オマケ: おいらちゃんの逆襲


「やっぱり似てないみたい」
「……だろ」
 コンテナで語らうことしばし。戻ってきたばかりの男には意味不明のことばを、和真は照れた表情で政人へと向けていた。
(やっぱ、こいつら仲いいんじゃん)
 思わず舌打ちをこぼしかけるのも、男としては仕方なかっただろう。鼻先で笑った政人の瞳は、行為とは裏腹にひどくやさしさに満ちていたからだ。
 とはいえ確執は既に乗り越えたはずの彼ら相手に、新たな嫉妬を抱くのはどうだろうか。自分のいない間、和真をずっと見守ってくれていたのだ。その感情は疑う必要のない厚意だ。ならばいま取るべき行動はひとつだろう。
「……じゃあ、俺は」
 このコンテナは彼らの大切な居場所である。心得があればこそ、撤退することを男は申し出た。
「あ、ちょっ……」
「そうだ和真。今日は練習日でもないんだし、帰っていいんだぞ?」
 再会を邪魔しないように政人同様控えていた達彦は、そう切り出したあと目線で挨拶をしてきていた。だがその視線はすぐに和真へと流される。合わせて翔もそちらへと顔を向け直す。
「あ、うん。そうだね……、じゃあおいらも帰る」
「それがいい」
 短く最後の人間からも同意を得て、ふたりは揃ってその場を辞去することになった。
 そうしてコンテナからぶっきらぼうな顔と不器用な笑顔に見送られ、地下鉄に乗るまでしばし。いつもどおりの行程を久しぶりに過ごした翔は、だが今や相手の意外な行動に振り回されていた。
「おい、なんだよ。こんなところで」
 乗り込む電車はいつもの方面。だが数駅を過ぎ手を引かれるままに降りれば、そこは利用することなどめったにない中途半端な駅。どこかへ乗り換えられる駅でもなければ、特に目的になりそうな物のある付近でもない。
「……あんたね」
「え?」
 降車した車両がホームを出ていった瞬間、それは起こった。

 ―― パンっ!

 痛烈な音は何が成したものか。理解する前に男の頬はじんじんと痺れてきていた。
「なんか言うことないのっ!」
「……いってー! なにすんだよ、いきなりっ」
 烈しい平手にはたかれた頬を押さえつつ、彼もまた大声で言い返す。
 反駁は、けれどそこまで。無言のまま翔の腕を引きつかんだ相手が、ざかざかと歩きはじめたからだ。
 いや、理由はたぶんそれだけではない。前を見たきりこちらを向こうともしない態度。
「こんなところじゃ、話もできないじゃんかっ」
 それだけを言い放つと、男が怪訝に思う暇もないままに相手はますます速力をあげて歩き出したのだった。


 それから歩くこと数分。彼はなぜこの駅であったのか、ようやくにして思い知るのだった。
「で、ここですか……」
「あんたが前に言ったんでしょうが。ここなら大丈夫だって」
 呆気にとられた声に、和真はなお憮然と答える。だがその問いは仕方のなかったものだろう。
 なにせいまふたりが膝をつき合わせているのは、いわゆるラブホテルの中だ。
「いや、まあ。そうなんだけどさ」
 事実であればこそ気恥ずかしい。並び座ったおおきなベッドになお照れも増せば、つい頭のひとつも掻きたくなろうというものだ。だがそんな調子は長くつづかない。
「それで! 言うことないのっ」
「言うコトって……も、なぁ」
 めずらしい剣幕に、さしもの翔もたじろがずにいられない。けれど頭のなかで検索を走らせるも、答えには辿りつかない。ピリピリとした雰囲気に迫られれば、なお焦りも増すばかりだ。しかし集中しきれないのは、先ほど打たれた頬が痛むせいもある。
「黙って行って、勝手に帰ってきて」
「……帰ることは言った気がするんだが」
 ようやくの発言は、ギロリとしたひと睨みにすぐひっこんだ。そもそも腫れた頬を押さえながらの反駁は、どうにも力がない。ただ黙り込み、男は相手の爆発した感情が落ち着くのを待った。
「とにかく、一言足りない気がしないのっ?」
 けれどそうして相手をじっと見つめ出せば、相手の変化を見逃すことだけはない。睨みつけていた目が力無く背けられ、床へと投げられる。息を詰めて次の動きを待てば、徐々にその肩が震えてくるのも見て取れた。
「いつだって、あんたは……」
 かたちにしてからしか言いたくない。そんな彼のプライドやポリシーは和真とてわからないものではない。むしろ一番わかりたいと思ってきた。
 最初の告白も書き上げてから。ドラムの演奏も完成してから。今回もまた、知らされたときにはすべてが終わっていた。もちろんそれらすべてが自分たちのためであることは疑わない。
 ただそのときに、一言なにかあってもいいのではないだろうか。
(そう思うのは、贅沢?)
 不安だけ煽られて。ただ待つしかなくて。そんな想いはその全身から溢れていた。
「ごめん」
「謝ってほしいわけじゃない、から」
 ぽたりと落ちた涙は、まぎれもなくやつれてしまった頬を伝っていた。
 東京に行っている間にどれほど心労をかけたのか。間違っていたとは思わないが、それでも後悔が胸に突き刺さる。
 けれどいまは ―― 。
「……ただいま」
 万感の想いを伝えるように、男は相手をただぐっと抱きしめた。
 ふわりと流れこむ互いの体温。ようやく帰ってきたという実感が彼らを襲う。
「なあ」
「おかえり」
 返されたことばは、きっと正解の証。
 にっこりと向けられた笑顔に、そうして男はキスをするのだった。



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そののちは、011:柔らかい殻をつかうのさ。




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