088:髪結いの亭主



 異世界から来た勇者と姫がめぐり逢い。さてさて、話の行く末は?
 そんな疑問は、きっと無意味。当人たちにとっては絶対に。



 野営が当然であるフィールド上。休むことすら危険なその場所では、警戒を怠ることなどできない。だから夜は常に火を焚きつづけて敵を避け、そんななかでの名ばかりの睡眠では、体力の回復すらもままならないのだと。
 少なくとも長年、塔のてっぺんにいた和真姫はそう信じ込まされていた ―― のだが。
「勇者と姫がいたら、当たり前だろ?」
 夜半。ニヤリと笑いながら迫ってくる男が、なぜかその勇者だった。
「……おいら、男だってばーっ!」
「気にするなって。そんなこと、些細なもんだって」
 下敷きにされた姫の叫びは、あっさりと無視されていく。
 どこか些細なのだと、もはや疑問に思う者はいないだろう。この世界、彼がそう言えばそれが正しいことなのだ。
「やだ、やだ、やだーっ!」
「ダメってか? わかった、わかった」
 だが、いくらなんでも強姦は趣味じゃないということか。それとも相手の抵抗があまりに攻撃的であったからか、勇者はむくりとその上体を起こした。手負いの猫のようにフーフーと毛を逆立てる姫はそれでも警戒を解かない。レースの袖に包まれたその腕は、あの剣を振り回す力を秘めているのだ。襲う側としても無理強いできるはずもないだろう。
「手がうずくなぁ……。ああ、そうだ」
 完全に身を離した勇者は、持て余すように両手を蠢かせる。その視線が、ビシッと草むらを捉えた。ガサガサっと物音がひとつ。
「そこだっ!」
「ぴーっ!」
 立派な盗賊の手腕は、あざやかに一匹のモンスターを捕らえていた。それだけならば勇者らしからぬとはいえ、決して問題はない。むしろこの場合問題なのは、そこからの行動である。
「うーん、けっこうイイ感じかも」
「って、あんたなにを……」
 満足げな吐息に、姫もわずかながら近づくように身を起こす。肩越し、覗き込んだ先には。
「スライム?」
 大きな手の中には、見間違えようなくあの青色の物体がつかまっていた。
「可哀想でしょっ!」
「だって手触りがいいんだよ、触りたくもなるだろ?」
 むにむにとした感触は、確かにもみしだきたくなるかもしれない。
 だからといって罪もないモンスターをオモチャのように扱ってよいのだろうか。もみしだかれて歪んだ顔は、ユーモラスゆえに悲哀を感じさせるものがある。
「ダメだったら! 悪いコトしてないんでしょっ」
「ぴーっ!!」
 さしのべられた救助の手に、スライムは歓喜のものとおぼしき声をあげる。いや、それはただの悲鳴か。姫の腕力で奪い取られたのだ、相応のHPが減少したことだろう。飛び跳ねて草むらへと駆け込んでいく背中は、ふたりのうちのどちらから逃亡しているのか、量りかねるものがあった。
「ちえー……」
 奪われたモンスターをもう一度捕まえなおす気にはならなかったのだろう。
 だがそれでも手をもぞもぞとさせているのは、なんなのか。そのままニヤリと吊り上がった口元に、仁王立ちした姫が意味なく寒気を感じた瞬間。
「だったら、おまえ代わりになれよ」
「え?」
 ふわりと舞ったドレスの裾。あれよあれよという間に、姫の視界は星空だけになっていた。
「うん、いい触感」
 会心の笑みを浮かべる男の手は、言わずもがなの場所に滑り込んでいる。あげく脚はきっちり相手を絡め取って押さえつけていた。ここまでくればもはや勝敗は決したも同然だ。
「ひきょーものーっ!」
 勇者の称号にふさわしからぬ言葉をいただきつつも、今日もまた押し切り勝った男の思いどおりに夜は更けていくのだった。

 そうして、しばらく類似した日々がつづいたある日。
「なにが嫌なんだよ、おい」
 夕陽が落ちて、すぐの時間。めずらしく拒絶をくり返す相手に業を煮やした勇者がくべた薪は、苛立ちを示すように燃え上がった。ゆらりと揺れる空気。それを間に挟んだ姫は、うつむいたままぼそぼそ呟いた。
「……え? なんだって?」
「だって、すごく疲れるし……。剣だって、だから持てなかったじゃん」
 剣呑な問いかけは、なおさらに相手を脅かすだけだろう。だがそれでも抑えきれず発すれば、びくびくとながらはっきりと答えは返された。次にどんな状態が訪れるだろう。なお高まる緊張感をぶったぎったのは、そっと仰ぎ見た勇者の呆れ顔だった。
「って ―― あ、ああ。それが理由だったのか」
 いや、呆れているのではない。拍子抜けしているのか、焦っているのか。ほのかにその頬は、火に照らされたのみならず赤かった。
(なるほどね……)
 今日は、めずらしくも一日戦っていたのは勇者のほうであった。
 元が盗賊らしい彼だ、普段は力の強い姫に剣を押しつけ、自分はのらりくらりと逃げ回る。いや、アイテム奪取に専念してその手腕を存分に発揮しているのだが、さすがにふらふらと金属の重みに振り回されている姫を盾にはできない。
『……ったく、貸せっ!』
 奪い取るように剣を構えた彼は、圧倒的な力でもってモンスターをなぎ倒していく。その後も独りバトルを繰り広げる姿は、さすが勇者と思えるものであった。それでもはるかに蹴りによる攻撃数のほうが多かったのは、その過去の経歴をもの語るものとして特記すべきことだろう。
「これ以上、迷惑かけてたら旅になんない」
「いいんだよ、いつもは俺が隠れてるんだから」
「でも傷だらけだよ。あんなにかばってくんなくても……」
 普段の姫よりも、明らかに多いケガの数。滅多にしないため、不慣れだった直接戦闘という理由もあるだろう。しかしむしろ原因は戦闘法だ。独りですべての敵を背負い込めばそれも当然の結果といえよう。
「気にするな。おまえの魔法で傷自体は塞がってんだから」
「う、ん……」
 本人がいくら男だと言い張っても、姫は姫。剣を握らせているとはいえ、本当はあまりケガを負わせたくはない。あまつさえ、その傷の一端が自分の行動にあるとすれば、なおさらだ。
(わかってたんだけどな。無理させてるコトは)
 けれどこの相手を目の前に、忍耐力がつづくとは思わないのがこの盗賊勇者である。
「なら今日はもうちょっとで宿に入れるから。ゆっくり休もう」
 温泉で有名な街は、もう目の前。罪悪感を押し隠した笑みを浮かべて、彼は不慣れな剣を満月に煌めかせて歩き出すのだった。

「ええ、ふたり」
 どんな深夜の飛び込みでもなぜか常に空室があるのは、やはり世界に愛される故か。
 ほどなく着いたのはちいさな村、唯一であるはずの宿。帳場でさらさらとペンを走らせた勇者は、少々ぶっきらぼうにゴールドを支払っていた。
「……別に部屋、とるか?」
 肩越しに振り返って呼びかけたのは、もちろん同行者の姫にだ。一歩控えた位置に立つ相手は、めずらしくもぼんやりと他方を向いている。視線の先を追えば、意外にもそこには通路を進む湯上がり客。すでに気分は名物の温泉に向いているのだろうか。
「おい。部屋わけてもらうぞ?」
「え。あ、ごめん。ちょっと話、あるから」
「話くらい、部屋ちがってもできるぞ」
 疲労の原因を聞かされて、まさか当日襲うわけにもいくまい。だが同室では忍耐が保たない。
 苦肉の策での提案は、だがうるりと見つめられた瞳にぐっと飲み込まれる。あまつさえぐっと裾までつかまれては、絶対に突き放すことなどできないのがこれまたこの男なのでもある。
「わかったわかった。じゃあ、ツインで」
「じゃあこちらの鍵で。どうぞ、ごゆっくり」
 帳場のおばちゃんに見送られる勇者は、自分の薄氷のごとき自制心を恨みつつも、ほっと安堵の表情となった姫をきっちりエスコートしていった。
 ちいさな宿。部屋までの通路などいたって短い。密室でふたたびふたりきりになれば、今度は勇者の緊迫感が高まった。
 とりあえず装備を下ろすことで、精神を立て直す時間を稼ごう。
 そう思ったかどうかはともかくとして、彼はゆっくりとその荷物を片づけはじめる。だがその努力をあざ笑うかのように、寝台に腰掛けた姫は口を開いた。
「ねえ……さわって?」
「は?」
 剣を下ろしたあとでよかった。がたっと落ちた肩に乗っていた日には、床に大穴、弁償ものだ。
 そんな余所事を思わず考えずにはいられないほど、視線の先にあったのは扇情的な姿がそこにはあった。なにせドレスの開いた首から胸元を隠すように普段は着込んでいるボレロを開き、キスマークも派手に残る肌を思い切り露出させているのだ。
「ねえ」
 誘われるはずはない。だがいつも散々にかじりついている鎖骨のラインを見せられて、どうしてオオカミにならずにいられようか。
(いや、だが! 別にそこらあたりに触ったからといって、どうということもないはずだっ)
 仕方なく彼は、無関心を装ったような奇妙な顔でぐっと差し出された胸へと手を伸ばした。ぐっと触れば、しばしの違和感。やわらかな弾力あふれる感触は、この相手にはありえないはずのものだ。
 そう。ここから彷彿とされる感覚は ―― 。
「まだあのスライム入れてるのか」
 あれから何の因果か、この和真姫になついたスライムはときどき不意を突いて彼らの前に現れている。その度ごとにあの日と同じことを引き起こすのだから、まったくもって救い主の役には立っていないどころか迷惑をかけているのだが、姫自身もそのちいさな相手を気に入っている。
「出してやれ。なんもしねーから」
 だからこそのため息まじりのコメントだったのだが。
「無理」
「それこそ無体ってもんだろう、おまえ」
「じゃなくって、無理なんだってば」
 意味の通じない問答は、しばらくつづく。だがなかなかにあがらないスライムの悲鳴のかわりに、ちいさな吐息が、それも色っぽく姫の唇から出た瞬間、男はその目を見開いた。
「ま、さかな?」
「ああんっ」
 確認するようにぐっと一握りすれば、あがったのは紛れもない嬌声。つづけてかのモンスターの角とおぼしき場所をひとつまみすれば、潤んだ瞳が睨みつけてくる。
「これってさ、もしかしなくても……モノホン?」
「そうみたい」
「げ……」
 すぐには信じられない。
 勇者は完全にその整った顔を強張らせていた。そして姫はそんな表情を、徐々に染まりゆくピンクの頬を隠すことなく見上げていた。
「……ねえ、そろそろやめてくれる?」
「あ? え、ああ。悪い」
 静かな制止は、吐息を抑え込んでのものだった。顔と身体。すっかりとその両方を硬直させながらも、勇者の雄としての本能は彼の掌をエンドレスにうごめかせていたようだ。
「どうやら、混乱してるらしい」
「らしいね」
 腕を背中にしまいこんだ男は、ふらふらと背後へと逃げていく。そのまま脚に当たった寝台にがっくりと座り込むと、いきなり頭を抱え込む。そんな背を丸めて縮こまる姿は確かに苦悩があらわである。
「チョイ独りにしてくれるか?」
「それはいいけど。おいら、どこ行ってよう」
「温泉にでも行ってこい。大浴場」
「わかった。でもどっちに?」
 途方に暮れた顔つきで右と左を向いてみせるが、それは男女の別を示すのだろう。
「……貸し切り、頼んでくる」
 途方に暮れたいのは、こっちのほうだ。
 ふらふらとおぼつかない足取りで、勇者はさきほど通り抜けた帳場へと戻っていくのだった。
 ―― ちゃぽん。
 それから、そんな水音が響くには、さほどの時間はかからなかった。
『奥サン、恥ずかしがりそうだもんねぇ。いいよ、いいよ』
 冷やかしというか、おばちゃんなりの気遣いというか。あっさりとゲットできた権利の証である鍵を片手に、勇者は部屋へと踵を帰していた。
(傍目には、疾うに女性体に見えていたってな……)
 自らの見る目のなさに打ちひしがれる姿は、なかなかに哀れを誘う。防御力の高い『姫のドレス』を装備した外見で判断されていたとは、思いも寄らない勇者である。
「あんた、イヤじゃない?」
「別に?」
 愛し合う男女がふたりきり。そんな普通ならば望むべくもない状況に置かれつつも、彼らがいるのは風呂場の内側と外側である。どうにも不安がる姫の願いで一緒に家族風呂に来たが、厚顔がウリの勇者とてさすがにこの状況には理性が耐えかねていた。
 いや、保たないのは理性というより自制だろう。今日こそはなにもせずにゆっくり休ませようと、モンスターの活性化する夜、わざわざ宿まで来たのだ。なけなしの忍耐を総動員しても、どうにかこの据え膳を乗り切らねば、面子がないというものである。
 だがつづけざまに起きる水音は、あざ笑うようにピリピリと張りつめた彼を逆撫でていく。
(ああ、もういっそなだれ込んで……)
 ぷっつりとその限界に到達しかけた彼が、磨りガラスの扉に手をかける。
「っていうか、どうしてこの世界って、こんなおかしなコト起きるんだろ……」
 ガラスがどうにかまだ障壁としての役目を果たすギリギリの状況。ぽつりと響いてきた声は、一気に冷静さを彼に取り戻させた。
「帰りたいのか? 元の世界に」
「え、そういうわけじゃないけど……」
 気弱な呟きは、水音に紛れてしまいそうだ。だが聞き逃すわけにはいかない。
「なら別に問題ないだろ。ここにいたって」
 むしろ、ここにいてくれ。
 もはやいつもの調子を取り戻した勇者のことばは、突き放すようでいて誠実さに満ちていた。
「でも……、このままじゃ足手まといだよ」
「まあな。たしかに直接戦闘だけは痛いが。でもな」
「でも?」
「おまえのホイミ、今日はよく効いたぜ? だから」
 ああして無謀なほど、攻撃にだけ全力で立ち向かえたのだ。
 だがそこまではっきり告げられるほど、だが勇者もまだ熟してはいなかった。もごもごと口ごもれば、解釈を委ねられた相手は、それってと、すこしだけ晴れやかな声を発する。
「もしかしたら、攻撃魔法もってこと?」
「……まあな。可能性はあるだろ?」
 自分の告げかけたセリフに顔を真っ赤にさせた男は、直接この顔を見られない状況に感謝しつつ、普段どおりの口調で返す。想像しなかった範囲だが、確率的には十分にありえるのだ。
「魔力も上がってんのかなぁ……」
「明日、また試してみようぜ」
 それが姫の自信につながるのなら、厭う内容ではない。扉の向こう、いつもの快活さのかけらなりを取り戻した相手に、彼はもう無意味は欲情がおさまるのを感じていた。残るのはふくれあがる愛おしさだけだ。
「だからもう、今日はゆっくり休め。せっかくの温泉だろ」
「うん」
 しばらくつづくのは、柔らかな沈黙。ガラス戸の前に腰を下ろせば、水音さえも優しく響く。
「あのさ」
「うん?」
 耳を澄ませば、ザザーッという大きな水音とちいさな物音がした。それが足音だと気づくのに、数秒かかる。
「……ありがと」
 ただ一枚のガラスを挟んで隣り合う男と女。ほんの数pしかその間はない。振り返れば、磨りガラス越しに淡く浮かび上がるかもしれない。
 それは見たことのないはずの、愛する女性の ―― 。
 再び刺激される、劣情。喉を鳴らせば、高鳴りはじめる鼓動をも自覚する。
「いいや。普通のことさ」
 だが彼はひとつ首を打ち振るった。そしてその壁は、決して取り払われることはなかった。

 そして一晩休んで、HPとMPが完全回復した朝。
 前日とはうってかわった元気のよさでフィールドへと向かった姫は、満面の笑みで爆炎をあげつづけていた。
「うーん、快調!」
 昨日は回復ばかりにまわっていたために気づき損ねていたが、どうやら魔法すべてが強烈になっていたようだ。魔法力自体があがっているのだろう、攻撃呪文は唱えるたびに爆発的な威力で敵を殲滅させていく。
「……ベ、ギラマっ!」
 詠唱とともに即座に巻き起こる焔。破壊的な音とともに、またひとつのグループが消し飛んでいく。あとに残るのは、チャリチャリとしたゴールド。さっさと拾い集めるのが、今日の勇者の仕事である。
「いいねぇ、これなら俺が剣をかまえる必要もないってね」
 さっさと小銭を袋へ納めて空の手をわきわきさせる姿は、剣を握った姫同様、もはや勇者のものとは思えない。だがお互いにひとつ顔を見合わせれば、にっこりと微笑み合う。
 これこそが彼らのあるべきスタンスなのだ。
 そうして本調子で森や砂漠をを歩き回れば、相当な戦闘を短時間に重ねられる。MPの消費量は激しいながらも、回復に要する宿代の算段を含んでなお普段より効率よいゴールド稼ぎに、昼食に向けての勇者の準備はひどく軽やかだった。
「今日はなぁに?」
 料理当番は常に勇者の役目だ。こんなところばかり姫らしいというのか、和真にはその手の知識がまったくなかったからだ。
「ん? 暴れ牛のステーキ。さっきおまえので焦げ損ねたのから、むしってきた」
 訂正しよう。普通に料理ができたところで、このフィールドでは役に立たないらしい。むしろこの男の野営知識というか能力に感嘆すべきようだ。むろんつきあえる姫も、なかなかのものではある。
「そっか。ところであんたって、魔法、ぜんぜんダメなわけ?」
「うんにゃ? 初歩の回復術くらいは使えるぞ」
 ぶちぶちと肉を串に刺してから慣れた手つきで薪を組んだ男は、そのまま木切れを擦りはじめた。
「……まあ火ぃつけるくらいは困らないみたいだし、いらないか」
「こいつも魔法でできりゃ、もっと楽なんだがな」
「つけようか?」
「いや、いい」
 普段なら姫のメラをつかうところだが、その数MPが1ゴールドと思えば、多少の苦労もなんとやら。一応ため息をついてはみせているが、手元ではすでに煙から小さな炎が覗いている。あとはこのまま大きな火にするだけだ。
「しかしこの身体、どうなるのかな……」
 普段ならば大好物であるはずの類似牛がじりじりと焦げる横、その香ばしい匂いに頬を緩めながらも姫の憂いは消えない。
「なんとかなるんじゃねぇの?」
「そんなお気軽に」
「気軽じゃねぇって」
 まずは一本目。既に焦げていたからこそ軽く炙り直せば十分な肉を、勇者は串ごと姫へと突きつけた。
「願えば、叶わぬコトなどないってな」
「え?」
「まずは、喰え」
 有無を言わさず口にさせれば、口元はいつもどおりにほころんだ。自らで串を持って食べ出せば、それはますます愛らしく緩んでいくばかりだ。
「願えば、叶わぬことはないかぁ」
「ああ、まあな」
 そんな姫を傍らに、二本目の様子を伺うかような勇者はたき火へうつむいている。だがその窺わせない表情は、どこか危険なたくらみを感じさせる笑顔だ。
 願えば、叶わぬことはない。それは勇者のむかしからの信条だ。
 彼が望んだから現れたかもしれない、和真姫。それはまさしく勇者好みの相手だった。
 かわいい外見、そして似合わぬ破天荒な行動。そして今回の性別異変。たぶん今回の変化も、そのおもしろいもの好きが原因なのだろう。一晩たってようやく彼自身もそれを認識していた。
(でもな、まだまだ刺激は足りないぜ? お姫さん)
 そうしてほくそ笑めば、なお自覚されるのは強まる欲望だ。ならば結論はひとつ。
「だから、望みつづけようぜ?」

 がじっと肉にかじりつきつつも、浮かべる笑みは常に鮮やか。
 青空を背景にいささかも後ろ暗さを感じさせない勇者は、やはり相変わらず油断がならない男であった。



045:年中無休 ≪≪≪   ≫≫≫ No Number:続・髪結いの亭主


これでもやっぱり勇者の旅。選ばれし者って、いいね。




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