本能<1> …SUNDAY NIGHT…
薄い光沢紙にカラー印刷のそれは、開かれたままで放置されている。
小刻みに動く指を動きを急かすのは、足下のそれではなくあらぬ妄想。
長い指が布地をよらせて、包まれた丸みの柔らかさを強調させる。
食い込んでいた腱の浮く指に感じたのか、歪む肉の柔らかさに反応したのか。
ひどく細い腰を包む白く薄いナイロン地の独特の光沢が、描くコンストラスト。
それが未だ目に焼き付いている。
心地よく響く低音は、猥褻。
そんなところにまで、本当はヨワイ。
空想は直に聞いたこともないようなコトバを紡ぐ。
ふとこちらに流されたソノ眼差し。
妄想はすり替わり、気が付けばその声が耳元で唆してくる。
おまえも、隠している欲望を曝して見せろと
生み出した影の嘲る声が、耳元で隠語を紡ぐ。
「…ッ……ッ…ーーっ!」
熱く痺れていた腰はうねりを感じたときには、目の前が熱く弾け……
「はっ……っ…」
思っていたよりも息が荒い。体はまだ余韻が長引き震えている。
よく知る波よりもずっと高く、正直自分も体も驚いている。
妄想が加速し、顛末に至るよりも先に正直な体が行き着いてしまった。
行き着く先がどんなモノだったか、知らずにすんだことにわずかな安堵と、汚れた四肢に対する気まずさと虚しさ。
始末し全ての汚れを拭い去っても、心には何の開放感もなく、重い痼りが育った気さえする。
ベッドからいつの間にか滑り落ちていた、成人指定グラビアは何の意味もなかった。
そのまま身を投げ出すようにベッドに沈み込めば、見上げた白い天井は少し汚れてグレー掛かっている。
その色に広い背がダブっては消える。
最後に見たとき着ていたのは涼しげなグレーホワイトのスーツだった。
『真剣になるなよ、ガキが』
一種の危機感に跳ね上がった鼓動を誤魔化し顔を上げれば、見透かすような嘲りが待っていた。
傷ついた顔だけはしまいと思えば、奇妙に歪んでしまった気がした。
しかし相手はそんな相手には興味が失せたと言わんばかりに、フロアーへと颯爽と戻っていった。
向けられた背を呆然と見送れば、ガクリと膝からに力が失せた。結局トイレの床と仲良しになってしまった。
「オレの方がやばいかも………」
今にもこの喉笛に噛みつかんとする彼より、自分の方がずっとどうかしている。
威嚇を越えて、牙を突き立てようとしたその眼に覚えたのは……甘い戦き。
喰われたいと思うなんて。
白濁したべたつきは剥がれにくく、指にまとわりつく感触にようやく向けられた悪意の意味するところが自覚させられた。
仕掛けられたからかいの悪質さを理解し損ね、彼の苛立ちを誘う程度には幼かった。顔を洗い髪も部分的に洗い流せば仮面は剥がされ、この場には似つかない子供の表情が覗く。
開け放たれた扉からは、白い背中が消えた音と人波の渦が誘っている。この場所から立ち去るにも、あそこを通りぬけなければいけない。
自分はマスカレードの中に素顔で放り込まれた、滑稽な今夜の道化役なのか……。
あまり人目に付かぬようふらつく足取りでフロアーを横切ろうとすれば、長身のその姿はすぐに目に付いた。
珍しくも女を伴い緩やかに纏い付くようにその身を揺らしている。
控えめだが無駄のない身のこなしに目を奪われれば、その眼がこちらの姿を認めたようだ。
「っ!」
艶然というには戦慄を覚える微笑を向けられた。
その眼はこちらの姿を捕らえたまま、細い腰に腕を絡ませ暗がりの方へと導いていく。
音に合わせ、白い裾から覗く素足が今にも絡みつきそうだ。
割って入り込まされた男の膝を、咎めるようにように挟み込む仕草が、肌の白さから目を引いた。その太股が強請るように麻地を摺り合わされる仕草を見たとき、その場を離れようとすれば、その瞳に捕まった。
獲物を前にしたような獰猛な目つき。
眼を離せずにいると、見せ付けるように嗤いにつりあがった口角は、抱き寄せた相手の耳元に寄せられる。
一瞬挑発的に舌を覗かせ、耳朶を噛みしだく。見ている自分にまで濡れた息や熱い歯先が伝わりそうで、右手が無意識に竦む肩を撫でていた。
男はその目でこちらの動きを捕らえたまま、細い腰を這い回っていた指が双丘に食い込ませる。仰け反りあらわになった喉元より、掌の浮き上がった筋が視線を奪う。
それを嗤うかのように指が、伝い降ろされていく。
「……っ」
男の手首から先は、乱れた白い裾の奥へと隠された。そこでどんな悪戯が仕掛けられているかは想像の域を出ない。周りにあらぬ妄想をかき立てさせ、男は乱れる女を腕に悠然と微笑んだ。
あれは誰のために用意されたショーだ?
わずかに乱れた着衣も直さず自室の天井を見上げていれば、あの日から考えるのはそのことばかり。しかしまっとうな思考能力はとうになく、あの一幕だけが何度もリフレインする。
かき乱す指先は不埒。
きっとそれ以上に淫蕩であろう口元に覗く舌先。
猥褻な男だ。
あの男を追いかけはじめて、数ヶ月。その世界をのぞかせてもらい多少はわかっていたつもりだが、そんなものはほんの一面にすぎなかった。
人の欲望を赤裸々に見せられたような羞恥。行為そのものではなく、あの男そのものが
ひどく生々しく……
それはあの男の欲望ではなく、相手の欲望を赤裸々に曝けだされるからだ。
牙をたてる雄と恍惚と喰われる獲物か雌か……
それでもあの男は服すら乱していないのだ。
従わせようという雄の本能ならいいが、挑発ならたまったものではない。
彼に性的プレッシャーを与えられていると感じるのただの被害妄想なのだろうか。
それとも自意識過剰なのか。
「嘘ばっかりだ……」
自分なんて。
飢えた眼が、何かを追いかけて燃える様がみたいだなんて。
何かを見つけてくれればいいなんて。
あの眼が何かを見つけたら。
あの眼が自分以外を求めたら。
「耐えられないかも………」
思い出せば、整理のつかぬ感情が吹き荒れ、こころがどす黒くそまりそうだ。
曝け出す勇気なく踏み込ませることはせず、ただぶつけても獲物になり喰われるばかり。
交差した腕で双眼を覆っても、呪縛からは逃れられそうにない。
一瞬の衝動がこの心を裏切らぬように、今は自分に言い聞かせるばかりだ。
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