本日の一言
議会以上のプレッシャーを抱えて…
 一般質問を明日に控え、質問の要旨のまとめと草案を書きとめる必要があるが、昨晩は友人の甘い誘いによって、帰宅は午前様になってしまったのである。
 もっとも、日中も忙しくしており、夜しか自由になる時間がないために致し方ないが、本日も、弁護士に相談しても解決できない難問について相談の電話を受け、正義感から対応を約束してしまったが、事が重大であり、早急な対応が必要な事から、『師走』の言葉どおり忙しい12月になる事は必死でもある。
 議員であるから議会が一番重要な事は判ってはいるが、人命や人権に関わる問題はそれ以上に真剣な対応が求められていると思われるのである。
 最近では『水戸黄門』や『暴れん坊将軍』のテレビに感化され、理不尽な事態には体の血が騒ぎ、イノシシのように突き進んでいってしまう事も多くなってきた。自分のスケジュールの限界と、体力の限界と同時に、市議会議員としての力の限界もあるが、荒廃し、倉庫と化した部屋の整理と清掃も来年回しとなりそうでもある、と言うよりも確定的である。
 さて、明日の一般質問は、@市民病院の医療及び経営について、A災害時における避難所等の対策について、B財源確保の手段として、公の施設等への広告掲載についての3件の質問を通告している。登壇は4番目であるから、午前中や午後か際どい時間と思われるが、議会の一般質問より難解な問題を抱えており、その後の心配の方が責任重大である現実がプレッシャーとストレスになってもいる。
                                    11月30日の一言
議会、行政、市民の大きな壁の中で…
 議会の一般質問の通告が終わり、関係部局のヒアリング(質問内容の聞き取り)も終わって帰宅した。
 ただし、大部分の質問に帰ってくる答弁が予め予測が立ち、津島市の遅れた施策に対する要望が多くなると、議会が単なるセレモニーと化してしまうような気がするのである。
 しかし、同じような質問を繰り返す事が結果につながってきた現実もある。過ぎ去った過去の質問と答弁を反復しながら、明後日の一般質問を控えている。
 議会と市民の壁は意外に高く、本日のヒアリングの最中に議会の控え室を訪れた知人が、控え室の市職員の姿を見て、「中に入って待って」との当方の言葉を聞きながら、遠慮もあってか帰っていってしまったのである。
 市の職員にとっても、我々議員にとっても、市民が主役である事から、遠慮は無用であるが、現実は程遠いものがある。
 本日も市民からの手紙が届き、不勉強な議員に対する厳しい批判が記されていたが、選挙の時だけの議員であるならば、『税金泥棒』であり、民間の厳しい現実を耳にすると、心が痛むのである。
 私と行政との壁も大きく、先進地で学んだ事と、現実の遅れた市政の現実を目の当たりにすると、議会の一般質問の場が、要望や主張の場と化してしまうのでもある。
                                       11月29日の一言
またまた国会議員の不祥事…
 衆議院議員の西村真吾議員が、弁護士の名義を不法に貸して報酬を得ていたとして大阪府警に逮捕された。
 弁護士資格を有しない知人が西村議員の名義で、勝手に交通事故の示談交渉を行い、その報酬の一部が口座に振り込まれる仕組みになっていたとの事である。今回の事件が発覚してから、「議員としての職責とはまったく別の問題。議員の職責を果たす事に専念したい」と、弁護士を辞めて議員活動を続けたいと主張していると報じられている。
 こんな無責任な主張が通用すると思っているのか、国会議員としての感覚が疑問にもなってくる。
 弁護士であるならば、どんな極悪人の弁護を引き受けて高い報酬を手にしても職務の範中とも理解できるが、議員の立場であれば選挙区の住民が事故で苦しんで相談に来たら、無償で相談にのってしかるべきところ(公職選挙法に違反する行為は除く)ではないだろうか。手先の犯行とは言え、議員としての責任は極めて重い。
 弁護士の中にもボランティア精神を発揮している人も存在するが、多くの弁護士は高額の報酬でしか相談すらのらず、倒産したり家や土地など総てを失う瀬戸際の相談にも高額な手数料を要求するのである。
 逆に考えてみると、政治と共存し、低額で相談にのれる大衆弁護士として、選挙民のために弁護活動を続けて欲しかったが、今では夢物語でもある。
                                      11月28日の一言
眠くなりますが…
 本日は愛知県の主催する『防災カレッジ』で、災害医療論として愛知医科大学の野口宏教授の講義を久々に聞くことになった。
 冒頭の挨拶で、「僕は元々麻酔科の医師のため眠くなりますが…」との話が出たが、依頼された内容を説明するためとは言え、医療分野では多くの人々が身を乗り出す救急救命の話ができる先生だけに、防災での講義がもったいなく思える1時間半でもあった。
 個人的には、ドクターヘリの状況や、救急救命や医療の分野で聞きたい事は多くあったが、防災カレッジの受講生の関心は低く、居眠りや早く帰宅したい人々が多く、会場では質問する気も起こらなかったが、最近の状況も調査する必要性を痛感した。
 12月11日のカレッジには、中部大学の佐藤圭二教授の『防災まちづくり論』も予定されているが、事前に配布されている資料を見る限り、受講生の反応が良さそうには予想ができない。教授は愛知県人にやさしいまちづくり推進委員会の委員長を務められているだけに、講師の活用方法の検討と、人にやさしい街づくり連続講座の熱気と比較すると、防災カレッジの学びに対する程度の低さも痛感させられている。
 立派な講師が日替わりで登場しても、限られた時間と、広範な説明から、印象が極めて低く、カレッジの修了者に『あいち防災リーダー』の称号が与えられるとの話であるが、資格や学歴主義の延長のようで、中身の伴わない資格は返上したい心境にもなってきている。
                                       11月27日の一言
本末転倒か…
 本日は扶桑町で開催された『人にやさしい街づくり』地域セミナーに参加するために、扶桑町にある『総合福祉センター』に出向いた。
 ただし、施設が新しいためか扶桑町の人々にも認知度が低く、案内板も無いために間違った場所を教えられ、近くで無駄な時間を浪費する事になった。
 これを救ってくれたのが郵便局の配達人であった。偶然にも見かけて追いかけたが、親切丁寧に教えてくれた。数日前の朝日新聞の声欄に、「個人情報保護法により教えられない」と、目的地を聞いたが道を教えてくれなかった郵便局員の話が掲載されていた事が、同乗者との話題にあがった。
 本日は、聞いた場所が公共施設だったために教えてくれたのか、個人の家の場合には教えない事になっているのか、一度郵便局に訊ねてみたいが、明らかに個人情報保護法の過大な乱用に思えてならない。
 さて、セミナーの休憩時に愛知県の幹部から「津島駅のエレベーターで頑張ってもらったが、厳しい新聞記事が残念だ」との、最近の中日新聞尾張版の記事の話題が出た。議会で駅のバリアフリーを提案した立場だが、人にやさしい街づくりが遅れていると批判される立場の側にされている自分と、当初の計画に係わりながら遅れている現状を批判する立場になって記事に登場した人との見事な逆転現象に驚いている。
 議会では批判もできる立場にあるが、『愛知県人にやさしい街づくりアドバイザー』としての責任と立場を実感した会話となった。
                                      11月26日の一言
広域の議論と問題意識の共有も重要…
 「大鹿さん、愛西市に何か恨みでもあるの?」との言葉をいただいた。そんな事を意識して一言を記している訳ではないが、まったく無いと言えば嘘になる。
 特に、苦しい財政状況下で地域医療を担っている津島市民病院を考える時に、まったく他人事として市独自の医療対策も示さず、多くの住民が津島市民病院に依存している現状を静観している愛西市当局には不満がある。
 合併が議論され、津島市を除く合併を推進している頃、津島市の財政状況の悪さがさかんに宣伝されたが、苦しい台所の中で病院の改築から増床と踏み切った背景には、医療レベルの底上げが大きかったと思われる。
 「津島の市民病院の売上に、住民が貢献している」と言われると、まるでお客様であるが、昨日記したように、津島市民の税金が毎年10億円投入されて病院が維持されている事を考えると、何の格差もなく平等に診察を受ける津島市民が哀れでもある。
 「どうせ10年後には合併するだろう」との無責任な発言も気分が悪い。利用するだけでなく一緒にテーブルにつき議論する事と、応分な負担はあって当然と思われる。
 断っておきたいのは、私自身は過去の2町2村との対等合併には反対であったし、東部の市町との連携も重要と思っており、医療とか災害対策については、行政の枠組みに関係なく広域の議論と問題意識の共有も重要である。
                                       11月25日の一言
市民病院を訪問して…
 12月議会を控えて質問する項目を絞っているが、質問予定の『市民病院』については考えるところがあり、本日は病院長の方針や考え方を伺ってきた。
 事務局長も立会いでの訪問であったが、当方の考えている主旨も多少は理解してもらい、何でもかんでも議会で質問する前に意識の共有をしたい意味もあった。
 内容については、議会の一般質問前である事から差し控えるが、一般市民や地域住民の私から受けているイメージが、私の意図するところと微妙に違い、難しい話をすればするほど、医療制度と介護保険制度をごっちゃにした誤解もあり、限られた発言時間の中で発する一言が大きな間違いになる現実もありうるのである。
 「大鹿さんが愛知医大をよく口にしているから」と、愛知医科大学付属病院を受診した市民も複数存在する。私の議事録を読んでいただければはっきりと記されているが、私は『脳卒中』や緊急を要する高度な医療を必要としている場合に、ドクターヘリを身近に活用するためにドクターヘリが常駐する愛知医大の名前を出しており、何でも愛知医大とは言っておらず、わざわざ愛知医大の他の科目を受診した市民の存在には、幸いにして喜んで報告を受けているものの心外でもある。
 又、市民病院の患者数の約4割とも言われる愛西市の住民の無責任な市民病院批判は全く不愉快でもある。少なくとも津島市民の使える10億円の税金が津島市から病院に投入されている現実を踏まえた発言を求めたい。少なくとも私自身が津島市の市議会議員として発言している主眼は、津島市と津島市民のためにあり、議会での病院批判も愛着の裏返しである事は理解が欲しいものである。
                                       11月24日の一言
18年目の11月23日…
 「SLYに乗るんなら駅弁を食べたい」との希望で、本日の旅行は大井川鉄道の蒸気機関車に乗車して昼食をとった。
 しかし、最近の新幹線や長距離列車のテーブルでの食事とは違い、自分の両足の上に弁当を置いた食事となり、時代の移り変わりを実感させられた。
 ただし、列車のスピード化によって、騒音に対する苦情から線路のレールを長いロングレールに交換する都会と違い、汽笛や煙の苦情もなく大きな音をたてて走るSLYの姿は郷愁を誘い、デッキに立つと満鉄時代の父親の姿が浮かんできた。
 大井川鉄道は名鉄の系列会社で、かつては、親父の知り合いも多く、親父も何度もこの地を訪れている。年月の経過によって、親父の縁は途切れたが、現在では名鉄の職員となっている弟の後輩も何人か存在しているようだが、親子でも性格の違いか、親父のような広い交友関係は現在では珍しいようでもある。
 さて、参加者が固定化した旅行は(新規の参加者は46名中4名だけ)気心が知れており、同窓会のような雰囲気でもある。11月23日に初めて旅行を企画したのは昭和63年の事である。以来、毎年行事として旅行を続けており、本日の参加者の中には一番最初からの参加者も存在している。この雰囲気を継続する事は可能でも、同じメンバーのままで続ける事には、年齢的な厳しい現実が横たわっている。
                                      11月23日の一言
善意の配慮が恨めしく…
 昨晩から本日の午前中にかけて、ホームページが真っ白になったままであった。送信先のクローバーネットに連絡すると、深夜のために電話が転送され、伝言によって「ホームページの容量オーバーではないか」との電話があった。
 我流のパソコン操作のため、相手のアドバイスも参考にはならず、老眼鏡をかけて参考書を見ながらの作業になったが、時間だけが過ぎ去り、早朝より議会運営委員会が開催されるため断念した次第である。
 帰宅後に改めて操作しているうちに、データ―がバラバラになり、最悪の事態を想定して諦めの心境で、普段の作業を始めると今までの苦労が嘘のように解決し、本日の書き込みに至ったのであるが、パソコン音痴の『怪』である。
 さて、明日の『朝日旅行友の会』の日帰り旅行の打合せをしていると、配車される観光バスが60人乗りである事が判明した。定員55人乗りで正席45人の予定で企画(募集定員は40名)していただけに、申し込みを断った人々の顔が浮かんできた。
 「早く言ってくれれば良かったのに」の一言だが、「確実に60人乗りが確保できる保証がなかった」との事で、いつも満席になる当方への配慮での手配が今となっては恨めしく思われた。
 大井川に行って蒸気機関車のSLに乗る単純な企画であるが、発車時間に遅れる事が許されず、座席も指定席のために、行程も随分と無理な企画となった。ただし、今まで必ずのように行程に入っていた『神社仏閣』が一件もない当方には珍しい企画となったのである。
                                      11月22日の一言
山積する仕事の中で…
 山積みの仕事の中で、会報『津島の風26号』の配布も、あと一歩で旧神守村の地域が終了するメドがたってきた。
 ただし、明日には12月議会の議会運営委員会が開催され、28日には本会議が開催される予定となっており、現在の『議会報告』を中心とした内容では、議会と議会の間の期間限定の配布しかできないため、空いた時間に何時でも配布できる今後の改善が必要と思っている。
 動けば、動いただけの反応がある。会報配布後には僅かでも必ず手紙が返信されてくる。それによって仕事も入ってくる。勿論、仕事と言っても金儲けにはならず、時間のみが重く圧し掛かり、やるべき事が積み残されてはくるのではあるが。
 ここまで忙しいと、事務所の奥は資料が山積みとなり、整理する予定で購入したファイルが置かれたままで、一度置かれた資料を探すのも容易ではない。時間を止めての整理と清掃が先決でもある。
 2階に開設予定の『横井庄一』関連のミニ記念館も、遺品となる陶器類が積み置かれたままで、年内の整理は時間との戦いとなっている。
                                       11月21日の一言
またまたNHKの受信料で大声…
 本年5月25日の一言に、『NHK受信料支払いで大声』なる一文を書き記しているが、半年振りとなる本日の午後に再び集金人が訪れた。
 5月の一言に、「数ヵ月後にも同じ集金人が来るのか私は心待ちにしている」と結んでいる。その日の夜に、NHK名古屋放送局の職員から電話が入り、集金人が主張した『受信契約書がある』との言葉が間違いで、昔から受信料を支払っているだけで、我家との受信契約書は存在しない事と、今後デジタル化によって受信料を支払わない家のテレビにはNHKが視聴できなくできるとの発言に対する謝罪があった。
 当方の報告を怠らなかった事と、NHK職員の丁寧な説明で私の不満は薄らいでいた。7月6日には、『NHKへ一途の望みを託したが』なる一文も記している。これは、戦後60年の終戦(敗戦)記念日を控えて、熱心に取材するNHK記者との出会いから記した一文である。
 そんな当方の気持ちも、半年振りに訪れた集金人の言動が一瞬にしてかき消してしまったのである。
 「集金に来ました」との集金人に、「その前に何かあるだろう」の一言を。「えっ」ととぼけた態度に、「契約書は無かったじゃないか」と続けたところ、「いや、あります」と半年前と同じ言葉が返ってきたのである。「:契約書を持ってこい。無ければ今後払わないぞ」と言った5月の一言が蘇り、NHK職員との説明の違いや、自らの間違った説明への謝罪が一言もない事から、「払わん」の一言。払う事が当然の態度と説明に、「裁判をかけられても払わん」と、追い払ったのである。
                                      11月20日の一言
連続する同級生や知人宅の訃報に…
 葬儀の連続である。葬式を政治活動と勘違いしている議員や僧侶であれば当り前の事かもしれないが、先週から私の近くで葬式が続いている。
 11日に同級生の御主人を見送り、近所(椿市町)の知人を送った。実は10日の通夜で半月前に母親を亡くしていた同級生の存在を知り、本日は同級生の父親の葬儀があり、何も知らずに昨日電話で話していた親しい同級生が、一週間前に母親を亡くしていた事を本日の葬儀で同級生から聞かされた。
 「何だ、知らなかったのか」と言われ、何処の葬儀にも参列する議員の存在によって、議員には市民の死亡情報がすべて知らされていると勘違いされている事を実感した。
 しかし、本日の喪主は霊柩車の座席から我々同級生に『ピース』の指を立てて見せたが、笑うに笑えない寂しさがつのってきた。
 「おい、何件目だ」とは、本日の夜9時半過ぎに訪問した通夜で喪主に言われた言葉である。通夜を『はしご』していたと勘違いされたのか、旧知の『飲み仲間』のきついジョークだが、こちらは車同士の交通事故に巻き込まれて死亡した母親の葬儀である。
 聞けば、喪主は舌ガンで3ヶ月間入院しており、退院の一日前に事故が発生したとの事で、顔形もやつれて変形し、亡くなった義母よりも深刻な状態である。10年前には地域のPTA会長を務め、飲み屋を一緒に『はしご』していた仲間とは思えない変わりように、葬儀以上に心が痛みすぎる。
 9月議会で、事故現場となった青塚駅周辺の歩道確保と道路拡幅について、「通行人にも危険」と質問しているだけに、親しい知人の家から犠牲者が出た事に一層の悔しさも残るのである。
                                        11月19日の一言
縦割り行政の実演となった工事現場…
 最近は午前3時に起床して会報を配布している。そのために、帰宅後の午前8時から10時半までは仮眠する時間にあてているが、本日は「津島市役所はどうなっているんだ」との市民の電話によってそれどころではなくなってしまった。
 電話の主は、昨日に父親を亡くし葬儀の準備中の市民で、隣りの県道が重機で削岩される振動と大音響で、棺桶と仏壇が『ガタガタ』と振動し、家族は耐え切れずに工事の削岩の中止を現場で訴えたものの、工事関係者が聞く耳を持たぬため、現地から市役所に連絡をいれたのである。
 結局、多くの部署をたらい回しにされ、無視(当事者はそのように解釈し)された事から、警察に電話まで入れたのである。理解ある返事をした警察であるが、待っても一向に来ない為に最後になって私へ連絡がきたのであった。
 昨日の一言に『縦割り行政の弊害』について記したが、まさに翌日の再現となったのである。電話を受けたのは津島市の土木課である。所管する工事とは違い、道路が県道のため「県の工事」として県に問い合わせたのが誤解の始まりであった。県道とは言え、工事は津島市の水道課が発注した仕事であったのである。こんな事でまともな返答は返ってはこないし、益々複雑に混乱を招いていった。
 「工事を止めさせます」と電話口で言った警察も、遅れに遅れて到着した警察官から「我々には工事は止めれません」の一言。
 結果的に工事は中断となったものの、最初に事情を聞いた工事現場の責任者が、一旦機械を止めて、上司に報告し、行政に問い合わせておれば済んだ事であるが、これこそ無責任な工事責任者と、縦割り行政の弊害によって、各課職員とパトカーまで(私もであるが)出動する一大事件となったのである。
                                       11月18日の一言
未だに縦割り行政の弊害が…
 会報を配布する中に『大鹿一八行』の封筒と手紙を折り込んでいるため、配布した地域から少しずつでも返信が戻ってくる。
 短い文章から、長い意見まで様々であるが、少なくとも批判や抗議をするだけでなく、問題点の改善を求める意見には貴重な内容もあり、記名されている人には是非とも行政と協働できる機会があれば、呼びかけていきたいと考えている。
 財政が厳しく、新たな財政支出が望めない現状では、市民サービスの低下を最小限に防ぎ、削減できるムダを極力なくす事が重要である。
 確かに部署、部所のムダは改善され、10年前とは様変わりの感があるが、行政全体を見渡すとまだまだ重複するムダも多く、縦割り行政の弊害を改善する事で、大きなムダな経費が削減できる現実がある。
 我が町内を見渡しても、2年前に上水道の老朽管取替え工事で道路が掘り起こされ再舗装されたが、現在では水田へ水を引くパイプラインの工事がはじまろうとしており、まもなく下水道の埋設工事も予定されている。
 以前から住民の指摘するパターンだが、それぞれの管轄する部署が連携し、県と市が共同で計画を実施すれば道路の舗装だけでも経費が削減となる。当り前の指摘が未だに実践されない現状がある。メールや掲示板への投稿にも期待したい。
                                      11月17日の一言
ボランティアの風通しの悪さ…
 本日は愛知県の海部総合庁舎で、海部地方防災ボランティアコーディネーター連絡会議が開催された。
 ボランティアコーディネーターは、災害時に被災地に駆けつけたボランティアと、ボランティアの力を必要とする被災住民との橋渡し役として、貴重な役割を担っている。
 愛知県では、昨年までに県内に1千人のコーディネーターを養成してきたが、現実に規模の大きい災害が起こった時に、何人のコーディネーターがボランティアとして参加するかを疑問視する意見もあり、訓練とは言え常日頃からの参加が重要でもあり、日頃の参加なくしては現実に被災した場合に役には立たない可能性が高い。
 半年前には誰も知らない環境の中への参加だったが、「大鹿さん、こっち、こっち」と市外の方々から声をかけられるようになった事は大変有難く感じたが、津島市と愛知県との風通しの悪さも痛感した。
 本年からはボランティアコーディネーターは各市町村で養成する事になっているが、12月に開催される『17年度海部地方防災ボランティアコーディネーター養成講座』に、津島市が主催者に名を連ねていない事から、「なぜ?」と疑問の発言が津島市民より上げられた。
 実は、2ヶ月前に津島市の社会福祉協議会が単独で養成講座を実施済みであるが、愛知県が関わる海部地方全体を対象とする養成講座がある中で、財政事情が厳しく改革が叫ばれる津島市が何故に周りの市町村と協力できなかったのかが疑問に思われる。
 これこそ大同団結すべきであり、市町村の枠を超えた協力と地域の協調性が重要である事を今一度認識すべきでもある。
                                      11月16日の一言
本当に犯罪で済まされるの?…
 昨日の『ウラ一言欄』となる掲示板に、例え一銭でも盗みは犯罪なる書き込みが記されていた。
 簡単な題目でも、それぞれの事情によって一言で犯罪として記していいものなのか考えさせられる事があるので、あえて過去の事例を記載させていただきたい。
 今から20年程前の事であるが、新しく進出したディスカウントショップで、小学生2人の万引き事件がおこり、警察と小学校と保護者の間で難しい大問題に発展していった。
 万引きそのものは額が小額で、小学生低学年の罪としては何とか穏便に済ませられなかったのかと思われたが、店側が警察に連絡した事から、2人の小学生はパトカーに乗せられて、警察署まで連れていかれたのであった。
 その後の処置だが、1人は警察からの連絡で保護者が出向いて連れ帰ったものの、もう1人の保護者との連絡が取れず、子供の処置に困った警察から小学校に連絡が入り、学校の教師が連れ帰ったのである。
 その保護者から警察に、「なぜ学校に連絡をしたのか」と抗議があり、もう1人の保護者からは万引きが公になった事から、小学校に抗議する事態になって大騒動になっていたのである。
 「どう思いますか」と、当時の教頭先生に尋ねられ、どうあれば一番良かったのか真剣な議論を続けた事があった。犯罪には、悪意に満ちた事件もあるが、止むにやまれず起こした犯罪もあり、全く悪意もなく出来心で犯した幼児や児童の犯罪もある。皆さんの声も寄せていただき、最近の事例も交えて記してみたい。
                                        11月15日の一言
行楽の秋には高速の多重事故…
 プロ野球では、日本と韓国、中国、台湾のリーグ優勝チームで争ったアジア選手権を、日本の千葉ロッテが不敗で制した。
 プロ野球の歴史と実績から、優勝して当然のレベルである事は判っているものの、一発勝負の決勝戦だけに、日頃の実力を堂々と発揮したロッテの選手と、バレンタイン監督に心より乾杯を捧げたい。
 文化の秋、スポーツの秋、行楽の秋。何かと都合の良い季節であるが、滋賀県彦根市の名神高速道路では、トラックやバス、乗用車7台がからむ衝突事故がおこり、乗用車の7人が大型トラックにはねられて死亡した。
 今回の事故では、最初は乗用車に大型トラックが追突事故を起こし、その事故後に新たな大型トラックが突っ込んで死傷者を出す事故になった。
 死亡した7人はすべてブラジル国籍の若者で、日本人より真面目に働き、週一度の楽しみが兵庫県川西市から母国の音楽が流れる名古屋のディスコに来る事だったと言い、その帰り道に事故に遭遇して帰らぬ人となったようである。
 高速道路を利用する人々も様々で、単身赴任から家へ帰る人や、行楽、旅行など楽しい目的のために利用する人も多いが、最近の高速道路はまったく交通ルールが守られておらず、まったく前の見えない大型トラックが連結されたかのように並んで走行している。
 今回の事故についても、運転手のうっかりミスとは言えず、車間距離がとられていれば防げた事故であり、IТの時代として発表される新技術もまるで生かされず、スピードだけに敏感な取締りを反省し、車間距離の徹底指導が急務でもある。
                                       11月14日の一言
三十数年ぶりに帰還した手紙…
 本日は、行事が重なり忙しい中で、故横井庄一さん直筆の書と、戦地から我が大鹿家に送られてきた手紙をいただいてきた。
 書については、横書きに『根性』と記されたもので、12月4日から津島市民病院に展示される同好会『神守丈友会』の書道作品に併せて公開する予定でもある。
 手紙については、満州の戦地から戦死した我家の伯父にあてて送られたもので、一通には、横井さんが家に残した家業である洋服屋の生地(布)を、伯父が勝手に売った事に対する後始末を戦地から依頼する文面が記されている。
 実際には、「残しておくよりも、売って金で保管した方が得だ」と、横井さんの母親をたぶらかし、伯父は売った金で新品の自転車を買ってしまっていたのである。
 使い込みの実情を知りながら、その事には一言も触れずに、「今回は君に充分なる御世話を掛けたね。残しておいたら虫がくうとて代金にするとは君も仲々目のつけ所がよいですね」と記して、「その代金は僕のですから、君には其の何分の一かの利益を差し上げますから、僕の帰る迄に親元に返して下さいょ」と締めくくってあった。
 この手紙のあとで横井さんはグアム島に渡り、28年の時間をかけて帰還を果たした。伯父はその後出征し、沖縄戦から現在も帰還を果たしていない。ちなみに、この手紙も、グアム島から帰還した横井さんに、私の親父が手渡してからおよそ30年数年ぶりの帰還でもあり、『横井庄一ミニ記念館』の目玉にしたいと考えている。
                                       11月13日の一言
あんたの修行が足りない…
 本日は我家の宗派である『浄土宗』の、尾張教区檀信徒総会なる行事に参加するため名古屋市東区にある建中寺に出向いてきた。
 心配した車の駐車場も門前の一等地が空いており、受付で資料をもらい、気分よく境内を歩き、本堂にあげていただいたが、なぜか場違いな雰囲気と、同じ宗派ではあるが不愉快な檀信徒の存在が気分を害し、貴重な時間の浪費を感じるとともに、四国遍路を歩き続ける熱心な若者や、巡拝者の姿がよみがえってきたのである。
 「おい、今日は何を着ていこう」と、四国遍路でも考えた事のない服装まで考えて自宅を出発したのであるが、途中のアトラクションが始まっても近くの老人のムダ話が大きくて聞こえない。何度も振り向いて顔を見るものの、一向に止まない話し声に、心中は「いいかげんにしろ」と叫びたいが、大人げないと辛抱し、小声で「もう、帰ろうか」との連発に、無理矢理付き合わされたカミさんの顔が強張ってくる。
 さすがに堪忍袋の緒が切れそうに(すぐ切れすぎる欠点あり)なり、振り向いたところ、同じ思いを持った御老人が注意に走られた。さすがは、檀信徒総会と思ったものの、今度は受付で貰ったビニール袋の音がカサカサと神経を逆なで、遠くの話し声が小声でも耳障りとなってきた。
 こんな愚痴は、「あんたの修行が足りない」と言われるであろうが、永平寺や禅宗の寺では、「コラッ」となるのである。まだまだ、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える心境にはなれず、四国遍路で『十善戒』や『般若心経』を唱えて、自分探しと修行の信心に徹したい自分との違いを感じた一日でもあった。
                                       11月12日の一言
議員の使命を痛感する…
 昨日の一言に、近所で起こった自殺の一文を記したが、本日は同級生の御主人の葬儀に参列し、生かしたくとも悲しい別れがある現実を見せられ、気丈に振る舞っても抑える事のできない遺族の悲しみに顔を上げる事もできなかった。
 くも膜下出血が死因であるが、緊急を要する脳血管障害や事故などには、救急患者に対応できる医療体制の拡充が重要で、救急車がいくら早く到着しても、専門の医師や検査体制が整っていないと不幸でもある。
 問題は、医療現場の医師達に救急救命部門への意識が希薄である事である。比較をすれば限が無いが、ドクターヘリが常駐する愛知医大では、津島市民病院の玄関より広い緊急患者用の玄関が真正面に位置し、専従の医師が待機し、何時でも受け入れる体制と同時に、医師が何時でもヘリコプターに搭乗できる体制をひいている。
 同じ国民として、これほど運と不運の差を感じる事はない。
 「来週に他の専門病院を紹介してもらったから」と、夕方には先輩のご夫婦が訪問された。心臓の不調から市民病院に入院して手術をする予定まで入っていたが、セカンドオピニオンを勧めた結果である。緊急で無い病気であれば、より多くの治療法を選択でき、より高度な治療を求める事も可能であるが、緊急時は時間との勝負となる。
 津島市民の死亡する原因を比較すると、心臓疾患や急性心筋梗塞、脳血管疾患による死亡率は国の平均値よりも上回っており、地域医療体制の格差と比較した検証も必要と思われ、財源不足の中でも我々議員が訴えていく必要を痛感している。
                                        11月11日の一言
最後だから、できるだけの事は…
 本日の帰宅時間は午後11時40分だった。起床時間が午前3時半で、会報の配布後に仮眠はとったものの、久々に、本当に長い一日となった。
 もっとも、夜は同級生の甘い一言に誘われ、居酒屋をはしごしていた事から、自業自得ではあるが、一昨日に『重篤』と記した同級生のご主人の訃報が届き、通夜に参列もしていたのである。
 「最後だから、できるだけの事は…」と、未亡人になった同級生言われ、遠くから養子に入り、苦労された人生が52年と思うと、葬儀が社葬で盛大なだけに、「ご主人の役割はなんだったのか」と改めて感じるものがあった。
 さて、そんな事が判る前の日中には、隣村で死亡した人の話題で花が咲いていた。自殺との事で、地域の格好の茶のみ話になっているが、数日前に届けられた『津島市の保健』を目にして、近年の自殺者の増加が気になっていた。
 平成15年度は津島市で17人の自殺者が報告されている。この数字は、津島市で15年度に死亡した人の3.8%ではあるが、昭和45年の6人、平成2年度の7人と比較すれば格段に増加している事が数字となって残されている。
 人生それぞれであるが、病気を予防して何とか健康で過ごしたい人が大勢をを占める現代社会の半面で、保健予防対策をあざ笑うかのように自殺者が増加しているのである。詳しくは専門家に任せたいが、政治に関わる一人として無責任ではおられない、自責の念にもかられるのである。(自殺については、ウラ掲示板の長い、ながぁーい一言に身勝手に期待して本日の一言にする)
                                      11月10日の一言
馬鹿でも何とかなった事から…
 一つの仕事が済むと、次から次へと仕事が入り、予期せぬハプニングも起こると予定や計画は無茶苦茶となり、寝る間もない様相となってくる。
 会報の印刷が終わり、明日からは3時から配布と意気込んでいると、パソコンの中に記憶されていた『朝日旅行友の会』のリストが他の名簿と一緒になって、選別不可能な状態になっていた。
 以前なら「パソコンが不調で…」と、救援を求めていた筈であるが、馬鹿でも毎日触れているために応急措置を考えたものだから、封筒への宛名印刷が大幅に遅れて、大変な事に夕方から深夜になってしまったのである。
 触れば気になる事も目につくために、益々仕事が遅れて現在に至った次第である。本日の一言も、こんな事を記すつもりは毛頭なかったのであるが、勘弁をお願いしたい。
 本日のテレビ朝日のワイドショーでは、天皇家の女系天皇について特集で報じていた。評論家が「現代の世相では…」と女系天皇支持のコメントを出していたが、子孫が無ければ女系でも仕方はない事だが、有識者会議では『直系の第一子』と公表しているのである。
 つまり、一番目に生まれた子供が男女に関係なく天皇になると言うのである。一般の家庭でも、男子の跡取が多い中で、伝統ある天皇家の歴史を軽んじる軽薄な判断に怒り心頭であったが、今週の天聖人誤に引き続き、来週も記したい。
                                       11月9日の一言
明日は我が身の危険性…
 まったく進捗していなかった会報『津島の風』であったが、心配して問い合わせていただいたり、訪問までしていただいた方々のお陰で、本日早朝に原稿が完成し、印刷を開始した。
 「なーんだ、こんな事か」と思うような、簡単な事であったが、突然の来客や、やり残した仕事が頭にあり、手をつける気力が全く湧かなかった事にあった。
 しかし、なぜにこんなに慌ただしい毎日になってしまったのか。副業を持たず、時間だけはたっぷりとあった筈の議員専業であったが、仕事に追われる毎日が続き、ヒマができても気力が湧かずに時間を浪費してしまい、一向に仕事が減らないのである。
 とりあえずは、会報の印刷を終えて、関係者だけには早急に配布する事が肝心であるが、郵送するためには封筒に宛名の印刷が必要になり、郵便局に行く事も仕事になってくる。
 さて、同級生のご主人が倒れて重篤との話があった。3日の夜にも耳にしていたが、教えに出向いてきた同級生に誘われて、さらに人を誘って飲み明かした事で、今晩耳にするまでさっぱりと忘れていた。
 同世代だけに他人事ではないが、不摂生の毎日を送っており、明日は我が身の危険性も高いのである。素人でも医学書を読んで、血液検査の数字を見ると、医師が異常なしと答えていても、気をつけるべき傾向は認識できる。「明日は我が身」と反省し、仕事の計画的処理を誓いたいが…。
                                        11月8日の一言
乗客の多さにびっくりの巡回バス…
 昨晩の天聖人誤(トップページ)に、天皇制の歴史と伝統を重視し、女性・女系天皇への慎重な対応と、男系天皇の継続を期待する一文を記したところ、本日の朝日新聞朝刊に『転機を迎える天皇制』と題して1ページにわたる詳しい特集が掲載されてきた。
 十分な議論と審議が不足したままで結論を出そうとする有識者会議には警鐘を鳴らしたいが、自民党の圧勝に終わった衆議院選挙の結果、安直な小泉流で即決されそうな雰囲気が恐ろしい。
 さて、久しぶりに津島市の巡回バスと遭遇したところ、満席とは言えないものの、利用する乗客の多さにびっくりさせられた。
 この巡回バスも、収益不足から継続に対しては厳しい市民の声も存在する。利用者数は増加傾向を示しているが、財政危機の御旗のもとに、総人口に対する利用者数の少なさから廃止ありきの議論は、弱者切り捨てにもつながりかねない。
 天皇制と巡回バスを比較する事は、不謹慎とお叱りを受ける話かもしれないが、当事者の声を聞かずして判断されそうな点では、淋しい結果とならない事だけをひたすら祈るしかないが、巡回バスについては幸いにして手の届く問題だけに、後々に後悔しない選択を訴えていきたい。
                                       11月7日の一言
我家も倒壊家屋にカウントか?…
 久々に防災カレッジが名古屋に戻って開催された。地域演習や訓練では、知多・半田市や豊橋市まで足を伸ばして参加してきたが、おかげで県内各地に顔見知りができ、各地へ出向いたメリットも実感した。
 東海地震と東南海地震が同時に起こったと想定すると、愛知県で9万8千世帯の家屋が倒壊し、2千4百人が死亡すると予測されている。
 我家も当然の事、倒壊する家屋に入っていると思われるが、昨年から防災の各種講座に通っておりながら、家具や冷蔵庫などの転倒防止策が何もされていない事は、何のために受講しているかと批判を受ける立場にある。
 ましてや、防災訓練では、ボランティアを受け入れ、指示する立場で訓練に参加しているだけに、自分の身の周りから確実に対策を練る必要性を痛感した。
 もっとも私は、家具のほとんど無いコタツでねているので、家財道具の下敷きになる可能性は極めて低いが、家そのものが倒壊すれば一緒の事である。人の役に立つべきボランティアの勉強結果を生かすためにも、家族と我家の地震対策も具体的に着手したいと思っているだけでは既に手遅れかもしれない。
                                       11月6日の一言
迷惑なボランティア気分…
 「民間にできる事は民間に」と、財政状況が厳しい事も手伝って、行政の事業を民間に委託する方向ですすめられているが、中途半端な民間委託や、半ばボランティア気分の民間への委譲は住民へのサービスが低下するどころか、住民の気分を害し、利用者が管理者の顔色を見ながら施設を利用する実態を直視する事となった。
 特に、第二の人生を送る高齢者の中には、「仕方が無いから手伝ってやっている」と思われるような対応も多く、当然あるべき行政としてのサービス提供を嫌そうに引き受けたり、住民に自分達の都合を押し付けたりする場面も多い。
 「本当ですか」と、行政の担当者は怪訝な対応を見せるが、住民に紛れて議員らしくない風体の私は、何度もそんな光景を見せつけられている。高齢者の中には、行政に関わる仕事に権威を感じて役人を演じているとしか思えないボランティアも存在する。
 補助金が削減され、手当も減額されてはいるものの、ボランティアと思われる仕事であっても、行政関係の仕事は無償ではなく、僅かとは言え報酬が出されている場合が多い。住民が無償のボランティアと勘違いして、文句も言えずに我慢をしている事を良い事に、態度が益々横柄になっているように感じる部門もある。
 現代では、ボランティアであっても無償ではなく、有償のボランティアが社会にも浸透してきたが、『人の役に立つ』とか『地域に貢献する』と言った、サービス精神がまったくない人々の進出は迷惑な事を本日は改めて実感した。
                                       11月5日の一言
せっかくの『知事と語るつどい』だったが…
 本日は『知事と語るつどい』が、海部総合庁舎で開催され、神田知事を囲んで県内各地から選考された10名の住民が意見をのべた。
 偶然にも、私の『ウラ一言欄』を担当する『ほっこり庵』こと大川幸次氏が、その一人となった事で、連絡をいただき傍聴する機会を得た。
 生活全般に及ぶ意見や提案に知事が答える形式で、地元からも旧知であるKさん(愛西市・元教員)が教育問題について意見を述べられたが、我々議員も参考になる意見や指摘も含まれ、知事の見事と思われるムダのない的確な答弁が返されていた。
 ただし、テレビ局もカメラを持ち込み、県内各地から集まった県民代表と知事との『語るつどい』が、全く地元にもPRされておらず、会場となった会議室前にも何の案内板も立てられず、傍聴席が設置されていたにも関わらず私以外に一人も無かった事は、内容のあるつどいだっただけに残念でもある。雰囲気は全時代的な秘密会のようでもあった。
 大川氏の質問した「学校の危機管理」や、「人生で多種多様な経験をした高齢者を、現代の教育現場にもっと役立てられないか」との意見にも前向きな答えが返されていた。
 問題は、いくら知事が前向きな意見を述べても、住民と直接関わる立場にある市町村の行政責任者にその意識が伝わっていない事である。知事と県民が間近で意見交換する姿に、もっと身近である市町村の首長達の反省が必要でもある。
                                        11月4日の一言
これで良いんだろうか…
 七月より名古屋まで連続講座に通っていたため、久々に開催した『まちかど座談会』であった。
 市政報告に始まり、問題提起をして、落語家の『浪漫亭砂九』の上方古典落語にバトンタッチ。『くっしゃみ講釈』を聞いた後に座談会が始まり、熱心な意見交換が続き、予定時間を大幅に越えた座談会となった。
 ただし、終わった後で浪漫亭砂九さんとの会話で、「これで良いんだろうか」と、自問自答するようなやりとりとなった。
 政治の真面目な話と、笑いをとる落語とのギャップがある。私自身も真面目に話した後は顔が強張っている。座談会はまん丸の車座であり、このまま落語を聞く事は、落語家の顔より向かいの人々の顔を見てしまう事は反省材料かもしれない。
 私自身は出演してくれる浪漫亭砂九さんの存在が、大きな頼りになっており、心強くもあるが、『落語は落語』、『政治は政治』の切り替えも必要かもしれず、自分だけの座談会も考えていく事も考えていきたい。
 さて、本日の座談会では行政とのギャップを感じる質問が多く、住民が主役となる市政実現のためには多くの課題が存在する事を実感した。戴いた意見や要望を、さっそく次の議会に生かし住民の声を市政に届けたい。
                                         11月3日の一言
一人で大丈夫か?…
 新米が収穫され運ばれてきた。どうやら今年は、日照りが強く出来具合が良くないとの事であるが、昨年は水害で良くないと言われており、どちらにしても、草取りと肥料や消毒だけしかせずに、すべてを営農組合に任せているために、言われるままの評価でしかないのである。
 昔のように、家族を総動員して収穫し、コメの検査結果に一喜一憂した時代とは違い、人任せのコメだけに評価が低かろうと何も言えず、あまりにも安い買い上げ価格と思われるが、愚痴は言っても文句は言えない。
 「少しコメを買っておこうか」と、意外な言葉が家内の口から出た。今なら買っても安く手に入るらしいが、新米が届いたばかりの発言だけに矛盾を感じる言葉でもある。
 「家のコメは日本一美味しい」との発言を、地元の人から時々耳にする。その度に否定した反対の意見を言って嫌がられているが、同じ天候と同じ水で栽培されるコメに大差は無いと思われる。
 しかし、本当に美味しいコメは食べた瞬間に誰でも判るのである。9月に香川県の善通寺の宿坊で出されたコメは本当に美味しく、「このコメは美味しい」とお代わりをするだけでなく、銘柄まで問いかけてみた。
 買った方が安いと言われる費用をかけて、美味しくも無いコメを耕作してもらい、安く売ってもらい、美味しい安いコメを入手しようとする農業に矛盾を感じながら、「一人で大丈夫か」と息子が運ぶコメを、ナマカワにも汗もかかずに見続けた。
                                        11月2日の一言
軽薄な法相発言…
 発足したばかりの小泉内閣、杉浦正健法相の「死刑執行命令書にサインしない」主旨の発言が波紋を呼んでいる。
 本日開催された閣僚懇談会で、早速小泉首相から発言に注意するようにクギをさされ、「表現が適切でなく、舌足らずだった」と記者会見で釈明した。
 一国の法務大臣が、一度発言した事を簡単に撤回する事にも疑問だが、法廷で裁判官が判断した事を無視するような発言そのものが、法務大臣として軽率でもあった。
 しかし、それよりも問題な事は、政治家として長年の経験を積んだ上での発言を、即座に撤回するに至った『圧力』の出所である。小泉首相などによる政治的圧力なのか、法務省の役人、官僚にる圧力なのかに注目したい。
 「個人的な宗教観として、殺人者も一人の人間…」との弁明をしているが、新聞報道では『浄土真宗大谷派』の門徒とあり、宗教団体の方針なのか、政治と宗教の政教分離についても問いたいものである。
 派閥の弊害が以前から叫ばれ、小泉首相になって派閥の影響力は減少したものの、小泉首相に権力が集中し、後継候補者も小泉首相のメガネに適うように行動するようでは、国会議員までもが小泉商店のサラリーマンと化し、軽薄なイメージは否めない。
 『大福三角』と言われ、首相の座を争った歴代首相達の個性溢れる政治家像を現代に求める事には時間がかかりそうでもある。
                                         11月1日の一言
明日の夜はどうなるのっ!?
 「えっ、本人が配っているの」と、久々に聞く言葉でもあった。会報の発行が遅れているが、3日に予定している『まちかど座談会』の案内チラシを配布中に複数の人々からこんな言葉をいただいた。
 「いつもの事ですよ」と答えたが、「会報も楽しみにしているよ」とのエールもいただき、遅れた会報に手がつかない現状に焦りも感じた一日となった。
 旧知の方にはわざわざ出迎えていただき、聞かれた内容も確認せずに話していると、聞かれたのは毎年11月23日に実施している『朝日旅行友の会』の行き先であった。会報も旅行も日時が迫っており、行き先は決定しているもののPRが何もされておらず、これも日時との競争となりそうである。
 さて、『ひとまち講座』が終了した事による日程的な余裕はできたものの、やるべき事が後回しになって、その日に対応した事で時間を消化してしまっている。
 気がつけば、11月は議会が開催されない月であるにもかかわらず、12月議会の開催までスケジュールは満杯である。「11月になれば…」と、約束した事で暇な筈だった日程がうまってしまった。
 帰宅すると、約束していた名鉄観光の担当者の姿が(忘れていたが)。忙しいから任せれば良いのに、私のこだわりから明日の夜に再訪の約束を。その後、市職員から行事のポスターが届けられ、行事にも出席予定にされているとの話。話は尽きず、「また4日の飲み会の日に」と言うと、「何言っとるの、2日の6時だよっ」との返事が…。明日は11月1日だから…。そういえば(誰かに2日ならと言った記憶が)…。考えてみると、明日は12月に開催される書道展の作品提出最終日だが…
                                       10月31日の一言
身勝手な住民の発言…
 事務所を留守にする事が多かったため、来客の応対だけで一日が過ぎてしまったが、残った仕事にも手がつかずにいる。
 人にはそれぞれにこだわりがある。たとえ過去の事であっても、ありもしない話を勘違いでされたりすると大変な迷惑となる。それぞれの人生で、それぞれの経験をした中から生まれたこだわりでもあり、たとえ議員(が人気商売と言われても)と言えども考えていない事を勝手に推測で話されたり、親しく思っていただくのは大変有難い事ではあるが、「エー加減にしてくれ」と言いたくなってくる。
 議員の常識は非常識と言われたりするが、世間の常識も議員以上に非常識な事が多く、黙っていると容認した事になり、はっきりと否定すると大人気ないとの話にされる。
 矛盾する話を真剣に反論して、自分のこだわる思いを伝えようとすればするほど、話はややこしくなり、相手も間違った記憶を振りかざして反論されると手が付けられなくなってくる。
 個人的な趣味と、議員活動とは全く違い、たとえ小さな事でも法を犯すような事は許しがたく、応援していたたくのを止めて欲しいとさえ思う事がある。それらを混同して人の考えや思考を無視した話が飛び交うのははなはだ迷惑でもある。
 『正論より田舎のシキタリ』と言う知識人があった。いくら正しい事を言ったところで、多勢に無勢では何ともならない事も多いが、間違った事や、法に反する事が平然と行なわれ、反論する人が『村八分』となるような事が、田舎でなく新興住宅でも歴史を重ねる事によって出現するが、議員以上に役職にこだわる住民の存在にもうんざりである。
                                      10月30日の一言
ひとまち講座の反省会から…
 本日は、人にやさしい街づくり連続講座を運営する会の反省会が開催され、7月から10月まで続いた講座の細部にわたる反省と点検が繰り広げられた。
 愛知県の主催であるが、NPO法人ひとにやさしいまちづくりネットワーク・東海が運営を任されており、私はスタッフとは言え、連続講座の受講生をサポートするだけであるが、事務局や設営等は大変な苦労があり、本日の反省会に配布された資料も全受講生のアンケート結果の集計では、全員の一言一句のコメントまでまとめられ、講座の内容やグループワークなどが判り易くグラフにされ、改めてサポーターとして反省をし、次年度につなげたいと思った。
 次年度の話まですると、議員の立場での参加は時間的に非常に厳しいものがあり、本年も地域の皆さんには不在による迷惑もかけた。しかし、津島駅のエレベーターをはじめ、講座による成果も地域に芽生えており、『ひとまち生活ネット津島』の仮称ではあるが、NPOとして愛西市の社会福祉協議会から『人助け』の協力依頼を受け、実際に行動が始まってもおり、議員活動の妨げになるものではないので理解をいただきたい。
 さて、偶然にも夕方から私が講座で担当したCグループの打ち上げがあり、参加したメンバーからも今後の活動が継続する具体的内容が示され、改めて責任を感じて散会となったが、自分のやるべき仕事が山積みになっており、事務所も不在が続くと、資料がゴミと化して積み上がり手が付けられない現状にはうんざりでもある。
                                        10月29日の一言
夫婦喧嘩で盛り上がるお遍路…
 あっという間の3日間であったが、本日の午後3時過ぎには愛媛県の宇和島市に居たのである。高速道路のお陰で12時前に全員を送迎できたが、片道2万円近い出費となり、財布の中身を見ながらカミさんの嘆き声が聞こえてきた。
 しかし、綿密に計画したスケジュールだったが、わずかな綻び(カミさんのせいで)によって一ケ寺が来年残しとなってしまったのである。たかだか一ケ寺と言えばそれまでだが、この一ケ寺によって来年も同じ場所まで走る必要ができたのである。
 ノー天気なカミさんは、どっちみち同じような所に行くのだからと簡単に考えているが、来年にもその不足分の1時間半の時間は積み残されたままなのである。
 「食事ぐらいゆっくり座って食べたい」と思うのはカミさんの勝手だが、コンビニの弁当の方が選択がきき、食事中でもバスは進むのである。「ゆっくりしたい」とか、般若心経のカセットテープは耳障りと言われると、「何のためのお遍路か」と言いたくなってくる。
 考えてみると、今回の巡礼は災難続きである。行きたい希望者が多いため、大き募集もせずに計画していると、都合で行けない人が続出し、定員不足は赤字となり、参加者が倒れて入院する騒ぎとなり、新たに掛けた傷害保険すら私の財布(もっとも財布は持っていないが)の中身に響いてくる。
 こうなると、バスの前方は些細な事で夫婦喧嘩の連続となり、参加者も加わり会話は弾むから皮肉でもある。高齢者の多い参加者だけに、こんなひとときが一日も長く続いて欲しいものでもある。
                                       10月28日の一言
アイスクリーン売りのオヤジ・・・・・
 四国遍路2日目が終わり、明日で帰路となるが、住民の方より相談いただいた事案はすべて電話ではあるが市役所の職員のおかげで万事うまく解決しており、帰宅後は週末となるだけに、対応してくれた職員にただ、ただ感謝の一言である。
 「お〜いこっち、こっち。バックオーライ」と手なれた声でマイクロバスを駐車場に指示してくれたのは、50番寺の門前で「アイスクリーン」を販売するおやじさんである。
 アイスクリームではなく、アイスクリーンである。おやじさんの講釈はどうでもいいが、「久しぶり」、「ありがとう」と自然のやりとりが嬉しい再会である。
 1個200円のアイスであるが、12月末まで毎日門前に立つ。団体でも来れば一度に大量のアイスが売れる事から、「おいしい仕事」との声が車中から聞こえたが、毎日の事だけに昼寝もできず、テレビも見れず大変な仕事でもある。
 他人の仕事は楽に見える。漁夫の利をねらったのかどうかは判らないが、49番寺の境内にもアイスクリーム屋が店を出していたが、こちらは声も無く、寄り付く客の姿も無かった。
 遍路もさまざまである。団体の遍路客と遭遇すると「それ行け」の心境になるが、逆打ちのため競い合って走る心配はないが、細い道でバス同士がバッティングすると身動きが取れず、地域住民の方々にも大変な迷惑をかける事になる。
 「南無大師遍照金剛」、何でも唱えて口にすればお許しいただけるかどうかは判らないが、事故でも起こせば一大事である。又、全員が安全に帰宅して当り前のため明日一日も緊張の一日となる。
                                        10月27日の一言
四国遍路にも津島の声・・・・・
 昨晩に津島を出発し、本日は愛媛県中央市の別格2C霊場第14番椿堂を振り出しに、第65番寺三角寺から、58番仙遊寺までと、別格第10番興隆寺まで、13ヶ所を巡拝した。
 本日の宿は、松山市に近い玉川町の鈍川温泉郷のカドヤ別荘であるが、早朝の6時半から午後5時まで、四国の山道を走り回り、やっとたどり着いた長い一日でもあった。
 4回目の巡拝であるが、逆打ちのため、道路の標識や看板も逆から見るため、過去の知識が逆に邪魔となり、とんでもない山道に迷い込んだり、目的地を目前にしながらたどり着けない場面も多かった。 
 一方で、昨年四国各地を襲った台風や集中豪雨を予期なくされている。
 1ヶ月前の四国巡路では、参加者が倒れて入院する事件があった。 幸いにして、退院されて、今は自宅に戻られたが、世の中にはどんな事が起こるか判らない事から、今回は傷害保険をかけたり、安全面では十分な注意をしているが、多くの団体を導いて巡礼する公認先達の人々の苦労を実感させられている。
 わずか1ヶ月の事であるが、大きな心境の変化を実感する巡拝でもある。せめて、明日は
少しでも余裕を持ち、四国の風を体感して巡路を考えているが・・・。津島市から深刻な電話が入り、それも難しい予感がする。
                                       10月26日の一言
60年前の居場所探しを…
 本日、町内で葬儀がおこなわれたが、亡くなった人は我家の戦死した伯父と同年兵として戦争に出征した人であった。
 偶然であるが、昨晩に台所の机に『沖縄』のガイドブックが置いてあった。次男が観光で訪れた際の本であったが、詳しい地図が掲載されていたため、念のために(見つからないとは思ったが)伯父が戦死したと記された『沖縄本島小渡』を探したのであった。
 戦後60年が経過して戦争を実体験した人も少なくなっており、当時の事情も判らないが、肉親が戦死した最後の地名すら判らないのである。
 沖縄県などに数回問い合わせてはみたものの、なしのつぶてであり、これ以上知ろうとするならば沖縄戦の記録を読み漁るしかなさそうである。もっとも、40年ほど前に我家を訪れた伯父の戦友からは、実際は沖縄に上陸する前に船が撃沈されたとの報もあったため、遺骨が何処に眠っているのかは不明でもある。
 ただし、戦地から送られてきた手紙は16通が残され、4通が北支那と記され、残りはすべてが沖縄から発信されており、手紙の内容や季節から、本人が沖縄で実際に目にしなければ書けない内容から、私は沖縄と信じてはいるが。
 さて、ガイドブックには戦争の影は何もなく、戦争があった事さえ感じさせない内容であるが、私は『沖縄本島小渡』の場所を特定し、現地に立つ事が、遺骨も無く死んだままの伯父の供養と、本日の伯父の同年兵の出棺を見て改めて感じたのである。
                                      10月25日の一言
横井庄一の甥は英国法廷弁護士…
 久々に名古屋の故横井庄一宅を訪問した。私の『ウラ一言版』でもある掲示板に、ほっこり庵エド改め如雨露さんから、戦争資料館に関して横井記念館のハッパが記されていた事と、横井さんの奥さんから依頼されていた事があったためである。
 元々、訪問すると庄一さんと我家の昔話に花を咲かせ、時間を忘れた長話が続いていた事から、私が横井さんから聞いている幼少の頃の話が話題になり、突然の訪問にもかかわらず長話の長尻となってしまった。
 我家のミニ記念館は、横井さんが残した書や、遺品の陶器類が運び込まれてはいるものの、展示と案内が手付かずになっているが、本家でも正月か来春をメドに着々と記念館の準備が整っているようである。
 本日は、横井さんの奥さんの実家の長男が訳した『国連の平和外交』なる462ページの本(東信堂発行・定価6300円)を手渡された。英国外交官を長年勤め、現在オックスフォード大学の学長の任にある『マラック・グールディング』氏の原本を翻訳し、出版されたものであったが、手渡されても住む世界が違う事から固辞すると、「津島市の図書館か学校に寄贈してちょうだい」と言われて貰ってきた。
 学者の親を持ち、東大法学部を卒業し、英国のバリスター(法廷弁護士)の資格で、現在オックスフォード大学の上級研究員をつとめる『幡新大実』は、まぎれも無く横井庄一の甥にあたる。奥さんの身内とは言え、とんでもない人物の存在にびっくりであるが、とても一般に売れそうもない専門書だけに、幡新家の台所が心配にもなってきた
                                       10月24日の一言
自主防災会の訓練に来賓は不要…
 来月20日に、地域の自主防災会の防災訓練が開催される案内状が、自主防災会の会長さんより届けられた。
 行政主導で発足した自主防災会ではあるが、自分達で訓練を実施する機運に発展した事では大いなる進歩であり、詳細には色々と改善も必要だが、『自分の命は自分で守る・自分達の地域はみんなで守る』のテーマでの開催を素直に評価したい。
 しかし、プログラムを見渡すと、本当の意味での『住民主導』の訓練とは思えない部分も多く、行政との協働は理想だが、実際の災害時を想定し、行政をまったくあてにしない訓練も必要である。
 参加の協力依頼があった『津島市ボランティアコーディネーターの会』からも案内が届き、当日の出席を連絡すると、「大丈夫ですか」との心配の声をかけられた。議員は来賓として招待されている事に対する配慮の言葉であった。
 災害時には来賓も議員もない。自主防災の訓練にも一市民として参加する意向を固め、コーディネーターに登録し、防災カレッジを受講しているのである。「議員ではなく、一市民として参加します」と連絡したが、現実は議員が一市民として参加する事には波風も立つ。
 先月参加した津島市主催の防災訓練にも、一市民のボランティアとして参加したが、車の駐車場で一般駐車場に車を止めようとしたら、「正門に駐車場があります」と来賓の駐車場を指示され、後続の車もあったため指示どおりに正門に行くと、「こちらは止められません」と断られた。
 些細な一例だが、議員と市民の目に見えない壁があり、議員が一市民として参加する事をパホーマンスとして批判する声もあるが、議員は行事の添え物や飾り物の来賓でなく、行事の目的の中に参加する事を貫いていきたい。
                                     10月23日の一言
豊橋市で久々の商店街の香り…
 本日は久しぶりに豊橋の街に出掛けた。愛知県の主催する『防災カレッジ』の会場が豊橋市に指定され、嫌々の出張であったが、時間的には半田市や常滑市と遜色なく、津島市から1時間と13分で到着してしまう交通体系と、改めて地域の公共の足について考えさせられた。
 豊橋駅から会場となった職員会館までは、路面電車で4区間、10分程度の距離であった。金額の150円は津島市の100円バスとほぼ同額であるが、遠くからの来訪者にとっては、何所を走る路線か判らないバスと違って、線路が決まっている路面電車は安心して乗車できるのである。
 問題は乗車する利用者の数になり、岐阜市の路面電車が廃止された事からも前途は多難と言わざるを得ない。帰路は町並みを見物しながら徒歩を選択したが、住民の生活する商店街には公共交通機関が不在である事から、改めて津島市の巡回バスの問題点も教えられた感がある。
 さて、本日の防災カレッジでは、普通救命講習を受け、自動体外式除細動器(AED)の使用手順についても指導を受けてきた。AEDは心臓が停止した人に対するいわゆる電気ショックを与える機器であるが、国の指導で誰もが使用でき、多くの施設に常備されるようになってきた。
 住民の命を救命する便利な機器には違いないが、使用して感謝されるケースは良いが、使用しても結果が伴わず死亡した家族とのトラブルも考えられる事から、機器に対する住民への十分な説明と使用訓練を実施する事の必要性も痛感した。
                                        10月22日の一言
金曜日の用件は来週送り…
 金曜日に聞いた話は、次週へ先送りされるケースが多い。11月の旅行に関して、旅行会社の窓口に連絡して担当者の名前を告げると、土・日曜日は出張のため月曜日に連絡させますとの返事が返ってきた。
 団体旅行の問い合わせであるが、窓口では相手の事情も確認せずに、個人的な問い合わせと思って処理しているのかもしれないが、他の大手旅行会社の対応と比較すると、大変お粗末な処理である。
 私は担当者の携帯電話の番号も判っているから、どうでも良い事だが、営業が必死で外回りをしても、窓口の対応一つで顧客を逃がしてしまう結果もありうるだろう。
 元々は津島市にあった支店が一宮市の支店へ統合され、一宮経由で名古屋市の観光バス会社に手配しているが、企業の都合は一宮の管轄でも、津島市は名古屋市の方が近く連絡も早いのである。
 タダでさえ窓口が閉鎖され不便なところに、地域や相手の事情も確認せず、情報化時代の中でも旧態依然の対応は『殿様商法』とか『独占企業』と言われる、ライバルの無い名鉄の悪しき伝統なのかも知れない。
 親や弟妹が名鉄の職員ゆえに辛抱しているが、最近の名鉄のサービス低下は目に余るものがある。地域との関係が疎遠になり、不足分を窓口や情報化時代のシステムで挽回できないと、企業の行く末は厳しいと思われる。社長も日銀の天下りが続き、競合する地下鉄や市バスが公営である事から、民間企業の意識が希薄なのである。もっとも、行政も週末は休みのために、市民の問い合わせは来週送りとなっているが、先進地では年中対応していく自治体も存在する。他山の石として検討したい。
                                     10月21日の一言
津島市が舞台の滞納差し押さえ報道…
 久々の自由時間が取れたものの、残した仕事が減った訳ではなく、のんびりと理髪店に出向いた後は、来客に対応していると一日が暮れてしまったのである。
 昨晩は、久しぶりの自由時間を喜んでいると、友人や知人に誘われるままに午前様となってしまい、無駄な散財と本日の疲れをもたらした。
 さて、自動車税の滞納に頭を痛める愛知県が、悪質な滞納者の車を差し押さえる第一弾の場面がテレビや新聞で報道され、その対象者が津島市である事から本日の話題に上っている。
 一週間前の一言に、『市営住宅の滞納が減らない』なる一文を記したが、国民健康保険税をはじめ、保育園の保育料や市民病院の治療費、住宅新築資金の返済分など、津島市へ納められるべき滞納が増大し、市財政を圧迫して多くの住民に影響を及ぼす規模になっている。
 津島市民の税金を投入して建設された市営住宅の家賃を、最高5年半にわたって支払わない市民や、100万円を超えて滞納する市民の存在は許しがたく、子供が世話になった保育園の給食費も含む保育料を支払わないまま行方をくらます等、常識を越えた『悪徳市民』の存在は『個人情報保護法』を犯しても公開して糾弾すべき状況になりつつある。
 本日のテレビ放映から、津島市のイメージダウンとなった『悪徳市民』には、市税の滞納も確認し、毅然たる対応を求めていきたい。
                                      10月20日の一言
もっと堂々とPRすべきだ…
 やっと自由な時間ができた事を実感した一日だった。六月以降、中断していた『まちかど座談会』を開催し、久しぶりに『浪漫亭砂九』さんの古典落語を耳にした。
 セミプロとは言え、30年の経験は大きく、プロと変わらぬ落語に感心させられた。いや、プロでも売れぬ落語家は、生活のためには相手に媚をうつ事も必要だが、セミプロは自分の信念で続けているために、自分の世界で演じる事ができ、プロ以上の内容かもしれないが、何度聞いても筋書きと落ちを忘れている凡人のため評価は差し控えたい。
 「あんたは、舞台の中央にいますか」との問いかけに、一瞬言葉を失った。議会で名鉄津島駅のエレベーターとバリアフリーのトイレを熱心に要望した姿を見ていた市民から、完成披露の舞台に姿がなかった事からかけられた言葉であった。
 「私も行っていたんですよ」と答えると、「何故にテレビや新聞に映らなかった」と問いかけられた。「自分はそういう場面が嫌いだ」と発言すると、「自分の成果をもっとPRすべきだ」とハッパをかけられた。
 応援いただく人々には、自分の成果を堂々と披露すべきであったのかもしれないと反省と同時に苦言を受けた。
 しかし、動いただけの成果は必ずある。半年にまたがった『人にやさしい街づくり』連続講座では、津島市の議員には絶対に負けない自信と同時に、他人には入り込めない多くの人脈も手にさせていただいた。私の行動を理解いただいて、助言や弁護をいただける人々や批判をいただく人々であっても、私の良き理解者に変わりがない。ただし、応援していただく人々の為には、行動は勿論だが、議員らしい風体にも気をつける必要も痛感させられた一日でもあった。
                                        10月19日の一言
既に手渡してある資料ですよ…
 今月11日から続けられていた決算審査特別委員会が本日で終了した。連日細かい数字を見つめ続ける事は辛いものがあるが、津島市の状態を再認識する場としては貴重な委員会でもある。
 ただし、議員だからとの特別な配慮は、そろそろ排除すべきではないだろうか。本日、朝一番に『16年度文化会館の利用状況』を印刷した資料が配布された。議員の要望から提出された資料であるが、これは本年5月に開催された『所管事務概要』に掲載され、全議員に配布された資料からそのままコピーされたものであった。
 「前に配布したものを何故改めて配布するのか」との私の声に、「要求されたから仕方ないでしょう」との市職員の声が返ってきたが、本来であれば質問時に、「5月に配布した資料をご覧下さい」と答弁し、口頭で説明すれば済んだものが、答弁できなかった事から本日の配布となったものだが、説明できない職員も職員なら、資料を求めた議員も議員である。
 本日の調査対象となった市民病院の監査についても、私が6月議会で一般質問に立ち、新聞に事細かく掲載された『腎臓結石破砕装置』の休眠についての質問があった。議会で答弁され議事録にも残った内容をすばやく説明できない職員も問題だが、質問した議員の存在も忘れられて、次々と同じ質問が繰り返されると、職員に代わって説明したいくらいの衝動に駆られたが、こんな事を愚の骨頂と言うのであろう。
 忘れていれば「申し訳ないが」と、職員に頭を下げて聞くべき質問が、当り前の質問のように次々と質問された事は議員としての反省材料でもある。しかし、職員も「既に手渡してある資料です」と毅然とした態度で臨めと言うのは酷な話とは思えないが…。
                                        10月18日の一言
靖国参拝より遺骨収集が先決…
 小泉首相が本日靖国神社を参拝した。敗戦(終戦)から60年の節目の年にあたり、戦争で被害を被った中国や韓国の強い反発が予測され、先月末に大阪高裁が首相の靖国参拝を違法との判決を示した後の参拝だけに、内外の反発を受けそうでもある。
 さすがに、首相の公式参拝が違法と司法判断を受けた直後だけに、本殿に上がらず一般の拝殿からの参拝となったが、靖国神社に出向いて参拝した事実は変わらず、公人でなく私人の参拝と言うなら、公用車を使って護衛を引き連れての参拝ではなく、早朝に人目にふれずに参拝する事も可能ではなかったか。
 「日本では死ねば悪人であっても総てが神様になる」との、まったく日本人にも理解されない身勝手な説明を諸外国にしてまで、靖国神社に参拝する首相の心理が判らないし、その行為を賛辞する国民の存在にも疑問を感じる。
 国と国との戦争とは言え、多くの人々を撲殺したり、生き埋めにした戦争の責任は重大であり、その責任を問われたA級戦犯は永遠に犯罪者であり、歴史を公正な目で振り返れば、戦勝国の裁判であるか否かを問わず、国民にも多くの犠牲者を出した重罪である事は否めない。
 A級戦犯の対象者が、敗戦を見極めた時点で降伏を決断しておれば、多くの日本人の被害も阻止できており、「一億総玉砕」とか「本土決戦」を叫んで最後まで抵抗した指導者は、近隣の戦争被害国だけでなく、日本国民の命をも犠牲にした国賊である。
 国のために殉じた人々の御霊に酬いるための参拝と言う前に、戦地で埋もれたままにされた戦死者の遺骨を連れ帰る事が先決でもある。戦後60年、戦死した先祖の存在も忘れられようとしている今、あえて警鐘を鳴らしたい。
                                      10月17日の一言
新品同様の防災服の評価は…
 本日は南小学校において津島市地域防災訓練が実施された。一年に1回の訓練であり、東海地震や東南海地震の危険性が指摘され、国や県が各地でその危険性と訓練の重要性を指摘しているが、前日から早朝まで続いた雨によって会場のグランドが使用できず、校舎周辺や通路を使った配置となり、訓練の多くが回避されてしまった。
 私が参加した『ボランティア支援本部開設・運営訓練』も、校舎の狭い通路に設営となったところへ、中止された訓練に参加予定の人々まで加わり、人の洪水と化してしまった。
 ボランティア支援本部では、災害時に被災地に集まったボランティアの人々を受け付けて、人手の欲しい人々に配分するのであるが、グランドが使用できない事で、参加された人々の緊張感や危機感が不足した中で、その存在を知らしめるだけとなり、簡略化した訓練に終わった事が残念でもあった。
 ボランティア支援本部の運営は、ボランティアコーディネーター10名で対応したが、反省会で「行政から10名の要請があった」と聞き、「もっと多くの人が参加できるべき」と行政の対応を批判すると、「参加を募っても10名集まるのがやっと」との市民側の実情も報告された。
 想定外の多くのボランティアが参加され、満足な説明が不足したとの反省もあるが、災害時はどんな状況下になるかも想定できない事から、訓練の重要性も痛感した。防災ボランティアに参加するきっかけは、昨年多発した台風の被災地からボランティアを断られた事にあった。今年は幸いにして台風の被害も少なく、幸いにして参加の機会もないが、市から支給された『防災服』が今だに折り目付きである事も反省したい。
                                       10月16日の一言
後ろ髪を引かれた帰宅…
 「おい、何とか来週の火曜日までは頑張ってもらってくれよ」と、電話をくれた同級生に話したのが昨晩の話であるが、「その30分後に親父は息をひきとっていた」と早朝に電話をもらった。
 電話はもらったものの、自分の乗る電車の時間がせまっており、知人への連絡を家内に任せて自宅を出立し、帰宅したのは夜8時となっていた。
 人の寿命が伸び、何とでもなりそうな錯覚をしているが、最後の臨終の時間までは何ともならないのが現実でもある。
 「火曜日まで…」の一言は、スケジュールに全く余裕がなく、葬儀にも出席できそうにも無かったからでもあるが、行けども行けども溜まった仕事が減るどころか、一日一日増加して手の付けられぬ状況になっている。
 明日は早朝より地域防災訓練が予定されており、車中で着替えての葬儀となりそうである。
 しかし、50歳を越え、これからの10年は速そうに感じる事から、同級生の親の訃報は他人事とも思えず、自分達の仲間の訃報にも接すると、自分の時間(空間)の重要性を感じ、一日一日の余裕にこだわって行動するために、日々の積み残した仕事が大きく背中に乗しかかっている。
 3ヶ月にわたった連続講座の交流会を欠席し、後ろ髪を引かれた帰宅だったが、通夜では冗談も言えなくなった年齢を実感して帰宅した。
                                     10月15日の一言
明日が『ひとまち』講座最終日…
 7月に始まった愛知県主催『人にやさしい街づくり』連続講座も、明日が最終のグループワークの発表日となった。
 私が関わったCグループも、連日名古屋に結集したグループワークから、本日夜に12ページからなるレポートの印刷を終了し、明日の発表を残すのみとなったのである。
 残念な事は、最終日に3名が欠席となり、全員で発表できない事であるが、昨年私が関わったDグループにヒケを取らぬ発表となりそうである。全員参加は私の強い願いでもあったが、最後になってあまりの盛り上がりに大学生の1人が付いてこれなくなった事は残念ではあるが、手抜きのない作品が仕上がり、講座による成果は他の講座の追随を許さないと確信を持っている。
 今月末の反省会と、来月開催される地域セミナーで講座の一年が終了となるが、7月に始まった3ヶ月の講座のために、我々は3月から準備に入り議論を繰り広げてきたのである。
 津島市においても、「ひとまち」が縁で津島駅にエレベーターとバリアフリーのトイレが3年越しで完成した。「ひとまち」が津島市でNPOからNPO法人に成長する事を目指し、後退する事なく実績を積み重ねたいと思っている。
                                      10月14日の一言
市営住宅の家賃滞納者が減らない…
 決算審査特別委員会で、毎年決まって同じような質疑と議論が繰り返されるものに、市営住宅の家賃の滞納問題がある。
 平成16年度も75戸の滞納者があり、最長滞納者は66ヶ月(5年と6か月分)滞納を続け、最高滞納者は105万4千円も滞納額がたまっているとの報告を受けた。
 昨年も同様の数字が報告されており、現年度分の滞納を減らす事に集中しているとの行政側の報告を受けたものの、決算の資料を見るかぎり何の進歩も感じられず、議員から昨年同様の質問が出され、行政からも昨年同様の答弁(弁解)が返ってきた。
 昨年の結果から、私の会報『津島の風22号』
(16年10月発行)に市営住宅の滞納について、国民健康保険や保育園の保育料金の未払いなどと一緒に記載し、「横着で収めない人々も存在する」と記したところ、真面目に家賃を支払っている住宅の人から厳しい批判の手紙が届けられた。
 確かに、真面目に生活する人にとっては関係ない話かもしれないが、一般市民からすれば津島市の税金を投入した市営住宅の家賃を5年以上も納めていない住民の存在は許しがたい事例でもある。
 昨年届けられたその手紙では、滞納者を批判した私に対して、「〇△住宅には会報を入れるな」との内容が記してあった。昨年の会報にも記したが、自分の子供を預けた保育園の料金も払わないままの住民が存在し、それら滞納者の影響が厳しい財政下では、一般住民に降りかかる現実から厳しい対処も急務である。
                                        10月13日の一言
市職員から反論の集中砲火…
 本日の決算審査特別委員会の長い一日の中で、一議員の発言に一瞬だが市役所の職員達の反論の嵐が吹き荒れた。
 委員長による審議の『休憩』が宣言された後ではあったが、たとえ休憩中とは言え、議員に集団で反論する職員の姿は異様であり、私が議員になってからは初めて見る光景でもあった。
 議員の大半が退席し、幹部職員の多くが退出後の展開であったが、議会や委員会では『理不尽』と思える発言や、議員の不勉強からくる質問にも馬鹿になって答弁していた職員の不満が爆発した瞬間でもあった。
 その中でも、中心になって大声をあげて反論する職員があり、あまりの異様さに委員会終了後に訪ねたところ、「12月に退職するから…」との言葉が返ってきた。
 人にはそれぞれの人生がある。しかし、定年を待たずに退職を決意するに至った悲しい環境を、何も知らされずにいた事も、議員になる以前から親しく議論してきた職員だけに余計に悲しくなってきた。
 議員と職員はお互いの立場は違うものの、市政運営の目指す目標は同じである事から、議場や委員会室で録音テープが回る環境での質疑だけではなく、日頃から市政全般にわたる議論が必要である。
 時間を気にせず(勤務中だけに市民の皆さんの批判は受けますが)、議論を繰り返してきた数少ない職員だけに個人的には再考(絶対に無理だが)を促したい。
 「あんたの提案から実現させたんだから」、「えっ、本当に…」。私の発言から行政が進めた施策があった。退職を控えた職員の『遺言』のような言葉に、発言するばかりでなく、発言の責任も痛感させられた。
                                       10月12日の一言
連日の名古屋行きから…
 決算審査特別委員会が開催され、委員会室に缶詰の一日となった。ただし、平成11年に議員になって以来所属している委員会であり、すべての委員会に出席しているため、忘れている事はあっても、説明を聞けば思い出し、質問したい事は個人的に聞きたいと思うと、委員会の存在そのものが疑問にも感じてくる。
 しかし、職員は定期的に異動しており、真剣に説明をすればするほど、毎年同じ質問と答弁が繰り返されており、答弁は「改善する」とか「検討する」とあっても、一向に変わらぬ行政の体質を再認識する場となり、市政改革のためには貴重な機会と自己を納得させている。
 愛知県の主催する『人にやさしい街づくり』連続講座も、今週末が最終日となり、各グループワークの最終発表のため、夜には連日の名古屋行きとなっているが、各所で講座関係者と遭遇する事から講座の熱気が自然と伝わってくる。
 私がサポートしているCグループについても、学生から学者の卵、行政職や設計士、地域の自治会活動のベテランやボランティアなど、それぞれが存在感を発揮しており、津島市の都市計画の一翼を担うぐらいの仕事はできそうなレベルに進化(ちょっと誉め過ぎだが)したグループワークを展開中である。
 問題は、愛知県が半年の期間をかけた連続講座で養成した『人にやさしい街づくりアドバイザー』の生かし方である。多くの自治体ではアドバイザーの存在そのものが認識されておらず、アドバイザーのボランティア精神や講座での熱気が冷め、地域の中で休眠してしまう現実がある。当地方の核となる津島市の動向に注目してもらいたい。
                                         10月11日の一言
コンビニの存在感を再認識…
 昨日までの4日間、この一言欄は、四国各地のコンビニ『ローソン』より自宅にファックスで送り、息子が書き入れていたのである。
 便利なもので、全国の何所からでもコンビニを通して50円でファックスが転送できるのである。しかも、24時間営業しており、地域の生活拠点として完全に定着している感がある。
 又、外食産業のチェーン店についても、年代的に我々や高齢者には入りづらい存在であったが、店内の配置やメニュー内容が統一されており、一度利用した旅行者にとっては安心で割安な存在である事を認識させられた。
 今回の四国では、コンビニの『ローソン』と外食産業の『ガスト』の存在には大いに助けられた。各地で『温泉』やスーパー銭湯が営業しており、安くて清潔な宿泊施設も増加しており、車での旅行は様変わりを遂げている。
 本日のラジオ番組で、大手旅行会社の広報室長から、「同じ場所でも桜の咲く時期と、紅葉の季節とは違う景色があり、せめて3日間同じ場所に滞在する事を勧めたい」とのコメントがあり、「何度も同じ場所を訪ねて欲しい」と旅行の魅力が語られていた。
 まさに自分の旅行感と一致するコメントを聞き、旅の魅力を一段と感じた瞬間でもあった。本日未明に帰宅すると、京都のポスターが送付されていた、四国霊場からも手紙が届けられていた。旅を日常化している自分にとっては、世の中の変化が都合よく思えてならないが、明日からは委員会が開催され、本業の議員生活から緊張の日々の連続となる。
                                        10月10日の一言
自分の居場所はどこか・・・・・
 「今から帰るから」と家族に言ったものの、現在地は松山市よりも遠い伊予市にいたのである。
 「明日は午後6時からNO交流プラザで」との電話に、「はい、解りました」と答えたものの、相手は当方が四国にいる事を知っているとは思えない自然なやりとりを終えた。
 私にとって四国遍路の旅は、日常生活の延長線上にある存在になりつつある。
 霊場の寺院の納め札に目覚えのある名前の金の札を発見した。名古屋の人であるが、5月に50回目の巡礼中の札をいただいたが、本日はなんと57回目の巡礼中と記されている。 大変なパワーである。
 これからの人生で、何度訪問できるか判らないが、自分探しと、自分の戒のためにも四国遍路を続けたいと思う。
 できる事なら、夫婦健在のうちに二人で歩き遍路に挑戦したいが、車でも一日中ケンカ状態の遍路だけに現実はきびしい予感もする。
 又、留守中にパソコンで代書してくれている三男には、残された学生時代に歩いて四国遍路に挑戦してもらいたい。
 歩き遍路の多くが、学生や若者である。ともすると無意味な体験のようにも思われるが、意味の無いように見える体験から何かをつかんでほしいと思う。
 当面は、肝心な自分自身の行動で、四国遍路を体現していきたい。もっとも、
今月末にもグループで訪れるのではあるが・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 さて、さて、家にたどり着くのは何時(何日)になるのか。しばしは車中の運転に集中したい。                                         10月9日の一言
たくましい歩き遍路の人々・・・・・・・・
 「この山を下ったあたりに、軒先のある所はあるでしょうか」と、片言の日本語で必死に伝える外国人女性があった。
 一人で四国遍路を巡っているドイツ人の若い女性であったが、寺側の説明では、それらしい所は無いとの事であった。
 親切な家族の車に便乗させてもらい、山を下って行ったが、途中の軒先を借りて一人でテントを張る彼女の姿を見ながら、車で山(寺)を下山した。
 あんな真っ暗な中で大丈夫かと思うのと同時に、なぜ外国人の若き女性が一人で、しかも歩き遍路を続けられるのか、四国を巡っている一人ではあるが、聞いてみたい心境になった。
 車で次から次へと寺を巡っているが、多くの歩き遍路を目にするのも季節のせいであろうか。
 団体と団体が競争で納経所に走る姿を見なれているせいか、一人で寺の納経所で朱印をもらうたびに、自分一人で巡る事の魅力を感じている次第である。
 ともすると、他人との競いあいになりがちな心を、いましめ時間に関係なく、自問自答しながらスローライフの魅力も感じ、今から千二百年前に、道なき遍地をさまよって修行した空海の心境を少しでも感じたいものである。
 ただし、現代はそれも許されぬ情報化社会である。
 事務所から転送された電話が、ケイタイ電話を通じて伝わってくる。 ここには四国の悟りも関係なく、生活に関わる生臭い現実社会がある。
 あと1日、そっとしておいてほしいと願う心境と同時に、来週から連日続く、決算審査特別委員会と会報の発行など一日一日が大変なスケジュールを考えると、すぐに帰るべきか自問自答の一日でもあった。
                                                                              10月8日の一言
横着な福祉施設の職員…
 奇遇というか、10日前に四国巡礼で香川県を訪れ、不幸な事故ではあるが、メンバーの1人Fさんが高松赤十字病院に入院した。
 この地で一年前から全国都市問題会議が開催される事が決まっており、昨日から当地を訪れ、病院を訪問する事となった。
 幸いにしてけがは軽く次回は無理でも残された朱印を続ける話ができ、まずはほっとした次第でもあった。
 さて、ついでに立ち寄った、寺での出来事であるが、お寺の正門に二台の車が横付けして、人々を下ろしていた。
車の所有は老人ホームの車であったが、いくら高齢者と言えども、四国巡礼に回る人々が駐車場にとめて参拝している中で、あまりにも横着すぎはしないか。
 施設に関わる職員が数人付き添っていたが、高齢者だから大目に見てもらえると違った考えを持っているのではないか。
 元々、四国巡りの人々の大半が高齢者であり、それぞれが一人一人しっかりと自立して参拝している中で、老人ホームの集団が異様に思える感覚を覚えた。
 高齢者でも、たとえ老人ホームに入所していても、一人の人間として自立して生活して欲しいと思った。
 そんな感覚を大切にしてほしいと思い、本日の一言にとした次第でもある。                                         10月7日の一言
全国都市問題会議に参加して・・・・・
 本日より全国都市問題会議が四国の香川県高松市で開催された。
 個性輝く都市の再生をテーマに先進地の事例や資料を参考にすると、財政の苦しい津島市も引用できる事はまだまだありそうでもある。
 ただし、津島市の財政状況や他市との比較を市民に十分な説明をしてからの話しである。今回の資料に目を通しても共通してあげられる事は「住民の存在」である。
しかし、現状において、住民の存在は行政に都合よく利用され、かんじんな事には口をはさめないのである。
 住民が主役となる行政運営も近い事を確信する会議ともなった。
さて四国と言えばお遍路が気になってしまうのであるが、楽しみは後日にまわし、まじめに頭を働かせ、会議に参加した価値を津島市の市政に生かしたいと思っている。
                                         10月6日の一言
理解に苦しむニセ調査員…
 国勢調査のニセ調査員が横行し、世間の話題になっている。愛知県では15件の報告があり、うち2件は金銭の要求までしたという。
 8件は未遂に終わっているとの事だが、国勢調査の調査票が7件持ち去られている。しかし、国勢調査の中身にいったい何の利用価値があると言うのだろうか。又、何の目的で危険を冒してまで持ち去ろうとしたのか理解に苦しむのである。
 個人的な記憶から、国勢調査の中身について、他人に見られたくはないものの、見られたところで困る内容は何もなかったと記憶している。
 むしろ、こんな調査で正確な数字が出る筈がない事を実感した。家族構成についても、我家の住民票に記されている妹や娘にも国勢調査の調査票が届けられており、それぞれが記入して提出している事から、重複は避けられず、正確な集計は不可能なのである。
 こんな調査票を身分を偽ってまで盗もうとする世の中が不思議である。一方で、安易に提出された調査票が、かつては行政に引用されていた。農業関係の調査票から勝手に所得税を算出して行政に提示された事があった。
 情報化社会の中では、今までとは違った犯罪も多発してくる。このパソコンのメールにも犯罪紛いの内容が多数届けられてくる。どこに落とし穴があるか解らぬ社会ではあるが、人を信用して堂々と生活したいものである。
                                         10月5日の一言
故郷に帰れない現実を実感した日…
 名古屋市の昭和区に住む電動車イスユーザーIさんとともに『故郷に帰りたい』と銘打った企画に参加した。
 『人にやさしい街づくり』連続講座のグループワークで、Iさんの両親の住む岐阜県各務原市の鵜沼駅まで、電車を使ったバリアフリーの検証をしながら帰郷する予定で朝から活動を始めたが、出発地の名古屋市御器所駅周辺はユニバーサルゾーンに指定され、『なごや福祉用具プラザ』の見学や食事を済ませて、余裕の旅立ちだったが、鵜沼駅に到着した頃には雨が降り出していた。
 それでも余裕の我々にIさんだけが心配顔で出発をためらっていたが、「こんな機会はないから」と励まして同行の4人とヘルパー1名が付き添って、降りしきる雨中の出発となった。
 しかし、現実は1キロも進まないうちに、断念せざるを得なくなった。駅からしばらくは歩道が整備されていたものの、数百メートルから先は歩道が狭くなり、倒れそうな傾斜や、次々と段差を乗り越えての進行であったが、突き当たった大きな交差点では、全ての歩道が途切れてしまい、進行が全く不可能になってしまったのである。
 「行くだけ行って、ダメならコーヒー屋でも入ろう」と言って出発したのだが、結局1軒のコーヒー屋もなく、駅までずぶ濡れになって戻ったのであった。
 各務原市にはコミュニティーバスも運行されているが、彼の実家に向かうバスの車両は車イスが乗車できない事と、車イスが乗車できるタクシーもないため、彼は40分以上かかる山道を車イスで行くしか方法がないのである。故郷に帰る事より、バリアフリー化が進んだ名古屋市で生活する方が幸せに思えたが、鵜沼駅にもエレベーターが完備され、確実にバリアフリーが地方にも及んでいる事も実感する事となった。
                                          10月4日の一言
ほっこり庵エド、知事に物申す…
 私の一言の『裏番組』を掲示板にお願いする『ほっこり庵エド』こと大川さんが、11月4日に神田愛知県知事に対して、県民として提案や意見を発表する機会を与えられ、名古屋からわざわざ会場となる愛知県海部総合庁舎のある津島市へ来られる事を耳にした。
 せっかくの機会ゆえに、せめて記念の写真でもと思って津島市役所経由で問い合わせると、県の広報公聴課の所轄事業で、海部総合庁舎は場所を提供するだけであり、詳しい内容について解る職員が不在のため、後日の連絡となったのである。
 県のトップに君臨する知事に対して、県民が意見を述べる貴重な機会であり、既に他市の対象者に詳細が伝わっているだけに、地元から詳細が伝わらない事が残念でもある。
 そもそも、県の施設である海部総合庁舎自体が、県民の訪問を受け入れる建物の体裁をしておらず、県民の気軽な相談に乗ってくれる住民サービスを期待する雰囲気には程遠いのである。
 もっとも、住民が何でも気軽に相談できる機能を発揮していたら、地域の市町村の存在価値も薄れてしまうのであるが。
 ただし、台風や大地震などの災害時等には地域市町村間の連携が必要となる事から、海部総合庁舎は貴重な存在であり、住民ボランティアの連携のためにも、日頃から住民に開かれた行政窓口として体質改善を図り、県の出先機関として当地方の行政に強い指導力を発揮してもらいたいものである。
                                         10月3日の一言
明日は行きませんよ…
 2日前の深夜(実質は昨日の朝)に四国巡礼から帰宅し、昨日は朝から名古屋の人にやさしい街づくり連続講座に参加し、夜は市内で開催された秋祭の催しに招待され、帰宅は午前様となったため2日分の一言になりました。申し訳ありません。
 「明日の9時からも頼みますよ」と、昨晩の催しの席で市長から話しかけられた。名鉄津島駅に完成したエレベーターとバリアフリー対応トイレの、披露のためのセレモニーへの確認であった。
 「明日は行きませんよ」、「
(市長)何故にあれだけ議会で頑張ったのに」、「完成しただけで満足しています」、「(市長)いや、是非とも」、「じゃー、テープカットもやらせてもらえますか」、「(市長)いやー、そこまでは何とも…」等など、市長と宴席での冗談を交えた会話であったが、本日はカメラマンとして歴史を写真に収めるため津島駅まで走ったのである。
 名鉄役員や津島市長、議長の挨拶に続いた来賓紹介で、「愛知県人にやさしい街づくりアドバイザー大鹿一八様」とのアナウンスを受けた。津島市からは所轄する建設委員会の委員長をはじめ多くの議員が紹介されたなかで、議員としてではなく「愛知県のアドバイザー」として紹介された事は、初めての経験でもあった。
 議員とは言え担当外でもあり、来賓として紹介される事も予想していなかっただけに苦肉の策かどうかは判らないが、人にやさしい街づくり事業としてのエレベーター設置の中で、「愛知県のアドバイザー」との紹介は、設置を働きかけた当事者として認識されていた意味では本当に嬉しいの一言であった。
 完成したエレベーターとトイレが津島市の町づくりの進展に寄与する事を願いたい。
                                         10月2日の一言
最後のチャンス、四国暗転…
 3日間の四国巡拝から帰宅した。今回の巡拝では、今まで体験した事のない悲しい事故に遭遇し、予定も大幅に変更となってしまったのである。
 第1日目の28日の午後の事であるが、第85番八栗寺で参加メンバーのFさんが倒れて、救急車で運ばれる事態に至ったのである。大きな衝撃音と、大きな悲鳴に境内は大騒ぎとなったが、他の団体の中に混じって倒れられたため、他人事のように駆け寄っていった次第である。
 頭を石段に強打して、一時は心配したが、意識も戻り一安心はしたものの、頭部の怪我だけに大事をとって高松赤十字病院へ入院となってしまった。
 高齢だけでなく、体の心配も聞いていたため、倒れた原因は判らないが、単身の参加だったため、お互いの目も届かず、不幸にも一日目でのリタイヤとなってしまったのである。
 大変な事は、事故の後処理に走り回った事よりも、奥さんの入院で急遽駆けつけて下さったご主人であった。着の身、着のままで駆けつけて下さったが、「こんな形で四国まで来てもらうなら、一緒に参加してもらえば良かった」との当方の言葉に、「誘われたが、来れない事もなかった」との返事と、「最後のチャンス、来年には行けないと言っていた」との奥さんの参加に踏み切った言葉が返ってきた。
 「いつかは四国に」との言葉はよく耳にするが、今回もFさんより高齢の方の参加もあり、過去には半身麻痺の方の参加もあったが、石段と山道の遍路道だけに、改めて四国遍路の厳しさを噛み締めての帰宅となった。連れて行くだけでも『導いたご利益』があると言われた事があるが、全員で無事に帰ってくる事の責任も痛感した四国行きとなった。
                                         9月30日の一言
四国巡拝中・掲示板をご覧下さい。
四国へ出発前の慌しい一言…
 私自身にとっては3巡目となる『四国八十八ヶ所』巡礼の旅に、本日の夜10時に出発する事になっている。
 ただし、出発前に名古屋市で『人にやさしい街づくり』連続講座のグループワークが夜9時まであるので、引き続きの運転となる事はメンバー(今回は16名)が心配するので、このホームページだけの秘密でもある。
 今回の四国巡りは、『逆打ち』と呼ばれる巡礼で、88番寺からの巡拝になるが、お遍路の仕方にも色々あり、1番寺から順に巡る方法だけでなく、逆に廻れば必ず『弘法大師』と出会える理屈からご利益が多いとの説もある。
 四国八十八ヶ寺と四国別格20霊場の108の霊場を、今回の3日間と10月、来春2回で巡拝する予定であるが、それとは別に個人でも1巡したいと考えている。
 「いつかは四国に行きたい」と多くの人が語る。しかし、いざ行こうとなると、色々な理由をつけて決断ができない人がほとんどである。
 最近の事であるが、私の友人が亡くなった。彼の棺の中には四国を廻った朱印が押した白衣が着せられていた。病気が判ってから、親族の叔父さんが彼のために廻ってきたと聞いた。私も廻っていたのである。何も知らなかった事を後悔したが、(そんな事を書いている時間がなくなりました)新鮮な気持ちで廻ってきたい。
                                        9月27日の一言
人を人と思わぬ言葉…
 昨日はマラソンやボクシングなど、スポーツ界では日本選手が大活躍する一日でもあった。大相撲では横綱朝青龍と関脇琴欧州の外国人力士による優勝決定戦にも会場が沸き、競馬やゴルフとスポーツ満載の一日でもあった。
 しかし、深夜のテレビ放送では、仙台に新しく誕生したプロ野球『楽天』の田尾監督が解任されるとの報が伝わってきた。
 一年前に新球団が発足した当時のオーナー発言を考えると、信じられないような解任劇である。圧倒的に不足する戦力でスタートし、結果も悪かったとは言え、監督一人が責任を問われる状況とは思えないが、球団職員の発した「監督が辞めたらファンをやめる人もいると思うが、10日たったら忘れますよ」の言葉は、まったくファンを馬鹿にした発言であり、解任が決まった後でもファンに礼を言った『田尾監督』には他球団でも見返すチャンスを与えてやりたい心境となった。
 もっとも、「誰が監督をやっても同じ」と一年前にオーナーが発した失礼な一言が、人を人と思わぬ楽天球団の本性を表していたとも言える。
 聞くところによると、自民党の落下傘候補と言われた女性議員達に対して、新潟県の田中真紀子議員は、「大道芸人と同じ」と批判したと言う。「大道芸人ごとき」と見下げた人々も、貴重な一票を投じてもらった国民である事が忘れられている。いや、元々国民と同じ目線ではなく、国民を見下していた本性が言葉になっただけであろうが、教訓として自分の戒めにもしていきたい。
                                         9月26日の一言
善意に反する寄付の慣例…
 この一言のウラ番組的な存在であるトップページの『掲示板』に、私の旅行中に一言の代理役を依頼する『ほっこり庵エド』改め『ほっこり庵如雨露』さんから、町内への寄付について記してあった。
 あたかも善意の象徴のように訪問される『寄付』の中には、本来の主旨から反した物も多く、再考の必要を感じる寄付も多い。例えば『赤い羽根』についても、一人ひとりの善意が原則であるはずが、共稼ぎの世帯が多いとか、留守が多いから役員が大変などと理由は様々だが、全所帯分を予め町内会費から支払っている町内会が増加している。
 一方で、神社や祭礼の寄付についても、慣例として続けられているが、新しく転入してきた家は除外してあったり、全員に誘いの声をかける必要があると思われる『老人クラブ』についても、転居してきた人々は「元からの人ではないから」とお誘いもないのである。
 寄付についても、「何故に我家は避けていくのか」と集め方の不満はあっても、「こない方が有難いから」と淋しく喜んでいる人もあるのである。
 掲示板に記されていた、町内会名簿をもとにした名前と金額を記して、それを見せながら町内役員が廻るやり口は全時代的であり、『善意の寄付』行為であったらなおさら止めさせる必要を感じている。
 ただし、因習的な町内は、正しい真実より昔からの『シキタリ』が正しいとされるため、「何も言わない事」と言った知識人もあった。いまだに『村八分』をバックにした良からぬ慣例が多い現実を打破する必要もある。
                                          9月25日の一言
地域格差が見過ごされている…
 誰もが自分の意志で、行きたい所に自由に行ける社会の実現は難しい。かつては田舎の端々まで走っていた路線バスが、最近ではほとんどが廃止され、公共交通機関が何もない地域がどんどん増えてきている。
 道路が整備され、郊外に大きなショッピングセンターが開業しているが、車を持たない人々にとっては不都合を感じるところでもある。
 高齢社会になり、車の運転免許証を返上する人々が多くなりつつある現状を考えると、公共交通機関の再認識と、機能的な都市計画を考える事の重要性を痛感する。
 家内の実家は稲沢市(旧祖父江町)の木曽川沿いにある。義父が高齢のため運転免許証を返上してからは、自転車だけが頼りであるが、鉄道駅やバス停までは5キロ以上の道程があり、近くに歯医者や病院もなく、買物どころか喫茶店すら2キロほど走らなければならないのである。
 救急車が通報から現場にかけつけるのに要する時間は、全国平均が約6分とされているが、北海道の原野や長野県の山奥も含めた全国平均よりも家内の実家は時間がかかっているのである。
 我家の環境は、名古屋に通じるバス停が自宅前にあり、1キロ以内に薬局、コンビニ、スーパー、郵便局、銀行、ガソリンスタンド、理髪店、多種多様の飲食店があり、便利さを認識もせず生活しているのである。車社会の中で、見過ごされている地域格差を痛感させられる一日でもあった。
                                         9月24日の一言
行政と市民ボランティアの温度差…
 「行政をあてにしてもだめ」と繰り返して言われる。愛知県の主催している『防災カレッジ』では、災害時に行政も被災している事から、前記の言葉がしばしば使われるのであるが、参加している受講者には明らかに間違って伝わっている可能性が強い。
 ボランティアの防災リーダーの指導とは言え、県の職員が同席する会場で、「行政はあてにできない」との言葉は、そのまま容認できない事も多い。
 行政があてにできないから、市民が地図を用意して被災状況まで書き入れる訓練は、ムダとは言わないが、本来行政の職員が用意して書き込むマニュアルが出来上がっており、被災して停電でもしていたら市民のできる仕事ではない。
 そもそも、行政の職員は災害時にすぐに出動することが使命とされ、災害時に市民のために働く事は、市民のボランティアとは違い、与えられた仕事なのである。
 ボランティアの思い上がりがありはしないかと思う。行政は災害時にあてにされなくてはならず、市民のために働かなければならないのである。
 災害時に、「自分達の事は自分達で守る」という意識は重要であるが、行政のやるべき事はしっかりと実践させ、その上で市民の力がボランティアとして有効に生かされなければならないのである。行政はあてにするのである。あてにして、それ以上の効果を市民で実現させる事が重要である。
                                          9月23日の一言
見送られた助役登用人事案…
 本日の中日新聞尾張版に、津島市の助役人事に関する記事が掲載され、『助役登用案提出へ』の見出しで、議会での可決は流動的と報じられていた。
 記事を目にすると、一部の反対する議員は存在するものの、「市政が正常化し、財政改革に取り組む職員の事務作業が円滑化することで、市民のメリットにつながる」との議員のコメントを紹介し、議案が提出される前提での内容であった。
 しかし、現実には『一部の議員』と報じられた助役登用案に反対する議員が過半数を占めており、議案に賛成する議員が少数のために議案を提出しても否決が確実であり、前日の情報では議案は提出されないとの事であった。
 財政改革行動計画では、市職員の定員削減や人件費抑制、市民サービスの低下に直結する各種補助金の削減が示されており、過去の議会答弁でも「財政難から助役は当面置かない」との市長答弁や、三輪市長になって新たに『参与職』を置いている事から、反対する議員は記名までして反対の意思表明をしていたのである。
 「議員は信用ならんから」との議員の言葉が一瞬頭をよぎったが、筋の通らぬ突然の助役登用の議案は上程される事はなかった。取材不足と思われる新聞記事でも、市民の目にふれれば反応はある。「市長は何を考えているんだ」との批判の電話が届けられ、市政のチェック機関として反対した多数の議員の存在を説明したが、一緒にされてしまう議員の立場は議員活動で正していかなければならない。
                                         9月22日の一言
自分の家がありながら…
 初めて四国遍路を回った仲間の一人、Oさんが亡くなったとの連絡があった。四国遍路の後に西国三十三観音を回り、坂東三十三観音を巡拝中に『脳腫瘍』が発見され、手術後の経過も良かったが、昨年より後遺症に苦しみ、施設に入所されていたのである。
 Oさんには子供がなく、姉妹の息子を跡取に迎えていたが、血のつながりはあるものの、親子のような強い絆は望めず、在宅での治療や養生ができず、病院や介護施設が最後の住処になってしまったのである。
 服飾の教授を生業として、人一倍話しが好きな人であり、資産家でプライドも高い人だっただけに、最後の施設での生活は屈辱的ではなかったかと推察される。
 後遺症で苦しむ時、本当の親子であったらと思った事があった。一年前の9月第3火曜日に、人前で混乱するOさんを、「もう、施設に入ってもらう」と強引に家族が連れ去ったという。奇遇にも亡くなった昨日は9月第3火曜日であった。
 誰も話さない老人施設に閉じ込められ、全く話さない人となり、やる事もなく寝てばかりの生活から足腰が弱り、車イスの生活となって、「こんな格好で家には帰れない」と話されたのを聞いた。
 最後は食事も取れなくなったとの話を、連絡されてきた人は、「自分の意志で食事に口をつけなかったのではないか」と話されたという。他人でも薄々気付いていた施設入所の弊害に無言の抗議もあったと思われてならない。
                                         9月21日の一言
敬老会に行く足がない…
 昨日は敬老の日であった。多くの対象者が地下鉄から名古屋大学のシンポジウムに通う風景からは、敬老の日との認識も消し飛んでしまっていた。
 「敬老会に行く足がない」との手紙や電話をいただいていたが、元気な姿で名古屋の公開講座やイベントに参加する人々と比較すると、淋しい限りでもある。
 高齢者に限らず、妊婦や子供連れ、病気の人や、体に障害を持った人が、何処でも自由に行きたい所に行ける社会の実現を望み、微力でも役立つ存在となりたい。
 しかし、何とかしてほしいと行政をあてにする時代は終わり、高齢者にも「こうしたい」と自己主張してほしいものである。
 老人ホームに入居している人や、施設に入所している人の何割が満足しているのだろうか。「仕方がない」と我慢せず、「こうしてほしい」との自己主張も重要である。高齢者の自己主張が次世代の我々のためになる事を自覚してほしい。
 「何時かは四国遍路に行きたい」との言葉をよく耳にする。「何時か」とは何時の事か。「主人が生きていれば…」とか、「膝が痛むから」と言って躊躇する高齢者は永遠に行けないのである。
 高齢を理由にした遠慮や我慢は「もう必要ない」のである。「こうしたい」との自己主張を心待ちにしたい。
                                          9月20日の一言
何もしていないのと同じ…
 9月議会は22日に閉会予定であるが、私にとっては閉会後の会報『津島の風』の発行や、四国遍路への旅立ち、『愛知県人にやさしい街づくり連続講座』のグループワークの中間発表など予定が目白押しで、10月11日からは決算審査特別委員会が連日開催され、今以上に忙しい日々となるのである。
 議員はパフォーマンスではなく、日頃の活動が重要である。ただし、いくら会報を発行し続けていても、届けていない人々にとっては何もしていないのと同じである。ホームページを公開していても、見てもらえなければ何にもならないのである。
 「〇△議員も会報を発行している」と言われると、つい反論したくなる。「〇△議員は何回発行されたんですか」と。「△◆議員も出していた」、「何世帯に配布されていたんですか」と。
 私は過去25回にわたり、毎議会後に会報を発行し、最低でも6千世帯、多い時には1万2千世帯に会報を配布してきた。アンケート調査も2回実施した。
 しかし、届けていない市民の方々にとっては、月に2、3回しか市役所に出向かない議員と同じであり、比較はされたくないが『役に立っていない』議員としての評価でしかない。
 本日は名古屋大学で開催された防災関係のシンポジウムに参加してきたが、こうして得た知識を会報を通して全市民に届ける事ができるように、明日から僅かに残された9月の終盤に臨みたい。
                                          9月19日の一言
津島駅のエレベーター…
 名鉄津島駅のエレベーターとバリアフリーのトイレが、9月末には完成し10月1日より使用が可能となる予定で工事が進捗している。
 このエレベーターについて、私は2年前の議会で一般質問をしてから、昨年の9月議会と12月議会で続けて質問し、会派の予算折衝でも強く働きかけて、やっとの思いで着工にこぎつけたのである。
 当初は、行政の働きかけに事業主の名鉄が全く関心を示さず、『一円も出さない』と思われていたが、一転してやりたいとの方向転換となり、財政状況の厳しい津島市にとっては財政改革を断行中の大きな歳出となった。
 「なぜ、大金をかけて名鉄のためにやるのか」とか、「実際に津島駅でエレベーターを必要としている車イスの人が何人いるんだ」との、厳しい批判も私のもとに届けられた。
 誰もが自由に行きたい所に行ける事が憲法で保障されており、一部の車イスの人達だけの問題ではないが、ここではその事には触れないが、せっかく完成するエレベーターが全く市民にPRされていない事が残念でもある。
 しかし、何故に行政の勧めを頑強に拒否していた名鉄が、「是非ともお願いします」と方向転換したのか、このあたりの真相に私は関心がある。
                                         9月18日の一言
間違いアナウンスで走った中年の悲哀…
 本日は、『人にやさしい街づくり連続講座』が、金山駅に近い名古屋都市センターで開催され、久々の電車通勤となり、中年の酔っ払いの帰宅(これは久々とは言えないが)になった。
 深夜の事である。途中の須ヶ口駅で、見覚えのある中年(余計なお世話だが)男性が乗車してきた。
 (酔っ払いが頭を絞って考えると)この男性は、金山駅でこの列車に乗車したものの、慌てて降りて、隣りのホームの急行列車に飛び乗っていったお客であった。
 「津島線へお急ぎのお客様は岐阜行きの急行で須ヶ口駅でお乗換え下さい」とのアナウンスで、慌てて飛び降り先発の急行に飛び乗った乗客であり、結果的には後発の準急列車に追いつかれ、バツが悪そうに須ヶ口駅で乗車してきたのである。
 これなどは、全く乗客の立場を考えず、マニュアルどおりに案内した車掌の無責任なアナウンスが原因であり、この列車に乗っていれば座ったまま目的駅に到着したはずの乗客は、慌てて走って乗り換えた挙句、後発の列車に追いつかれ、目的地まで立ちっぱなしの乗車となったのである。
 世の中がこんな事ばかりとは思わないが、疲れた酔っ払いが考えても、明らかにプロ意識が欠如しており、『人に淋しい』間違いアナウンスであるが、気がついたのも中年酔っ払いの私ぐらいで、若者は携帯電話に見入っており、中年だけが無駄足を踏む姿を(たまたま同じ駅で降車したのも重なり)淋しい現実として見せ付けられた。
                                         9月17日の一言
政治屋の生活臭は最低…
 自民党から除名処分が伝えられている岐阜1区の野田聖子議員が、「自民党の一員との自負がある、小泉首相に投票する」と言い続けている。対立候補が自民党議員として当選した現在になっても自民党に固執し、今後の展開が開けていない。
 しかし、肝心な事は、小泉首相の強引な手法に反発し『郵政民営化に反対』の意思表示を示した事で、自民党の公認が得られず、無所属で戦い除名に至った過去の経緯である。
 本日の報道では、「選挙前と大きく環境が変わった。現実的な対応が求められている」と発言し、郵政民営化法案に賛成するともとれる言動には、政治家としての信念と責任の欠如に愕然とさせられる。
 参議院で法案否決の流れをつくった中曽根元総理の息子も最低である。衆議院で可決された法案を『良識の府』とか『議員の良識と信念』と発言し、否決の先導役になったにもかかわらず、『国民の意思を尊重』し、選挙後は早々と賛成に鞍替えを表明している。
 こんな無責任な参議院議員を、元総理の息子と言うだけで派閥の重鎮として抱えてきた親分の亀井静香代議士の本音を聞いてみたい。
 野田、中曽根に共通するものは、『政治屋』として『カンバン』の存亡をかけた生活臭さでしかなく、政治家の信条や信念は全く見えてこない。政治は涙や情に訴えるだけではない。政治屋の舞台裏を見せつけたのも『小泉劇場』のオマケであるが、『変節の中曽根』についても参議院の信頼と存在感を低下させた厳しい責任と処分があってしかるべきではないだろうか。
                                        9月16日の一言
選挙違反は「迷惑千万」…
 選挙の後には減ってきたとは言え、必ず選挙違反の摘発があり逮捕者が出る。愛知10区でも扶桑町の町議会議員が供応買収容疑で逮捕され、江崎陣営の運動員と報じられている。
 選挙区も違い、事の真意は判らないが、江崎代議士の会見と、10区の選挙情勢を冷静に判断すると、逮捕された町議会議員の身勝手な行動と思われてならない。
 前々回の衆議院選挙の際に訪問した事があるが、保守新党からの立候補で落選した選挙にもかわらず、各市の首長や県会議員が多数集まり、とても市議会議員の存在感すら感じない盛況な事務所であった。
 今回は、民主党の佐藤代議士が選挙違反で辞職した後の選挙であり、自民党の単独候補でもある事から、逮捕された町議会議員のような行為の必要性がまったく感じられず、「迷惑千万」の言葉に実感がこもっている。
 しかし、「迷惑千万」と言っても、事件が起きた事は消しようのない事実であり、弁解すれば『非情』と言われ、弁解しなければ罪を容認した事にもなりかねない。
 我が身に置き換えれば、100パーセント選挙違反は排除しているが、熱心な支持者が勝手に選挙違反を犯して逮捕されるような事は防ぎようがない。警察や司直による詳しく厳しい捜査によって、選挙違反の糾弾と再発防止を望みたい。
                                         9月15日の一言
行政とのキャッチボール…
 本日は津島市議会の厚生委員会と文教経済委員会が開催された。厚生委員会では、今後すべての市の公共施設に導入される『指定管理者』制度初めての議案が上がり、委員の細部にわたる質問が展開された。
 しかし、自分が所属する文教経済委員会では、議案が少なく、毎年まったく同じ内容で提出される陳情が7件あり、結末の見えた審議に緊張感もやや不足の感があった。
 委員会で気になる事は、以前の議会や委員会で詳しく説明を受けたり、議会前に担当職員がわざわざ出向いて会派に説明があった案件を、会派の連絡不足や議員の勉強不足によって質問が交わされる事である。
 3月議会や6月議会で説明された案件を、まったく忘れて質問する議員の姿を、市役所の職員はどのように見つめているのか本心が聞きたいところでもある。
 そんな心配をしていると、間違えた解釈や忘れていた案件にハッとさせられる事もある。毎日その仕事を専門にしている職員だけに、その場限りの議員とは蓄積された知識の差は否めない。立場が違うだけに、行政のチェック機関として対等のキャッチボールを展開していきたい。明日、明後日も委員会は続く。
                                        9月14日の一言
不公平な高野連の対応…
 ここ暫く衆議院選挙の話題が続いていたが、新聞やテレビの話題も徐々に日常的な姿に戻りつつある。
 本日の夕刊の片隅に、『駒大苫小牧連覇祝う』なる記事が掲載されていた。夏の全国高校野球選手権大会の2連覇を祝う式典が、本日午前中に開幕した秋季道高校野球大会の開会式で行われたとの報である。
 北海道の高校野球連盟の主催する大会の開会式で、800人の観客を前にして堂々の表彰には首を傾げたくなるものである。
 およそ1ヶ月にわたる選挙戦の影に隠れ、野球部の部長による部員への暴力事件と、事件を学校ぐるみで隠蔽し、大会優勝後に発覚するまで放置していた事件の後始末が気になるものである。
 当面の対外試合を禁止された『明徳義塾高校』との比較はもちろんだが、処分の不均衡や不公平感だけでなく、地域で堂々と、表彰や式典まで開催する事には強い憤りを感じられずにはいられない。
 生徒の起こした事件の指導をしながら責任をとらされた明徳義塾と、生徒を指導するべき指導者の起こした暴力事件があっても制裁もなく表彰される駒大苫小牧。両者の大きな違いに憤りを感じる市民は不在か。
                                         9月13日の一言
地方の声、国民の声は…
 選挙が終わり、自民党の圧勝に終わったものの、敗退し党首の辞任を発表した民主党の岡田代表や、国会議員に返り咲きできなかった社民党の土井元委員長など、突然にして生活環境が変わった政治家も多い。
 自民党についても、郵政民営化に反対し、無所属で戦って当選した議員を支持する地元組織や、新たに当選した党本部公認の議員との難しい調整や、あるいは永遠の戦いが始まっていくのかもしれない。
 国会議員は、国政を議論する立場にあり、今回の自民党の『落下傘候補』のレベルは、かつての落下傘候補やタレント候補などと比較すると、明らかに資質のレベルが高く、新人でありながら『即大臣候補』と報道されるのも頷ける雄弁さを見せつけた。改めて小泉首相の人脈と交友の大きさを実感させられる。
 さて、国会での議論は良しとしても、地元の声はどのように国政に反映させられるのか。小選挙区で当選した国会議員やその政党を支持しない国民の声は、どのように国政に反映させられるのか。
 特定の政党を支持しない『無党派層』が大多数を占める状況下だけに、地方の声、国民の声を吸い上げるシステム(体制)を選挙戦以外に求めていきたい。
                                         9月12日の一言
小泉改革の国民的支持が結果に…
 衆議院選挙の投票日であるが、突然降ってわいた選挙だけに、予め予定されていた日程をこなす立場では投票日の実感もなく、住民の諸問題を熱心に話すうちに帰宅が深夜になってしまっていた。
 2日前に衆議院に立候補していた井桁候補の個人演説会が開催された。応援する立場としては、壇上に座るべきであったが、公約や公認している政党との考えの違いから、観衆の中からの立ち上がっての応援となった。
 しかも、候補者にとって一番の心配は、応援する立場の私自身が、郵政民営化については勿論の事、今回の選挙では『小泉自民党』の考えに賛同しており、壇上でそんな発言をしないか心中穏やかとはいかなかったようである。
 無党派・無所属を貫いている私自身にとっては、自民党とは相容れない立場にあるが、小泉首相の行動は、自分の総裁就任時に公言していた主張を着々と実現しており、郵政民営化についても国民の誰もが知る公約であり、都合の良い時だけ小泉人気を利用して、肝心の国会で裏切った郵政反対派の議員や、何でも反対するだけで、具体的な公約を出せない民主党にとっては、びっくりする自民党の躍進が結果となった。
 結果が全てである。私の考えや主張は以前の一言や『天聖人誤』に記したとおりであるが、私の考えは小泉首相に誤魔化され、間違っていると言われもしたが、国民の多くの民意も私の考えや主張と同様の結果が示された事で、納得の選挙結果であったと安心した次第でもある。応援していた井桁陣営の結果は惨敗で大敗し、今後の政治行動を根底から考え直す岐路に立たされた結果(限界?)となった。
                                          9月11日の一言
ボランティアの連携にびっくり…
 今週の6日に、ボランティアによる福祉有償運送をすすめる特定非営利活動法人(NPO法人)『移動ネットあいち』の総会が開催された。
 県内68団体が、来年4月の認可をめざして参加した総会であったが、理事長で『たすけあい名古屋』の代表を務める渡部勝氏の計らいで参加を許され、夫婦で傍聴させてもらったのである。
 当地方でも通院や買物の足に悩む高齢者や、生活する中で『たすけあい』できる事はお互いに協力しようと、団体設立を考えての参加であったが、早速3日後に稲沢の団体から連絡があり、ボランティアのネットワークにびっくりさせられた。
 愛西市の人の相談であるが、出産を控えて子供を幼稚園に送迎する足を必要とされており、団体の設立前ではあるが、何とか協力する予定で検討をはじめた。
 有難いもので、私の『ウラの一言』担当者のほっこり庵エドさんからも、当方のNPO団体設立に向けた様式のひながたが郵送されてきた。
 こうまでお膳立てがあっては、前進はあっても後退する理由は見当たらない。皆さんの協力を仰いで年内には実現させたいものである。
                                         9月10日の一言
傍聴席から議員の目利き…
 市議会の一般質問が終了した。今議会では、万博の関係もあって3日間の日程が予定されていたが、一日で終わりそうな雰囲気の一般質問となってしまった。
 本日は残された2人のトップバッターとしての登壇であったが、昨日は午前中に5人目の質問に入ったのと比較して、本日は2人でしっかりと午前中を費やしたのである。
 「今回の議会は、残り4人が本番だ」との傍聴席の声を耳にした。自分もその4人に含まれているので、聞こえぬふりをしていたものの、やはり正直なところはうれしい市民の声であった。確かに時間が長いばかりが能ではないが、何の下調べもなく臨んだ質問は、行政の現状を聞くだけの質問となり、議員の想いを訴えるだけで終わってしまう。傍聴席に座る市民は、傍聴のベテランも多く、議員の目利きもできるのである。評価される質問を続けて落第点が付かぬように心がけたいと思った。
 さて、国政選挙も終盤となってきた。私は明日の土曜日と日曜日に、愛知県の主催する連続講座が続くため、選挙の応援も本日限りとなった。ただし、明日も私に替わって私の陣営から3名が候補者とともに街宣車で走りまわるために、知らぬ顔はできず、帰宅は深夜になりそうでもある。
                                           9月9日の一言
同級生から悲しい教訓を聞く…
 本日は市議会の一般質問が開催され、9人中8番目の登壇のために、翌日まわしと思って何の準備もせずに議席に座ったところ、午前中に5人目に突入してしまい、慌てて質問原稿をまとめるのに必死の一日になった。
 肝心の資料は自宅に置いてあったものの、半年がかりで調べていたテーマだけに、資料抜きでも原稿は完成したが、その努力が報われず翌日まわしの登壇となったのである。(やっぱり終わってしまった方が、週末を考えると精神的に楽であったか)
 ところで、議会終了後に、同級生の市職員とのやり取りの中で、横道に反れて談笑中に意外な言葉を耳にしてびっくりしてしまった。
 「中学校時代の写真どころか、子供の頃の写真がまったく無い」との言葉に、一瞬言葉を疑い、彼の瞳を見つめ直してしまった。
 理由を聞くと、今から二十数年前の水害(目比川の決壊)によって、幼い頃の写真やアルバムはすべて水に浸かって腐ってしまい、止む無く破棄したとの話であった。「卒業アルバムが無いから自分が何組だったのかも判らない」の言葉には、同じ津島市に住む同級生でありながら、まったく無関心で無神経な自分を気付かされたのである。(ちなみに目比川の水害で被害にあった中学の同級生は彼一人である)
 これも教訓である。帰宅後の家族に、その事を話し「写真は水害に備えて2階に上げろ」と言うと、「お父さんの写真から上げなさい」と言われてしまった。他人事ではありません。いざという時では遅いのです。
                                          9月8日の一言
悲しい訃報…
 同級生の母親が亡くなったと連絡があった。「こんな事だから、〇桁さんの所にも顔を出せなかった」との言い訳に、「そんなウソは言わなくても良いわ」と、わざと厳しい言葉を返して電話を切ったので、再度の電話が入り聞きたくない言い訳を聞く事となった。
 『そんなウソ』という言葉でなく、『そんな言い訳』と言えば良かったのだが、それよりも母親を亡くして悲しんでいるはずの本人が、他人の心配をする言葉を発している事が悲しく、あえて発した言葉であった。そんな暇があれば、少しでも親の枕もとに足を運ぶべきだったと思うのである。
 さて、最近の高齢者のほとんどが病院や老人施設で最後を迎えている。病気で苦しい場合は別としても、老人施設に預けられている高齢者のほとんどは、仕方なく辛抱して施設に預けられているとの関係者の証言を耳にしている。
 頼るべき子息と別居していたり、共稼ぎのために『やむおえず』施設への入所を選択しているとしたら、悲しい現実問題でもある。また、施設を選択しようにも、どこの施設も満杯状態である。やっと順番が廻ってきたら、亡くなるまで施設の中の生活となる。
 何のために頑張って家を築き、子息を育ててきたのであろうか。最近の施設の中には、入所者をできるだけ家に帰らせるようにしている施設もある。在宅での苦痛を減らす諸施策も今後の重要な課題になっている。
                                           9月7日の一言
おい、まだ寝とるのー…
 9月議会の一般質問を控え、膨大な資料の中から、3件の質問項目に凝縮して絞る為に深夜遅く帰ってからとりかかっていたら、午前5時になってしまった。
 風呂に入る元気もなく、台所で眠って熟睡していると、「おい、まだ寝とるのー!」の大声でびっくりして飛び起きた。
 8時から選挙の街宣車の運転手役が依頼してあったKさんであった。あわてて事務所まで先導してから帰宅し、折り返し市役所に出かけたものの、フラフラなのでカミさんの運転の送迎である。
 一般質問の通告を済ませ、行政側に質問内容の説明を済ませて帰宅した。今回の質問は、公共交通機関についてであるが、@巡回バスについて---存続のため、今後の展開について・収益増とサービス向上に向けてA名鉄青塚駅周辺の改善についてB市民の代弁者として行政の役割についての3点である。幸いにして、9人中8番目の登壇となり、遅れた仕事も抱えている事から大変救われたクジ運であった。
 午後からは、名古屋で県内69団体のNPOが集まった『移動ネットあいち』の臨時総会に参加を許されており、これもカミさんの運転での出席となった。多くのボランティアの先人達の苦労の結集の場に座らせてもらい、当地方でもまったく不毛の分野だけに、身近な足の確保に尽力すべき責務を持って帰宅した。
                                          9月6日の一言
津島駅エレベーター完成間近に…
 9月議会が本日開会した。議会の一般質問について先輩議員から、「何時かはタネ切れになるから、質問件数を減らした方が良い」との忠告を受けた事があった。
 ただでさえ多い質問を、3項目提出し続けてきたが、幸いにして今のところ限界には至っておらず、今回も3項目の通告を予定している。
 ただし、質問をしたり要望した案件の結果についても、我々は気を抜かずに確認する事の必要性を痛感している。
 数回の質問の結果で、本年度の予算が確定し、現在工事進行中の『津島駅のエレベーターとバリアフリーのトイレ』について、市役所の担当者から「できれば10月1日の秋祭りにエレベーターだけでも間に合わせたい」との話は聞いていたが、今議会を前にして現地を訪れたところ、エレベーターだけでなくトイレも完成させる予定で工事が進んでいた。
 市役所に確認したところ、まったく状況が把握されておらず、高額な予算を投入した工事だけに、何らかのPRや紹介があるべきで、何度も質問して設置を要望した議員としても責任を痛感した次第である。10月1日には津島駅のエレベーターとバリアフリーのトイレが完成する事を、行政や事業主の名鉄よりも一早く、このホームページをご覧の皆さんに紹介いたします。
                                           9月5日の一言
議員は家内作業か…
 選挙の応援で午前8時から午後8時まで、一日中街宣車の運転手役をかってでているため、明日から津島市議会の本会議を控えて、しわ寄せが確実に出ており、本来なら自分自身が調べるべき案件を、家内を調べに走らせる事になってしまった。
 調べる事自体は、細かく指示してあったので、簡単に調べられたと思うが、私では考えられない副産物まで持って帰っていた。
 陰気くさく、人見知りする私とは違い、誰とでも話せる家内は依頼してあった調査に関連して、近所の住民に話しかけられ、住民の要望まで聞いてきていたのである。
 これは助かりました。『ひょうたんから駒』の言葉があるが、調査そのものは不足があり、やっぱり自分の目で確認する必要があるが、住民の声をどうやって聞いてきたのかが解らず、議員として聞く事も情けないが、自分の性格では絶対にありえなかった顛末だけに、案外議員みたいなものは誰でもできる事を実感した。
 さて、突然の選挙は別として、県内の諸団体から勉強のために参加を認められる事は大変有難いが、議員にとっては一番重要な議会と重なると身動きが取れなく、私だけでなく、津島市にとっても有効な機会を逸する事にもなりかねない。
 窮屈なスケジュールをぬっての参加も、家内同伴にして予定を立てたが、これって秘書の仕事ではないかと思うと、最近は夫婦で議員活動を消化する事も多く、個人ではなく『家内作業』のような議員活動を実感した次第である。
                                          9月4日の一言
チームワークと全員参加…
 衆議院選挙の選対本部長とか、ポスターの掲示責任者に記載され、実は連日候補者と一緒に『宣伝カー』の運転手役を続けてきたが、本日は久々に(一週間であるが)『人にやさしい街づくり』連続講座に出席し、講座受講生の成長とやる気のある人々が結集した結果の大きさを実感した一日となった。
 何よりも講座受講生から得られるものがあった事が一番うれしく思われる。さて、来週からは9月議会が開会する。
 今回の一般質問の内容の中に、障害を持ち、車いすで生活するIさんから耳にした言葉をヒントにしたものが存在する。
 『人にやさしい』の人とは、『すべての人』を指し、企業の合理化や経営改革が実施されるのは企業の勝手であるが、忘れられてはならない大切な視点が見落とされている場合が多々あり、受講生の切実な声から知らされた事実にはびっくりし、改めて自分の体で体験してきた事があった。
 ただし、前記の事情で、時間が不足しており、細かい調査は『カミさん』に依頼して裏付けをとる事となったのであるが。
 本日の講座には、昨年担当したグループのメンバーAさんの参加もあり、久々の再会になったが、昨年同様に『チームワーク』も良く、『全員参加』でのグループをサポートする生きがいを感じ始めている。
                                           9月3日の一言
餅は餅屋のことわざどおり…
 世の中は、それぞれの専門家でないと解らない事も多い。本日はパソコンの万が一のために、突然の停電でも困らないために『雷ガードタップと電源バックアップ』なる新兵器をつないでもらった。
 ついでにパソコンの中に、気になる異常があったらしい。素人目には簡単に削除できるだろうと思っていたが、あってはならない事態との事である。ところが、全くのパソコン音痴のために、詳しい人と聞くと簡単に技術を借りようと依頼するために、プロとは違った不十分の事態で止まったままのものもあり、プロの目をもってしても探索する事が困難な場合も起こってくる。
 さて、道路公団の民営化についても、議論だけでなく具体的な動きが始まってくるが、裏話を聞くと世間の常識がまったく違っているような気がしてならなくなってくる。『天下り』の対象となる人々にとっては、道路公団の民営化は大歓迎との話である。
 確かに、民間企業となれば、企業の利益が優先され、天下りと批判される事もなくなり好都合と言うのである。道路公団の料金所関係のOBと、100パーセント公団のファミリー企業の現役社員の会話だけに、目の前のうろこが取れたような話である。
 世の中は、全て完璧にはいかない現実を具体的に聞いたが、細かい話は『悪人』に悪用される話もあったので、ここでは紹介しないが、『餅は餅屋』のことわざどおりで、改めて素人の浅はかさを痛感させられた。
                                          9月2日の一言
もう、そろそろ…
 私に返信が届く『一八への手紙』を会報と共に配布したため、次々と返信が返ってくるが、私はこの返信を、全てホームページで公開すると記してあった。
 難しく考えるよりも、全部公開した方が正直で、隠し事や都合の良い事ばかりを記すよりは良いと思っていた。
 しかし、全くと誤解や勘違いによって書かれた手紙や、あまりにも私にとって都合の良すぎるような内容は、いくらありのままとは言っても記す事が億劫になり、躊躇していると溜まって書き写す事が苦痛になってくる。
 「應援しております。国会へ行かれん事を。市長、県会、国会へと是非共頑張って下さい。期待しております」などと、あまりにも当方の考えてもいない非現実的な文面になってくると、届いた手紙とは言え、本気かどうかも確認したくなってくる。
 「もう、議員を辞めたい」と思った事は何度もあり、家族間で真剣な議論になった事も何度もあるが、応援して下さる方々にとっては、歯が浮くような話であっても、応援する以上今よりも向上(成長)して欲しいと思われるのは当然の事であり、「辞めたい」などと口が裂けても発言しないようにと苦言をもらった事もある。
 でも、いくら若いと言われても51才ともなれば、サラリーマンなら「もう、そろそろ…」という年齢である。そんな年齢からでも国会まで登りつめた人があり、私には驚異でもあるが、何を言われても堂々と受けとめられるようになりたいものである。
                                           9月1日の一言
迷惑なお見舞い…
 「おい、〇△先生、施設に入ってるらしいナ。今度、皆んなで見舞いに行くことにしたデ」との一言を、昨晩ある恩師から聞いた。
 「皆んなで行くは良いけど、先生が可愛そうでしょう」と私は答えた。〇△先生は、ここ数年老人性痴呆が進んで、一昨年には奥様を亡くされたが、その事自体がはっきりと判断できないような状況でもあった。
 二週間前に開催された、中学校の同窓会総会でも「〇△先生はどうされたのか」との問いかけはあったが、曖昧な返事しかしなかったが…。
 〇△先生は、私の中学時代の唯一信頼できた先生で、私とは親子のような付き合いをしていた恩師であるが、昨年の総会には私の案内で参加はされたものの、私が他の先生を送っていった後に、「大鹿君はどこに行ったんだ」と急に怒り出し、皆が困って送って行った事や、先生の仲間内からも施設への入院を知った上で、「今年は誘わない方が良いかもしれんな」と言われ、誘わなかったのであるが。
 聞いた瞬間に、これは『面白い物』見たさの、迷惑な訪問だと思った。さすがは、同期の桜ではないが、同じ恩師でも〇△先生の部下だった恩師達と、年の似通った仲間内の恩師達とは全く感覚が違い、仲間内には『温かい思いやり』の配慮があり、持つものは仲間との思いを痛感した。これで訪問後に、「〇△先生がアレコレ…」と聞かされたら堪ったものじゃないが、できるだけ現役時代の尊厳は大切にしてもらいたい。
                                         8月31日の一言
歩行者に雨水のシャワー…
 久々の雨である。先週の上高地の夏季休暇は、4日間とも朝日が拝めない不運に見舞われたが、考えてみると当地方では久しぶりの雨であった。
 田畑にとっては貴重な恵みの雨になったと思われるが、道路のいたるところが冠水し、道行く車がシャワーのように雨水を撒き散らして走りさった。
 歩道を歩く人々は、たまったものではないが、車は何事も無かったかのように走り去っていく。一昔前ならば、歩行者に雨水を撥ね飛ばせばクリーニング代が必要だったと思うが、現代では雨水くらいはかかっても当然のように、歩行者の泣き寝入りである。
 よくよく考えてみれば、道路の中央部が高く、歩行者の歩くあたりが水溜りになる構造自体が問題で、アスファルトで完全に舗装された道路は、車のスピードも速くなり、それに比例して歩行者に降り注ぐ雨水のシャワーも増すのである。
 バリアフリーや利用者のサービス向上が求められている路線バスも、車外の歩道を歩く歩行者には無関係とばかりに強力な水しぶきを上げて走っていくのである。
 それにしても、道路が整備されればされるほど、雨水による冠水場所が増えているのではないだろうか。あらためて0メートル地帯に住んでいる実感と、人のためにあるべき道路の主役が車に成り代わってしまい、歩行者の存在と安全を最優先に図る必要性を痛感する一日ともなった。
                                          8月30日の一言
国政の話は本日で封印です…
 「大鹿さーん、忙しくなったねー」との声が、市役所で出会った人々から聞こえてきた。衆議院に立候補した井桁さんとの関係でかけられる声であるが、実はやり残した仕事や、9月議会を控えており、選挙に直接係われる環境にはあらず、一度しか井桁家を訪問しておらず、選挙用のポスターなどに『大鹿一八』の名前は記載されてはいるものの、明日からの選挙戦のスタートも『議会運営委員会』が開催され、土・日曜日は県の講座があり、5日からは本会議が開会するため、限られた応援しかできないのである。
 又、私自身は『無党派・無所属』であり、井桁さんを公認した『国民新党』の訴える主義主張や井桁さん自身との考え方も、このホームページに記したとおりに違っており、個人的な『井桁亮』ファンとしての応援である事をこの場ではっきりと記しておきたい。
 「そんな事はおかしい」とのご批判もいただいた。しかし、政治に関わった当初から政治信条を異にしており、お互いを干渉せず、政治状況や主義主張によって『信頼関係』を変えることは無いものの、絶対的な共闘関係を続けてきたものでもない。
 ただし、市議会に立候補した時から、私自身は『井桁亮』派で一貫しており、この関係は当方から崩す気は微塵もありません。一人でも多くのご理解を期待して、すがすがしい9月12日の朝を迎えたいと考えています。(明日からは公職選挙法に触れる可能性があるので、国政の話は本日で封印です)
                                         8月29日の一言
駅の無人化は障がい者のカベを実感…
 本日は、愛知県の主催する『防災カレッジ』の地域演習に、半田市の消防署まで出向いてきた。本来なら、参加した講義や演習から何かを学ぶべきところだが、(手前味噌になるが)昨日開催された『人にやさしい街づくり』連続講座のレベルの高さと、受講生の意気込みの格差を感じての帰途となった。
 昨日のテーマが、『交通権−社会参加のために』であり、『市民が市民のために』と題してボランティアによる交通弱者に対する移送サービスの実践報告があった。
 昨晩の寝不足もあり、車中の貴重な時間を活かそうと名鉄電車を利用したため、昨日のテーマを改めて勉強できる貴重な時間となった。
 しかし、行きに49分で到着した電車が、帰りには約1時間半かかるため、特急を乗り継ぎながらの帰途となったが、駅から会場や自宅までの距離を考えると、愛知県の車優先(道路整備)社会と、公共交通機関の問題点も車中で目にした資料から改めて実感できる一日となったのである。
 昨日のグループ討議の中で、「名鉄駅の無人化」が車いすユーザーの大きな壁になりつつある実体験が語られたが、乗車した青塚駅も自動改札で無人駅なら、降りた勝幡駅にいたっては高架橋がある上に無人化となっていた。
 都市部で進捗するバリアフリーが、郊外の田舎町に実現できるのはいつの事になるのか。改めて考えさせられる一日でもあった。
                                         8月28日の一言
では、このあたりで…
 上高地での夏季休暇を終え、近づいた9月議会の事を考えながら、本日の『人にやさしい街づくり』連続講座では、講師として招かれていた『たすけあい名古屋』の渡部勝氏と2年ぶりにお会いでき、多くの助言とNPO法人移動ネットあいちの総会へのお誘いをいただいて帰ってきた。
 人と人との助け合い、支え合いも、多くの先人諸氏の努力によって各地で定着してきたが、我が地域にはボランティア意識そのものが『名誉職』であったり、施設の有償サービスや行政の補助金をあてにしたものも多く、先進地の助言は心強く感じるものである。
 さて、国政は他人事と思って、傍観者として身勝手な一文も記してきたが、他人事とは言えない状況になっていたようである。
 愛知県9区から立候補を表明した『いげたまこと』陣営では、限られた人材と余裕の全く無い日程の中で、夜を徹して準備が進められており、講座終了後に顔見世程度の気持ちで訪問したところ、掲示されるポスターに私の名前が掲示責任者として記され、「では、このあたりで」と帰る事もままならず、帰宅は午前様となってしまったのである。
 「ではまた明日」と散会したが、明日は早朝より半田消防署で現地訓練があり、明日の帰宅も遅くなりそうである。国政選挙と地方議会の開催がかさなっており、議会に心あらずとならぬ事をただ祈るばかりである。
                                         8月27日の一言
上高地で海部さんと「まさかー」の遭遇…
 「大鹿さん、新聞見たー?」との電話が相次いだ一日だった。「さて、何でしたかね?」と答えると、津島市の『井桁亮』君の衆議院選挙への出馬発表記事であった。
 「あっ、新聞に載っていましたか?」と、安直に答えていると、「知らなかったのか?」と言葉が続いた。黙っていると、次々に話が進んでいく。程ほどに聞いた後で、「本人が希望して決めた事だから」と答えると、「知っていたの?」と問われ、「聞いていました」、「いつから」、「日曜日には」、「何だ、聞いていたのか」と、初めて当方の事情を問われだした。
 自然の成り行きと言うのか、神様がいるとしたら、偶然とは思えない縁も感じた。
 昨日、上高地からの帰路、河童橋からバスセンターまでの道程を、家族と知人の5人は梓川沿いを選択し、私は一人で林間コースを歩いてきた。この時、家族は梓川沿いを河童橋に向かう『海部俊樹』代議士と遭遇したのである。
 「おはようございます」と笑顔で挨拶してきたとの話だが、かつては代議士に親しくしていただき、現在は破門中(相手陣営が勝手に決めた事だが)とは言え、もしも、私が出会っていたら…。
 「大鹿さん、明日は必ず携帯電話がつながるようにしておいて」と井桁さんから言われていたが、直後に本人からの電話である。「今、海部さんと出会ったよ」、「何処で?」、「上高地で」、「まさかー」。
 本当に『まさかー』である。帰宅後に積んであった新聞に、「危機感から地元で陣頭指揮」と記されていた海部代議士が上高地に出向いていたのである。まさに神様の悪戯としか思えないすれ違いの演出であった。
 「ポスターの掲示責任者頼みますよ」、「ちょっ、ちょっと待ってよ」と言いながらも、この信頼関係は今後も大切にしていきたい運命(腐れ縁)と思った瞬間だった。
                                          8月26日の一言
残念ーんと落胆続きの上高地…
 昨年の同時期に『上高地へのこだわり』について記していますが、その中の一つに一日は朝一番目として河童橋に座るという『こだわり』があります。
 最終日になってやっと雨が上がったものの、日の出の可能性は低く、薄暗い梓川沿いを一人で黙々と歩いていくと、やっと辿り着いた暗闇の河童橋に人影があった。
 「残念ーん」と、落胆して歩いていくと、その人影が我が息子の姿である事が確認された。息子に先を越されてしまったのである。同じような事が以前にもあって、真夜中に河童橋の上から星を眺める事も、家族に話したために最近は家族全員に『こだわり』を横取りされ、一人留守番となっていたが、朝の『こだわり』まで息子に先を越されてしまったのである。
 さて、もう一つの『こだわり』の写真も、日の出がまったく無く、曇ったままの写真で終わってしまったのである。
 最後の砦は、必ず寄る事に決めている『丹生川村』の養魚場だが、人影もなく台風の影響かこの『こだわり』もアウトである…。
 と、思ったら、私の車に気付いた主人が走ってきてくれた。「おーい!大鹿さんが来たから早く走ってこい」と自宅の奥さんを携帯電話で呼び寄せて下さった。歯が痛むため休業して歯医者に行くところだったと言われ、悪い事をしたと思ったら、『福の神』のように次々と客が訪れ、養魚場は人だかりとなったから世の中は判らない。
 ここでも高山市との合併で不遇になったとの話が聞こえてきたが、ここで貰ったパンフレットから、本日まで訪問していた上高地が、安曇村から松本市に編入されていた事を初めて知った次第である。「なんだ、松本市に行っていたのか」と思うと、天候不順よりも余計にガッカリした上高地行きとなった。
                                         8月25日の一言
保障があるから大丈夫…
 北アルプスの隆起は、およそ100万年前から始まり、今もなお隆起しつづけていると言われている。100万年前と言っても、まるで実感が湧かないが、皇紀2千年の正当性が歴史上議論される日本ばかりか、中国が4千年としてもまったく比較しようがない数字である。
 こんな悠久の歴史と、3千メートル級の穂高連峰や、霞沢岳をはじめ、今なお山頂から噴煙を上げている活火山の焼岳に囲まれた上高地は、日中は観光バスでやってくる観光客で色とりどりとなるが、夕暮れを迎える頃には人の気配もなくなり、真っ暗な静寂に包まれていくのである。
 こんな雄大な自然に憧れて上高地を訪れていても、テレビや携帯電話が騒々しい俗世に引き戻してしまうのである。
 今年は気温が高かった事からキャベツが豊作との事である。こんな有難い自然界の恵みはない筈なのに、人間はこのキャベツを大量に(既に7千トン、今後1万2千トン)破棄して生産調整をすると言う。
 「破棄しても国の補償があるから大丈夫」と伝わるが、生産者は良くとも消費者はたまらない。又、国からの保証は、国民の税金である事を考えると、自然界のサイクルに背を向け、なんと理不尽で不効率な事を行っているか疑問が募ってくる。
                                         8月24日の一言
梓川の中州で…
 ドドーン、ドン、ドン、ドーン 深夜の上高地に響く雷鳴と地響き。地上(都会)では経験した事の稲妻と大音響が、北アルプスの山々をこだまし、自然界の脅威と人間の無力さを思い知らされたのである。
 人間が眠っている間でも、自然界は黙々と動いている。人間の事などお構いなしに。こんな素晴らしい上高地の自然環境の中にあっても、人々は何と馬鹿らしい事を強要する。
 「帝国ホテルでお茶を飲んで、温泉に入ってこよう」と家族が言い出した。「どうぞ、どうぞ、好きなようにして下さいょ」、私は家族の険悪な視線を無視して、一人で梓川の中州(川原)に降り立った。
 年間180万人が訪れると言われる上高地であるが、梓川の中州に立つ人はほとんどいない。
 足元にある小石たちは、北アルプスの山々から自然に身を任せて小梨平の中洲まで辿り着き、今はゆったりと横たわっている。この小石たちを踏みしめて歩く事も、恐れ多い気がするが、私にはこの小石たちが、一斉に私を見つめて、「俺を手に採ってくれ」、「私を連れてってくれ」と叫んでいるように思えてならない。
 まったく身勝手で、浅はかな人間の考えを、銀嶺の山々にはどのように映っているのだろうか。
                                          8月23日の一言
天候不順の中、上高地行きへ…
 台風が日本に向かって進路を進める中、本日の午後1時に『上高地』へ出発する事を決定しました。
 過去にも4日間の滞在中の3日間が雨で、帰る日だけが晴天になった年もありましたが、今回も天気予報では決して安心して出掛けられる状況ではありませんが、予定どおりに出発する事にしました。
 「毎年行って飽きないか」と言う人もあります。「うらやましい」と言われる人もあります。人それぞれに価値観が違い、上高地に対しても人それぞれのイメージと印象が違います。それよりも、家族の中でも私だけが上高地での滞在に違った感覚でいるために、現地では家族が困る事態に必ず陥ります。
 それは毎年同じ事の繰り返しとなりますが、上高地での行動予定を誰にも話さないために当日になってから予定していない行動になる不満が噴出するのです。
 もちろん、それは自分自身で目的を立てない主体性のない家族が原因と思いますか、私自身も家族に付きまとわれる事は大嫌いなんです。
 出発が近づき、家族の雑音が響くようになってきましたが、そもそもそういった雑音が嫌いで上高地に行くのです。仕事の遅れから昨日まで、正確に言うと、本日の早朝まで必死で会報を配布していました。
 私は上高地で必ず立ち寄る場所があります。一ヶ所は家族も想像できますが、早朝の日の出前に出向く場所だけは、私だけしか知らない場所です。真っ暗の早朝に薄日が差して、その後の情景は説明しようがない神秘的な瞬間です。
 明日からの一言は、掲示板へ『ほっこり庵エド』さんが代役で書き入れます。期待してご覧下さい。
                                          8月22日の一言
そろそろ潮時と思っています…
 本日は神守中学校の同窓会総会が開催された。総会は毎年盆過ぎの日曜日に開催しており、戦後まもなく開校した当時に赴任された恩師の先生方にとっては、一年に一度の母校訪問と教え子との再開を楽しみにしておられ、時間を忘れた会話が続けられた。
 しかし、役員の中の一人ではあるが、役員会に出席する度に全体の意見に強硬な異論を唱える人物があり、会長を務める私だけでなく頑張って活躍してくれた役員も、「もうー、ええ加減にしてほしいな」から、「もうー役員を辞めたいなー」と囁くようになっており、冒頭の挨拶で「そろそろ、会長の潮時と思っています」と発言したところ、他の役員も追随する挨拶をしたため、総会後の昼食会で恩師の先生や大先輩達から心配の声をかけていただく事になってしまった。
 同窓会は8月に発行している『同窓会報』に協賛していただく地元の広告主からいただく広告収入を活動の資金にしているが、長年会長を務めている事で、広告主の3件に1件が「大鹿御用達」と化しており、会報の発行が自分の仕事にも影響し、周りの役員にも苦痛を強いる事から思わず発した言葉が皆さんに心配をかけたようでもある。
 「何処でも批判するだけの人物はいるもんだ」、「そんな事苦にしておってどうするか」などから、学校創生期の恩師より奮発した本の寄贈話が出され、こういった恩師の先生方がある限り暫くは頑張るしかない雰囲気で会場を後にした。
                                         8月21日の一言
講座受講生から元気をもらった帰宅…
 盆休みのために、二週間ぶりの連続講座(人にやさしい)が再開された。私はサポーターという講座受講生をサポートする立場で参加しているが、5グループにはそれぞれのサポーターがついており、それぞれのサポーターの考え方や関わり方があり、決まり定まった規則が無いだけに9名のグループのレベルアップとメンバーのチームワークの結集に向けて、グループの目に見える成果を感じとると同時に、私自身にとっても大きな勉強の機会になっている事を実感して帰宅した。
 県内各地から講座に参加しているメンバーは、市役所の職員あり、地域の自治会長あり、熟年になって大学で勉強し直した主婦、社会人から再度大学に戻った人、設計者として第一線に立つ人と同業種の若手女性社員。講座への参加を卒論に生かしたい4年生と福祉系大学1年の女子学生。そして、重度の障害を持ちながら自立して生活塾を展開して頑張っている車いすのIさん。
 それぞれの道で、それぞれの意見がある人々であるが、それぞれが協調して、全員参加で討議するグループの姿に、回を重ねる度になんらかの成果と成長を感じとれ、貴重な土曜日を空けて参加した意義を見出せそうな充実感を感じている。
 昨年も同じくサポーターとして参加していたが、グループの自発的な成果と方向性(グループ活動の結果)を、まるでオーケストラの指揮者のような感覚を持ち、安楽に知恵をつけず自発的成果を待ちながら、昨年とは全く違う感覚(2年目の余裕は無いが)の参加となっている。
 さて、遅れていた本業(政治活動)の会報配布も何とか目星がついてきた。ただし、『自己責任・自己完結』と言いながらも、いくら一人で頑張っても「がんばっている」と言われるだけで、その成果は限界がある事を痛感している。この部門でも活動の拡大に向けて改善する事と、効果的な活動を模索していきたい。
                                          8月20日の一言
恩師たちの溜息…
 51歳という若さで急逝した同級生の葬儀に参列した。昨日の一言に記した、「何故に一言でも」の意味には二つあった。
 彼は昨年の秋以降からガンの闘病生活に入っており、何故にその事を周りに一言も発する事なく死んでいったかと言う事、何故一言でも同級生の誰かに告げてくれなかったかという事である。「主人は自分の事を言って、周りに心配かける事が嫌いだったから…」と言われても、何も知らずに声をかけたり、電話で自分勝手な依頼をしていた自分の身勝手な性格の反省と、何も助けに為らなかった事への悔いと自問自答が残された。
 もう一つは、亡くなる10日ほど前に散歩する彼を車から見かけており、その時何故一言でも声をかけなかったかという後悔である。そうやって考えると、人と人の出会いは大切である。何故にと思うような、突然の別れも多々あるが、市議会議員になった事から忙しさに感けて以前のような時間を忘れた会話が減っている事も現実である。
 彼には二人の子供(兄妹)があるが、偶然にも私の長男と長女が同級生であった。幼かった頃を知るだけに若い喪主の挨拶を聞きながら、他人事とは思えず、いくら多くの人々に送ってもらっても還る事のない命と、残された家族の悲しみがひしひしと伝わってきた。
 明後日は中学校の同窓会の総会がある。物故者供養の過去帖に同級生の名前を書き入れる度に、恩師からは「えー〇〇がぁ」との溜息が漏れるのである。
                                          8月19日の一言
何故にあの時一言でも…
 昨日の一言に記した下鴨神社の『納涼古本市』は、毎年の恒例行事となっており、夏季だけでなく、定期的に開催されている。京都だけでなく遠くからも業者が集まっており、もちろん客も遠くより集まってくる。
 昨日に記した2冊の本は、私にとっては貴重なお宝であるが、昭和47年に発売された横井庄一の本は、当時500円の定価で発売されたもので、本そのものはページが剥がれかけているのに800円の値札がついていた。一方の鶴田浩二の本は、5年前に娘(三女)が記した本で、1300円で発売された(
新品同様)ものが500円で購入できたのである。
 まさに古本だけは、古く汚れていても、新しい本より希少価値があり、逆に値上がりしているのである。ここに古本さがしの魅力がある。
 人間も同じで、ただ古いだけで手のかかる老人ではなく、古くてもキラリと光る存在感を持ちたいものである。
 さて、本日は同級生の通夜に出向いてきた。突然の連絡にびっくりした訃報だったが、本人や家族には1年以上前からの闘病生活だったと聞いた。
 実は、10日ほど前に元気な姿で自転車で走る姿を見かけており、普段なら声をかけているのだが、忙しさからやり過ごした事に悔いが残る。その話を奥さんにすると、「大鹿さんから電話でお誘いを受けたでしょう」との返事が返ってきた。
 そういえば、6月に地元で開いた落語会に電話で誘った記憶が蘇ってきたが、その時にも体調が思わしくなかったのであろう。「何故に一言でも…」と思いながら、多くの同級生の中でも「同級生が議員になるのは心強い」と言って、6年前に当選祝いの酒を届けてくれた数少ない同級生の早すぎる(51歳)死に心より合掌をしたい。
                                          8月18日の一言
古い奴だとお思いでしょうが…
 昨日の送り火について、私の掲示板(
トップページ)にも『ほっこり庵エド』さんからの書入れ(借金もいろいろ)があり、15年の間には同じ送り火(左大文字)を眺めていた事もあったかと思うと、余計に送り火の臨場感と一緒に同行した人々の顔が思い出されてきた。
 例年であれば翌日の新聞にも送り火の写真が掲載されてくるが、本年は昨日東北地方の宮城沖を震源とする大地震の発生や、国会の解散による政局と選挙戦の影響か、送り火の話題は掲載されてこなかった。
 新聞には新しい話題が求められているとは言え、ここしばらく続いた『戦後60年』による沖縄や広島の戦争の話題は、8月15日を境に一切の報道がなくなり、次は来年か10年後と考えると淋しさを感じるものである。
 掲示板に書き込まれた、「中秋の名月には大徳寺門前の銘酒を味わいながら、月見でもしてみたい」との心境になれる余裕を持ちたい。昨日は僅か1時間ではあったが、下鴨神社の境内で催されていた『納涼古本市』をのぞいてきた。
 「早く戻らないと…」と全く関心を持たない家内を尻目に、『
陸軍伍長横井庄一昭和47年2月刊』、『父・鶴田浩二の影法師』の2冊を発見して入手した。新しい物や話題はいくらでも手に入るが、古い書や物は探しても入手できないだけに、貴重な2冊となったが、私以外の家族には全く興味のないゴミとしか映らない現実も淋しさを募らせた。「古い奴だとお思いでしょうが…」を実感した一日でもあった。
                                          8月17日の一言
15年目の送り火鑑賞(京都行き)…
 京都大文字の送り火に初めて出向いたのは、平成3年8月16日であった。この時は嵯峨野の法綸寺や天竜寺を散策した後で、渡月橋や嵐山公園から鳥居形の送り火を見たのだった。
 以来、15年間続けて8月16日は京都の送り火を見続けてきた。さすがに15回も続けて出掛ければ、五山すべての送り火を見てきた。
 雷雨が通り過ぎるのを待ち、船岡山からびしょ濡れで鑑賞していた事もあった。ホテルの屋上から静かに見渡していた時もあった。しかし、不思議な事に、この15年間は一度として天候不順で中止になった事がない。
 回を重ねる度に嬉しい出会いや思い出も増える。本日は、一年前に大徳寺の瑞峯院に家内が忘れてきた『日傘』がそのまま残されていた。
 大徳寺の門前の細見酒店では、日本酒の『雪紫』を買い求めに寄ったが、店主から買い上げた酒より高価な大吟醸を無理矢理手渡された。ここしばらくそんな繰り返しから、すばやく帰ろうとしたのだが、またまた大きな借金を増やしてしまったのであるが、借金は返済する必要があるからこの関係も大切にしていきたい。
 ただし、この15年間に一緒に出掛けた多くの人々が天上に召されていった。私の父親も、今年は私の後援会長も…
 一年の経過の速さと同時に、来年も京都に立っておれるかを考えてしまうと、送り火から余計に感傷的な寂しさを感じるようになってきた。
                                         8月16日の一言
久々の読経だが…
 二周り目の四国霊場巡り満願から3ヶ月が経過した。四国から西国、坂東、秩父の百観音を終えてから再度の満願によって、四国巡礼で必要とされるお経のすべての経本が頭の中に入ってはいるが、久々に声を出しての読経である。
 しかし、肝心な我家は四国で読まれる『真言宗』のお経ではなく、浄土宗のお寺の檀家であり、恥ずかしい事に浄土宗のお経は全く知らないのである。
 本日はお寺の施餓鬼供養に出かける前に、久々に仏壇の前で浄土宗の経本を手にとり、父の使っていた数珠を持って行く事にした。
 昨年までは畳に正座していると直ぐに足が痺れていたが、1月からの僅かな減量によってそれも無くなったが、お寺も時代が変わり全ての参拝客に椅子が用意されていた。
 さて、我々がいくら一生懸命にお経を覚えても、本職の僧侶にはかなわない。10人ほどの僧侶が合唱するのは『仏説阿弥陀経』とは思うものの、経本をめくってもついていけない速さで見事な読経が続く。
 考えてみれば、真言宗のお経についても、たかだか四国を巡礼するために必要不可欠なお経を覚えているだけである。何でも判った様に自惚れているが、四国もたかだか2回廻っただけの新参者である。四国を百回以上巡拝した人々の錦の納め札を眺め、この本堂で僧侶の読経を耳にした先祖や先人を偲び、久々に一人の人間として自分の小さな存在を改めて実感した一日となった。
                                          8月15日の一言
自己責任と自己完結…
 『苦しい時の神頼み』との言葉がつくづく身に沁みる。余裕のないスケジュールの中で、充てにしていた人物から「こんな暑い中で死んじゃう」と言われるとその通りでもある。
 ボランティアとは言え、責任感の強い人と、まったく無責任な人もある。「何日から始めようか」と言っていただける人の存在があると、「しかたがないから…」と言われてまでお願いする事が苦痛になり、約束を反故にされると苦痛では済まされなくなってくる。
 原点に立ち返って、自己責任、自己完結と言い聞かせ、心を落ち着けた一日となった。
 人と人との支え合いはこれからの高齢化社会では重要と思われるが、対等の立場が重要であり、対等の立場になれない人の見極めも非情なようだが重要である。
 ましてや、自分には自分の生活と同時に家族の生活もあるのである。計算した付き合いや相手の都合に合わせた無理な行動は長続きはしないのである。
 ボランティアはどうあるべきか、原点から考え直すきっかけにしたい。今週はお盆のために愛知県の講座(人にやさしい街づくり・土曜日、防災カレッジ・日曜日)が休みである。束の間の休息といきたいが、一週間後に迫った夏季休暇までに仕事を完結させる事が当面の重要課題でもある。
                                          8月14日の一言
ご先祖様を送れない悪水用水…
 今年は盆と土・日曜日が重なった。長期休暇を与えた大手企業もあれば、せっかくの盆休みが少なくなりガッカリの人も多い。
 肝心の先祖供養であるが、少年時代には盆に大勢のご先祖様が帰ってくる実感があったが、科学万能の時代の影響か実感が湧かないのである。
 盆の最終日には、供え物とともに川の岸辺へ先祖の霊を送りに出向くが、最近の川は生活雑排水の悪水用水となり、澱んだ水は汚く、先祖を送るどころか先祖の霊を捨てにいくような気分になってくる。
 少年時代には夏の暑い炎天下の下で、つい口にしたくなりそうだった綺麗な水の流れる川の面影は何もない。
 「メダカの学校は川の中」と歌った子供時代は、歌が実感できる生活環境が伴っていたが、今や小川もなく用水は金網のフェンスに囲まれており、かつては子供たちの遊び場だった小川が、近づくのも危険な場所に変貌してしまったのである。
 生活雑排水の浄化は、合併浄化槽の設置や公共下水道の整備によって改善はされてはいくだろうが、悪水用水や排水路が川や小川に戻る可能性は低く、川のほとりに人が集まり、集落を形づくってきた人類の歴史から、せめて我々の世代の中で、盆の精霊流しができる環境まで自然環境を回復させたいと思うものである。
                                         8月13日の一言
盆に集金はまずいわなー…
 会報配布をはじめて4日目になるが、疲労が蓄積して午前3時の出発が1時間遅れとなったのである。
 かつての職業柄から数年前には何とも思わなかった事が、最近は辛く感じるようになってきた。「体がつらくなってきた」と、昨日事務所で話した言葉そのままに起床が遅れた。
 年齢の加算と体力の減退も原因であるが、不規則な生活環境は地方議員と言えども、政治に関わる者の宿命かもしれない。
 昨晩も遅れた夕食に久しぶりのビール(信用されませんが)を一口飲んだ時に来客があった。家族知人を伴った相談だけに手抜きは許されず、早朝一番の対応を約束したが、3時から会報を配布して6時過ぎに帰宅して、8時過ぎに行政に出向く事は肉体的に限界がある。
 暫しの仮眠で久々に熟睡していると、こんな日に限って事務所は人、人、人と賑わって座る椅子が不足し、後からの来訪者を車いすに座ってもらう有様である。
 午前中の予定を午後に片付ける算段でいると、「今日から盆だなあー」の一言。「盆って明日からじゃなかったの」と聞く(恥ずかしい話です)と、12日の午後からお迎えとの返事が返ってきた。「盆に集金(同窓会の広告費)はまずいわなー」と呟いたものの、盆過ぎは地獄の毎日となる事は必死と言うより確定である。予定表をいくら眺めても、会報を夜中じゅう配布しないと再来週の夏季休暇が迎えられないのである。
                                          8月12日の一言
あんたも大変だなー…
 「これから忙しくなるなー」と声をかけられた。衆議院の解散から当方に発せられた言葉であるが、『無所属・無派閥』の自分には何にも関係のない話で、一抹の淋しさはあるが、こんな暑い時期に高齢の立候補予定者にはさぞや大変だろう。
 さて、残念な事は、当方の会報配布も選挙時期と重なるために、選挙運動のように思われる事である。
 「あんたも大変だなー」との言葉に、選挙運動と政治活動の区別がつかずに発せられている事も多い。選挙運動として大変なのか、政治活動が大変なのか相手の真意を確かめたい衝動にかられる事も多い。
 「1ヶ月に2−3回出るだけで、大した働きもせず、大金を貰って…」などとの議員への批判もよく耳にするし、何度となく市役所に投書も届けられる。
 「オレは違うぞー」と叫びたいが、匿名の手紙では相手にも届かず、古い因習の残る地域では、正しい事が正しく評価されず、間違った情報や悪しき伝統がまかり通り、言ってもムダになる事も多い。
 選挙違反もその一つである。地方選挙の挨拶に使われるタオルについても、選挙違反で議員が逮捕されたり、市長が有罪になった後でも、「タオルで捕まった訳ではないだろう」と罪の意識すら希薄である。
 公的補助金が支出されている町内会組織や実行組合までもが選挙に協力する悪例は、選挙違反の認識を持って廃止されるべきだが、改革を訴える小泉首相の解散による選挙だけに注目したい部分でもある。
                                         8月11日の一言
ペーパードライバーにも表彰状…
 「俺も最後だから表彰してもらおうか」との声は、交通安全の無事故無違反20年表彰の話である。
 「ところで、〇×さんは車に乗れないでしょう」と聞き直すと、「だから最後の記念に『もらっとくかー』と言うとったわ」との人づての話であった。
 話の主は、昨年から糖尿病で視力もおち、最近では人工透析を定期的に受けている人であるが、大型免許も有して運転手をしていた経歴を持つ。ただし、現在は車の運転どころか、自分の外出もままならない日々を送っておられる。
 交通安全の一環として、無事故無違反の表彰式があるが、自己申告とは言え、不純な動機(警察に捕まった時に役に立つとの思い込み)や、無意味な表彰も多く耳にする。
 立派な表彰状(額縁つき)を貰う人の中には、安全意識を持った優良運転手が多いと思いたいが、最近ではまったく車を運転した事のない『ペーパードライバー』の女性や、高齢のため運転をしていない人々も目立つ存在になってきている。
 まさしく、表彰制度がスタートした当初の理念にはこんなケースは想定されていなかったと思うが、意味のない『自己満足』の表彰には実情に合わせた改善が必要と思われる。そもそも、表彰に自己申告は無理がある事を実感する一言であった。
                                          8月10日の一言
万博にニセ障害者横行?…
 車いすの話で盛り上がっていたところ、「万博には、どうしてあんなに多くの車いすがくるのだろう?」と言う話題になった。
 「障がい者だから半額にせよ!」と係員と怒鳴りあっていた人もあったという。
 何故にこんなトラブルが発生するのか。その原因の一つに、『ニセ障害者』の存在がある。障害者手帳も持たない、ニセ障害者の存在が最近は後を絶たない。
 「何とか障害者手帳をもらえないか?」なる相談を受けた事も複数あるが、程度が軽く、たとえ障がい者と認定されても一円の補助金も出ないのに何故か?
 名古屋芸術文化センターや病院にある、無料の障がい者用駐車場に車を止められるから、「どうしても欲しい」と訴えられた。
 万博の会場に車いすが多い事は、出掛ける機会の少ない障害を背負ったった人々には朗報でもある。しかし、本当に車いすでしか外出できない人々にとっては、ニセ障害者の出現は迷惑な結果を招く事にもなりかねない。
 「体がえらかったから車いすに座ったら、家族全員が待たされる事なく優先的に会場へ入れてくれた」と、高齢ではあるが健康体の人が語り、知恵をつけられて実践してきた人もある。こんな事が発覚すると、本当の障害を持つ人々まで疑惑の目にさらされ、嫌な思いをさせられる結果も招くようになる。
 障害を持った人々が奇異の視線を浴びる事なく、自然に行動できる環境は歓迎できる事だが、ニセ障害者の出現で、本当に障害を持つ障がい者への監視が厳しくなっている現実も見過ごしてはならない。
                                          8月9日の一言
ハマコーがレスラーに吼えた
 国会の参議院本会議において、『郵政民営化法案』が小差ではあるが反対者多数により否決された。
 政治家である以上、議案に対する賛成反対それぞれの意見がある事は当然だが、派閥や執行部の意向そのままに従ったり、採決を棄権や欠席して自身の意思を示さない議員自身の本心を尋ねてみたい。
 「議員が採決を棄権してどうするんだ」とハマコー(元衆議院議員浜田幸一)が吼えた。テレビのインタビューを受け、「執行部と市民の板挟みでどっちとも表明できないので棄権した」と涙目で答えた参議院議員大仁多厚(元プロレスラー)に対して、「スポーツマンのくせに自分の意見も言えないのか」と怒鳴ったのである。
 「親父に逆らえますか」と、自分が参議院議員になった大恩が小泉首相にある事を訴えていたが、この感覚には大きな間違いがある。
 少なくとも国会議員ともなった人物が、国民の声に背を向けて、国民の投票によって国会議員になった事実も忘れ、個人的な義理人情を国会で訴える事は滑稽でもる。ここには国民の利益どころか存在そのものが忘れ去られている。
 8月の衆議院解散は53年ぶりと言う。炎天下の選挙運動は避けたい議員心理によるそうだが、500億とも600億とも言われる(正確に把握しておらずすいません)選挙にかかる財源も国民の血税である事を小泉首相には噛み締めてもらいたい。
                                           8月8日の一言
無茶苦茶な性格と生活…
 遅れに遅れた会報『津島の風』の原稿が書き終わった。さて、印刷しようとプリントすると、予定より発行が遅れていたために、(本来ならば7月初旬に発行予定)都合の悪くなった文面や破棄すべきコーナー(津島市の広報の先取りの予定だった)がある事に気付いた。
 昨晩の事(と、いっても本日の早朝午前2時の事)であるが、さすがには続けて書き直す気力も沸かず、本日も早朝より防災カレッジに出向いたため、一日遅れでの加筆と印刷となるが、A3用紙2枚を裏表(8ページ分)に印刷するために、完成は火曜日となりそうである。
 「いっその事、今回は休刊しようか」と何度も思ったが、「今までの努力が無になる」との友人のエールに支えられ、何とか光明が差してきた。
 しかし、先週のパソコンの断線事件のように、印刷機が故障でもすると何ともならない事態も想定されてくる。綱渡りどころか、切羽詰ったスケジュールだけに、ひとつのトラブルが大きなダメージとなって、すべての予定を遅らせていく。改めて余裕のある行動が重要と思い知ったが、私の周りの人々にも大変な迷惑をかけている。
 「京都は行くんですか?」と訪問を受け、16日の『送り火』が近づいた事を知り(判ってはいたのですが)、あわてて案内状を出した。昨日の事である。しかも、満席になると困るので15名限定の案内である。「忘れられていると思った」と言われた申し込みを受けながらも、行程が決まっていないのである。今更になっても欲張りな性格は直らず、あれこれ考えていると出発日まで決断できないのかもしれない。
                                          8月7日の一言
続・無責任な匿名の手紙…
 本日の一言も、再度昨日のテーマで書き込みをしておきます。
 事件の責任をあいまいにすべきとは思わないし、勝てば良いと言った『甲子園至上主義』を地でいく明徳義塾を庇うつもりは毛頭ないが、選手たちは小学校時代から、休日を返上して野球の練習に費やし、中学で実績を残し、親しい仲間と別れてまで、親元から遠く離れた高知県で毎日を練習に明け暮れてきました。
 選手だけでなく、家族の苦労と期待も想像されます。彼らにとっては、毎日の積み重ねから勝ち取った甲子園でした。「あれだけの強豪チームだから、彼らの将来はもう決まっているだろう」と言った人がありました。
 確かに一部の選手はそうかもしれませんが、ほとんどの選手の将来は甲子園で活躍する事で開かれてくるはずだったと思われます。今回の事件で小学校の頃からの目標が崩れ去った選手も多いと思われます。
 私の息子も陸上競技の選手として、中学から高校時代には表彰台に立ち、複数の大学から誘われ中央大学に進みました。しかし、中学校の地区大会当日が私の父親の葬儀と重なった事がありました。
 「最後の別れである葬式を優先せよ」、「チャンスはこれからいくらでもある」と親族は大反対しましたが、私は反対を押し切って出場させました。出れば優勝確実と言われていましたが、行かなければ息子の競技生活はその場で終わっていた事でしょう。
 手紙を匿名で投函した人物に、明徳義塾の事件と無関係だった選手達の努力と、未来の可能性を奪う事についての認識があったかどうかだけは問い質してみたい。
                                          8月6日の一言
無責任な匿名の手紙…
 開幕が迫った夏の甲子園大会では、各校の抽選が終わり組み合わせまで発表された後の昨日になって、実力校の出場辞退という事件が起きた。
 高知県代表明徳義塾高野球部員のタバコと暴力が発覚した事が原因と言う。しかし、事の経緯を聞くと(新聞報道ではあるが)、同情と言うよりも、我々の生活に置き換えた時には、報告しなかった事も含めて、監督としては苦渋の選択であり、事後処理についても理解を示したい。
 生徒が実力で勝ち取った甲子園である。それを守る監督として、タバコについては選手からの自己申告に対処して指導している。暴力についても、悪い事ではあるが、対象となる選手や保護者には出向いて謝罪して指導も済ませている。
 個人の責任ではなく、連帯責任と言うが、警察の関わる少年犯罪においても家族のプライバシーとして、学校には報告されてこないのが現状である。野球部内部で起こった事件を監督が対応し生徒に指導をしていれば、それで良いのではないか。
 今回の事件で、私が第一に挙げたい事は、事の発覚が一通の『匿名の手紙』にあった事である。事の重大性からして、匿名の手紙の差出人が気になる。匿名となれば、暴力事件の被害者だけでなく、部内の選手に選ばれなかった関係者か、出場できなかった高校や繰り上げ出場となる高知高校まで差出人の可能性を広めてしまう。
 事件と関係がない明徳義塾の正選手にとっては、出場の機会が奪われるだけでなく、今後の進路にも大きな壁となる事件だけに、報告しなかった監督への非難よりも、名前を明記せず匿名で差し出された無責任な手紙に嫌悪感が残る事件でもある。
                                          8月5日の一言
国会審議よりも選挙対策?…
 国会は郵政民営化法案によって、泥沼の説得工作(自民党だけの話であるが)が繰り広げられ、自殺する議員まで出したのである。
 参議院の採決が来週に先延ばしされた事で、今週末は必死の説得工作が続けられると言うが、郵政民営化については、国会議員の認識と国民の感覚とに大きな相違があるような気がしてならない。
 そもそも、国民にとっては郵政の民営化はどうでも良い事であって、国会を二分してまで今国会で激論を尽くす必要は感じていないのではないか。民間宅配業者の普及を見れば、郵便局を国営で維持する必要もなく、現在の郵政公社が民営化される事に異論のある国民も少ないと思われる。
 それよりも嫌な事は、法案の判断の背後に『選挙』の影が付きまとっている事である。法案の中身よりも自分の選挙が考えられているとしたら、国会の権威は著しく低下すると言わざるをえない。
 それ以前に、特定郵便局長に対する認識にも、東京で生活する国会議員の大きな間違いがある。自民党にとっては大きな支持団体になっているのかもしれないが、本局の郵便局長は短期で転勤してしまうし、地域の中にある特定郵便局長についても、かつての地元の有力者の時代はとっくに過ぎ去り、局長の顔さえ知らない住民が多くなり、国会議員の考えているような規模での集票力は持ち合わせていないのである。国会議員と国民の大きな距離を示すだけでなく、中身のない国会審議は不快でもある。
                                          8月4日の一言
社協(社会福祉協議会)は行政ですか?…
 本日は海部地方防災ボランティアコーディネーター連絡会議が、愛知県海部総合庁舎で開催され、週末の講座以外では久々の公的行事への参加となった。
 海部地区全市町村のボランティアコーディネーターに呼びかけた会議であるが、市町村間の格差が大きい事と、行政との連携も不十分であり、今後の連携が急務でもある。
 そもそも、同じ自治体内のボランティア同士の連携が取れておらず、ボランティアの全体像が見えてこない。
 そのあたりについて、同席した人に尋ねた事がある。「防災ボランティアはどのくらいの人が関係しているのか」と。「大鹿さんも社協(社会福祉協議会)に入れてもらったら解るわ」と、理解に苦しむ答えが返ってきた。
 ボランティアコーディネーターは愛知県の講座修了生に与えられた資格で、愛知県の呼びかけに応じて参加している会議で、社協への参加を呼びかけられた事は、とんだ的外れな回答で、私を含め多くの市民が会員となっている社協を、市民がどのように捕らえているかが疑問でもあった。
 「社協は行政ではありませんか」なる質問が本日の会議で質問された。参加者の中には、市町村の防災の担当者が社協と思っている人も存在する。そんな整理も必要だが、市町村を飛び越えたボランティアの連携と、災害時を想定した訓練の機会を共有する事は非常に有効でもある。
                                          8月3日の一言
本当に一からの出直し…
 「ホームページが見れないょ」と、複数の方々から連絡をいただいた。一方では、「大変だったようですね」と、当方のパソコンの危機を知りながらの連絡もあった。
 先週の水曜日に、電気メーターの取り替え工事で停電し、動かなくなったパソコンも、多くの人々の協力をいただき、試行錯誤で一言だけは何とか書き入れてきた。その一言が見れなくなったとの連絡は、昨日の朝から深夜の11時半までの間に覗かれた人々である。(日曜日からは更新もなし)
 昨年から続けて毎週書き入れていた『天聖人誤』も、日曜日には完全に断線しており、書き入れた原稿も無になってしまったのである。さすがに再度書き込む元気はなく、休稿を書き入れたのである。
 これだけ大騒動になった原因は、パソコン無知の私にあり、うっかり電気を切断させた事と、無知ゆえに詳しい人々に聞きつつ、その都度パソコンをいじった事で、ダメージを拡大させ、最後は専門家でも深刻な状態に傷ついていた。
 一度は諦めて、一からのスタートを覚悟していたが、さすがは専門家である。元通りに復旧したとは言っても、空白の一週間に受信していたメールは読み切れない量に達していた。(蓄積された迷惑メールの対処も一から出直しである)
 初心に返っていざと言う時に困らないホームページの運営に心がける事と、失った多くのデータを回復させていきたい。
                                           8月2日の一言
重く苦しい月初めに…
 四六時中パソコンの前に座っていても、何も解らないために時間の浪費にしかならず、詳しい人々に訪問して見てもらう度に、ホームページの原型が崩れ、修復不能の事態に陥り、仕事帰りのTさんと叔父には深夜0時を回るまでお付き合いいただいて、何とか一言が書き入れるところまで回復したのである。
 さて、Tさんを送ってからパソコンに座ると、思うように進まない。二人が帰る前の順調な打ち込みは何だったのかと思いながらも、何とか立ち上げる事はできるので、余分な事はせずにやりすごして機会を待つ事に決めた。
 午前中の約束が午後に遅れ、申し訳なく訪問すると、偶然にも遅れた事で役に立ち、急いで帰ってパソコンに座る一日だった。
 思えば、先週の水曜日からである。遅れに遅れた仕事を放り投げ、パソコンの修復を待つ日々が続いた。
 今日からは(時計は既に2日の午前1時であるが)8月である。月初めから暗く胃の痛いスタートになってしまったが、順調な一月になるように祈る書き込みとなった。
                                           8月1日の一言
パソコン頼りの生活を認識…
 一日中事務所を不在にする中で、故障したパソコンを正常に戻すために、TさんとKさんには貴重な日曜日を犠牲にしていただいた。(お礼も言ってないため、取り急ぎ、この欄で御礼のみ申し上げます)
 さて、考えてみると、今回の問題は電力会社の料金メーターの取り替えによる停電が原因であった。分かっていた当方の確認不足から起こった事故であったが、日常の作業としている業者にも改めて確認と注意を喚起したい。
 私の経験ではないが、数年前の停電によって、室内の電気機器の設定がくるってしまい、停電があった事を知らないために、翌日の起床から一日のスケジュールで大問題をおこした友人があった。
 今回の我が家の停電騒ぎは、予め予定されていた事ではあったが、気象条件によっては雷雨や強風による突然の停電もありうるのである。今回のような事態はいつでも起こりうる可能性があり、現実に起こった時にどうしたら良いのか。
 まったく起動しないパソコンには聞きようがなく、パソコンに詳しい人がなかったらどうなるのであろうか。数年前になるが、高価なノート型パソコンを手にした長男が、トラブルから何度も量販店に出向いたが、結局原因も判らず、十分に使う事がないままとなった。
 2年前には嫌々のように導入された我が家のパソコンであったが、今ではホームページだけでなく、知人から仕事の連絡までパソコンに頼り切った現状を思い知らされた。パソコンに聞かないと判らない事が多い現状を痛感した。
                              7月31日の一言
都会のざわめきの中から…
 エアコンで冷房した室内から、目的地へは車で移動しているために、世の中の音に鈍感になっている。
 久しぶりに名古屋市の栄公園から県庁まで歩き、セミの鳴き声や樹のざわめきなど、自然の発する大きな音を都会で聞いたのは皮肉でもある。
 考えてみると、暑い夏には戸外を歩く機会も少なく、夏の騒々しい音を実感したのは久しぶりの事である。近くにあった小川は下水路になり、川は悪水用水になった。「小ブナ釣りしかの川」もフェンスで囲まれ、小魚の群れて泳ぐ姿を見る事もなくなった。栄公園を流れる人工の小川でかつての自然を思い出しているのは全くの笑い話かも知れない。
 そんな感傷に浸っていたのも夕方までで、参加していた講座が終わり、高校野球決勝戦を観戦に出向いていた仲間と合流すると行動が一変した。彼らは、高校野球が終わった後、名古屋ドームで一杯やってタクシーで乗りつけたのである。
 彼らの車に拾ってもらったと思っていると、4千円近い料金が『わりかん』だそうである。(しかし、名古屋ドームから名古屋駅で4千円?)
 調子にのって駅西の馴染みの『居酒屋』で飲んでいると1万円が飛んでいき、最後に出向いたラーメン屋でも5千円が飛んでいった。
 午前中の都会で感じた自然のすがすがしい音が、夜には繁華街の歓声と雑音を背中にした帰宅となった。
                              7月30日の一言
プロ野球より面白い高校野球…
 高校野球の愛知大会準決勝は、第一試合は愛工大名電高校が圧勝し、第二試合は9回の土壇場で豊田大谷高校が逆転勝ちで勝ち上がった。
 しかし、試合は最後の9回が終わるまで結果が判らない。第二試合で負けた東邦高校も逆転される直前には、誰もが勝利を確信し、相手監督も敗戦を悟り立ち上がった瞬間のミスが逆転負けにつながったのである。
 明日は豊田大谷高校の中村監督にとっては、永年監督を務めた古巣との対戦となる。愛工大名電高校の倉野監督にとっても、かつての恩師との対決となり、明日の決勝戦の話題となりそうである。
 最近のプロ野球は低視聴率にあえいでいるが、高校野球に学ぶところが多いのかもしれない。本日テレビの9回の逆転劇を見ていた中学生の息子が、「プロ野球より面白い」と言って、「つまらないから行かない」と言っていた明日の決勝戦を観戦するために友達を誘っていた。
 明日の決勝戦には、私の周りの人々も多数『名古屋ドーム』に駆け付ける。残念な事に、私自身は講座のサポーターを務めているため観戦できないが、入場券を持ち合わせているので希望される方には差し上げたい。(連絡を下さい)
 ただし、愛工大名電高校が優勝したら(仮に負けてもだが)、講座の終了を待っての祝勝会となるので、明日は公共交通機関を利用した名古屋行きとなる。
                              7月29日の一言
議員と一般市民の狭間で…
 中学校の同窓会報の印刷が終わり、我が家に届けられたが、校区の各町内嘱託宅まで届ける作業で大忙しの夕方になった。これで一つの仕事が終わったが、同窓会では8月に総会と物故者法要も控えており、綱渡りの生活に変わりはないようである。
 さて、昨日の夜に市内の住民の方から電話をいただいた。24日の一言についての意見から、深夜遅くまで話し込んでしまったが、ホームページを発信する私と、受け手との感覚に大きな違いがある事を実感した。
 ホームページを開設した当時は、「議員なら当たり前」と言われて半ば嫌々のスタートであったが、一年半が経過するうちに返信をいただく人々と交信するうちに、自分が『津島市の議員』である立場を曖昧にして、中途半端な一般市民の感覚で書き込んでいたようである。
 「議員であるならその事に対してどんな行動をしたかが重要」と指摘され、中途半端な感覚があったと反省させられた。議員の発信として読まれる人がある以上は、無責任な感想や想像では許されない事もある。
 ただし、発信する私自身は、議員でありながら市民と同じ高さの視点で発信していきたいので、異論があれば連絡をいただき、改める事は改め、主張すべき事は信念を持って貫きたいと思っている。
 24日は暴走族(風)と警察の対応について記したが、本日は勝手な想像部分を訂正した。この事を、本日訪問された人に話すと、24日の暴走族(風)については私以上に記憶されており、白昼堂々の爆音は車に乗る私以上に大きく響き、はっきりと迷惑な『暴走族』と断言された。感想や批判で終わらせず、行動する事から改善に寄与したい。
                              7月28日の一言
パソコンの危機に瀬戸際の書き込み…
 「切りますよー、大丈夫ですねー」、と早朝の大声に、「はい、はーい」と答えて返事したが、大丈夫でなかった事が午後になって発覚した。
 パソコンのスイッチを入れても、全くストップしたままで画面が変わらない。パソコンに詳しい人々に電話して聞いても、「ウイルスにやられた」などとお手上げ状態の中で、最近パソコン教室の先生役を務めるKさんが駆けつけて下さった。
 色々と原因を考えているうちに、昨晩寝る前にパソコンをスキャンとデフラグ状態にしていた事から、パソコンに電源が入っていた事が思い出されてきた。
 早朝の「切りますよ」は、中部電力が料金メーターの切り替工事に来たためであったが、大丈夫ではなく『大失敗』であり、本日の大問題となり、Kさんには夜までお付き合いいただき、なおかつ日曜日に、パソコンの専門家のTさんと一日がかりで出向いてもらう事となった。
 パソコンのダメージは大きく、専門家でも一日がかりとなる大事故が、我が家の早朝に起きていたのである。
 幸いにしてデーターは保存されており、ホームページだけは復旧してもらったために、本日の一言も途切れる事は回避できた。しかし、IT時代だけにパソコンのインターネットでしか連絡をできない人々も多く、メールができないために当面は不都合な毎日となりそうである。もちろん、本日の予定も会報の印字もストップしたままで、月をまたぐ事は確実となり、8月も遅れた仕事の後始末でスタートする事は確定的となった。
                              7月27日の一言
観光客22万人に疑問の声多数…
 23日の夜に催された『尾張津島天王祭』の宵祭りに、22万人の観光客が訪れた(主催者発表)と報じられた。
 翌日の朝祭りも含めて、『今年は宵祭り、朝祭りとも見物客が例年より多く、関係者は「愛・地球博(愛知万博)の出展効果では」と気を良くしていた』と中日新聞は記載している。
 確かに、昨年の宵祭りの観光客は21万人と発表しているところから、昨年よりは多いのかもしれないが、私の周りの多くの人々は「例年より少ない」と話しており、「主催者は何を基準に観光客の数を算出して発表しているのか」を問われた市民もあった。
 残念な事に、私は肝心なお祭に参加しておらず(土・日曜日とも愛知県の主催する講座に参加していた)、不確かな発言は議員として不謹慎かもしれないが、一年前の一言に記した事と同様に、名古屋から帰る道路は昨年以上に渋滞もなく、バスの乗客もまばらであった。
 地域住民が参加するインターネットの掲示板『津島市!総合21!』でも、観光客が少ない寂しい現実が多数の住民から寄せられている。
 考えてみると、入場券や入り口がないため、何人の観光客がいたのか確実に集計する事は不可能であり、主催者の目の届く周辺は観光客で混雑しているために、例年の数字と比較した目分量としか思えない。
 事前に報道された記事では、桟敷の予約が例年より少なく愛知万博の影響かもしれないと報じられており、現実は市民の指摘どおり『観光客の減少』が本当のところだと私は思っている。関係者の自己満足で終わらせず、これこそ抜本的な改善が必要と思われる。
                             7月26日の一言
参考に『津島市!総合21!』をリンクしています。ご覧下さい。
モーゼが伝えた偉大な遺訓…
 『安息日をおぼえて、これを聖くせよ』は、古代イスラエルの宗教生活の基準である『十戒』の4番目の言葉である。
 十戒を示した『モーゼ』は偉大な予言者として尊敬され、その教えはキリスト教徒や回教徒、ユダヤ教徒などから全世界に広がり、現代にも生き続けている。
 冒頭の一文は、勤労の行き過ぎを改めて、安息の神聖さを強調した教えであるが、忙しい現代社会の中でこそ規則正しい休養日の必要性を感じるとともに、休みのない一週間の反動が最後には自分の体に返って、疲労の増幅による身体的苦痛による能率の悪さを痛感する一日となってしまった。
 このホームページにも休みがないが、決まった休養とリフレッシュする一日がないと、マンネリ化だけでなく読んでいただく人々に疲労を分散する結果となりそうなので気をつけたい。
 しかし、今から3千年以上も前にモーゼの示した教えが、釈迦の興した仏教にも影響して日本に伝わり、今から1千2百年前に『空海』の示した『十善戒』として、日本でも受け継がれてきたが、最近の見境の無い事件や事故が連続する中で、改めてその教えの一つひとつを噛みしめてみたい。
                              7月25日の一言
怠慢なパトカーと警察官…
 本日は愛知県の主催する『防災カレッジ』が開講し、12月の最終日まで受講する立場であるが、昨日に引き続いて名古屋での一日となった。
 便利になったもので、携帯電話が津島市の要件を解決してくれる『武器』となり、不都合ながら要件は解決でき、2日間の疲れを感じながらも充実した講座生活を終えて帰宅した。
 現実に戻ったのは、まもなく自宅に到着する間際の道路上であった。けたたましい爆音を轟かせた暴走族風のオートバイが数台走り抜けていったのである。
 走り去る少年達の顔を見ながら、「我が子でなくて良かった」と思うのと同時に、人々に迷惑をかけて走る少年達を放任する保護者に批判の矛先を向けていた。
 しかし、信号が変わり、走りだした車の数台前にパトカーが走っていくのを見つけ、何も行動に移らないまま市民の車とともに並んでいた警察官の怠慢には批判どころか怒りを覚えた。
 誰の目にも、追いかける事は無理でも、@赤色灯を廻すとか、Aサイレンを鳴らす、Bマイクで注意する等、何らかの対応はできたと思われるが、二人で世間話をしていたと言われても弁解のできないパトカーの姿であった。
 直後に通った派出所には、ドアを開放したまま無人の別のパトカーが置かれ、周りや派出所窓口に警察官の姿は見えなかった。炎天下の車ゆえに気持は理解できるが、貴重な日曜日を一日かけて講座を受講してきただけに、職務中の警察官の怠慢に怒り心頭の一日となり、津島署に怒鳴り込みたい心境での帰宅となった。
                              7月24日の一言
名古屋の街で終日車いす体験…
 本年度の『愛知県人にやさしい街づくり連続講座』が開講し、初日の本日は5グループに分かれた『車いす体験』が、市内5ヶ所を目的地として実施された。
 私がサポーターとして参加したCグループの目的地は『大須』で、メンバー7名(2名の欠席)が車いすで地下鉄に乗車し、大須観音から商店街に入り、車いすのまま昼食場所を探し、車いすのままで『トイレ体験』をしました。(私はついて歩くだけですが、大変に疲れました)
 地下鉄のバリアフリーは確実に進捗している事は感じますが、使いかっては悪く、この日ばかりはメンバーの中で唯一『電動車いす』ユーザーのIさんが貴重な先生役となりました。
 健常者でも判り難い表示と、迷路のようなエレベーターにメンバーは四苦八苦し、午前10時から午後5時までを車いすで完全走破しました。
 車いす体験を経験する人は多くありますが、7時間も車いすに座りっぱなしの経験をされた人は少ないと思う。簡単に思われそうですが、名古屋の広い道路を横切り、電車に乗る事は命がけてす。暑い時期ですが、冷たい飲み物を口にすればトイレが必要です。車いすで入れるトイレを探す事も至難の業です。
 本日のメンバーには行政の実務者や、実際に道路や建物の設計図を書く専門家も含まれていましたが、現実に車いすを体験して自分達の考えの甘さを反省する言葉も漏れてきました。明日は終日『あいち防災カレッジ』の受講生となります。
                              7月23日の一言
戦没者遺族に特別弔慰金が…
 戦後60年が経過している。まもなく8月を迎えて、戦争に関する話題が増えるとともに、平和祈念事業も催され、忘れかけられた戦争が甦ってくる。
 ただし、小泉首相の靖国問題と同じように、時代の経過とともに真剣な議論だけでなく、改善されるべき問題も多い。
 その一つに、『戦没者の遺族』に対する問題がある。確かに戦争によって夫や父親を失った苦しみは理解できる。戦後まもない頃の苦労は計り知れないものがあったと思われる。
 しかし、戦争で命を散らしたのは軍人だけではなく、多くの人々が大黒柱や家族を亡くしている。戦後60年が経過した現在において、いまだに戦死した軍人の家族だけに『特別弔慰金』が国から支給されるのは時代錯誤ではないだろうか。
 我家にも戦死した伯父があり、支給されてきたが、父親が亡くなった時から弟の叔父に引き継がれ、叔父から「先祖供養に」と言われて我家に戴いてきた。ところが、亡くなった父親も自立して生活しており、叔父も戦死した伯父の扶養家族ではないし、既に公的年金を受け取る年齢に達している。
 今回、遺族会の会員宅には、今後10年間で40万円分の『特別弔慰金国庫債券』が請求できる申請用紙が届けられた。ただし、戦死した軍人の実子であっても、遺族会を脱退している人々には案内がないとの話である。直接の遺族がいないのに届けられる申請用紙を、私は地方議員とは言えどもどのように解釈すれば良いのだろうか。国から支給されるものを断り、税金だけ取られるバカも無いと思うが、国民的合意を得られる支給とは思えないのである。
                              7月22日の一言
せっかくの大相撲観戦が通夜に…
 昨日の反省が活かされず、ついつい『忙し病』が持ち越されてしまい、せっかくの機会(チャンス)を無にしてしまったと反省しても既に遅い。
 取り込み中に携帯電話が鳴り響いた。「大鹿君、今日は忙しいかい?」との問いかけに、「忙しいと言えば、そうかな…」、「昼から時間とれる?」、「長くは無理だが短時間なら…」、「それじゃー誘っても無理だなー?」との会話になった。
 「ところで何でした?」、「実はよォー、大相撲の4人分の桝席が空いているんだわー」、「そっ、そうでしたか」、「わしと、あんたと奥さんと誰か一人あればと思って電話したんだわ」、(心の中では「行きたい、行きたい」)、「せっかくなのに残念です…」、「またゆっくりと誘うわー」との会話で電話が切れた。
 後になって考えれば、人を誘ってでも行けたと思われるが、「忙しい」と言いながら大相撲観戦では、会報の発行が遅れて何度も問い合せていただく配布ボランティア(脳梗塞で入院したベットからの問い合せもいただいた)の人々に申し訳が立たないのである。
 結局、午後は来客が続き、目に見える結果も出せず、葬式の案内があり通夜に出向く約束となってしまったのである。大相撲観戦と通夜を天秤にかける事は不謹慎かもしれないが、昨日の一言に記した『明日からは新鮮な一日に』の意識と反省が生かされず、せっかくのご好意と、貴乃花親方の言う「桟敷が狭い」を実感できる機会を逸してしまったのである。
                              7月21日の一言
おっと、また愚痴の繰り返しに…
 週末から控える講座地獄を前に、本日は中学校の同窓会報の原稿を印刷屋に引き継ぎ、一息ついたものの、完成までに校正があり、完成すれば月末までに地区46ヶ所の町内会長宅まで会報を分割して届ける仕事が待っている。
 そろそろ引退を考えるタイムリミットと思うが、会報発行の原資となるスポンサーも入れ替わり、4分の1以上が自分の紹介企業となり、原稿の依存率も高いままで、役員の出席率も悪い事を考えると若い世代への交代には厳しい壁が立ちはだかっている。
 現実にスポンサー企業の維持と、会報発行のための準備や配送は、ほとんどが会長職の任務として引き継いできた。
 ここ暫らく議員活動以上に労力を取られ、新たなスポンサーを依頼する瞬間に、「これを自分の会報か、ミニコミ紙の発行に役立てたら」と自問自答を繰り返すのである。
 おっと、先週末にも同じ愚痴を記している。毎日が義務的な仕事の繰り返しで電車のレールを走っているようだと、楽しい事を考える余裕もない。眠っていた自動二輪も修理に出したままとなっているし、旅行や繰り延べとなってるNPO団体の立ち上げも手付かずである。明日からの一日一日を見直し、新鮮な一日として一言に記していきたい。
                              7月20日の一言
増加する中年男性の盗撮…
 「お父さんもカメラを持って歩いていると捕まるわよ」と突然に言われた。テレビを見ると、昼のワイドショウで、海水浴場で水着姿の女性を盗撮する、情け無い姿の中年男性の様子が映されていた。
 赤外線フィルターを使った悪質な撮影だが、「何故こんな事をするのッ」と大勢の人々に囲まれる中年男性や、捕まった犯人の取り調べ風景が報道され、評論家の批判が相次いだ。
 実は昨日もそうであったが、本日の午後にもカメラを持って出向く予定であり、人ごととは思えない光景でもあった。
 しかし、恐ろしい時代になったものである。海水浴場にはカメラを持っては行けないし、現在開催中の高校野球にしても、応援するチアガールの姿は絶好のシャッターチャンスと思われるが、『盗撮』と思われてはカメラも向けられない。
 一部の人間の心無い行動が、悪意のない善良な市民の行動にも影響するのである。世の中が便利になり、何でも自宅で処理できるITの時代になった。カメラに関心を持たなかった人々が簡単に写真を取り出せるようになった事も事件の背景にある。
 表現の自由と個人のプライバシーは永遠の相反するテーマであったが、犯罪となるような事例が続くと、議論よりも規制が先決とされそうである。
                              7月19日の一言
犬の非常識は人間の非常識…
 犬専用の海水浴場がオープンし、テレビから全国に紹介されてきた。ここには一般の海水浴客は立ち入る事ができず、監視員まで配置する念の入れようである。
 5月31日の一言に、名古屋市で開業した『犬のフィットネスクラブ』を皮肉る記載をしたが、今や全国的にペットと人間の垣根を越えた商法が増殖している。
 皮肉なもので、本日は遠来から旧知の知人が訪問し、厳しい労働条件と賃金の低さ(手取り10万を切った)を訴えていた。犬の環境よりも、同じ人間としての生活環境の格差も痛感する。
 同じくテレビから、宿泊代金を大量に踏み倒した老人の逮捕劇も報じられてきた。犬にマッサージをするフィットネスクラブや犬の海水浴場について、現在求職中と伝わるこの老人の感想を聞いてみたいものである。
 我家も愛犬『モモ』がいるが、娘が帰宅時には同居する愛犬『てつ』が連れられてくる。台所には入れない『モモ』にとっては、抱かれて入っていく『てつ』に理不尽な思いを抱きながらも、キューキューと悲鳴を上げている。悲しいのは私で、不在時には私のイスが『てつ』の専用席として使われているのである。
 久し振りに帰ってくる娘の犬だから辛抱もしているが、辛抱にも限界があり、密教の聖地『高野山奥の院』に立ちションの犬を連れ歩く老夫婦や、ペット厳禁の『上高地』で犬を連れ歩く観光客の姿から厳しいマスコミの報道も必要と思われる。
                              7月18日の一言
反骨の詩人金子光晴展へ…
 津島市で生れた反骨の詩人『金子光晴展』が、名古屋市市政資料館で開催(7月7日から18日)されていた。
 元津島市職員で3年前に退職された桑山史郎さんの主催で、金子光晴の直筆の原稿や書物、色紙などが展示されていた。
 ほっこり庵エドさんから掲示板で知らされ、予定にはなかったが足を延ばしてきた。金子光晴については、明治28年に海東郡越冶村大字下切18番戸(現在の津島市下切町)に大鹿和吉とりゃうの三男として生まれたとの年譜から、今から15年程前に自分なりに調べた事があった。
 不思議な事は、あれだけの有名人でありながら、地域の中からどこの親戚とか出生地の場所について誰も話題にされない事である。
 金子光晴は、「生きるとは、足もとまらず、枯葉とともに追はれること、死とは、四方の風、はたと吹きたえたこと」と書き、「死とは、画きあげたタブロー、つくりあげた詩」と記している。
 昭和48年の春、詩人の草野心平との対談で、「先年生まれて初めてそこに行った。つまらないところだがおもしろい菓子があってね」と津島神社と名物クツワについて語っている。昭和50年6月、気管支ぜんそくによる急性心不全で亡くなっているが、生前に故郷との接点が少なかった事が残念でもある。
                              7月17日の一言
忙しさの中での夢見…
 本日より高校野球愛知大会が開幕したが、歓声が聞こえる環境には程遠く、来週の週末に開催される『尾張津島天王まつり』さえもが他人事の日程である。
 さて、来週からの週末(土・日)は『講座づくし』が10月まで連続する。会報『津島の風』どころか、『神守中同窓会報』の編集が終わっておらず、明日と明後日で原稿を締め切り21日が印刷屋入り。その後に自分の会報を編集して印刷に至るのが再来週となり、配布は真夏の炎天下を覚悟する事となる。
 あっという間にやってくる『お盆』の最終日16日は京都大文字行きが定番で、週末が『講座』、翌週も定番の『上高地』と予定を消化すると『9月議会』が待っている。
 「おい、四国は何時になってるんだ」と言われてカレンダーを見ると、8月17日から19日までしか空いた日がない。「この日に決定」と言うと、「16日は京都じゃないか」と心配な返事が返ってきたが徹夜の四国行きである。
 ただし、今回の四国行きは『辺地』の遍路で、四国の土の上で寝て、宿泊をしない決め事での四国入りである。こんな変な考えに喜んで同行する人があるから不思議である。団体での四国行きは9月議会後で『逆打ち』の巡礼である。
 「おい、恐山に行ってみたいなァ」と、本年5月に亡くなった後援会長の言葉が懐かしく思い出されてくる。
                              7月16日の一言
ストレスまみれの週末…
 本日は忙しく市内を廻り、多くの人と会い、一日が二人分か二日分の忙しさと思える一日となった。ただし、こんなバラエティーに富んだ一日が、全く自分の事ではないところが皮肉でもある。
 この一週間の間に増幅されたストレスは並大抵ではない。議員と言う立場は、市民の代弁者であれば何事にも耐えておられるが、議員の身分でありながら、一般市民の行動をとる事はひじょうに辛く苦しいものがある。
 訪問した相手はいったい自分をどのように見ているのか。『議員の大鹿一八』として行動していないのに『議員』として見られているとしたら、何か白々しいものが残る。しかし、相手が現実に議員の身分と判って応対している以上、議員の色眼鏡で見られた結果かもしれない。
 そうやって考えていくと、まったく議員として堂々と行動したいが、それでは今後の市民活動として後進に道を譲れなくなってしまうのである。
 訪問先で、「相手はあなたの事をよくご存知のようだから、今後は直接伺って下さい」と言われてしまった。確かに、相手も私の名前は知っているとは思うが、紹介があって訪問できる相手に、議員の大鹿一八として応対されると、議員としての義理ばかり増えていってしまう。
 市民活動と議員活動の狭間で、ストレスを貯めた一週間であった。
                              7月15日の一言
迷惑な不心得者の事故…
 『高速2人乗り・死者3人』オートバイ法改正後3ヶ月と、新聞の片隅ではあるが目を引く記事が掲載されてきた。本年4月から改正された道路交通法により、高速道路でオートバイの2人乗りが解禁された事に対する事故の記事である。
 高速道路の2人乗りが危険である事は間違いがない。それ以前に、高速での運転ルールが守られず、身勝手な車であふれる高速道路をオートバイで走る事自体が危険である。
 しかし、オートバイ自体が危険な乗り物ではなく、高速道路においては、道路に散乱する貨物からの落下物や、接近してスレスレを通り抜ける車の存在が危険を招いているのである。
 新聞記事の内容を詳しく読むと、3人の死亡事故は、一人は高速道路へ乗り入れができない17才の少年と、34才の無免許運転、高速道路を逆走した23才と、3件ともオートバイの二人乗りが原因となる事故ではない。
 記事の見出しだけを見ると、オートバイ自体が危険なイメージを与え、せっかく規制緩和された2人乗りが問題のようにも思われるが、逆走は道路の改善も必要だが、2件は乗ってはならない人物の事故だけに不心得者の事故は大変な迷惑となる。
                              7月14日の一言
犬にも劣る人間の行動…
 「ご無沙汰いたしておりますが…」と、本日は中学校の同窓会報のスポンサー廻りに出掛けたが、ご無沙汰どころか近所でも一年振りのお宅が多く、それだけ経つと訪問した雰囲気が全く違う家も存在する。
 家族の不幸は別としても、家族の一員となっていた犬がいない事でも、その家のイメージは全く違って見えるのである。
 死んでしまった愛犬の話から、我家のかつての愛犬が思い出されてきた。犬達はすれ違いのために、それぞれが唯一の愛犬として飼われているが、私が生れてから現在の犬で八匹目となるのである。
 思い出せば、すべての犬の目が『すがすがしく』輝いていたように思う。そんな感傷にふけって帰宅すると、我家の愛犬『モモ』が喜んで出迎えている。毎回の事であるが、本日は特別のように見える。こんな幸せが一日でも長く続いて欲しいと願うとともに、犬のすがすがしい瞳に恥じない行動に慎みたいと思う。
 名古屋市議会では、誰の目にも不適切と思われる『政務調査費』の使途が問われ、全国から注目される話題となっている。不正な流用と指摘されても、過去の帳尻を変更する事は不可能で、言い逃れのできない事件である。他山の石としたい。
                              7月13日の一言
無料の招待旅行でも文句が…
 昨日は妻が旅行会社の日帰り旅行に参加した。スーバーの出入り口でアンケートに答えた結果、日帰り旅行に招待(当選)となったのである。
 ただし、一人では淋しいため妹を誘ったために、1万290円を追加しての参加でもあった。タダほど高いものはないと言うが、まさにその典型の旅行となって帰宅した。
 聞けば、ほとんどが無料の招待客ばかりだが、有料の会員募集では考えられない行程で、異常としか思えない地獄のような内容だった。
 名古屋を7時に出発したバスは、最初に羽島市の『毛皮工場』を10時半まで見学し、中津川の『木曽路元起』で昼食の後、国道を北上し『高山市』に入った。1時間半の自由散策が終わった時間は午後4時と言う。バスはこれから世界遺産の白川郷を通り、『白山スーパー林道』のドライブを楽しむ行程だったが、スーパー林道に入ったのが6時を回っていたというのである。
 白山スーパー林道は夜7時に閉門となる事から、福井側への通り抜けしかできない事が判り、30分の交渉後に入ってから戻る事はできたものの、真っ暗の山上ドライブとなったのである。さて、名古屋に着いたのが夜の10時45分で、津島まで走るバスが無い為に途中までの出迎えとなったのである。朝5時に起きて、帰宅が深夜の12時である。
 スーパーのサービスか、毛皮工場がスポンサーかは判らないが、旅行会社の企画とは思えない非常識な行程に、普段は反対される私の欲張りな旅行企画の評価が上がった事では『良薬』となるツアーとなった。
                              7月12日の一言
久々の合併論議も…
 本日は津島市議会の市町村合併特別委員会が開催された。しかし、国の合併特例法の期限は本年3月末で終わっており、西部4町村で新しく『愛西市』が誕生した直後でもあり、国が新たに示した合併新法(平成22年3月末までの5年間の時限法)の概要説明程度しか理事者側(市長サイド)からは示されなかった。
 新法による特例は残されているものの、合併特例債は廃止されており、普通交付税の特例期限も短縮されておる事や、国の関心は市町村合併から、県単位の統合を目指した『道州制』により、全国を8から12のブロックに分ける案を提示しており、これからの市町村合併の議論は時流に乗り遅れたと言わざるを得ない。
 ただし、合併が不発に終わっている7市町村(津島市、美和町、甚目寺町、大治町、七宝町、蟹江町、飛島村)の首長間では、合併の必要性は共有して話し合いは続けているとの事で、国の求める中核市(30万人以上)は無理としても、権限の委譲が可能となる20万都市の可能性は残しており、全く絶望と言う訳ではないと言うが…。
 さて、私は何度も述べてきたが、合併に積極的な推進論者ではない。現実に県内で合併した市町村の首長や関係者から後悔の言葉も直接耳にした事がある。それよりも現在の自治体にムダを省く行財政改革の意識と、住民本位の体質に転換する意識の方が重要である。
 合併を考える前に、住民の民意が集約できる体制と、住民が主役となる市政が確立されなければ、合併しても住民不在が増幅されるだけである。
                              7月11日の一言
車椅子が大人気の万博会場…
 世の中は次々と事件が起こり、報道するマスコミはネタに困らないだろうが、世界中の事件が身近なニュースとして伝わる反面において、近くの生活に関わる情報が不足している場合も多いのではないだろうか。
 本日午前中に名古屋市の地下鉄で『飛び込み自殺』があり、運行が止まっているとのテロップがテレビ画面に流された。早朝にも名鉄電車が不通になっており、本日実施された英語検定の試験に向う中学生達には不安な名古屋行きとなった。
 さて、昨日の一言に関して我家の中で議論が弾んだ。「どしゃ降りの中をなぜ車に乗せてあげなかったか」と妻に言われ、「車には載らない」と言うと、「以前には載せたでしょう」と反論が返ってきた。
 車椅子にも重い電動車から軽いものまで色々あり、利用する人によっては車椅子に座ったままの人もあれば、乗用車のイスに移れる人もある。又、きちっとした装備がないと乗せてもらう当事者には不安より危険なのである。そんな説明をしないと理解されない事と、車椅子に対する認識の違いも痛感した。
 津島市民病院では『車椅子ボランティア』があるが、何の資格もないボランティアの係わる車椅子は軽度の患者であり、日常的に車椅子が無ければ生活できない人々とは根本的に違いがある。万博会場の車椅子は大人気と言う。会場で待たされず入場できるとの事で、健常者の利用も多いと聞く。こんな不純な話と一緒にはしたくない。
                              7月10日の一言
自然界は容赦がない…
 本日は7月23日からスタートする『愛知県人にやさしい街づくり連続講座』の準備のために、関係する人々(ボランティア)が名古屋市の市政資料館に集まり、午前中から午後4時過ぎまで真面目な議論を続けて解散した。
 その中の一人に岡崎市のA君の姿があった。2年前に一緒に講座を受講した仲間であるが、彼は岡崎市から電動車椅子でやってくるのである。「やってくる」と記すと、いとも簡単に聞こえるかもしれないが、彼は食事やトイレに人の介助を必要としているから、私が彼の立場になって考えると相当な覚悟がいる外出である。
 多くの障害を持つ人々が、家族の介助に頼り、自由な外出を我慢する中で、一人でやってくる彼らの行動は、世の中の多くのバリアを直接受けているが、彼らの行動がなければ社会は変わってはいかない事を痛感する。
 彼らが駅に行けば、多くの駅員は『迷惑』と受け止めているのかもしれない。しかし、迷惑と感ずれば感じるほど『楽な道』が選択され、エレベーターやバリアフリーは進捗する。彼らが行動する事によって人々の対応も自然と馴れてくる。
 ただし、自然界は容赦がない。本日の夕方は大雨という言葉の限度を超し、バケツで水をぶっかける程の豪雨であった。傘をさしてもずぶ濡れとなって車に駆け込んだが、彼は雨合羽をかぶり一人で遠くの駅を目指していった。何も手助けもできず、車中から見送ったが、彼は合羽の装着も雨を拭う事も一苦労していると思うと心が痛んだ。
                              7月9日の一言
民生委員を窃盗(殺人)容疑で逮捕…
 G8サミットが開催され、先進国首脳が集まるイギリスで、大量の死傷者を出す爆弾テロが実行された。旅客機を使い高層ビルを破壊した、
 アメリカの同時多発テロのような派手さはないが、多くの住民が生活する街中で、通勤電車やバスを使った事件は、防ぐ事に限度があり、我々の身近でも起こり得る事件だけに、犯人の特定を急ぎ、世界が一丸となった徹底的な排除が必要でもある。
 さて、名古屋市では83歳の女性を殺害し、キャッシュカードを使って現金を盗んだ疑いで、民生委員を務める54歳の女性が逮捕されている。
 警察官が万引きで逮捕されたり、教師が少女買春で逮捕されるなど、あってはならない事件が多発しているが、高齢者などの生活支援に活躍が期待されている『民生委員』が高齢者を相手に起こした事件だけに、関係者に与えたショックも大きい。
 民生委員の中には名誉職としてほとんど何もしていない人物も存在するが、高齢者世帯や独り暮らし世帯の増加に伴い、実務的な訪問調査など動ける民生委員へ転換が計られている中で起きた犯罪だけに、他人事にはせず対応が急務でもある。
 その中の問題点として、民生委員の任命権も存在する。現状では、前任者の推薦だけで後任者が決められている。問題は地域にとって本当に相応しい人物かどうかである。今回の事件を起こした女性などは、明らかに選考時点から間違っていたと言わざるを得ない人選と思われてならない。
                              7月8日の一言
山梨県甲府市からの一言…
 昨日は埼玉県越谷市へ、『最終廃棄物ゼロへの取り組み』について視察し、本日は山梨県甲府市へ、@汚泥の減量化と環境保全の啓発促進、A再生バイオマスの安全性について、B汚泥発酵肥料の循環型農業への具体的活用などを視察しました。
 人間が生活していく中で、ゴミや下水道や生活排水の問題は、欠く事のできないできない課題でもあり、ゴミの減量や資源化と下水道の浄化は、直面する重要課題でもある。
 津島市の下水道の普及率は低く、今後の整備に多額の経費を要するだけでなく、住民の負担も大きくのしかかってくる。それだけに住民に対する十分な説明が必要となるが、地域格差もあり、行政も積極的な説明会を開いていく意欲が欠けていると言わざるを得ない。
 さて、説明不足だけでなく、茶番劇は国会議員が見せつけている。郵政民営化については十分な説明と議論が不足するだけでなく、表決もほぼ二分したまま賛成多数で通過してしまった。政党の党議党則に左右されない、議員の本音で議論を深め、結果を求めるべきではないだろうか。
 住民が主役である事の再認識と、民意が直接伝わる政治制度の改革が急務でもある。
                              7月7日の一言  
NHKに一途の望みを託したが…
 昨日の朝日新聞夕刊に、『横井庄一さん宅記念館に』と題する大きな記事が掲載された。早ければ年内にも開館するとの報には、先行して開館予定である当方の『ミニ記念館』の準備が急かされてくる。
 さて、横井庄一さんは大正4年3月31日に出生してまもなく、母親の在所である我家に連れ戻された。以来、昭和元年に現在の横井家へ入るまで『大鹿庄一』として我家で生活し、学校も神守尋常小学校に通っていた。
 『大鹿庄一』が8歳になる時、私にとっては伯父にあたる『大鹿英雄』が出生している。『大鹿庄一』にとっては3年あまりの同居であったが、横井家に入っても母親以外に肉親はおらず、『大鹿英雄』は横井さんにとっては弟のような存在であり、父親のいない伯父や私の父親にとっては『横井庄一』は兄のような存在であった。
 私の父親は平成5年に横井さんに見舞いを受けて先立った。しかし、伯父である『大鹿英雄』は横井さんの消息も知らされず、昭和20年6月に沖縄で戦死している。戸籍謄本によれば『沖縄本島小渡』にて戦死と記されているが、遺骨どころか戦死した場所すら不明のままである。
 夕刊を見た(横井さんの取材を受けていた)NHK記者から連絡を受け、戦死した伯父の最後の地も探してくれと依頼し、一途の望みも託しているのだが。
                              7月6日の一言
便利屋と勘違いしたような相談…
 自分の事を包み隠さず発表してしまえば、人の考えも聞け、苦労して考える必要もないのだが、家族のプライバシーにも係わり、家族の反発を招くのである。
 ましてや、他人から相談を受けた事は、人の助言を受けるにも配慮が必要となり、抽象的な問いかけは本質的な解決策にもならず、便利になったもののインターネットでは情報の限界があり、専門書を読んでも小さな頭では理解に苦しむだけである。
 そんな事が重なってくると、真っ暗な部屋では頭が冴えて眠れなくなり、睡眠不足から脱力感が増幅し、ストレスが溜まって何も手付かずのまま、一日が経過するのである。
 世の中は理不尽な事が多く、一つの問題でも多くの矛盾を抱えた事も多く、一つを問題にすればもう一方が新たな問題となり、簡単と思えた事が長期間の時間を要する事も多い。
 国の条例や自治体の限界を超えた事例の存在には、我々議員の裁量と力量が試されてくるが、政治権力を否定していると、住民を救えない案件も多く、理不尽とは思いながら結果を求める場合もある。
 悲しい事は、そうして実現した結果を、いとも簡単に無駄にしてしまう住民の存在である。議員と住民の垣根を低くして、身近な存在を意識すればするほど、便利屋と勘違いしたような相談も多く、議員の足元を見つめ直したくなる瞬間がある。
                              7月5日の一言
インテリが作ってヤクザが売る…
 本日の夕刊に『新聞販売所従業員、車上狙い未遂容疑』なる記事が掲載されてきた。販売と記事を書く記者とは別部門であり、ましてや販売店はまったく別の個人経営とは言え、同じ新聞の名前を記した犯罪のニュースを記す側の心情は計り知れないものがある。
 考えてみると、新聞販売店や従業員は、読者宅の情報や家族の動向を的確に知りうる立場にあり、早朝の勤務時間を利用すれば犯罪もたやすく実行できるのである。
 そういう意味では、泥棒や空き巣などの常習者が新聞販売店に勤務するような事があれば、ひじょうに危険でもある。
 元来、新聞業界を指して、『インテリが作ってヤクザが売る』と言われ続けてきた。激しい販売競争から、新聞勧誘を巡ってはその言葉がぴったりの業界であったが、販売店の労働条件が改善されるのと、福利厚生面が向上される中でイメージの改善が図られつつある中で、販売店従業員の起こす事件が続くのは残念でもある。
 読者宅の情報や動向を知りうる立場と記したが、毎月の集金が口座振替となり読者訪問の機会が減り、読者に配達人の顔が見えない現実と、読者との関係が希薄になっている事も、事件が続く根底に無いとは言い難い。
                              7月4日の一言
京都まで映画の試写会に20人…
 わざわざ京都まで出向き、映画の試写会を見るだけで帰る企画を、皆さんはどのように感じられるのであろうか。
 誘うに誘えず、声をかける事もはばかる企画であるが、本日は津島から20人で京都まで出掛け、同志社大学『寒梅館』で映画を鑑賞して帰った。
 千野皓司監督による、日本とミャンマー(旧ビルマ)の合作映画、『血の絆Thway』で、戦後まもなく父親を亡くした娘が、戦争中に父親がビルマの女性との間に残した『弟』を探し歩く愛と感動の長編(3時間21分)の超大作である。自然に流れる涙と嗚咽(私)のもれる感動の作品である。
 両親を亡くした姉が、父の遺志を継いで、血の繋がった異母弟を探す中で、戦争の悲劇と、いまなおミャンマー各地に眠る18万余の日本軍兵士への鎮魂を込めた作品で、企画から14年、撮影中断から7年もの歳月を費やし、多くの支援者の強い励ましと資金提供で完成した映画である。
 映画に先立って挨拶にたった千野監督から、「採算が取れず映画配給会社から相手にされない」との言葉があったが、こんなすばらしい作品が紹介されない事が不思議に思われた。
 映画終了後に、多くの借金を抱えている監督から、「ミャンマー語版も作りたい」との抱負を聞かされ、愛知県でもぜひとも公開したい強い思いが募っただけでなく、監督にもその気持を伝えて京都を後にしたのである。
                              7月3日の一言
金は無いぞと貧乏宣言…
 オレオレ詐欺からリフォーム詐欺へと、報道される名前は変わっても、変わらない事は高齢者が被害者になっている事である。
 新聞やテレビから伝わる被害は、実に高額な金額である。公的年金の問題から、老後の生活を不安視する報道も吹っ飛ぶほど高額の被害が報告されてくる。
 高齢者は金持ちばかりか?と思うと、私の掲示板には『貧乏暮らしを豊かに生きる』との論文があり、希望者には無料で進呈しますよとのご案内があった。
 大金を貯めこんで、一人淋しく生活し、ホッとした気持になったら、詐欺に引っかかったでは堪らない人生の総括となる。貧乏暮らしと堂々と言える『ほっこり庵エド』こと、大川さんの書き込みにホッとするものである。
 さて、我家の母親に当てはめてみると、リフォーム詐欺はあり得ないが、『オレオレ詐欺』の可能性は大である。大金では無い(と思う)が、昨年まで東京で学生生活をおくる孫から、「お父さん達には内緒で」と、たびたび小銭を渡していたのである。
 オレオレ詐欺とまではいかないが、我々の生活の中にも『だまし』の手口は多い。同じような工事や仕事でも、人によって料金が違うのである。相手の顔色を見て料金が変わる事を考えると、見栄を張るよりは、『金は無いぞ』と貧乏宣言をしておいた方が得策でもある。
                              7月2日の一言
肩書きが欲しいの?…
 受講を申し込んでいた『あいち防災カレッジ』への受講が決定したとの返信が届けられた。自分で希望したものであるが、今後のスケジュールが大変である。
 あいち防災カレッジは、7月24日から12月18日までの日曜日を主体にした全12日間の講座であるが、7月からの毎土曜日は、同じく愛知県が主催する『人にやさしい街づくり連続講座』へサポート役として参加する事が決定しており、10月までの毎週末は講座づくしとなりそうである。
 勉強には限度がなく、学ぶ機会はいくらでもある。2年前には某大学の大学院で行政や政策を学ぶ機会を紹介されたが、二人の息子が現役大学生という『経済的理由』で家族の大反対にあった。「肩書きが欲しいの?」とまで妻に言われ、有名大学だっただけに心は揺れたものの断念した事がある。
 肝心の大学時代は全く本も開けず、学生時代に独立開業していたために、「学校でよく眠ってこい」と家族に言われた、とんでもない学生生活でもあった。
 今になって学ぶ機会と、参加したい気持ができたものの、参加すればするだけ、今度は限りある時間が問題になってくる。厳しいスケジュールはゆとりを奪い、遊び心をなくすだけでなく、市民との接点も不足させるのである。
                              7月1日の一言
二階のゴミを処分すれば…
 縁起の悪い話で恐縮ですが、自分が死んだ後の話題として、「鶴田浩二のコレクションをどうするのか」が、昨晩の我家の話題(大激論)になった。
 「みんな棺桶に放り込んでやる」との長男の声に反論し、「裕ちゃん(三男)に全部残しておく」とは言ったものの、三男から反応もなく、「引き継ぐ者が相続人だ」と言い放ったが、いまどき自分の死後の後始末までは考えても仕方がないのかもしれない。
 そんなやりとりをした後の本日、横井庄一さんが残した遺品(陶器や書など)を展示する準備のために、横井家に出向いたのである。
 同行してくれた家具屋の知人から、「二階のゴミを処分すればスッキリとする」との言葉に、「ゴミって何なのー?」と問われ、「親父の書き残した絵画と、親父の知人から託された大正から昭和初期の書物や絵画」と言うと、「そりゃー大切にしなけりゃだめでしょー」との返事が交わされたが、ゴミの中には帝展(日展のようなもの)や日展画家、著名人の作品があるにもかかわらず、他人から見れば所詮はゴミでしかないのである。
 夫妻が所有した一間もある飾り棚は、車に載せるのも一苦労で、我家の二階にも辛うじて収まりはしたものの、自分の死後を考えると一抹の不安材料でもある。とにかく、展示の体裁は整い、今後は一品ずつ横井家からの搬入となるが、ゴミとは言わせないための工夫と、ゴミと言われた遺品の整理も先決である。
                              6月30日の一言
「おーっ、久し振りだなァー」
 津島市内を走る車中から横を見ると、見覚えのある顔であるが、目と目があっても対抗車線ではすれ違いである。
 車を止めてバックミラーを見ると、相手も車を降りて我が方に走ってくるではないか。「おーっ、久し振りだなァー」と30年振り(25年ぐらいか)の再会である。
 家は近くとも(現在は愛西市・旧佐織町)、わざわざ連絡もしないし、勝手にやっているだろうとは思ってはいても、高校卒業数年後以降は音信不通であった。
 議員活動の中では、色々な相談を受けるが、住民から個別の業者の紹介を依頼される事も多い。ところが、地方議員ゆえに地元にこだわり、地元優先に考えて紹介してきたが、地元ゆえに技術的な不備や、料金の食い違いのトラブルに発展すると仲裁も難しい。
 最近の事だが、地元に人脈の多い人から相談を受けた。わざわざ私に相談したのは、地元業者の横着で予定外の出費をした反省からであった。遠い祖父江町(現稲沢市)の同級生に依頼したところ、予定外の低価格で処理してくれた。苦節5年、人の経験しない『高校5年生』の体験は、誰よりも多くの同級生を残してくれた。本日の同級生も自営業であり、私にとっては懐かしいだけでなく、心強い再会となった。
                              6月29日の一言
遍路は道中にありを再確認…
 モニターに応募したものの、外れるものと思い購入する予定だった出版物が届けられた。『七日で一県・楽しく歩く四国遍路』(小野庄一著・1890円・朝日新聞社刊)のタイトルが示すとおり、四国1県を7日間、計4週間で歩いて廻る遍路旅のガイド(体験)本である。
 無理する事なく電車やバス、タクシーも使った歩き旅ではあるが、車での巡拝では通らない名所・旧跡は勿論だが、地元の人々との触れ合いや、無料の善根宿や団体での巡拝では経験できない体験が詰め込まれた本であり、歩き遍路以外でも一度は目を通したい一冊である。
 年間三十万人が訪れるという四国遍路は、四国4県にとっても貴重な観光資源であり、旅行社にとっても大きな収入源となり、民主党の某国会議員のように、パホーマンスのような遍路旅が紹介されることで、本来の四国遍路とは程遠い感覚に陥っているのかもしれない。
 四国の八十八ケ寺をすべて徒歩で巡ると、男性でも50日前後かかり、全行程の距離は1千4百キロにも及ぶ過酷な旅立ちとなる。
 動機は様々だが、たとえ人に誘われたとしても、スタンプ感覚の納経帳や、装飾用の掛け軸づくりも人任せの団体旅行や、車で走り去るような巡礼が全盛の中で、一人で巡拝作法を守った歴史を実感する歩き遍路こそ『遍路は道中にあり』にぴったりである。
 二度の巡拝で、手際よくなった反面において、益々自分の足りなさと軽薄、後悔をこの本が示してくれた。本年中に貧乏旅で一巡し、秋から再度の巡礼を再開したい。
                              6月28日の一言
予定外の行動に興味深々…
 雑用と言ってしまうと、本日私と出会った人々や電話連絡した人には申し訳ないが、やるべき事をやらずして一日を消化してしまったのである。
 今週末には行事が集中し、来週は行政視察も控えておる事から、時間を切った計画的な行動が求められるが、身動きが取れないほど予定が詰まっている。
 毎年の事であるが、6月から7月にかけては雑用に追われ、十分な活動予定をこなせないままに終わっている。
 昨年の一言を読み直すと、7月中旬に気力、体力、やる気の減退感が続いているが、本年も全く同じような道筋を歩いているようである。
 判っていて成るがままでは成長もないが、相手があるだけに自分の予定どおりには行かず、本日も予定外の行動で一日が終わってしまったのである。議員専業という、有り余る時間を持ちながら、毎年この始末では問題でもある。
 さて、戦後60年と昨日の一言に記したが、偶然ではあるが本日は『横井庄一』関連の話題で某新聞社と夫人の連絡を取りもった。まさしく偶然に偶然の事だが、帰宅後の夜になって某テレビ局からも取材を兼ねた連絡をいただいた。
 横井庄一さんについては、まさに1年の経過が記憶から薄れ、横井庄一を知る幼馴染は風前のともし火となっている。肝心な親族も、血を分けた肉親はごく一部となりつつある。記念館も待った無しの状況かもしれないと実感した一日である。
                              6月27日の一言
親の亡くなった年まで13年…
 久々のボーリング大会で自分の年齢を自覚するとともに、大会後の宴会には慣れきった不摂生な自分の生活を反省する一日である。
 今年の12月には52才を迎えるのである。若いと言われても、あと10年たてば60才を越えているのである。健康長寿な人や、両親が長命な人は何も感じないようであるが、親の亡くなった年齢が気になってしようがない。
 私の父親は65才で逝ったので、「オレもあと13年か」と思うと辛くなるが、健康診断やガン検診、保健婦さんや管理栄養士さんの指導まで受けているので、そんな筈は無いだろうと願うが、人の寿命はまったく判らない。
 親父は65才であったが、親父の兄は22才の人生だった。昭和20年6月、沖縄本島小渡においての戦死である。
 戦後60年が経過し、テレビや新聞紙上から沖縄の映像が流される。ただし、最近では沖縄戦の悲惨な映像から、現在の米軍基地の存在に注目が移りつつある。
 しかし、我家の伯父の戦死した『沖縄本島小渡』の場所すら特定できず、問い合せたものの連絡も無しのつぶてある。遺骨どころか、何処で眠っているのかも判らず、伯父の存在を知る人も減り、私が死ぬと皆無になるのである。
 納得できない人生を送った先人達に比べ、自分勝手で自由な生活を満悦しているが、それでも悔いの残らぬ人生をまっとうするためには、かすかに残った『若さ』を忘れず、人目をはばからず行動する事と思う。と言う事で、昨日には十数年眠っていた単車が再生のため出発した。
                              6月26日の一言
一枚の名刺について…
 一昨日の一言で、公務員の名刺は全廃が可能と記したところ、反対のご意見を複数いただいた。行政の立場としての意見は聞いていないが、市民の立場としては名刺は重要との意見であった。
 内容を聞くと、市役所の職員と地域の問題を交渉した際に、職員の責任を明確にするための証拠として、応対した職員の名刺は重要との話であった
 しかし、住民の苦情として、市役所や市長への手紙に、「職員の『名札』を胸にしっかりと付けさせるよう徹底させろ」と指摘する意見も寄せられている。
 最近では、小さな名札ではなく、大きな名札カードを胸にぶら下げる姿が、行政や企業でも多く見受けられるようになった。市役所や行政の窓口の職員に、名札の表示と、電話応対についても職員の名前をはっきりと提示するように徹底すれば、証拠物件としての名刺なら全廃しても構わないのではないだろうか。
 現実に、市役所の職員は一部を除いて定期的に配置転換されており、名刺に記載された職名も変わっていると思われる。
 いや、だからこそ、その時の証拠として名刺が重要と言われると、根強い行政不信がある事と、予算面とか公平性から要望した案件が進捗していない事などが考えられる。しかし、こんな議論を繰り返し、書面の要望に書面の回答書などと、回りくどい手間と時間をかけるより、気軽に要望し、何度でも電話をした方がお互いが納得できるのではないだろうか。
 埼玉県志木市や群馬県太田市では、職員を大幅に削減し、職員の仕事を市民が受け持つ体制を進めている。一枚の名刺にこだわる時代では無いと思われるのだが。
                              6月25日の一言
横井(大鹿)庄一記念館に向けて…
 遅れている計画や、既に実現していなければならない事案が多い。特に自分自身が決断すべき事案は、目前の行事や約束に押されて後回しになっていく。
 その中の一つに、『横井庄一記念館』の実現がある。勿論、記念館は名古屋市中川区の自宅を記念館として開放していく予定であるが、我家の事務所2階にもそれに先駆けて『横井庄一記念館』の分室として、展示する予定になっており、展示用ガラスケースは用意されているもの、肝心の作品が搬入されていないのである。
 何度も心配の電話をいただくために、家族にケツを叩かれて久々に横井家を訪問したが、我家に搬入すべき遺品がダンボール箱に小分けされ、部屋を牛耳っており、展示用にと夫妻が購入された大型の装飾用家具まで持ち出す準備が整えられてあった。
 ただし、分室とは言え、『横井(大鹿)庄一記念館』として公開する以上、写真の複製や、書き残した書の表装、展示品の説明を考えると、残された夫人の協力なくしては考えられない事だけに、早期の実現が不可欠と自覚させられた。
 横井さんが亡くなって8年近くなる。横井家に残されていた、戦地から我家(大鹿家)へ送られた横井庄一直筆の手紙が見当たらない。我家にもたくさん残されているはずの遺品が出てこないのである。幸いにして、私や私の父親との写真は横井家に残されているとの事である。年内には公開を実現したい。
                              6月24日の一言
公務員の名刺は全廃が可能…
 来客が差し出す名刺に対して、応対する側からも差し出される名刺。当り前の風景であり、当然のように思えるが、私は滅多に名刺は差し出さない事にしている。
 議員の選挙戦略のタネ本には、1年間に1千枚は手渡す事が当落の基準とも記されており、名前を覚えてもらうには名刺が一番の効果になりそうでもある。それを知っていて手渡さない私のこだわりは、悪用される事にある。
 現実に営業マンが自分の身元保証として、私の名刺を差し出した事がある。又、親しい友人から、「おまえ〇▲さんと親しいのか?」と、親しくもない相手が私の名刺を示した事から問われた事もあった。親しい友人ほど、私の名刺は持っていないのである。
 当方を知って尋ねてくる人に名刺を手渡す事は必要ない。街角で人と出会っても、判っている人に名刺は必要もない。そんな訳で、初当選した当初に印刷した名刺が現役を続けている。
 たかだか一枚の名刺に思えるが、この一枚の存在が大きいのである。勿論、売り込む目標がある相手には大きなチャンスとなるが、応対した会社員のほとんどが印刷代は自己負担となるのである。市役所の職員の名刺も当然の事、自己負担である。
 全国で市町村合併が進んだが、名称が変わった自治体の書類やパンフレット、印鑑やスタンプは勿論の事、職員一人一人の名刺もすべて印刷の刷り直しである。営業を主体とする民間会社では、自社で所有するパソコンで名刺を印刷し経費削減も考えているが、行政にはそのような工夫がほとんどなく、中小の印刷屋には有難い存在でもある。
 しかし、財政状況の厳しい中で、職員の給与削減が叫ばれる世情から、公務員の自己負担となる名刺は全廃する事も可能ではある。
                              6月23日の一言
相撲は結果が一番…
 父親が病死して以来、兄弟の確執が話題になっていた貴乃花親方が、本業の土俵の上で注目を集めている。
 ただし、今回は現役時に160キロあった体重が90キロになり、激痩せしてあばら骨が見える姿で部屋の弟子を指導する姿が注目されている。
 親の遺産の分配や、親方株の行方、親子の確執から、家族や親族の不協和音が報道され続けてきただけに、痩せ細った姿が痛々しく見えてしまう。本日の新聞やテレビの報道も、体重の減少を心配する声や、原因を求める内容が多かった。
 しかし、考えてみれば『うらやましい』話ではないだろうか。真意は解らないが、意図的に体重を減量したとしたら、貴乃花親方の目標に向けた強い信念と根性に敬服したい。
 多くの関取が引退した後に、健康のため減量が必要と判っていても、ほとんどの相撲取りは減量できないままの姿をさらけ出している。体質にもよるが、太る事は容易だが、減量はひじょうに難しく、目標を立てても余程強い信念と根性がないと減量は達成できない。
 肥満対策は成人病予防の上で一番注目され、実現が難しいために次々と健康食品が発売され、最近では大学病院でも肥満対策専門の診療室や運動療育施設がある時代である。
 本日の新聞やテレビ報道を見て、相撲は結果が一番重要だと知らされた。肝心な事は、外野の声に惑わされず、体を張って弟子を育て上げる事しかないのである。マスコミは32歳の青年に何を期待しているのか。まだまだ現役で通用したかもしれない貴乃花を引退に追い込んだのはマスコミ報道にも一因があると思われる。成功も失敗も自分次第の道だから、自分の信ずる道を体を張って貫き、弟子の成長により結果を見出してもらいたい。
                              6月22日の一言
事務所はゴミの山で限界が…
 各議会ごとに議案書が届き、新規事業や計画書、新しい施設開設や各種工事について、次々と資料が届き、事務所には各種資料が山積みとなり、見た目にはゴミの山と化している。
 「古い資料はどんどん破棄しないと」と言われて、2年程前に大量に破棄した事があったが、直後に欲しい資料が無いために大変苦労したあげく、市役所に走って資料を求めた事があった。以来、行政から届いた資料は総て残してあるものの、肝心の整理と分別ができておらず、山積み状態が続いている。
 本日は、過去の市民病院医療機器の購入金額を調べようとしたところ、資料となる決算書が一番下にあったために、どんどんと除かれた資料が新旧入り乱れて、全くの『ゴミの山』と化してしまったのである。
 考えてみると、判らない事は専門としている行政の担当部所に尋ねた方が確実でもある。又、議員には行政全ての担当する資料が届けられているものの、整理ができていないために、検索に多大な時間を要するのである。聞けばすぐに済む事を考えると、頭の切り替えも必要かもしれないが、6月議会の最終日を明日に控えて、今議会の議案書と過去の議案書が一緒に混在しておる現状は異常すぎるのである。
 さて、とにかく整理分別が急務であるが、溜まっている予定表と暑さや体調の絶不調を考えると、分別より大量破棄の方が現実的ではあるが…。
                              6月21日の一言
体調不良と気力減退の日々…
 議会最終日が近づいたものの、雑用も多く、議会中のために完全な運動不足による(ストレスかもしれないが)体調不良と、気力の減退による活力不足に悩んでいる。
 減量が定着しているための効果か、最近の『ところてん』一週間の効果かは判らないが、高血圧だった血圧が正常値に収まっており、不調の原因を血圧の低下とまで考えるのは身勝手な思い込みとは思う。
 医師の診断を仰げば、「暑くなったから血圧が下がった」ぐらいに言われそうだが、暑くなった事よりも、多くの宿題(約束事)が待ち構えており、『やらなければならない』と思う気持がストレスになって、無気力になっているような気がするのである。
 こんな時に限って、親切に相談に乗った事案が、困った時の苦しみを忘れたとしか言い様のない市民の身勝手な行動によって、見事に『裏切られた』心境にさせられると、無気力が余計に増幅されるのである。
 原因は、自分の本意でない事案を多く抱えている事にある。自分のやるべき事に徹して、成果を出したいが、このままでは、多くの難題も抱えたまま中途半端になる事が目に見えてくるのである。
 2日後には6月議会が閉会となる。難題を潜り抜けると8月となり、9月議会が迫ってくる。自転車操業のスケジュールをそろそろ見直したい。
                              6月20日の一言
15分で100円の世界が…
 「みたらしを1本下さい」と言ったら、「1本サービスするわ」と2本の『みたらし団子』が差し出されたのである。
 みたらし団子は私の大好物である。しかし、1本買って1本もらっては店に悪いし、『1本だけ買える勇気』で食べなさいと管理栄養士に言われているのである。
 「1本だけしか食べられないので…」と言うと、店が大忙しとなった。1本80円のみたらし団子だが、20円のお釣銭がなかったのである。有難く、2本をもらって知人と分けあった。
 しばらく歩くと『ところてん屋』が店を出していた。200円と言われ、400円出して2人で待っていると値段が違うと言う。一皿100円との言葉に、「うそー、安いなー」と言うと、「お客さん、有難うございます。これでも高い、まけろと言う人があるんですよ」との言葉がかえってきた。
 津島市のスーパーでは、最近『ところてん』の売り切れ状態が続く。値段も倍に跳ね上がっていると言う。今まで見向きもされなかった『ところてん』の大ブームは、テレビの健康番組で『ところてん』を一週間食すれば、肥満も高血圧、高脂血症もたちまち解消すると報じられた結果で、店頭では隅から一番目立つ所に置かれ、完売状態が続いている。
 100円の世界は、大型の100円ショップだけと思っていたが、街角にも100円の世界が残っていた事が一番嬉しい一日となった。場所は、中村公園前の『九の市』で、月に3回、9のつく日に野菜から鮮魚、衣類から骨董品まで、多くの露天が軒を並べている。津島でも我家からは15分の距離にあり、東を向くと地域の合併論議が吹き飛んでしまうのでもある。
                              6月19日の一言
病院にとっては『良い薬』…
 津島市民病院での投薬ミスが、新聞だけでなくテレビでも大きく報道された。報道されてびっくりしたのは、あの程度のミスで、患者への実害も無いのに、あれだけ大きく扱われた事であった。
 現実には私の元へも、複数の市民から、もっと深刻な事例が届けられてくる。ただし、医療行為については、今回のような完全にミスと判る証拠が残らず、個人的な体調や病気に個人差がある事から、病院の応対の悪さとか医療レベルの低さで片付けられる事が多い。
 個人的には、議員になった平成11年より、我家の母親への医療行為の実例でも数点の問題点が実在したのである。
 1点目は、初診の医師の『中耳炎』への処方が悪く、一週間に一度しか来院しない非常勤の医師が担当医だったため、投薬だけで再診が遅れ、後日から毎日点滴で通院となったが回復は不可能となり、右耳は難聴になったのである。
 2点目は、肺炎で入院中の事だが、点滴を受けている点滴に記載してあった氏名が間違っていた事である。「私とは違います」との指摘に、看護婦は確認はしたものの、「中身は一緒だから」と説明したのである。
 3点目は、半身麻痺で脳梗塞の疑いで救急搬送された際の事だが、点滴の応急処置の後に「異常はありませんから連れて帰って下さい」と言われた事である。「何か検査だけでもして下さい」とCTの検査は受けたものの、再度「異常ありません」の繰り返しであった。数日通院後に、他の専門医を受診したところ、「点滴で血栓が流れた後の検査で異常無しとは…」と、再検査で危険性を指摘され現在も通院中である。
 今回の報道は、病院にとっては『良い薬』となったと思うが、体質は一度には改善できない事から、経営の抜本的改革と併せた医療全般の見直しが急務であろう。
                              6月18日の一言
誰のための街づくりか?…
 みんなですすめる私の街の都市再生と題する『まちづくり講演会』が、本日名古屋市の中区役所ホールで開催された。
 日本政策投資銀行地域企画部参事役の藻谷(もたに)浩介氏の講演は、『誰のためにやるのか?あなたの街の市街地活性化』をテーマに、中心市街地の必要性について、先進地の事例と行政の無策事例をあげながら、今の行政に求められている中心市街地活性化施策と同時に、将来を見据えた都市計画の必要性が紹介された。
 先進地の事例として、滋賀県長浜市でNPO法人まちづくり役場理事長の山崎弘子氏から、長浜市で展開された民間主導の街づくりとして、『長浜物語−町衆と黒壁の十五年』のテーマで寂れた商店街を見事に再生した実践例が紹介された。
 街づくりは誰のためか?を考える上で、貴重な講演会であったが、会場を埋めた多くの参加者が行政関係者との事で、義務的な参加も多かったようだが、まったく身勝手な議論を展開する議員こそ『誰のための街づくりか』を考える上でも、参加してもらいたい講演会であった。
 さて、我家はバス停の真ん前にあるため、歩く必要がなく、乗車券も妹が名鉄職員のため無料の家族券を持っていたが、自分の健康と町並みの変化を実感しようと、七宝町の『秋竹バス停』で料金まで払って下車して歩いてきたが、肝心な津島市に入る直前の『下田バス停』を越えたところで、知人の車が止まり、志半ばで便乗してしまったのである。
 こんな無計画で、中途半端な気持では街づくりは達成できない事を実感した。
                              6月17日の一言
指定管理者制度で委員会白熱…
 本日開催された津島市議会総務委員会では、津島市が導入を決めている公の施設の管理を、民間に委ねる『指定管理者』の関係条例の制定について議論が白熱した。
 津島市の公の施設の管理を民間の指定管理者にまかせる事は、津島市の支出を減らし、民間に就労の機会を広めるため、経済的には反対するものではないが、公の施設は『市民サービス』が優先すべき根本的な出発点がある。
 公の施設の指定管理者が、住民サービスを優先し、現在の休館日になっている日も開館したり、利用者の希望で閉館時間を延長するようなサービスの拡大につながれば理想的な運用となる。
 しかし、一方で、津島市から支払われる契約料金内でのやり繰りが困難となり、施設の利用料金を値上げしたり、市民サービスの低下となる危険性もはらんでいる。ましてや、業務内容を把握しない利益優先の指定管理者となれば大問題でもある。
 現在でも、市民病院をはじめ、文化会館などには民間委託された社員が配置されており、市職員と混同した市民の苦情も耳にしている。
 問題は、配置された人間の資質となるが、民間委託にしても、指定管理者に業務を委託しても、公の施設については利用者に対して津島市の責任部署をはっきりとさせておく事が重要であり、公の施設である以上、問題によっては即座に指定管理者と契約解除ができる厳しさも必要と思われる。
                             6月16日の一言
主催する要綱が山積みの窓口…
 本日は6月5日に実施された『海部地方総合防災訓練』の中で展開された、ボランティア支援本部設置訓練の反省会が愛知県海部総合庁舎で開催された。
 住民のボランティア意識の高さと比例して、行政との協働は多くの課題を残したままで、行政の協働意識の低さと同時に、住民も自治体の防災担当部署ではなく、各市町村の『社会福祉協議会』を窓口にしている基本的な無理も存在していると思われる。
 ただし、住民の自主的な動きによって、住民活動の連携から、行政と住民の連携と、地域を越えた連携が図れる大きな期待を感じさせる反省会であった。
 問題は行政である。特に愛知県の職員は、市町村の職員と違い、住民との接点が少なく、住民との協働を叫びながらも、一緒に活動していく意識が薄いのである。
 終了後の事だが、会場と同じフロアにある愛知県の海部建設事務所を訪れ、愛知県が主催する『人にやさしい街づくり連続講座』の募集要項を求めたが、配置されておらず応対した職員は何も判らず、「そこに置いてあるだけです」との返事が返ってきた。
 愛知県が主催し、各市町村にも既に配送されている要綱が無いと言うのである。「そんな馬鹿なー」と思い、「愛知県の建築指導課が担当する要綱が、出先とは言え同じ愛知県の窓口にないのはおかしい」と訴えると、大騒動で探した末に発見された。
 しかし、所望する当方に、「枚数が少ないので…」との返事である。「何枚あるの?」と聞くと、10枚ある事が判ったが、たった3枚の希望に難色を示したのである。山積みしたままの募集要項から参加は皆無だったであろう。配置を求めて帰宅したが、出先機関とは言え、愛知県と県民との大きな距離を感ずる一日となった。
                             6月15日の一言
議会の合間に…
 本日は自分が所属する文教経済委員会が開催された。委員会そのものは2時間半程で終了したのだが、他の会派の控室を覗いたのが運のツキであった。
 コーヒーを注文してもらった所までは良かったが、日頃一人で会派の控室や市役所を廻っている反動か、会話が続き、相手も変わり、委員会より長い時間を要し、帰宅は午後5時となってしまったのである。
 しかし、議員同士でも、本当に必要な議論と勉強が不足がちであり、私が一人会派(現在の会派はお互いの主張や行動には不干渉)の道を選択した背景には、会派の理不尽な行動や夜の飲酒を伴う交際ばかりで、調査や研究が全く無かった事が原因だったが、今後は会派を超えて勉強や議論の場に参加も検討したいと思う。
 もっとも、会派の制約から所属議員の悲鳴も耳にしており、自分のポジションをわきまえた行動も重要かもしれない。
 議会も常任委員会が半分終わり、今後は後半戦に突入していく訳だが、それに伴って会報の発行と、依頼されている相談の処理や、参加を予定された行事が目白押しとなってくる。
 たまにはゆっくりと風呂に入り、明日からの空白の無くなるスケジュールに備えて、早々に眠りたい。
                             6月14日の一言
電子犯罪と原始犯罪の狭間で…
 本日の夕刊トップニュースは、偽ホームページを利用して、個人情報を盗む「フィッシング」と呼ばれる犯罪で逮捕者が出たという話題である。
 いかにも現代社会を象徴するかのような、インターネットを利用した犯罪であるが、社会面の記事に目を通すと、『土中の車から男性遺体』とか、『バイクレースで激突死』、『車で衝突し死亡』、『刃物で脅され現金奪われる』など、前時代的犯罪が氾濫し、『警察官振り切りけがさせた疑い』や、『逃走容疑者に拳銃構え制止』など、犯罪を取り締まる警察官でも危険極まりない世情の話題で埋め尽くされている。
 最近のニュースには、高校生が手製爆弾を学校の教室に投げ込んだり、女性を監禁するなど、常識を疑うような犯罪が発生したり、人の命が軽んじられた事件が多発している。
 犯罪の低年齢化と凶悪化に対して、少年法が改正されたり、厳罰をもって望む事も必要かもしれないが、一向に減らない類似犯からは、その原因をしっかりと調査研究し、再発防止を図る事が最も重要ではないだろうか。
 『三つ子の魂百まで』ということわざがある。ゆりかごで学んだことは墓場まで忘れないとの例えであるが、家庭での幼児教育から、小学校の教育まで遡った検証が必要であろう。家庭が荒んだ崩壊状況では、男女同権とか、週五日制のゆとり教育などを議論していても、ゲーム感覚で起こされる凶悪犯罪は減らないのである。
                              6月13日の一言
朝日新聞との縁が甦った一日…
 本日は早朝より、かつての職業であった『朝日新聞』の話題が連続する一日となった。
 早朝には訃報である。かつての販売店の店主(既に廃業)が亡くなられたとの連絡であるが、当地方の販売店主達は本日から北海道の稚内での総会へ参加するために飛行機で出向いているとの事から、廃業しているものの、当地に残っている私に白羽の矢となったのである。
 北海道と言っても、現在は携帯電話のために、簡単に連絡がつくものの、足が弱って出向けないOBもあり、自身も明日は議会があるため、やり繰りしての参列となる。
 まちかど座談会が終わり、会場を出ようとすると朝日新聞配達の苦情である。廃業したと言っても、23年間お世話になったお客様の声だけに、無視はできないが、いまだに私を朝日関係者として真剣に訴えられると対応に困るのも現実問題である。
 帰宅後にはかつて津島支局(当時は通信局)に駐在し、現在は東京本社管内に駐在する新聞記者からの電話である。しかし、話に熱が入っている最中に携帯電話が悲鳴をあげた。電池切れである。続きは充電後の夜に仕切りなおしとなった。
 現在の議員生活は、市民の声を聞くために、メールや手紙、アンケートなどを繰り返し、座談会まで開催しているが、朝日新聞を生業としていた頃は、嫌でも市民の声が届くとともに、いくらでも情報を得る機会が毎日あった事が、本日は懐かしく思える一日となった。
                             6月12日の一言
久々のお遍路気分に…
 一カ月に一度は休憩を兼ねて、稲沢市にある矢合観音に立ち寄る事にしている。門前の食堂で一服していると『あじさい祭り』のパンフレットが目に入った。
 「どうぞ」と薦められるままに、足を延ばす(乗せてもらっているため勝手なものである)事になった。パンフレットは津島市の『藤まつり』と変わらぬ出来栄えだったが、内容は脆弱であり、比較できるレベルではなかったが、隣接する真言宗智山派の『せんき薬師』に拝観し、偶然にも住職の読経と重なったため、久々に『四国霊場めぐり』から遠ざかっていた雰囲気を感じる事ができた(同行者には迷惑な話だが)のである。
 稲沢市大塚町にある『せんき薬師』は、毎月20日が縁日で、5月18日から21日にかけては四国八十八ヵ所の土を踏める『お砂踏み』が開かれ、多くの信者で賑わうが、津島市の寺院と根本的に違う事は、いつでもお参りができるようになっており、トイレや駐車場が整備され、受け入れる体制がとれている事である。
 あじさい祭りは、隣の性海寺を会場に開催されているが、感心したのは帰る道中である。
 駐車場に『善光寺まで20分』の看板が立ち、善光寺(旧祖父江町)まで街角に看板が続いて誘導していくのである。一寺院の営業努力とは言え、数年前まで善光寺は本堂や敷地を身売りして移転話が出ていたお寺だけに、津島市や我々にも見習うべき事があると痛感させられた一日となった。
                             6月11日の一言
「あんたー、早く、早くー」…
 「おはようございます」朝一番の来客は、一昨日まで不人気と思って行先を心配していた『アンズ狩り』のご夫婦であった。
 議会開催中の忙しい出勤前に、「お父さん、ハシゴ、ハシゴ」と、お構いなしに手伝いを強要されたが、「あんたー、早く、早くー」とハシゴ乗りを急き立てられているご主人は、私の高校時代の恩師(担任)でもある。
 共に、無愛想な男達に代わって、女達は嬉しそうに『アンズ(杏)』を見上げている。1本の不人気と思っていたアンズの木が、昨日から『人気者』に大変身である。
 もっとも、昨年までも収穫して『ジャム』に変身して、多くの人々に食されてきたのであるが。
 「おい、邪魔だから切っちゃえよ」と、車で訪れる口の悪い人々に言われてきたが、「絶対に切らない」と頑張ってきた、私のこだわりの木でもある。植えてから20年以上経過しているが、出身地の長野地方へ向って樹盛が延びているようにも(私の思い込み)感じられる。
 「やっぱり、下の方だけでも切れよ」と言う(前記の体格の良い人)人もあるが、「下の方は取っちゃったんだ」とハシゴに登る人や、写真を撮る人は残念がるのである。
 議会終了後の携帯電話に着信履歴。「アンズを有難うございました」と、別人の御礼の電話であった。帰宅すると、3人のご婦人がハシゴの上と下で『アンズ狩り』の真っ最中で、アンズの主である私は無視である。
 昨日からあっと言う間に収穫され、淋しくはなったものの、未だ多くの実を残しており、昨年とは違って、熟して落ちる実を心待ちにできるありがたみを、昨年までの収穫の主であった『故・水野静江さん』に捧げたい。
                             6月10日の一言
我家のアンズが大人気に…
 4月に桜より一足先に花を咲かせる『アンズ(杏)』は、今ごろになると大量の実を付けるのだが、熟した実が落ち出すために大騒動となる。
 「誰かアンズは要りませんか」と声を掛けるのだが、なかなか人気がなく、落ちた実をその都度拾い集めてくるのである。
 昨年までは…、と思い起こしても、今年は今年である。昨年までは、毎年夫婦で脚立にのって収穫し、ジャムにしてくれる人があった。しかし、そのご婦人は、昨年12月に63才の若さで天上に召され、残されたご主人は『四国遍路の旅』を始められた。
 花はもちろんだが、熟した実も美しいために、一度は声を掛けられるアンズであるが、焼酎に漬けるか、ジャムにするしかないために、二の足を踏む存在とされてきた。
 しかし、大発見である。杏は『美味しい』のである。我家には2本のアンズが植わっているが、熟すのが遅い奥にあるアンズが、昨年食べられた事から、試しに食べてみたところ、甘い事が判ったのである。多少は甘ずっぱいものの、香りと同じく、熟した実は甘いのである。
 判ったのが、昨日の事である。本日、すれ違いざまにささやいたこの一言によって、(迷惑でも)収穫を志願する方々が押しかけて下さったのである。又、日中にも希望者が訪ねられ収穫されたとの事だが、この一文を記している最中にも、希望者から電話が入り、昨日までの不人気が嘘のような一日となったのである。
                               6月9日の一言
焦って義務的な一言…
 議会の一般質問を明日の一番手に控えているが、これから質問要旨をまとめなければならないのである。答弁する側の市役所は、既に各課の答弁書を持ち寄って、討議も補足も加えて帰宅していると思うと、時間の経過が気になりだすのである。
 ここまでくると、登壇した議場で、質問項目だけを持った『ぶっつけ本番』で臨みたくなるが、(こんな時にも、他人事の家族の再三の食事の呼びかけにイライラしている)、過去の問題発言の過ちを考えると、そうもいかず、本日は本当に徹夜になりそうでもある。
 こんな日に限って、このコーナーのページ容量が満杯になり、新規のページへの書き込みとなり、余計に時間を取られる事も皮肉である。
 51歳のする話ではないかもしれないが、私は『少年マガジン』の愛読者で、若い時は喫茶店で読み続け、最近は幸いにも子供が買ってくるため、現在まで読み続けている。
 しかし、最近は老眼が進み、歳のせいもあるかもしれないが、それよりも忙しさからゆっくり読んでいないために、新しい漫画に馴染めず興味が薄れてきた事も寂しい現実である。
 私を意識して机に置かれた(置いてある事に感謝すべき)漫画だが、読むのは週末になりそうである。もっと焦っている事は、このコーナーをリンクさせる事にあるが、議会用の資料を前に焦った作業になりそうである。
                              6月8日の一言
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