081:ハイヒール




「……おまえさぁ」
「なんだ」
「妙に目立ってること、気づいてる?」
 クリスマスは過ぎたといえ、年末に向けて街は相変わらずのざわめきだ。
 冬休みに入ったからか、高校生ぐらいの年齢層などは、むしろ増加の一途をたどっている。
 そんな中、呼び出された男は、置かれた状況にうんざりとため息をついていた。
 さきほどから痛いほど突き抜けていく視線。
 そう、突き抜けているのだ。周囲からのそれは、決して彼に向いているわけではない。
「気にならないのか? 周りの目っ!」
「悪いな。俺の彼女は、シャイなもんだからさ」
 しゃあしゃあと言い放ったのは、詫びと称して呼び出しをかけた張本人。
 しかしその彼は、いまだ背後から恋人をしっかりと抱き込むように立っている。その相手との会話は、すべて顔を寄せ合って、耳元に囁くように。いちゃつくにもほどがあるというものだ。
 あげくやたら背の高いカップルだ、目立たぬはずがない。
「……おもわず無視して、通り抜けるとこだったぞ」
「いやでも、足元もあぶないしな」
 腕の中の相手が履かされているのは、ふわふわのファー付きミュール。
 昨今の流行りものだが、そのくせ奇妙なほどにヒールが高い。
「こうして支えててやれば、安心だろ?」
 なあ。抱きしめた相手へと同意を求める男に呆れれば、やはりその恋人というだけのことはあるのか。
 そちらもまたほのかに頬を染め、コクンとうなずくだけだ。
 幸せ全開オーラのふたりに、あたりから突き刺さる視線も、羨望と嫉妬の色がなおさら濃くなる。
「……心配して、なんか損したぜ」
 チッと強めに舌打ちしても、現状に変化が起こされる見込みはない。
 深々と嫌みをこめた吐息をついて、男はその表情を一変させた。もちろんいつものあの微笑みにだ。
 どうやら彼もまた、周囲をシャットアウトすることにしたらしい。
「ま、望みは叶ったみたいだし?」
「うん……。ありがとうございました」
 ようやく腕のなかから、かすかな声があがる。
 言葉よりもはるかに感謝を窺わせる微笑みが、その貌にはやわらかく浮かべられていた。
「おまえなぁ!」
「ふぇ?」
「そんな顔、俺以外に見せるなよなっ?」
 一気に吹き飛ばされた、微笑み。突然叫んだ男の瞳は、真剣そのものだ。
「別にそんなつもり……」
「まったく、油断ならねぇな」
 視線がギロッと飛んだ先は、なぜか真正面にいた男にだった。
「おまえら、俺に見せつけるために呼び出したワケ?」
 呆れなどすでに通り越えた気がする。
 両方の掌を上に向けた姿は、きつい視線を受け止めた男の心情を、如実に表しているのだろう。
「ちがい……、ぎゃっ」
「そんなとこかもな」
 あわてた桜色の唇が、否定を告げる。それを大きな手が塞いだ。
 変わって答えた声はぶっきらぼうな、けれど少し笑いのまじったものだ。
「 ―― すげぇ詫びだな」
 親友を自認する男ふたり、視線が交錯する。
 そして次の瞬間に、思い切り吹き出していた。あふれた笑いはとまらない。
 腕の中、取り残されたひとりは、あたふたとしていた。
「でも、友人としては、俺も和真も感謝してるよ」
 先に笑いをおさめたのは、意外にも呼びつけた男のほうだった。
 ありがとう。そう告げた顔つきは、すがすがしいほどにまっすぐだ。
「気にするなって。そいじゃ、また今度誘ってくれよ」
「え?」
「ああ、そうだな」
 怪訝そうなまなざしをみせたのは、マスカラに飾られたふたつの瞳だけだ。
 そんな表情ごと背後の男は抱きかかえ、自然体で受け止めていた。
「……カメラ、持ってくりゃよかった」
 幸せの形。少なくともそのひとつを切り取ることができただろうに。
 ほんの少しの後悔が、見つめる男の心をよぎる。
 目の前のふたりは、紛れもなく他者にそんな感覚をもたらすだけの何かをあふれさせていた。
(まあ、見せてくれただけでも、感謝かな)
 どんな言葉で告げられるより、安心できる。それこそ最大の謝罪であり、感謝の表現なのだろう。
「今度は、彼女連れじゃない日に頼むぜ」 
「わかってる。和真にも伝えておくさ」
 男の和真は、確かに彼らの友人でもあるけれど。
 女装した彼は ―― 。
「おまえは、俺の恋人でしかないからな」
 立ち去る親友への視線はそのままに、回している腕への力を残された男は静かに強める。
「……うん」
 真意が伝わっているのかどうかはあやしい。
 けれど、とりあえずこのままで。
 独占欲も、慈しみとして表現してこその価値だから。
「行くぞ。ああ、ゆっくりでいいからな」
 不安定なハイヒールは、相手を思いやる心を忘れさせない。
 返されるのは、雪を溶かすような暖かな微笑み。

 そして、一組の恋人同士は、連れだって歩きはじめた。


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評価:人の迷惑も、たまには考えましょう




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