08: 触れていても遠い意識


 朝も夜もない部屋。眠りに墜ちてなお指先を絡めたままだった手に、先に目覚めを迎えた男は儚い幸せを感じていた。
 つないだ手は自分よりも線が細い。そんな手の甲に、指先に、手首に。肘までたどるように口づける。その道すがら、ところどころに残る痕。これまで隠そうとしてきた、いや消そうとすら考えた執着の深さをまた思い知らされる。
(いったい俺はどうしたかったっていうんだ……)
 足掻いたぶんだけ自らの感情に振り回された、それも本当に一瞬の激情に。
 衝動で、あるいは計画して犯罪を起こす。いったいどれほど自分がそれらの相手とちがうのか。
 口先だけで人を非難し、行為どころか人格を否定して。裁くのは人でなく罪とはいえ、そうし続けねばならないことに疲弊していた。その結果が現状への一端かと思えば、なお徒労感は募る。
「それでも、愛してるんだよ」
 女性とつきあっていたからといって彼への愛情がなかったわけではない。
 男と女、それぞれが異なるものであるからではない。単に自分が彼の恋愛対象足りうるとは想像もしていなかったからだ。その証拠に、彼の告白を受けてから誰とも交際はしていない。
 何度も告げたことばに偽りはない。友愛だとかに逃げる気もなかった。
「……愛してるんだ」
 傷つけてまで突き放したかったわけではない。もし離れるいつかが来るにせよ、そのとき彼が後悔しなければいいとだけ思っていたのに。
 それでも自分の欲求に負けた。ひとは弱い、犯罪など大半はこんなものだろう。
 頬を流れた熱さに、泣いていることを気づかされた。認識してしまえば留めることはできないのか、次々にこぼれだした滴は瞳にすら滲みるほどだった。
 だが絶対にこの顔は見せてはいけない。赦しも請わなければ弱さも悟らせない。
 彼には無罪、裁かれるべきはただ自分であればよい。
(さあ、早くその目を開いてくれ)
 断罪の刻限はもう間近。そのぎりぎりまでせめてこの手をつないでいたい。
 朝日が差す窓のない部屋にも、鳥のさえずりは聞こえだしていた。



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