寮生活の衣食住

 

 単身赴任とか、独身寮生活とかいっても、皆さんに慰められるほど大変でもない。世間の単身赴任とは違って朝夕の食事があるし、支店長に「いつも帰りが遅い」と言われたくらいで、寝て食うだけの日が多かったことにもよる。また、自由気ままに過ごす楽しみがあり、一人で生きているという充実感もある。もちろん不自由に思うことはある。それらを思いつくままに記してみる。

 部屋の掃除 毎日する人もあるが、私は違う。朝早くや夜遅くでは他の部屋の人に迷惑だからと思っているうちに何日もたつ。朝の光が部屋の隅にたまったほこりをくっきりと照らしだすと掃除機を取りにいくことにする。

 洗濯 家へ帰るときは、1週間生きたあかしと妻に怠けぐせがつかないようにハンカチと靴下だけを運ぶが、それ以外は自分でやる。洗濯は結婚する前の寮生活以来15年ぶりだ。洗濯機は全自動で乾燥機もあるので昔に比べて格段に楽になったが、出張や飲み歩いて連日夜遅く帰る週は本当に洗濯の時間がない。夜中に帰ってから洗濯し、風呂から上がって乾燥機に放り込んで寝ることになる。

 布団干し 布団乾燥機でやっても、日に干した布団の良い匂いはないので、やはり日に干したい。朝干すとしても真昼に取り込む時がない。晴れた休日といっても外出の用があったり帰宅したりで、うまくはいかない。特に冬は晴れの日が少なく、たまに干して外出すると急に雪になることもある。

 衣類の準備 季節による入れ替えはまとまった時間がいるので、つい遅れてしまい、シワがついたままの冬背広を着ることになる。マフラ―や手袋などの小物も季節の終わりに自宅へ持ち帰っていたりして、あわてることがある。毎週家へ帰るとは限らないので、往復するときは家へ持ち帰るもの、家から持ってくるものを忘れないように気を配る。特に帰宅に続いて宿泊出張するとか、その逆の場合などには、衣類や洗面具、書類などの持物の準備にかなり神経をすりへらす。結婚式やスキ―などの文体行事の直前も要注意である。

 食事 健康的なメニュ―で不満はない。朝は別として夕食は月平均10食程度の実績だから、あまり言う資格もない。強いて言えば果物が不足気味になることと夜食や日曜日の食事がないことか。日曜日の夜に一人で外食するときは、単身赴任であることをしみじみと感ずる。

 病気 これが何よりもわびしい。一人だけ寝ていると、物音もなく部屋も寒々として、この時ばかりは家へ帰ってわがままを言いたくなる。

 電話 家族には、会社へも寮へも人の生死に関すること以外は電話をしないように言い置いてあるので、寮へは一度もなかったよ うに思う。寮では呼び出しの世話がかかることと廊下でのオ―プンな会話となることが気になる。私から家へは毎週金曜日の朝ぐらいに、帰宅の予定や郵便物の確認など百円玉一つで用を足していたが、部屋からかけられるとなると回数と時間はもっと増えるだろう。ただし、その場合は里心がついてしまいそうでいけない。

 部屋の狭さ 6畳の独房は窮屈な感じがするが困るというほどのことはない。若者とは違って物が少ないからだ。前住者からいた だいた本立、小さなやぐらこたつと、買い足したテレビぐらいが私の財産だ。部屋の両側に背広などの衣類が吊るされ、床には個人的に購読していた朝日新聞の切り抜きが散りばめられる。まるで部屋全体が洋服タンスか物置の感じになり、そこへ野良猫のように夜中に入りこんで寝ることになる。

 最初の半年は「吉田寮」その後の2年半は「柳寮」で暮らしたが、生活の基本パタ―ンは同じである。朝6時に踏切の警報機の音で目覚め、6時半前後には布団離れをして顔を洗う。6時45分NHKニュ―スの音楽とともに食堂へ出向く。7時から談話室で新聞を読みながらテレビを見る。そして、7時半から着替えをして50分頃に寮を出るというのが平均的な日課である。このパタ―ンは朝4時すぎまで夜更かしをした日でも変わらない。

 寮生活は、探してみれば不自由なことも出てくるが、いろいろな思い出が残って悪くはない。日ごろ部屋が狭いといっても、休日に一人残って大きな風呂にゆったりと入れば、豪邸の主になることもできるのである。