おまけ。
「もう、起きたのか?」
「うん……」
ふわりと漂う、タバコの匂い。目覚めた彼の隣では、膝を軽く立てた男がひとり、煙をふかしていた。
外の気配はいまだわからない。けれど意外に早い目覚めだったのだろうか、灰皿にはまだ数本の吸い殻しかないようだ。
「風呂くらいは、入ってくか」
口にしていた分もぐっと押しつぶして、ぐっと立ち上がる。反動で沈み込むベッドの感触が、まだぼんやりした意識に働きかけていった。
けれど疲れた身体は、どうにもはっきりとその状態を認識していないようだ。
「ほら、おまえも」
「ふぇ? なに?」
適度に湯もたまったころなのだろう。再び顔を覗かせた相手は上半身をあらわにしていた。
くつろげた程度で、互いにロクに脱ぎもしていなかった衣服。
ごろごろとまだ転がっていた彼は、その姿にようやく状況を理解した。
「べたべたするよぉ……」
立ち上がってみれば、意外に身体は平気そうだ。覚醒も進んできたらしい。足取りも割合しっかりと、バスルームへ向かう。中からはシャワーの音が響いていた。
入浴剤のにおいが、少々きつい。ドアが開け放たれているせいだろう。
「大丈夫かぁ?」
「……うん」
水音がとまった直後、頭から湯を浴びていたらしい男が、ひょいっと顔を覗かせる。
濡れた髪をかきあげる仕草が、自然すぎるくせにワイセツだ。きっとこめかみを伝い流れ落ちる水に、片目をすがめているせいだろう。
そんな相手に高鳴る心臓をごまかしつつ、顔をそらす。不審がられる前にとあわててセーターをあげれば、じっとみつめる視線を胸元に感じた。怪訝そうな瞳は、執拗なほどである。
「な、なに?」
恥ずかしがるのも、今さらだ。
しかし露骨にその場所だけをみつめられれば、誰であれ気になろうというものだろう。
「おまえさ、それ、わざわざパッド入りなのか?」
「ううん。でもなんかないと決まらないから」
ふつうすぎる問いかけは、かえって彼を安心させた。視線の理由がわかれば、とまどう必要もない。
ごそごそと背中に回した手が、スムーズにホックを外した。
そして、すとんと落ちてきた物体に、薄笑いを浮かべていたはずの相手の顔が、一気にひきつった。
「……おまえ、なぁ」
「なに? ちょうどいいでしょ」
「いざコトに及ぼうってときに、そんなのが出てきたらどうなると思う?」
床に転がったのは、派手な色合いのぬいぐるみふたつ。
キャッチャーでゲットした、昔なつかしのまるっこいモンスターだ。
「いや、ウケてくれるかなぁと思って……」
「そういうヤツだよ、おまえは」
エヘヘというごまかし笑いに、わざとらしいため息が返される。
滴を振り切った手は、ぽいっとその物体を拾い上げた。そのままむにむにと、揉みつぶすようにもてあそんでいく。
「ま、でも確かにイイ感じかも」
「でしょ? パウダービーズだから、やわらかいし」
自慢げにそらせた胸には、ふくらみはすっかりとない。その姿にだろうか、くにくにと感触を楽しむ男は口元をゆがめた。
そんな不穏な顔つきに相手が問いかけのまなざしを向ける。
「つかさぁ、この尖った頭んトコなんて、特にそっくりじゃん」
「え? ―― !」
言葉の意味を認識した相手の顔が、一気に赤く染まる。
「翔のエッチっ!」
「……おっと。んなこと、わかりきったことだろうが」
ぶんっと飛んできた平手から、タイミングを計ったように、一歩その身体を退くことで逃げる。
さらりと見せた笑いは、セリフと裏腹にさわやかだ。
「さてと。身体、冷やす前に入ってこいよ」
自分の脱ぎ散らしたシャツの上に手にしていたものを放り出し、彼はバスルームへと戻っていく。閉じられない扉からは、すぐに激しい水音とあたたかな空気が流れてきた。
少し薄まったラベンダーの甘い香りが、穏やかな気持ちを誘う。
「それじゃ、おいらも……っと」
スカートをぽいっと脱ぎ捨てた彼も、湯煙のなかへと消えていく。
見送るスライムは、いつもどおり奇妙な笑みをうかべていた。
【END】
037:スカート ≪≪≪
ふたりともバカですな。
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