

| 黒住教 | 651..454 | 岡山県今村上中町 | ●1814年神官の黒住宗忠が天照大神との合一を体験し、布教を始める。天照大神を主神とし、教派神道に属す。 |
| 世界救世教 | 629.816 | 熱海市伊豆大久保 | ●1928年岡田茂吉は大本に入信するが、、1934年に脱退し、大日本観音会を開く。1950年、世界救世教と名乗る。観音菩薩がこの世に現れ、光明如来となり、救世主として地上天国をもたらすと説く。人類最大の不幸は病・貧・争にあるとし、浄霊と称する特別の治療術を行う。神仏同体を説く。 |
| 生長の家 | 1.457.778 | 渋谷区神宮前 | ●1921年の大本の第一次弾圧を機会に谷口雅春は大本を退き、1930年、神の啓示に基づいて雑誌「生長の家」を創刊し布教をはじめる。万物の根源として「生命の実相」を説き、それを書物に表す。文書活動による布教を特色とする。人間はすべて神の子とみなす。病は気からと言うことで、手のひら治療のような精神療法を用いる。1 |
| 三五教 「あなない」 |
216.341 | 清水市下清水 | ●1949年、中野与野助によって設立。中国道院「世界紅卍字会」・バハイ教・大本の三教とキリスト教・仏教・イスラム教・道教・儒教・の五教を融和して万教帰一を説く。「あなない」とは古語で、神に通じる道を言う。世界宗教者会議を数回開く。人類平等・諸宗教一体を強調し、宗教は人類合一のものとみなす。 |
| PL教団 | 1.265.423 | 大阪富田林市新堂 | ●1916年、御木徳一は徳光教の教祖金田徳光の弟子になったが、徳光の死後あとをつぎ、1923年、人道徳光教をおこす。1931年、ひとのみち教団と改称。徳光教のお振替治療を用いて多数の信徒を獲得。戦争中は弾圧されたが、終戦後、子の徳近がPL教団と改称して再建。「人生は芸術である」をモットーとする。 |
| 天照皇大神宮教 | 258.482 | 山口布施町 | ●1944年、北村サヨが神がかりになって布教を行う。自分は救世主として、その胎に天照皇大神宮がやどるという。思いついたことを、ふしをつけて説教し、信徒は踊りながら恍惚状態に入って行く。これが。無我の舞と言う。人々を神の子とみなし、地上天国・世界平和を理想とする。日蓮の題目の変型したものも用いる。 |
| 本門佛立宗 | 315.174 | 京都上京区1条通り | ●長松清風「日扇」は、本門法華宗の僧になったが、1857年、在家信者を中心にした本門仏立講を起こす。お題目を唱えて現世利益をえることを強調する。日蓮系新宗教の源流になつた。 |
| 霊友会 | 4.198.635 |
東京港区麻布飯倉 | ●1925年、久保角太郎は、二年前に起こした霊友会を二番目の兄の妻 小谷喜美との協力で強固なものにし、日蓮主義にのっとった布教活動を展開する。現世利益と祖先供養が中心で、多くの信徒を獲得した。「法座」と称する一種のサークル組織を用い、これが信徒参集にに大いに役立った。霊友会から種々の信教団が派生した。 |
| 立正佼成会 | 3.505728 | 杉並区和田 | ●長沼妙侠は、はじめ。天理教に入ったが、霊友会の庭野日啓にあい、同会に入信。1938年、日啓は妙侠とともに霊友会を脱して独立し大日本立正佼成会を設立した。日啓は姓名判断に優れ、それらを助けにして、1960年亡き妙侠をしのんで立正佼成会と改めた。 |
| 孝道教団 | 365.004 | 横浜市神奈川区 | ●岡野正道は、1934年霊友会に入信したが、翌年独立し、孝道会を設立。1948年、孝道教団。今は天台宗に所属。、 |
| 妙智会 | 607680 | 渋谷区代々木 | ●霊友会に属していた宮元ミツが、1950年に独立して開く。そのほか、同じようなものに仏所護念会「782.064」・妙道会「154.978」妙師会「139.177」などがある。 |
| 創価学会 | 625万世帯 | 新宿区信濃町 | ●初代会長の牧口常三郎が小学校校長をしていたとき、のちに二代目会長になる戸田城聖が訪れ、教員に採用された。1928年、牧口は日蓮正宗の信者になり、戸田も、これに続く。1930年、創価教育学会を設立した。小学校教員を主にして会員が増えていったが、段々日蓮正宗の信者団体としての色彩が強くなり、大きな新宗教運動になった。戦時中、弾圧を受け、牧口・戸田ら、21人の幹部が検挙され、牧口は獄死、戸田は終戦間際に許され、1946年、創価学会の名で再建に努める。「真理「正法」は一つ」と言う旗じるしのもとに、強烈な布教活動を行い、特に青年層をひきつける。したる |
