への襲撃をする。あるクラスは崩壊寸前であった。
  3年生になるや学年主任、担任に何人かの異動があった。何とか指導力を高めたいと新担任たちは取り組んだが、修学旅行を境に連帯の絆は切れてしまった。髪を染めパーマをかけた鈴木が登校するに及んで、体育教官の中野先生が彼をぶっ倒した。以来登校拒否。教師たちの諦めが深まるに反比例して彼らは自信を増し、非行行為はエスカレートしていくばかりであった。

        2月4日
  3年生の非行はもはや忍びえず、校長に働きかけ4者会議(校長・教頭・教務・校務)をもつ。どの手も手詰まり。校長いわく、「たった一つ残された方法がある。それは特別学級を作って隠居(仮名 私 校務主任)さんに担任をしてもらうことだ。全ての仕事は止めてもらってよい。」この意見には驚く。
  しかし誰かがやらねばならない。校長との過去のゆきがかりを捨て承諾した。前日午後6時頃校舎、門塀にスプレーの落書きあり。名古屋の寿司屋で教育懇談会の最中電話あり。町役場の幹部、教育委員会、小学校関係者列席の会のため、教頭こっそり帰校塗装屋を呼んで消してもらう。
  帰宅して非行との取り組みのことを話す。みんな驚く。

        2月5日
      <特別クラスづくり>
  昨日の続きを少々。吉村と伊藤は2年生の時英語を教えた。鈴木のクラスは行っていない。しかし授業中私が廊下のピータイルを修理していると、連中が手伝ってやると言ってしてくれた。この程度の関係である。3人の中心人物を押さえればよいと考えた。彼らを校長室に入れ話し合った。
   「お前たちどうするつもりだ」            「俺たちは教室にいないよ」
   「そんならお前たちだけで1教室作るか」    「いいよ、俺たちだけのクラスをつくろう」
   「しかしクラスを作るとなると担任がいるぞ」   「先生がやればいいが」
   「よし俺がやったるか」

  こんなやりとりがあって特別クラス3年菊組(彼らが命名)が生徒相談室に生まれた。
  8時30分一人もメンバーおらず。吉村の家へ電話。学校へ出たとのこと。伊藤に電話、これは留守。仲間の鈴木に連絡登校を促す。9時半ごろ加藤先生が「鈴木に会った」と言う。「隠居先生が待っているぞ」「すこし待っている人がいるから・・・」こんな会話をしたそう
  2階廊下で鈴木が立っている。「すぐに来い」「後で行く」やむなく職員室で待つ。再度要請。鈴木自分のクラスへ入っていく。すぐ出てくるがポケットにビニール袋を入れた様子。さては張り番しているな。空部屋で吉村あたりボンドを吸っているかなー。  2時限終了後、照夫先生「2年山田が鈴木たちにトイレに連れていかれた」と小川先生共々言う。早速トイレへ行くが姿が見えない。3時限目が2年生の英語の授業なので焦る。とうとうベル。やむなく教頭さんに依頼し念のため空き室を覗く。吉村がボンドをやっている。ドアーをノックし用件を伝える。」もうろうとした顔。「鈴木は?」と言うと袋を隠す。
  3時限終わってようやく3人が揃う。突然鈴木が放送室のマイクを持って全校放送「俺のブーツを盗んだやつは誰だ。すぐ俺のところへ持ってこい。もし持ってこなかったら頭をカチ割ったるぞ。」と叫ぶ。「勝手にマイクを使うな」と注意する。

  生徒相談室が特別教室になる。

  ここへは他の生徒は入れないなどのきまりを言う。そのあと戸棚を3階より運ぶ。伊藤、鈴木よく働く。吉村はまだぼんやりしている。給食のためクラスへ戻す。長谷先生血相かえて来る。「2年生の佐藤がトイレで殴られた。僕のクラスです。もう我慢ができぬ。2年2組が狙われている。担任として許せぬ。」「どうする?」「殴ります。」180cmの彼ならやれるだろう。「まだ私は彼らの担任になったばかり、彼らとのコミニケーションができていない。今何ともできない。少し時間をくれ」と頼む。
  昼の清掃中危険を感じて校舎を回る。2階トイレで4人ほど揃っている。顔を見て隠れる。川上、伊藤がついてくる。体育館などの故障個所を見せて解散。刻々氷の上のハラハラの生活。



      第2話 2月6日

  朝やはり登校しない。1時限目1年の授業で新館へ行く。帰りに技術科準備室に不法侵入している3年生を渡りから発見、捕まえて注意中隣の部屋のカーテンが揺れる。伊藤の顔が一瞬目の端に入った。
  やー来ているぞ。部屋から連れ出す。ボンドを吸っている最中・・・。相談室に入れる。少々なじると「俺たちの憩いの部屋だが」とわめく。「先生5分だけ」と鈴木と吉村が飛び出しトイレへ走る。ボンドを吸いに行ったのかなあと思う。伊藤だけは動かない。「お前も吸っているか」「吸っていないよ」「先生俺呼んでくるわ」彼も出ていく。すぐ戻ってきた。「先生おらんよ」「早く探せ、ボンドは吸わせるな」。
  しかしなかなか戻らないので2階、3階と校舎を回る。だが姿が見えない。中野先生の「シンナーを吸ってるぞ」の声でまた探す。ようやく3年のクラスにいた3人を発見連れ戻す。この途中1階3年2組、高山先生(女性)の国語の授業に侵入、前で朗読中の岩崎の代わりに鈴木が本を読み出す。伊藤、吉村は空席に座って大声で冷やかす。強引に連れ出す。
  実は相談室を去り再び見つかるまでに問題が起きていた。トルエンを3階トイレでやったようだ。大声をあげドアーを叩いて騒いでいたとのこと。石井先生(男性)、小野先生(女性)の授業にも侵入したそう。理由はブーツ探しで「1分間時間をくれ」と言って「俺のブーツを返せ、そうでないと頭をカチ割るぞ」と支離滅裂にがなったそう。今後はそんなことはしないと誓約書を書かせる。
  こんな事実は全く知らず高山先生の授業妨害も軽く感じていた。しかし職員室へ戻ると高山先生、小野先生の様子が普通ではない。2年の学年主任も憤慨している。どうも学校長に食いついたようだ。校長が4役会を開いて言う。女の先生たちが「もう授業が怖くてできん」と言う。2・3の男子教師は「あれは中毒症状だからもう駄目だ」と言っている。主任会を開くか、生徒指導委員会か・・・・・。
  あいにく本日午後2時半より六条高校へ校長、3年学年主任が出張、6時半よりは1年の主任が福祉会館へ出張の予定、ともあれ校長に在校してもらい、臨時企画委員会を各学年1・2名の応援を得て行う。
  5時頃までそれぞれの意見を聞く。案外知らない事実が出る。何とか決着をつける方向に決まる。その間他の職員はかたずをのんで待機。



      第3話 臨時職員会

    (午後10時頃)
      高山先生(女性)  「3人に囲まれた時はとても怖かった」
      小野先生(女性)  「川上に尻を触られた」
      秀美先生(女性)  「お前一発やったろうかと脅された」
      中野先生(男性)  「わしは半殺しにしてやる」
      山岸先生(男性)  「俺は奴らを必ずぶっとばす」
      宮田先生(女性)  「私は学校長の命令があれば、命を懸けてやります。今日は
                   臨時婦人部会を開く予定でした。学校が頼りにならないので、
                   女子教師だけでまず連帯しようと企画していた」
      鈴川先生(男性)  「私は職員が強行手段を使うことには自分自身としてはできない。
                   それほどまで我々はしなくてもよいではないか」      
      遠井先生(女性)  「今まで学校は何をしてきたか・・・・・・・」

  殆ど強硬論が支配し、その折りの具体策が話しあわれた。誓約書の件もあるので、明日の様子で一挙決着をつけることをに決定した。
  午後10時 女性教師だけが帰宅

  役場へ手配・・・総務課長に電話、町長・総務課長ともに来校、校長・教頭・隠居より事情説明、その後町長・総務課長職員会議場へ、町長「学校方針を全面的に支持する」と言明。なお明日朝臨時教育委員会を開くとのこと。
  7日 1時20分  解散 



      第4話 (解説)

  それまでも何度となく非行問題は議題になったが抽象論ばかりで役立たなかった。「生徒指導係が駄目だ、3年生の先生が弱腰だ、学校長に何とかしてもらいたい・・・ただ議論するばかりだった。しかしこの夜の討議は全く違っていた。各自真剣であり、本音で話し合われた。出た結論が正しかったかどうかは分からないが、具体的に行動することになったのは進歩だった。

        2月7日(土)
  夜中2時頃帰宅、家内に大要を話し就寝。案外熟睡する。でもいつもより30分ほど早く起きる。昨夜風邪を引いたようで気分悪し。(注: 伊勢湾台風後ホンダのスーパーカブが愛車、夜半寒かったせいか)
  登校後万一の場合を考え、トレパン、バッシュを履き、上にジャンパーを着、手袋をポケットに入れた。職員朝礼時「万一の場合警報ベルを鳴らしてもよい。」「一般生徒の動揺に留意すること」をお願いする。

  3人組の登校を待つ。2・3人の先生自発的に校舎を巡回。約束の8:30には来ない。何度も相談室(彼らの部屋・・・・3年菊組)を覗くが姿が見えない。10時も過ぎ我々が張り切っているので、「土曜日のこととてお休みかな」と呟いていたところ、野田先生が血相変えて「今3階に着ている」と注進。直ちに教頭さんと二人で探す。たばこを喫いながらの吉村、鈴木を見つけ注意する。煙草の火を消す。「伊藤は?」「トイレ」・・・逃げようとする3人をようやく相談室に入れ、校長に連絡後校長室に入れる。
   (解説)
  鈴木は学校を休みがちだった。ある時彼の家に名古屋の生徒が家出をしていた。その中学の担任が鈴木の家に迎えに行ったら激怒して玄関にあったコウモリ傘でその先生の顔をついた。その先生の眼鏡が壊れ目の近くを大きく傷つけた。鈴木は3人の中でもっとも小柄だったが行動はかなり無謀だった。

  3人を来客用イスに座らせる。
  校長「今後絶対無法は認めない。すでに町当局もその決意、シンナーや授業妨害は直ちに処罰する」
  吉村「何も悪いことしとれせんが」「教室に入れせんつもりか」

  校長の注意がくどくど長くなった時、突然鈴木が立ち上がった。
    鈴木「そんならもう学校へこうせん。それなら迷惑にならんだろ、この馬鹿野郎」
  拳を固めて今にも襲いかからんとする。吉村がズボンを引っ張って止める。一応ボンドはやらないと言うが本気とも思われない。伊藤は黙して座っている。
    鈴木「もう帰るぞ」
  この声で勝手に出ていく。この後倉庫の掃除を横田、宮田先生の応援でするが、彼らはなかなか動かない。作業後、鈴木がコーヒーをいれ飲む。鈴木帰宅。残り二人と横田先生、私とで世間話、その後二人下校。

        臨時教育委員会・・・・13:00より18:00まで
 (解説)3年菊組には灰皿とコーヒセットが用意されていた。校長は「喫煙だけはさせるな」と言う。「煙草を認めないと彼らは体育館の屋根裏や倉庫で喫煙する。火災の危険があるので止めれない」と強引に説き伏せ室内の喫煙を認めた。(あまり感心はしないがやむを得なかった。)



      第5話 (説明)

  2月4日以前の説明がないので読者の皆さんには分かりにくい点が多々あると思います。それで今日は学校長について少し触れてみたいと思います。

  この校長はいわゆるやり手の人物であった。私が校務主任でいやいや遙か名古屋の隣の町まで転任すると入れ替わって、教頭から校長へ出て行き、2年して校長として舞い戻った。だから町のことには熟知していた。
  (今嫌々の転任と書いてしまったのでこれについてこの時代同一校10年のリミット、転任は覚悟していた。校長が「役付にして送り出したい」と言われた。私は日本最初の通信教育で日大出身、出世は考えていなかったので「ご厚意はありがたいがなりたい人が多いからそちらに譲って下さい」と。しかし校長さんは「先生が一生懸命やって下さったので、頼むから顔を立ててくれ」 そこでまで言われてやむなく承諾した。)

  この校長さん勝手知った学校のこといろいろ新しい学校経営を始めた。生徒指導についても何かと口を出していた。一向に好転しない現状に自らが乗り出した。(私たちは誰も知らなかったが)3人の連中を誘ってキャンプに行ったのである。職員の指導の効果がないので陣頭指揮?のつもりか。しばらくして校長が役場で「3人の問題児を連れてキャンプに行った」と大声で自慢していたと。それが職員の耳に入ってきて職員は怒った「校長一人で指導すればよい」と。3人は校長に可愛がられていると思い、ますますエスカレートしてきた。

  3年菊組の冊子の転記に移ります。

        2月9日(月)
  今日は娘の嫁入り道具の入る縁起の良い日、無事に過ごせることを祈りつつ息子の車で登校。(息子隣の小学校に勤務していたので)職員朝礼で緊張度がゆるまぬよう頼む。
  第1時限2−4の授業終わる。10時すぎても彼らは現れぬ。昨日渡辺(相当前より親が非行から遠ざけるため、長距離のトラックの助手をさせていた)が戻っていて吉村の家に泊まっているとの連絡あり。その関係で今日はお休みかと思い始めた時、顔を見せたとの報あり。2・3の先生掴まえに行く。逃げ回って掴まらない。吉村はふらふらしている様子。すでにボンドをやってきたようだ。応援を加え探す。秀美先生、宮田先生二人の女教師がプールサイドに鈴木、吉村を発見、しばらく会話して戻り報告「少し様子がおかしいのでしばらく捨てておいた方がよい」と。
  再び休館に現れたとところ2年学年主任の加賀先生に職員室に連れて来られる。第4時限1−6の授業を終わって帰ってくると、3人揃って加賀先生の監督下トイレの落書きを消していた。ところがまた消えた。新館トイレで加賀先生が掴まえたと西原先生の連絡。現場へ急行、吉村がトイレの戸を閉めていたとのこと。ふらつく吉村をつれ鈴木とともに相談室へ。3年生の先生とテーブルにつく。鈴木しばしば口を覆う。シンナーの匂いを隠すためか。給食時になるが吉村帰るという。鈴木とともに帰る。伊藤はどうも学校にいるらしい。

  (感想 正直言って彼らが休んでくれないかともしばしば思った。ところが彼らはなかなか休まない。遅れてきて靴のまま悠々と校舎に上がり込む。学校は勉強しなかったらとっても楽しいところらしい。)



      第6話 3年生私学願書提出のため午後授業なし

  午後英語カリキュラムの趣旨説明のタイプをしようと職員室で準備していると伊藤の姿が廊下に見えた。タイプの字探しを命じ隣に座らせる。吉村も入ってきた、「お前もやれ」「やる」15分ほどたったら、「もう疲れた」「車で帰りたい」と言う。「車で連れていってやろうか」「ほんと?」・・・教頭さんに車の件を頼む。
  この時点で吉村の態度とても柔順。
  教頭さんの車で私と3人は行き先を告げず出発。私の前々任校のある木曽川のほとりの村に向かった。花づくりをビニールハウスで大規模に経営している後藤さんのところだった。ここでいろいろの花を買った(菊組の花)。ハウスから二人が出ていく。煙草を吸う。黙認。後藤さんパーマネントでそりこみの中学生にびっくり。帰り天王レストラントでジュースを飲ます。車中彼らはあまり話をしない。ただし信号待ちなどでストップすると窓を開けて大声でやじったりする。4時過ぎ帰校。

        2月10日(火)
  第1時限終わって職員室へ戻る。まだ顔が見えない。10:20登校、山田先生が相談室へ入れてくれたそう。直ぐ行ってみる。伊藤、吉村がコーヒーを飲んでいる。吉村の顔穏やか、ボンドはやっていないようだ。しばらく他の先生に任せ浄化槽業者と話し合う。
  昨日のタイプをやろうと吉村にタイプライターを職員室に運ばせる(吉村は175cm横幅もある大男)。伊藤、吉村交代で手伝う。吉村時々姿を消す。偶然正面のトイレよりビニール袋をもって出てくるのを見つける。またやったなと思ったが素知らぬ顔でタイプを打たせる。量が少ないせいか頭も正常。
  昼少し前鈴木が校長と一緒に入ってくる。校長鈴木の家へ行く途中彼と会い同乗させたとのこと。吉村が釣り堀へ行きたいというので午後行くことにする。
  加賀先生の車で正ちゃん釣り場へ送ってもらう。。鯉が釣りたいと言うのでビニールハウスの方へ行く。1時間500円3人分払う。吉村が2匹、後の二人はかかったがはずれてしまった。伊藤は60分ガンバッタ。吉村、鈴木は45分頃から飽きてきた。釣りの後直ぐ近くの喫茶店へ入る。勝手に注文しだす。1950円支払う。何処かえ電話をかけ始める。何か争いごとのようだ。学校長の車の出迎えで学校に戻り解散。
  (今キーを叩きつつなんて馬鹿なことをしていたかとも思う。でもこの時期これしかなかった。教師の屈辱でありお守りをしているに過ぎないと言われても返す言葉がない。もっと以前にしっかりした指導が行われていたら・・・・・・)



      第7話 2月12日(木)

  生徒朝礼時吉村だけ来ているのに驚く。近づいて「偉いなあこの間は鯉2匹でトップ、今朝は1番に登校」「そうだろう」「伊藤はどうした」「後から迎えに行く」。
  朝礼後吉村に伊藤の家へ電話させる。応答無し。「鈴木にもかけろ」「おっかあが寝ているから可哀想だ」やむなく迎えにいかせる・・・。伊藤に私から電話、眠い声で伊藤がでる。「吉村が家に来たが、忘れ物を取りに家へ帰った。」と言う。ともあれ一緒に来ること、吉村にシンナーなどさせないことを命ずる。
  第3時限目に行こうとしたら吉村がやってくる。メンバーが揃ったとのこと。プリント150枚の二つ折りをを依頼。「俺たちだけでやるで先生授業に行って来い」と言う。後教頭さんに頼んで授業に行く。1時間終わって部屋を覗くと教頭さんのみ。教頭さんのカメラを持って外で女生徒を撮ったり、自分たちを撮っていた。
  「サッカーをやるよ」こう言ってグランドへ。間もなく彼らの姿が消える。学校長に報告中、外を見た校長が「伊藤がおるぜ」と言う。みんな帰ってくる。そして喫茶店へ連れて行けとねだる。午後からと拒絶。給食は教室で食べると吉村が言ってみな出ていったので独り食事。職員室へ戻って今一度覗くと伊藤と鈴木が食べている。ここでの話題、外出と服装。
  ようやく揃ったので七宝焼きでもやろうかと勧めるが話に乗ってこない。昼放課ブラブラしだす。驚くことに1年の女子たちが3人にサインを頼んでいる。彼らにフアンがいることに愕然とした。3人は憧れの人物だったのだ。(この少女たち3年生になった時家出の常習者になって親や学校を困らせた。)
  午後から作業でもと思っていたら逃げ出してしまった。横川先生が掴まえて「稲村高校へ行く用があるから3人を連れていってよいか」と言われたのでお願いする。
  (あの深夜の職員会以後先生たちは私に積極的に力を貸してくれていた。)
  彼らは進んで作業や課題はしない。タイプと同様こちらが仕事をやっていてはどうだろう。七宝焼きなど。
  小黒板に心境を書くことにした。そしてそれを彼らにタイプさせることにした。

    人間はどこから なんのために来たか、昔から多くの聖人が考えた。
    なかなか分からなかった。 おれも幼い頃から悩み考えた。
    そして知った人間の本質を。それはどんな人も神の子佛の子であることを。
    悪く見えるやつほど佛に近づいているのである。
                     ・・・・ 「伊藤タイプ」

  この頃こんなことがあった。2・3の3年生が相談室にやってきた。
  「先生俺たちも3年菊組に入れてくれ」と。3人が特別待遇なのを見て羨ましかったのだ。
  勿論断る。



      第8話  2月13日(金)

  今朝独りも顔見えず。11時頃オートバイ二人乗りで学校の周りを大音響で走る。誰か不明。12時少し前に伊藤一人現れ職員室で会話。伊藤にタイプの課題を与えていると、横川先生(生徒指導)がきて吉無田と鈴木から電話で「中村(名古屋市)まで車で迎えに来い。こなければ自転車を盗んでいく」と言っていると連絡。断るよう指示。
  教頭さん隣の町の中学へ行く途中、吉村がオートバイに同乗していたとのこと。どうも近くから電話してアリバイを作ったらしい。しばらくして特攻隊スタイルで二人が飛び込んできた。2・3度爆竹の音がしたが彼らの仕業らしい。前日秀美先生の車、タイヤ3本空気抜かれる。問題多し。それでも鈴木帰り少し前タイプを若干打つ。

    今日は伊藤ひとりで残念。罪とは何だろう。
    罪は消えないものか?
    罪とは包んで隠していることである。包みを広げればよい。
    そこに光があたる。すなわちざんげすることである。
                     ・・・・ 「鈴木タイプ」

        <番外編>
  このことは冊子に載せなかった。でも今回ここに思い起こしつつ記述します。日付は分からない。生徒指導の横川先生のことである。この先生学校でもっとも穏和な40何歳の方だった。言葉遣いもやや女性的であった。ある日、吉村の行動が目に余ったので家庭訪問で親と話し合った。7時頃たいていの先生は帰宅職員室には私を含め3人しかいなかった。突然電話、横川先生が出た。「吉村から 電話で家庭訪問に何故来た。今から文句を言いに学校へいく」との先生の報告。困ったことだと思っていた。しばらくして突然パタンと大きな音がした。ふと見ると横川先生が床に倒れたのだ。さあ大変、「救急車を呼べ」と文夫先生に頼み彼を抱きしめる。救急車に同乗し近くの校医のところへ運ぶ。心労と脅迫感で気を失ったであろう。残念なことだ、哀れなことだ。生命の危険を感じて勤務する職業はあまりないではないか。救急車に乗ったのは初めてであった。幸い注射で間もなく快復してくれて一安心。文夫先生の車に乗せ名古屋市の自宅まで運んだ。
  心配顔の奥さんの顔が正視できなかった。



      第9話 2月14日(土)

  風邪が流行しているようだ。相当休んでいるクラスがある。
  10時頃3人揃ってやってきた。鈴木のみ特攻服。夕べ伊藤の家に泊まったとのこと。吉村の態度少し変。ボンドをやってきたらしい。「今日は俺の日だ」と叫んでいる。ダストンを一俵撒かせる。相談室からどこかへ行くが直ぐ帰る。放課を気にしている。
  伊藤が板書をタイプ。吉村一文を打つ。コーヒーは鈴木が炒れる。伊藤湯などを用意。吉村のみ一向に仕事をしない。吉村はバレンタインデエイでチョコレートを期待しているようだ。1・2年の先生たち学年旅行の予定。
    幸福
    世間には不幸な人がいっぱいいる。病気、貧乏、争い、あまりにも暗いことが多い。
    どうしたら幸せになれるか。「人は誰でも幸せになれる。幸せなのが人間だ」と悟ることだ。
    そして「今すでに幸せと繰り返し念ずる」ことである。
                       ・・・・ 「吉村タイプ」

    ひとりぽっちの人もいる。なんてさみしい人生だろう。
    自分のことを喜んだり泣いたりしてくれる人がいる私たちは幸福だ。
    みんな必ず人の親となる。後悔しない生き方を私たちは考えねばならない。
                       ・・・・ 「鈴木タイプ」



      第10話 2月16日(月)

  8:40頃吉村一人登校。「鈴木を車で呼びに行ってくれ」「駄目だ」「家へ帰る」といって帰ってしまう。1時限終わって部屋を覗くと一般の生徒3人を中に入れてコーヒをふるまっている。関係のない人は外へと言うが、吉村が離さない。「作業をやろう」「外の仕事は嫌だ」。体育館でイスの組立をやるがすぐ逃げ出す。「埃が体に悪い」と。
  今日は吉村に自作させた詩を彼自身に打たせる。

    風を切って走るとき、  おれは夜空の流れ星さ
    吉村参上
    極楽親衛隊長OOOOOOや。 日本憂国烈士OOOOOO参上。
    一日一善吉村      世界は一家人類皆兄弟。OOOOOOO
    悪鬼呼暴麗、OOOOOOです。へこき虫、OOOOOO
    覇流魅ONLY YOU.
    努力・・・・・・極楽町

                       ・・・・ 「吉村 作」

         「風」
    自由と風と仲間が    何よりも好きだから
    今おれは短い      人生の一駒の青春を
    風に向かって       何処までも走るぜ
    人とちがった生き方を  しただけさ
    今・・・・・・・・
    おれたちは        ハンパじゃないぜ
    おれたちは        自由の風の中 
    とめられるか       おれたちを

                       ・・・・ 「鈴木 作」

         「男の子」
    5月の空に鯉のぼりがはためく。七・五・三で母の手に引かれ宮参り、
    幼稚園、小学校の入学式、母の心に愛児の成長が・・・・・記録されていく。
    「母さん」子供にとっても母こそ生きる糧である。

                       ・・・・ 「吉村 タイプ」

  彼らに写真の技術を教えて興味を持たせようと教頭さん考えた。高山カメラ店へ現像液をとりに同乗。午後二時半頃鈴木、伊藤現れる。「現像させろ、教頭先生嘘を言う」と怒る。「職員会でやれん」と行って断る。会が終わって覗く。女の生徒が入っている。みんな外へ出す。



      第11話  「ある日のPTA役員会」

                (これは冊子には掲載なく記憶の一駒です)
  PTA役員が教室いっぱいに入っていた。学校側は校長と何故か私だけだった。校長の話が一通り終わったとき突然校長が「OOO先生何か話してください」と言われた。不意のことであり平素考えていることを率直に発表した。
      「皆さん学校や先生を信頼してはいけませんよ。警察も当てになりませんよ。PTAも頼りになりません。
      (校長は勿論親さんたちはこの暴言にビックリした)。
      先生について説明するなら、うるさい先生の自家用車を傷つけてやればよい。車上に乗って暴れるか、
    タイヤに穴をあけてやればもう沈黙する。警察はどうか、非行が多く十分な対処ができていない、PTAは
    もっと弱い。事実バスの中で3人組など見かけたら怖くてうわさ話さえできない。すなわちみんな弱いので
    す。弱いからこそ連帯しなければなりません。それぞれが本当に強ければ何も連帯する必要はありません。 
      どうか皆さん力を合わせましょう。弱い力を結集して学校再生のため子供たちのために真の意味での
    協力をぜひやりましょう」。
        2月17日  火
  10時伊藤、吉村登校。「現像をやると」と吉村やかましく教頭さんに要求。教頭さん多忙のうえ第4時限授業あるもやむなく50分ほど時間を割いて現像室で指導。喜んで彼ら部屋に戻る。まだ半分残してある。今日は二人とも温和で吉村はタイプ、伊藤はラジオの組み立ての技術の授業に珍しくでる。体育館の軽い作業にも伊藤は参加。
  小生七宝焼きに夢中第1回は真っ黒で失敗。宮田先生の指導で色粉を変え時間を変えた。まあまあの作品ができた。「おれも明日やろうかな」と吉村呟く。
  昼の清掃中、吉村2年生の生徒を蹴る。3年菊組の部屋の掃除をやらないからの理由。自分たちのところは自分たちでやれと注意、二人とも不満顔。



       第12話  転入志願者現る

        2月17日(火)
  第2時限終わって戻ると3人揃っているとのこと。吉村すでに自作の詩をタイプしている。「一晩かかったぜ」という。
  鈴木、伊藤は教頭さんの紙折りを手伝う。
  写真のしわのばし、貼り付けを行う。他校の生徒が入ってくる。「僕もこのクラスに入れて欲しい」と。さすがの私も驚く。3人組に菊組の情報を聴いたらしい。名古屋市の中学生で家出中だった。「他校の生徒は駄目だ。」と断る。少年はすごすご帰っていく。勉強はしなくてよい。コーヒは飲める。煙草も黙認。釣り堀やバッチイングセンター、喫茶店へもいける。彼にとっては天国だったよう。全く悲しい現実・・これでよいのかと迷う。
  第4時限鈴木が「授業に行きたい」吉村が「音楽に行く」と言い出す。「伊藤お前も行け」みんな出かける。鈴木のみすぐ帰ってくる。「面接でつまらないから戻ってきた」と。
  午後私の七宝焼きに刺激され鈴木始める。吉村伊藤も続く。「今日出張があるから5時限で終わる」と言ったら喜んでいた。
      「踏まれても 根強く忍べ 道芝の やがて花咲く 春は来るなり」

        私の好きな短歌です。辛いとき、悲しいとき、この歌を吟ずると心が明るくなる。
      人の一代試練は必ずある。若いときの労苦はしのぎやすい。今の困難から逃げては
      いかん。若者よ弱者となるな。颯爽と困難とたわむれよ。
                       ・・・・ 「伊藤 タイプ」

        俺は足踏みは嫌だ。常に進んでいなければ。でも世間はそんなに甘くない。
        それは承知の上さ・・・・・・・
                       ・・・・ 「吉村 作」



       第13話  娘の結婚

      2月19日(木)

  第3時限直前に3人揃う。次に授業があるのでPTAの会計中間発表のタイプと、来年度の時間割りの駒の紙切りを依頼し教室に行く。鈴木タイプ、吉村紙きり、伊藤マンガ読み。
  午後教頭さんに現像の残りをやってもらうように頼む。第6時限3人を残し習字の授業に行く。鈴木帰る。部屋に戻ると「紅茶飲むか」とサービスがよい。帰り「掃除をやれ」と言うと伊藤すぐに始める。吉村も参加。
  別れ際「今日は掃除までしたで偉いだろう」という。「そうだ偉いぞ」伊藤の顔がほころびる。

        2月20日(金)

  10時到着、揃って早いご出勤。早速仕事にかかる。写真の作業、タイプ(板書写し)時間割駒貼り、みんな穏やか。こんな日ばかりなら楽しいなあ。体育館の下駄箱も伊藤上手に修理してくれた。途中3人姿を消す。
  加賀先生のタイプ依頼500円で引き受ける。鈴木と伊藤のみの時修養道場参加を促す。少し興味を示すが吉村が入ってきてNO.

        一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それはただ一粒のままである。
        しかし死んだなら豊かに実を結ぶことになる。
        一粒が万粒にもなるだろう・・・・。
                       ・・・・ 「伊藤 タイプ」

        2月21日(土)

  娘の結婚式で年休
  吉村フラフラで登校、女教師の秀美先生、宮田先生と口論をしたと翌日聞く。

        2月23日(月)

  親父の三十五日で欠席。自分にとっても一月、二月は大変な時だ。
  この日は三人ともおとなしく平和だったのこと。

        <特別手記>

  22日の朝家内は娘の嫁ぎ先へいく。近所の人を招き挨拶と接待をするため。全くの田舎で古い習慣が残っている。結婚式に出る直前両親の前で花嫁姿の娘が挨拶する場面をテレビドラマでよく見る。果たして我が娘は、もしそうしたらどう対応しようか。ところが彼女はなんの挨拶もなくあっさり出発。
  送っていく途中も、式の最中も緊張のせいか涙は出なかった。さすが俺はしっかりしているなと自らを誉めていた。
  しかし翌日(日曜日)家内を送り出したった一人になったとき無性に淋しくなった。
  娘が我が手を離れたことを実感し大声を出し娘の名前を呼び慟哭した。男らしくなく女々しいと思いつつ涙は止まらなかった。
  これで子離れはできたと思ったが今なお子離れ孫離れができていない。今日も学校帰りに娘(教員)はたちよった。
  ちょっと顔を見ないと電話している。今愛知の隠居と悟ったことを言っているがまことに一介の凡々たる親父にすぎない。



       第14話  2月24日(火)

  私立入試で三人とも休み。吉村二年の彼女と遊びに行く。鈴木は彼女の入試に付き添う。

        2月25日(水)

  第2時限終わりに登校、吉村と伊藤の二人のみ。吉村インターホン組立、伊藤はタイプ。吉村難しくてすぐ止め紙貼りに変わる。態度それぞれ普通。昼鈴木来るが勝手な行動をする。カメラを教頭先生から借り写し回る。
  午後ようやく鈴木に紙貼りをさせみんな手伝う。その後七宝焼きで全員指輪作りに励む。また料理実習の企画に吉村ものってきたので、吉川先生の所へ巻き寿司の材料を聞きに行かせる。

      さみしかった。3日も会えなかった。本当に厄介なやつほど顔を見ないとさみしいものだ。
      おやじが先月死んだ。娘は21日嫁に行ってしまった。嬉しい中にも一人娘を失ったさみしさは
      言葉にならない。人生とはこんなものだ・・・・。

      わが輩の担任する三人も俺にとっては可愛いいやつだ。おれは一日数回念じている。
      「神の子伊藤、神の子吉村、神の子鈴木」と。きっとお前たちは明るく、人々に愛される男として
      成長いていくはずだ。十年先二十年先を見つめている。そのとき俺を評価してくれ。
      それを楽しみにしている。
                       ・・・・ 「伊藤 タイプ」



       第15話  協力とは

  今(2001年)振り返るとその当時協力ということを私は次のように考えていた。
  いつも職員会で「みんな協力しなさい」と校長は言っていた。また学年主任たちも口を開けば「協力がなければやれない」と言う。そして堂々巡りの会議が延々と続く。協力なんて同じレベルでできるはずがない。空論である。現実は協力とは反対の考えの人もあり、反対の行動をとる先生もいる。結局非行への対処はお手上げの状態である。
  私の説はこうだった。
  まず全教師が同じ方向を向くこと。管理者は管理者として、男性教師は男性教師として、また女性教師は女性教師として。そして分に応じて精いっぱいの力を出すこと。例えば若い女教師は10分の2の力を、幼子を抱える男性教師は10分の5を、校長は10分の10を。私は娘も結婚させ、息子も教員になって、親の責任も大部分果たしたから10分の9ぐらいか。このように立場立場で同じ方向で努力するのが本当の協力であり実現可能な道であると考えていた。
  あのころ教師たちは廊下の両側に座り両足を伸ばしてたむろしている3年生を避け、別の階段を遠回りして教室に足を運んでいた。
  多くの荒れた中学校では校長さんたちが出張を喜んでいた向きがある。頻発する生徒の非行から身を避けていた嫌いがあったようだ。校長のために盾となって非行集団に立ち向かう教師集団はあまり存在しなかった。
  学校が平和な時は協力も案外スムーズにいくものである。しかしいったん教師の権威が破られ学校が荒廃していくとき、教師集団はもろくも崩れお互いの信頼関係は失われ寒々とした職場が露出してくる。
  時折こんな意見を職員会で吐露したがあまり浸透しなかったようである。でも紆余曲折があったが徐々に協力体制が生まれてきた。おもしろいことに問題生徒に強いのは子を持つ女性教師たちだった。やはりあの大変なお産を体験したせいか、それとも母は強しのためか、男性教師より度胸があったようである。



       第16話  消えた板書

        2月26日(水)

  1時限後行ってみると珍しく3人いる。早く料理をやれと喧しい。鈴川先生の車でユニーへ買いだし。寿司の材料を買い勘定にいくと、イカ、チョコレートなどが入っている。やむなく支払う。
  買い出しに行く前のことだがコーヒーを炒れてやるという。何かいたずらをすると警戒。煙草が浮いている。
  調理室へ行く。壁に3・4箇所卵をぶっつけた跡あり。校番さんとふく。吉川先生(定年直前の女性)と校番さん二人の応援で始まる。吉村が勝手にかんぴょうを鍋に入れ、醤油を加え点火。やり直しをさせる。どうにか完成やれたれ。
  一服のおり相談室で紅茶を飲めと言う。コーヒーも混ぜたという。変な味???小便を入れたらしい・・・。黙って止める。私に対するいたずらが多くなった。(正直言ってショックだった。しかし思った。ここで動揺してはならない。平然と無視していこう。彼らはきっと立ち直ると。・・・この時以後何となく彼らが私に対する気持ちが変化してきたよう。)

           巻き寿司

      初めての料理実習それも日本古来の寿司だ。お祝いに必ず出てくるめでたい料理。
      さて食べれるかな。人に頼むのが嫌いな私ではあるが、ようやくふたりの方に応援してもらうことになる。
                       ・・・・ 「伊藤 タイプ」

  不思議なことに上の板書が消されてあった。昼放課宮田女史が顔色を変え秀美先生、寺田先生を伴って話があると言ってきた。校長室では校長が仕事中。いきなり宮田女史「黒板の記事卑怯ではないか」と血相変えて詰め寄る。「あんな風に書かれては困る。寿司ぐらい作れるが怖い。だから辞退したのだ。あの文を読まれると直接被害を受ける。だから腹が立って黒板を消した」と。
  前にこの3人の女性教師に「寿司の指導してくれませんか」と頼んだ。しかしみんな断った。そこでやむなく年輩の方たちに頼んだ。決して悪意があって板書したのではない。私のやっていることに感謝してもらってもよいのに怒られるとは心外だった。しかし冷静に話を聞いた。彼女たちの気持ちも理解できる。いろいろ話し合って私の苦労も分かり納得する。(女性教師はこの頃男性教師は当てにならないとグループを作り守りあっていた。心中常にイライラしていて私の板書を誤解し爆発したのも無理もなかったかもしれない。)

  6時限が終わって部屋に行くと「作業をやる」と珍しく言う。イスに座って驚く。腰掛けるところが糊だらけ。背中までもである。やむなく雑巾で拭く。針まで出てくる。画鋲がマットを切って3個入れてあった。
  長谷先生が「授業中ドアーを蹴ったと訴えてくる。

  全く今日は受難の日だった。先生たちまで白眼視してきた。つらい。



       第17話  悲しかった

        2月27日(金)

  今朝は10時頃伊藤、吉村現れる。鈴木は欠席だそうだ。20数年ぶりの寒波雪の中を登校してくる。しばらく暖をとったあといつものように彼ら湯をとりに行ってコーヒーを作る。その間に板書「悲しかった」を書く。吉村黙ってタイプを打つ。伊藤は紙貼りをする。今日は彼らちょっと良いぞ。時々雪なぶり。山本先生のクラスが雪合戦なのでそれに参加する。
  放課中に仲間が数人入っているので追い出す。ともあれ静かであった。昼から授業があるので文夫先生に監督を依頼。私立高校の発表でガタガタした一日でもあった。

          「悲しかった」

      きのうは待望の寿司の料理、前から期待していたのでとっても楽しい日となるはずだったが。
      寿司は成功だった。文句なし・・・・でも家へ帰っても心はさえなかった。それはいたづらが多すぎた
      ことだ。大分つきあいも長くなって親しさが出てきた時期だけに悲しかった。
      でも今日は良い日にしよう。娘も里帰りする日だから。
                       ・・・・ 「吉村 タイプ」



       第18話  深夜の警戒

        2月28日(土)
  9時半吉村のみ登校、1時間ほどして伊藤が来る。きわめて穏やか。「何か仕事はないか」と聞く。椅子の登録をやると言ったら、大変だと言って逃げる。伊藤タイプ、吉村と私でダンボールの片づけ。焼却炉の掃除。4,5人の仲間が入り込むが追い出す。川上が4時限目に入室していたが、入試に落ちていたので特別許す。

        3月2日(月)
  11時頃伊藤、吉村現れる。吉村トイレとのこと。念のため大声で呼ぶ。間もなく出てくる。態度少し変。吸ったらしい。部屋でカセットをがんがん鳴らす。特に伊藤が熱心。何度音量を下げてもすぐ戻す。タイプもいい加減、七宝焼きも無茶苦茶、午後は自習のクラスに入り込む。
  給食時ドレッシングを背中に塗られる。時間割の駒もがたがたにされる。
  朝、鳩が死んでいたのでそれを板書する。吉村それを読んで「可哀そう墓でも作ろう」と言う。後で聞くとアレスポの近くに埋めたそう。
  ガムは所嫌わず捨てる。ゴミも捨てる。コーヒーはこぼす。ガスストーブの上ではパンを焼く。汚い部屋、掃除もしない。こちらがやらねばならぬ。職員会で現状報告、少し愚痴が出る。

          鳩の死

    部屋に入って驚いた。鳩が死んでいる。今日飼う方法を考えようとしていたのに。
    寒さにか飢えか病気か?「鳩さんごめんよ」吉村も残念がるだろう。
    卒業がじりじり迫ってくる。今週ぐらいしかゆっくり話し合う時はない。
    日曜日でも 
    夜でも3人のことが思い出されてしようがない。
    何かを得よう。何かを学ぼう。この1週こそ勝負だ。
                       ・・・・ 「伊藤 タイプ」

  今キーを打ちつつこの時期にあった一つの事件を思い出した。それは次のような話である。
  そのころ登校するとガラスが割られている。保健室には侵入しベッドで寝た形跡がある。消火器がばらまかれている・・・などの被害が多くあった。そこで夜警をして捕まえることになった。教頭、教務主任、生徒指導係そして私と。校長室にこもり木刀など身近に置いて警戒。夜半電気も消して静に待機。
  すると玄関に車のライトが一筋流れた。「来た」全員緊張。玄関の扉が開けられる。「連中は鍵を作っているな」と囁きつつ木刀をしっかりと握る。廊下をひたひたと歩いていく・・・・・・・そして玄関から立ち去ろうとする。点灯して確かめる。
  何と役場の吏員が貸してあげた吹奏楽の楽器を返却に来たのだった。
  全くのお笑い話。疑心暗鬼とはこんなことかと思った。



       第19話  きれいな部屋

        3月3日(火)

  2時限目終了後吉村のみ来る。「鈴木は名古屋へ行った。おれは体の調子が悪くやめた。」すぐ部屋を出てクラスへ行くという。学級を覗くがいない。次の放課廊下で見つけ連れて来る途中で逃げられる。
  どこかのトイレへ行ってシンナーでもやっているかな。知らぬうちに菊組の教室に川上、恒川が入って暖をとっている。3年生学年会を昨日開いたがいっこうにこの問題に関しては進展無し。
  午後バスケット10年思い出の前任校でカリキュラムの趣旨説明会があった。幸い発表者でもあったので説明は簡単にして大勢の前で「もっと現実的で大切なことを話します」。そう言って3年菊組の現状を発表した。会場はしんとして声なし。まさかこんな場でそんな話を聞くとは、また発表するとは誰も思わなかった。私はカリキュラムより今現場で深刻に悩んでいる問題を公にして、そこまでいかない事前の生徒指導を各学校真剣に考え対処して欲しかったからです。
  私の大胆な発言に教育事務所の主事たちも校長さんたちも誰も何も言わなかった。
  娘嫁ぎ先へ帰る。

        3月4日(水)

  10時40分頃伊藤の顔をみる。「吉村は?」「来ているよ」宮田、寺田の二人の女教師と文夫先生協力してトイレあたりからフラフラの吉村を連れてくる。4時限目の音楽の授業に二人出席するが静かだったとのこと。
  給食時また背中を汚された。
  午後教頭さんに現像指導を頼む。伊藤のみ文夫先生の依頼で職員室で調理学校合格者のパーテイの案内状をタイプする。川上、大西まで授業を抜け職員室に来た。吉村インターホンでいたずらをする。止めた秀美先生ともめる。

          きれいな部屋

  戸をあけてビックリ。整頓されている。誰がしたのかな。ともあれきれいなのは気持ちがよい。
  今日は何人、何時に出てくるだろう。授業が変更で3/5/6とつまってきて君たちと勉強できないのが残念。
  善悪の区別を知っている君たち、その善を信じるだけ。
                       ・・・・ 「伊藤 タイプ」

  (追記)
  今冊子を見ながらキーをうちつつよくも辛抱強くお守りをしていたのかとあきれている。いたずらの連続、シンナーなどの常用、これが学校の中とは恥ずかしくなってくる。無能だった私たち教師の力量のなさが再び思い出されてくる。今はもっともっと深刻な学校の現場だろう。)



       第20話  私の覚悟

        3月5日(木)

  事務所でカリキュラムの会合が朝からあったので昼から学校へ行く。吉村欠席彼女と遊びにいく。部屋では相変わらずカセットでガアガアやっている。女の先生3人でお守りをしてくれた。七宝焼きをさせる。川上まで参加する。吉村がいないので静かだ。伊藤タイプもする。

       菊組担任としての覚悟 (2001年 今初めて書く)
  職員会で堂々巡りをしているとき私は発言した。「ごたごた議論していてもらちがあかん。要は生徒に暴行を受けたとき、警察に告発するか、それとも教師だからということで黙するか、双方とも正しい考えである。そこで各自いずれの方を選択するつもりですか。原点はここから出発しないと本質的な議論は生まれない」と。この発言に対して誰も意見を出してこない・・・・・・・。私自身はいつも突き詰めて自問自答していた。「お前は生徒が集団で襲ってきたらどうする。50何歳の体で戦えるか。それとも無抵抗で暴行を受けるか・・・・・・」。前にも少し書いたが娘も結婚させたし息子も教員になって親の責任も大部分果たした。病弱な体だったが部活の子供たちのお陰でここまで生き延びれた。子供の本質は善であるというのが私の確信である。教育の仕事で万一命を奪われてもやむをえない。まさかそこまではいかないだろう。腕の一本ぐらい折られても仕方がないと決意した。正直いって私もシンナーでふらふらした連中に接していると怖かった。しかし逃げるわけにはいかなかった。もし最悪の状態が起こったら彼らの前に正座し、瞑目合掌して「彼らの実相を念じよう」と密かに覚悟していた。



       第21話  美人の彼女現る

        3月6日(金)

  11時3人揃って特攻服、革靴で登校。職員朝礼時「現代」よりコピした非行の記事を配り、先生たちの奮起を促す。
  ついでに3年担当の職員に対して「恒例の卒業式後の学年旅行が企画されているが、もっての外だ。良心があるなら壊された所を修理したらどうだ」と一喝した。(旅行は休暇中に延期された)
  鈴木が彼女を連れてきた。名古屋市の中学生で美人だ。しかし全体に崩れている。吉村が刺激されたかバカヤロウと絶叫した。鈴木3年生を送る会の映画を見せろ」とわめく。「女を帰せ」「たった一日だから許して」鈴木懇願する。やむなく許す。体育館にいる生徒たちが他校の女を連れて入場してきた3人組に唖然として目を見張っていた。
  映画もすぐ嫌になりソフトをやりにグランドに出る。3人の男性教師に協力してもらう。

            「 我が中学時代」

      大東亜戦争が始まった年に中学に入り終戦の年に卒業した。中学に入った時から
      問題生徒としてマークされていたので不満の時代だった。日本が滅びるかどうかの
      時だったので、個人の感情は爆発せずにすんだ。
      ひねくれ生徒は今ひねくれ教師しとして生きている。でも私は間違っていなかった
      と思う。正直に精いっぱいやったつもりだ。「あいつは悪いやつだ」と殆どの先生から
      思われた屈辱は今でも忘れられない。
                       ・・・・ 「伊藤 タイプ」



       第22話  卒業式近づく

        3月7日(土)

  9時前に自転車1台あり。吉村だけ登校の様子。1時限後伊藤、吉村が部屋に居る。吉村隙を見つけてはトイレへ走ってシンナーを少量やる。今日は制服。革靴。
  「バッテングセンターへ行こうか」と誘う。横田先生昨日病欠だったが車を頼む。
  名古屋へ出る。2ゲームやって次にゲームマシンをするから金をくれという。なかなか上手だ。後バッテングを1ゲームやる。帰り喫茶店でカレーライス・オレンジジュースを要求。その後「昼だから早く帰ろう」と請求。何かたくらみがありそう。昼にカセットを放送室に持ち込もうとする。文夫先生が止める。静かに帰る。

             「長  所」

      吉村  写真でrもチラットわかるが心が優しい。なお体格は恵まれていてうらやましい。
           特に肌の白さは男にはもったいない。
      伊藤  腰の粘りは抜群。腰をすえたら何でもやれる。集中力もある。
      鈴木  ソフトの投球を見て驚く。左投手としての柔らかい体、器用性が見えた。
           昔から左利きは器用と言う。
                       ・・・・ 「吉村 タイプ」

        3月9日(月)

  11時すこし前全員集合。ダンプの助手に行っていた大西まで来た。揃って特攻服。今日は何かあるかなあ?鈴木、吉村すぐ姿無し。馬鹿らしくて探す気にならない。加賀先生心配して「一発ヤロウカ」と言ってくれるが迷う。どうせ止めたってすぐやる。伊藤その他の連中はおとなしく廊下にいる。
  4時限終わって見に行くとみんな揃って給食中。吉村、鈴木普通の様子。なにやらレコードをかけ話し合っている。銀蠅のレコードを持って放送室へ走り込む。2・3の先生の注意を受ける。大西2時半に帰る。
  3年生最後の奉仕作業、だが参加しない。大男の体育教師の中野先生が来て「作業をやれ!」とどなると一斉に動き出す。中野先生の威力まだ生きている。
  職員会後、卒業式の防衛策を代表者で2時間ほど話し合う。相変わらず2年生主任の厳しい3年批判。
  この席上 若干状況説明
             シンナーの影響
             学校の組織の弱さ
             外出のこと



       第23話  片手で拝む

        3月10日(日)

  10時頃伊藤、鈴木くる。「吉村が頭痛なので迎えに行く」という。本気にしたが偽りだった。新館3階のトイレで相当量シンナーをやっていた。どの先生も連れて来てくれなかったので私が出かける。大声で呼ぶ。鈴木戸を開け片手で拝んでいる。連れ戻す。
  写真撮影に行くという意見が出たが揃わず駄目。鈴木は1時にデートのため帰る。代わりに川上を加えて喫茶店へ教頭さんの車で行く。食事、飲み物を与える。

  喫茶店の帰り教頭さんが「卒業式に隠居先生の顔をつぶすなよ」と言うと「うん卒業式はヤランヨ・・・・」と答えた。
  午後3年生のレクレーションに出たいというので参加させた。体育館ではまあまあの様子。
  今日は雨・・・・曇り・・・・・晴れ  の感じ

        3月11日(水)

  吉村のみ来るがすぐ消える。文夫先生、横川先生、古田先生に探してもらう。体育館女子トイレでやっていた。量が多いのでフラフラ。目が据わっている。教室で給食を食べるというが保健室で食べる。養護の秀美先生。宮田女史が付き添う。
  午後伊藤、鈴木がくる。伊藤の弟がX先生に殴られたことを親分たち(菊組の3人)に伝え、庭石園で弟がX先生に因縁をつける。横田体育主任、長谷川先生万一に備える。3人は見ているだけだった。」



       第24話  極  論

        3月12日(木)

  吉村、鈴木登校するが七宝焼きをとりに行く間に消える。新館2階より連れ戻す。役場課長来校中また消える。休館2階にいると聞き呼びに行く。すぐ行くと言いながらなかなかこない。第3時限卒業式練習のため3年生の先生に呼びに行ってもらう。文夫先生先頭で連れてくる。
  式練習中奇声を発する。一斉に起立しても鈴木は座ってままガムを咬んでいる。服装は下は特攻服上は派手なカーデガン、白、黒。
  式練習後3人を連れて隣町のレストラントへ、焼き肉を食わせる。とても素直。その後学校へ戻る。1・2年生大掃除中。3年担当教官ら留守、お茶を飲みに外出中と聞く。腹がたった。

          極 論

    当時こんな極端な考えを私は持っていた。勿論これは冊子には記載してない。
    それは職員集団の取り組みの具体案である。前にも分に応じて前向きに協力しようという
    考えは述べたがそれを今一歩進めようと言うのである。すなわち危険手当を拠出しようという
   提言である。
    例えば
           校長       100万円    教頭      80万円
           教務・校務    60万円
           男性教師     40万円    女教師    30万円

  例のような一応の基準を設け、年齢により多少の増減はあるも全教師が拠出する。ある時2年の学年主任の車がひどく壊された。修理代が10万円近くかかった。学校長に「学校で何とか修理代が出ないか」と我々が頼んだ。校長は即座に「できません」と答えた。学校にはそんな予算はない。
  その答えは当然である。それ以後学年主任は生徒指導に関して一切沈黙し行動しなくなってしまった。教師が非行に対して毅然たる態度をとって万一損失を蒙ったら、その基金から補うそんな教師集団の姿勢をPTAも役場当局も見捨てるはずはない。必ず強力なバックアップ体制ができあがる。ここに初めて教師が勇気を持って生徒の指導ができる土壌が生まれるはずである。 時に触れ私の意見を周囲に漏らしていたが現実には実現しなかった。非行問題は教育機関、マスコミ、親たち様々な関わりがあるが、当面教師集団は今現に非行と直面している。議論の段階ではない。この拠出基金の考えはやむなき苦肉の策であり防衛策でもあった。



       第25話  卒業式

        3月13日(金)

  いよいよ卒業式。8時40分頃3人揃う。吉村長ランに女の名前を胸に刺繍、サングラス、伊藤も長ラン、鈴木は白の長ラン。あと4名ほど長ラン。パーマーもいた。テカテカの丸坊主まで。急遽職員会。「式場へは入れるな」の声もあった。「式だけはださしてくれ。さもないとどんな事件が発生するか分からない」と言う私の意見が認められた。
  来賓の町長も式に出すなと最初は強硬だった。教頭さんの必死の説明で来賓一同了承。入場から異様な雰囲気。父兄たちも彼らの姿を見てびっくり。静粛な入場は父兄たちのどよめき、生徒たちの好奇の目で壊された。
  例年私は式の時卒業証書を盆にのせ壇上までしずしず運ぶ係りだったが、この日は外の先生にまかせ菜っぱ服に身を固め手袋をはめ2階の小窓から彼らの監視をしていた。万一何か起これば直ちに飛び出せるよう待機していた。
  式の最中鈴木は一斉起立でも座ったまま。途中より吉村、伊藤もそれを真似して座ったまま。ただし今日は奇声を発しなかった。卒業式は無事に終わった。
  他校よりなぐり込みの情報が流れるがデマだった。
  このあと3年主任と中野先生が彼らの仲間も含め7人を連れて卒業祝いに連れていった。



  
<おわりにあたって>


  混乱状態のおりの走り書きメモを見ながらタイプを打った。慣れないため夏休み中にはできず今日までかかった。メモを見ながらつくづく思った。教育とか指導とかは存在したのか。自由気ままの学校生活をさせたのではないか。事実そのとおりに近かった。何とか隔離して他生徒の学習を妨げさせない。大きな事件を起こさせないのが主な願いだった。
  ただ私は彼らと同次元に身を置いて、いつの日か目覚めしっかりした人生が歩めることを願い、心に種を播いたつもりだ。ペンをおくにあたって鈴木からの電話をここに掲載します。

          14日 22時
               「もしもし」 「先生か」
               「そうだ だれ?」
               「鈴木だ」
               「なんだ」
               「先生ありがとう。一言お礼が言いたかったの」
               「わかった」
               「先生体大事にしてよう」
               「ありがとう。しっかりやれ」
               「また遊びに行く時もあるけどよろしく」
               「うん、がんばれよ」
               「はい」

                                                         昭和58年20日




       第26話 新世紀を迎えて想う

  あらためて何を書いてこの連載に終わりを告げたらよいか迷っています。2,3枚原稿を書いたが破棄しました。そして今パソコンを開きました。この画面に直接湧き出る思いを吐露しようと考えました。

        「校長にならなかって良かった、なれなかって良かった」
  日本最初の通信教育出身者のお陰で定年最後の日までバスケの指導ができ子供たちに胴上げされ学校を去った。校長にならなかったからミニバスケが創れて楽しい11年間が送れた。校長になれなかったから今ネットを通じて多くの同志に巡り会えた。そして愛Love友の画面に登場する事ができた。

        「幾多の挫折が役立った」
  旧制中学の入試、戦時中とて学科試験無し。身体検査、体力測定、口頭試問、すべて良かったのに不合格。小学校時代成績優秀だったが、私の悪童ぶりが原因だったとのこと。大同製鋼KKの技術者となるも不況で教師の世界へ。
  二人の幼児を抱え体調悪く将来への自信がなかった。「流れる水は濁らない。生徒のために生きよう」と決意した。炎天下での体操部の指導、寒風の中での駅伝の伴走、汗にまみれたバレーの県大会、苦しくって草の上に寝ながら日本4位の走り高飛びの選手を育てた。学校を転じてはバスケ10年の営み・・・・・。気づいたら私の後ろに何十本かの優勝旗が立ち並んでいた。みんな子供たちがプレゼントしてくれたのだ。多くの教師に私が強い身心の優れた指導者と思われていたが全くその逆であったのです。

        「3年菊組」
  上のような経歴、体験が土台にあって3人の子たちの取り組みができたと思います。私の苦労は14日の夜かかった鈴木の電話で消え去りました。過去何人の生徒を送り出したでしょうか。でも卒業後すぐにお礼の言葉を電話し、私の体を案じてくれたのは彼一人だけだった。恐らくあの3人もきっと良い親父になっていると信じます。

        「教育界に望む」
  現在はもっともっと大変な時代のようです。教師が殺傷される時代、生命の危険を感じる職場は余り外にない。
その原因は複合的で簡単には言えないと思います。「子は国の宝」と昔から言われている。今も同じです。このままでは日本の将来が本当に心配になる。今更文部省が、マスコミが、社会がと言ってもどうにもならない。教師集団がまず立ち上がらなければならない。そしてまず学校長が率先すべきだ。
 私が退職する頃から校長の異動が変わってきた。大規模校には大校長?と言われた重鎮がいた。ところがそのころから大規模の中学は若手の校長を入れ、大物校長は静かな学校や小学校を希望するとか。これでは駄目だ。生徒指導と真っ正面から立ち向かう覚悟のある者のみが学校長になるべきだ。さもなければ降職すべきだ。校長が本気になったら先生たちも立ち上がるはずだ。


    「ありがとう」
  zanpakuさんありがとう。忙しいなか毎晩更新してくれて。その上読みやすいようにいろいろ構成して頂いて。書架に20年近く眠っていた資料が世に出て本当にお礼の言葉もありません。また縁あってこの拙い日記文を読んでいただいた方にお礼申し上げます。ほんの少しでも参考になれば嬉しく思います。



       皆々様のご発展を祈ります。
                                                             合掌