025: のどあめ。
秋まっただ中の、その早朝。
静けさの似合うこの季節、だが部室ではそぐわぬ音が連発されていた。
(あ、まただよ……)
小さく、咳。
背後でくりかえされるそれは、どうにも胸に苦しい。ときおり不可思議な吐息。押し殺そうとしているのだろうか、けれどなおさらに咳の数は増していく。
でも自業自得だよ、ホント。
せっかく人が忠告してやったのにさ。
夜通しこんなトコにいたら、バカでも風邪を引くって。
『どうせバカだからな』
あっさり返されたのは、どういう意味だったのだろう。
―― ケホッ。
また一つ。今回のはすこし大きかった。
「あ……クシュっ!」
おいらも付き合いよかったかなぁ。
伝染したように咳き込めば、かすかだけれども喉に痛みを感じた。なんとなく張りつくような、イヤな感触もある。
それを振り払うように重ねていれば。
「おい」
「はい……、わっ!」
振り向きざまに飛んできた、小さな物体。
固いそれは、反射的に伸ばした手の中にすっぽり収まった。
「ナイスキャッチ」
「危ないでしょ。ってこれ……、あめ?」
ニヤリと皮肉げな笑みに、まずはちいさく牽制をしめす。それから掌をゆっくり開くと、そこには見慣れた包みがあった。
「それ以外のなにに見えるってんだ」
「持ってるなら、舐めればよかったのに」
なおさら嫌みな口調は、いつもの照れ隠しだ。クスリと笑いがこぼれそうになる。
けれどそれは怒らせるだけのことだから、敢えて抑えこんでともかく包みを開いた。
嬉しいのも確かだけど、ありがたいのも本当だったから。
「その味っきゃないんだよ」
「え? あ」
はがした紙をよくみれば、おいらの好きなフルーツ味。でも彼は好まないはずのフルーツ味。
なのに、なんで持ってるかな。
『げ。おまえこんなん喰うの?』
そう言って、人があげたときにひきつったくせに。
でも理由なんかはすぐに想像がつく。
(しかたないなぁ)
ぽんっと口へ投げ込めば、やわらかな甘さのなかに少しの清涼感。
どことなくにやけてしまう頬のまま、ごそごそ鞄をあされば目的の物はすぐにみつかった。
「んじゃ、お返し」
けれど見えるのはすでに背中。その肩越しに放れば、かわいた落下音が二度した。
どうやら投げかたが強すぎて、弾んだらしい。
「あっぶねぇな……」
非難めいた口調は、けれどそこまで。カサリと手にしたらしい音とともに、笑いがひとつこぼされる。
「ドライハードねぇ」
その声におもわず顔が熱くなる。
封切りしたてのスティックは、ずっと持ち歩いていたキャンディだ。
ミントなんだけど、おいらにはちょっと激しすぎる味
―― っていうより、はじめてわけてもらったときには思わず吐き出しかけるほどのキツさだった。
こんなので、喉にちゃんといいのかな。刺激が強すぎるのも、ダメだったはずだけど。
『じゃあ甘いばっかで、喉に効くってか?』
すぐにそんな怪訝な表情も思い起こされて、疑問はシャットアウトされていく。
「サンキュな」
「……別に」
ともかくいまは口の中にある、もらったばかりの幸せを味わえばいい。
じっくり味わうように転がしながら、残りのキャンディはそっと鞄へ戻した。
お互いの好きなものを持っているのは、それだけで心安らぐものだから。
「さぁて、あとひと頑張りっと!」
「はいっ」
鼻先をかすめたミントの香りは、すぐにフルーツのものへと取って代わられる。
フレーバー以上に爽快な笑いとくぐもった返事の甘い匂いは、意外にもマッチしている気がした。
>>> おまけ
秋祭準備中の部室内。
似て非なるセンス。もしくはその逆。太極印みたいにさ。
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