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極々短編小説
夫婦
ある 老夫婦が いた。
夫は、病に倒れて以来 寝たきりの 要介護。
正気と夢うつつを 繰り返す。
苛立ちは 妻 一人に 向かう。
わがまま、暴言、暴力・・・
外からの人には 愛想良く 正気の 対応を 何事も無くやってのける。
動く 自由を 奪われた やるせなさは 妻にのみ 向けられる。
わがまま、暴言、暴力・・・
妻の介護の 日々が 続いた。
夫は、とうとう再入院となった。
ますます 正気と曖昧を 繰り返す。
大声、奇行、落ち込み
完全看護で 付き添いは いらない病院
妻が 帰る頃になると 無理を 言いだす。
甘える、すねる、だだをこねる
死への不安、怯え、孤独
帰るな と 言う。
傍にいてくれ と 言う。
どんどん 正気の時間が短くなる。
そんな ある日
実の娘が 付き添っていた時 夫は、話し出した。
無邪気に 楽しげに 誇らしげに
「 今度 結婚することにした。
えらい べっぴんやぞ〜!」
心は 青年に 還っていた。
娘は 聞いてみた、さりげなく 自然に
「 誰と 結婚するの? 」
満面の笑みで 答えた名は 妻の 名前だった。
「ふ〜ん。 その人 そんなにいいの?」
「おお 働きもんで 気だてもええし 器量も ええぞ。」
外で 聞いていた 妻が 入って来た。
娘が その 人を 指差し
「それって この人のこと?」
と 聞いてみた。
「おお そうそう。その人だがや。」
正気と 曖昧の 交錯
妻は 黙って 後ろをむいた。
初めて聞いた 本心。
長い 夫婦生活の中で 一度も聞いたことのなかった 真実。
夫は、 静かに 安らかに 眠りについた。
妻は、孫に囲まれ 元気に 暮らす。
遺影は 無骨な 薄笑い。
ふたりは 夫婦で あった。
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