呉・尾道レポートその1
1日目:2005/11/26 (土) 呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)[HP]ほか
2日目:2005/11/27 (日) 尾道『男たちの大和/YAMATO』映画ロケセット一般公開[HP]ほか
第一部 1/10大和邂逅編
■前日に、発覚。
江田島の旧海軍兵学校の見学コースがあるという。(海上自衛隊第一術科学校[HP])
集合時間までの時間が利用できるということで、時間を調べてみると、
江田島見学コース(1回目)が10:00からで、
呉〜江田島小用港間の船が09:25発の09:45着、
始発で呉駅に到着するのが09:56。
だめじゃん。
広島からも船があるそうなので調べてみる。
広島港宇品出発が09:24、江田島小用着09:48。
始発で広島着が08:56。
宇品って広島駅からどのくらい?
広島電鉄で40〜50分だとよ。
ダメDEATHな。
あきらめて寝ました。
■指定席、満席。
名古屋から新幹線(自由席も途中まで座れず)で広島へ、
広島からJR快速安芸路ライナーで呉へ。
JR快速安芸路ライナーは、約1時間の呉路を半分の30分にしてくれるが実は料金は同じだ。
■呉駅、到着。
呉には10:30着。まだまだ集合まで時間があるので港の方へ先取りして行って見ることに。
駅を出て港に向かう歩道橋から、模型店が見えたので入ってみる。
品揃えの豊富でジャンルは多岐に亘り、愛知ではとうに絶滅してしまった『連斬模型シリーズ戦艦大和』[HP]も置いてあるではないですか。さすがお膝元。
その時の同行者が海自呉教育隊[HP]出身者で、「もしかして同期に遭うかもよ」と話していた所、店内にいやがんの。しかも二人。
話に花が咲いて、根も下ろし始めたので、ほっといて先に進む事にしたのでありました。
■来た、ミュージアム。
デパート内を抜けて見えてきた建物がそうか!見学者がワラワラ出入りしてました。
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■大和ミュージアム正面 | ■特設の「大和むすび」売店 |
歩道橋を下りていくと、呉の老舗料亭「五月荘」[HP]さんの臨時売店が。
戦艦大和最後の出撃の戦闘配食を再現したもので、その名も「大和むすび」。
竹皮に包まれた握り飯が2個で\500。具は梅干一個分。数量限定。
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■石川島播磨重工業で建造中のタンカー | ■左手には支援船バース |
桟橋を見学した後、博物館隣のターミナル無料休憩所で食べてみる。おいしかったアル。
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■「大和むすび」 | ■たくあん二個付き |
■博物館の裏にも、大和。
次いで博物館の裏手「大和波止場」へ。
この屋外展示スペースには、いくつかの船舶展示物の他、「甲板広場」という施設が占めています。
大和の前甲板左舷側を原寸大で模したもので、大きさが実感できるようになっています。
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■主砲や機銃の位置をタイルで表している | ■艦橋トップの測距儀を模した休憩所の雨よけ | ■実物大の大和の錨、重量15トン |
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■海側から見る大和ミュージアム | ■テクノスーパーライナー実験船 | ■潜水調査船「しんかい」(初代)。 |
集合時間が迫って来たので呉駅に戻る。
■タクシーに、搭乗。
集合に幾らか問題があったものの、とりあえず移動。
タクシーに分乗して長迫公園へ。
海軍墓地として、海軍軍人や戦没艦の合祀慰霊碑が建てられたものです。
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■旧海軍墓地(長迫公園) | ■一番目立つ戦艦大和慰霊碑 |
ここで参加者全員が揃う。
■さてと、タクシー。
なかなかタクシーつかまらない。
ヘ、ヘロ〜ッ、ぼんじゅーる、
ヤースまで、オ・ネ・ガ・イ。
…ヘンな電波受信。ジュノーの方から。
大和を建造したドッグ跡を見渡せる「歴史の見える丘」へ。
タクシーの運転手さんが親切な方で、色々教えていただいた。
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■噫戦艦大和之塔 | ■大和が建造されたドッグ跡 |
「歴史の見える丘」にある大和の艦橋をかたどった「噫戦艦大和之塔」は、昭和44年の第30回大和進水日(8月8日)を記念して建てられたもの。
大和が建造されたドッグは、今では埋め立てられ石川島播磨重工業(IHI)の所有となっています。建物の骨組みは当時のままで、高さは49m。
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■第四船渠と奥に見えるのが呉地方総監部 | ■呉地方総監部正面 |
旧呉海軍工廠は、現在では石川島播磨重工業(株)呉第一工場に、隣接していた呉鎮守府庁舎は呉地方総監部第一庁舎となっています。
■入船山、100周年記念。
「歴史の見える丘」から徒歩で次の場所へ。
国立病院機構呉医療センター[HP]の前を通る。もとは呉海軍病院として設立し、戦後英豪軍に接収されたあと、昭和31年に国立呉病院として発足したものです。
入船山記念館[HP]は、旧呉鎮守府司令長官官舎だったもので、併設されている歴史民俗資料館では、ちょうど「旧呉鎮守府司令長官官舎築100周年記念展」が開催中でした。
原型が建てられたのは明治22(1889)年。長官官舎として使用されたのは同25(1892)年からですが、明治38(1905)年の芸予地震で一部が崩壊し、同年その資材を用いて建てられたものが現存している建物だそうです。明治38年の資料を基に平成3(1991)年から同7(1995)年にかけて解体修復を行い、当時の姿を復元しています。
あいにく現在修繕工事中で、足場で周りを覆われていました。残念。
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■もとは警固屋高鳥砲台跡にあった1号館(旧火薬庫) | ■お色直し中の官舎 |
このほか敷地内には、旧海軍工廠造機部の屋上に設置されていた塔時計や、旧東郷平八郎邸の離れ座敷が休憩所として移築されています。
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■大正10(1921)年に設置された塔時計 | ■番兵塔 |
■いよいよ、大和へ。
在籍者であった同行者の体験を聞きながら呉教育隊の施設の前を通り、本日の大本命、大和ミュージアムへの道を行く。
呉市海事歴史科学館、愛称大和ミュージアムHP。
正面入り口右のレンガパークには柱島泊地で事故爆沈した戦艦「陸奥」の引き上げ品が展示されています。
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■「陸奥」主砲身(四番砲塔左砲) | ■「陸奥」のスクリューと主舵 |
博物館の入場料は一般\500、呉市内の他の施設の入場券を持参すると100円割引してもらえます。我々は入船山記念館の入場券で割引。
来場者多数のため、今年一杯は開館時間を19:00まで延長しているとのこと。現在16:20、集合時間は18:00。足りるか時間?
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ガラス窓の向こうから夕日が差しています。
本物の全長が263mなので、この10分の1大和は26.3m。学校のプールが25mだと浮かべられません。
手に入れられるだけの一次資料と、海中撮影された約60時間分のビデオや写真が徹底的に精査され、最新の情報と、最高の手間をかけてつくられた大和。
製作費は2億1000万円、制作期間は一年半。
ここはまだ展示スペース「大和ひろば」の手前だったりします。
いよいよチケット切ってもらって入ります。
第二部波濤編につづく。
◇参考文献◇
『戦艦大和 復元プロジェクト』戸高一成/角川oneテーマ21
『歴史群像No.71』学習研究社
『歴史群像No.74』学習研究社
『ジェイ・シップス2001vol.2』イカロス出版
『僕たちの好きな戦艦大和』宝島社
(平成17年12月4日作成)