第10話 初対面

 ある日の午後、一人の精悍な青年が学校に訪ねて来た。職員室の私の机の横に座ってもらって話を聞いた。東海工業高校の寄田と言われた。「誰か選手を紹介してもらえないか」と言う用件だった。
 実は今日まで県内は勿論静岡、三重,岐阜と多くの中学を訪問したが、全く無名の高校、誰も相手にしてくれない。玄関払いも多くあった。職員室まであがってゆっくり話を聞いてもらえたのは先生だけだと言う。
 昔新聞の小説の中でこんな文を読んだ。「職場で、新人には最初特に親切であれ」と。新人は見知らぬ環境の中で落ち着かない。そんなとき優しく面倒を見てもらうと、一生感謝の的になると。以来私は新人には親切をモットーとしていた。 たまたま男子チームに小柄ながら敏捷な部員がいた。タイミングが良く東海工業へ入学した。
 翌年こんな事件が起きた。3人の3年生が家出して秋田市で補導された。その上新聞の全国版に「牛につられて北海道へ、金がなくなり秋田まで」と囲み記事のゴシップ。この3人の中の一人の父親がある日学校へやってきて「息子を家の前を通って通学しているあの子の高校へやってくれ。そして同じクラブをやらして欲しい。あの少年は実に立派だ。」と。その少年とは昨年東海工業に特待で行った子だ。これには驚いた。まして彼はバレー部員だった。
 結局監督に頼み入学バスケ部に入る。最後は立派に選手になり卒業していった。以後佐屋中からは毎年選手が進学し、近隣の中学からも優秀な選手が行くようになった。今や県トップレベルの学校としてインターハイ常連校として活躍してみえる。寄田先生は昨年の国体の愛知県の監督として活躍された。
 私の初対面の時のささやかな好意をいつまでも恩義に感じておられた。昨年は中学生だった孫がいろいろ親切に教えてもらった。