003: 荒野



「なんでオレ、こんなところを歩いてるんだ?」

 目の前に広がっているのは、TVですら見ることのないであろう一面の荒野だった。
(オレの住んでる現代日本に、こんな場所はねぇよな……)
 しかし現実、彼の困惑をよそに、その両足は荒れ果てた大地のど真ん中に立っているのである。
 いきなりおかしな場所に放り出された。
 少なくとも主観的にはそれ以外なにものでもないだろう。
「こりゃ……夢、だな」
 そんな状況に置かれた青年は、そうつぶやいた。
 こんな場合、たいていの人間は同じように解釈するはずだ。
 人間とは、整合性を見出せないとおかしくなる生き物なのだ。
「そうだ。きっとRPGしながら寝ちまったんだろ」
 笑ってはいけない。あきれてもいけない。
 いかに理解しがたい理由であろうとも、とりあえず彼はそれで精神の均衡を図っているのだから。
 整合性が必須であるのが人間であるならば、逆に、当人にさえ納得できる理論であれば、それだけでよいのも人間である。
 この際それは、ウソでも思い込みでもかまわない。整合を証明する必要など、さらさらない。サギみたいなねずみ講話が、後をたたないのもそれゆえだが、いまの彼にとってそんなことは知ったことではないだろう。
「しっかしこの夢、目的はなんなんだろうな」
 ロールプレイングといえば、壮大な物語。ご大層な目的が付きものである。
 どうやら彼は、理論のあとづけを無意識に欲しているようだ。
「荷物も、ロクにないなぁ」
 唯一手にしていた荷物と思しきザックをあさったが、薬草らしい包みすら発見できない。
(ええと、毒消しがないってことは)
 このあたりは毒の有る敵がいないってことか?
 すばやい思考は立派なものだが、少々方向性がちがっていそうだ。理論が崩れかけるのを防いでいるのだろうが、自己防衛もここまでくれば天晴れである。
 しかし、そもそも夢だと自分で決めていながら、このこだわりは何だろうか。
「武器らしいものも、ないのかぁ」
 自分の意識感覚について、彼はなんの疑問も抱いていないのだろう。
 そのまま携行品を確認していったが、どうやら攻撃できそうな物品は見つけられなかったようだ。独りで旅をしているならば、剣くらいは持っていそうなものだ。
(武器をあえて持つ必要のない職業ってことか?)
 となると、魔法使いか。
「……ちがうな。頭に浮かんでこねぇ、これじゃ詠唱できねぇじゃん」
 ひとつの魔法を知らない魔法使いなど、冗談にも存在しないだろう。
 よくよく見れば、着ている物もちょいと見てくれが良いだけの服でしかない。鎧でもローブでもないものをまとう冒険者など、RPGの世界で普通ありえるだろうか。
「なら、いったい……。ゲッ!」
 ぼんやり立ち止まっていたのが、悪かったのだろう。
 気づいたときには、デカイみみずのような物体が、彼の足元に近づいていた。
「これって敵だよな」
 つぶやいた瞬間、それはシュルルっと伸びてきて。
―― シャウ……ッ。
 噛みつかれかけた瞬間、その足は自然と蹴りをかましていた。それも一発といえ、盛大に。
「なめんじゃねーよ!」
 その後、ブーツの底でギタギタにされた大ミミズは、あっけなく死んでいった。
 残ったのは、わずかなゴールド。
「……そうか、オレってば武闘家だったんだな」
 これだけのことで、普通、結論を出せるものだろうか。
 しかしながら彼が納得しているのだ、どうしようもない。その理由の説明はもういらないだろう。
(金かかんなくていーよな、これなら)
 モンスターの成れの果てであるゴールドを迷わず拾い、彼は前へと歩き出した。
 武闘家なんだ。そうとわかれば、次々と敵が現れても恐れるに足らず。
「あ、金目のもんぶらさげてっじゃん」
 彼の存在に気づいていなかったモンスターでも、アイテムしだいで蹴る、殴る。
 あげく、殴りつけるつもりで敵の懐に入ったつもりが、どうしてか。その手は攻撃より先に、そのお宝を奪い取っていく。
「手癖、悪いなぁ。我ながら」
 奪ってしまえば、後はそいつらなど用なしだ。
 ときに蹴り倒し、ときに踏みつけ。場合によっては、一気に逃走。
(逃げ足なら、こりゃ天下一品だな)
 俺ってば、さすが。
 のどかに自我自賛。夢だと思っていれば、なおのこと強くあれるのだろう。彼はそのまま横暴に、荒野をずんずんと進んでいった。
 そして戦利品というか、盗品で荷物がかさばってきたころ。彼は突然、あることに気づいた。
「もしかして、オレってば、盗賊?」
 いや、今さらそれ以外のなんだと言うつもりだったのだろう。仮に武闘家であったにせよ、その生き様では、盗賊そのものだ。
「うーん、あんまイケてないかも……」
 そういう問題ではない。とはいえ、それならこの軽装備も、無駄なほどのすばやさも理解できる。
「ま、いいさ。職業なんかこれから決めりゃいいんだから」
 あっさりとしたコメントである。この感性だからこそ、夢だと軽く現状を認識したのだろうが、どこまでも飄々とした人間だ。
 いや、意志が果てしなく強いだけなのだろうか。
「だいたいこのゲームの目的もわからないんだ」
 ゆっくり彼は、現在のフィールドを見まわした。確かに目標になりそうな街や城も、いまのところ見えはしない。つづいているのは、ただこの広大な荒野だけだ。
「いいさ、しばらくは適当に歩いてやる」
 決意というには、いささか雑な意見である。
 しかし彼は、そのまま天を見上げた。
「デカいフィールドだからこそ、甲斐があるってな」
 夢だろうか、夢でなかろうが、そんなことどうでもいいんだ。
 いま、俺のいる場所が、俺の人生。
 ちまちましなくたって、いいだろう?
「夢だからって、わざわざセコくなりたかないぜ」

―― こだわりをうしなったら、人間、終わりってな。

「そうだな、どうせどこかにお姫さんとやらがいるさ」
 目的や方向なんて、自分で決めればいい。
 強い意志が、彼の世界をどこまでも強固に組み立てていた。
「いっそ強奪…いや、囚われてくれてんなら、奪還とか?」
 所詮、名目だけのちがいだが。それが彼にとって重要ならば、必要なものなのだ。
 空を見上げたまま彼の右手は、天をまっすぐ指差す。
「待ってろよ、お姫さん。奪ってやるぜ」
 ニヤリと笑った顔は、さわやかに大胆不敵。

『目的は、いつだって派手なほうがいい』

 荒野を進む。それは人生そのもの。



≫≫ 045: 年中無休


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