No Number: ライブの名残


 最初で最後だろう四人のライブが終わって、数日後。
 充実した演奏者はいきなり封筒を渡されていた。

「なんです、これ……」
「お金、だよね。なんで?」
 配って歩くのは結城だ。特に金銭のやり取りをする覚えもなければ、疑問は当然だろう。
 きょとんと問いかけたのは、やはり一年のなかでもっとも相手に親しい和真だ。
「ん? 分配金ってとこ」
 けれどその当人は、いたって当然のように笑った。
「おまえ、勝手に売ったな……?」
「だってさあ。俺が撮ってたの、みんな知ってるから」
 ギリギリと目を眇めた翔を後目に人数分をすべて渡し終えた彼は、コンテナ内に転がるパイプ椅子へと勝手に座り込む。
「最初は普通に焼き増ししてあげようと思ったんだけど」
「ルートに乗せたんだな?」 
「ま、ね。どうせ枚数流れるなら、一緒でしょ?」
 詰問するように間合いを詰めた男に向けて肩をすくめてみせる姿は、けれどまったく恐縮してはいないようだ。その素振りにさしもの翔もただ呆れた顔を向けるだけだった。さすがに悪友同士、もはや何も言うことはないということか。
 だが疑問が解消したわけではない。
「……あの、ルートって?」
 ためらいがちに切り出した和真に、他の1年生はこっそり快哉をあげていた。
「学内の生写真販売、ってとこか。なにかのイベント写真とかが主なんだが」
「結局、影でプライベート写真なんかもね」
「はあ」
 先の説明は顔をしかめたままの翔、あとにつづいたのが結城の言だが、だからどうしたという説明だ。
「それって、みんな写真部員が……?」
「なわけないじゃん。そんなに頭数いないし」
 今度は自らの部室でありながらも立ちつくしたままの達彦が控えめに問う。答えはあっさりと肩越しの笑みで返される。 
「だからさ。ウチにくればいろいろ買えることがわかってるから、お客さんたち」
「逆に売り手もそこを経由して数をさばきたいわけだ」
「その手数料がさ、写真部の影の収入源になってて。要するに文芸の裏冊子と同じだよ」
「……あんなんより、ヤバいだろうが」
 続けざまの説明はようやくにして理解が及ぶ範囲に達する。だが再び苦り切った顔をみせた男は、ぼそりと際どい意見を吐く。
「裏冊子?」
「ああ、腐女子どもの萌えホモ小説。即売会とかで売って、けっこうな利益にしてくれてるんだが」
「なに言ってんの、翔。危険な写真なんか、買い取らないよ」
 さきほどのちいさすぎる呟きを聞き咎めていたのだろう。ざっくりと会話に割って入った結城の顔は、ひどく真剣だった。
「逆にさ、ここを通らせることで、問題のありそうな写真とカメラマンを阻止してるくらいなんだから」
「……へいへい。ここを通さなきゃ学内で売れないくらいに締め上げてるくせに」
「いいじゃん、たいして暴利むさぼってるってことじゃないし」
 そういう内容なのだろうか。
 聞けば聞くほど疑問が尽きないことに、真っ当な生活をしている一年らは白旗を掲げた。考えると怖くなるばかりだからだ。
「……で、これはその影の収入なんですか?」
「そう。っていうか、ルートに乗せる正規の手数料はひいたけど、通常持ち込んだ奴らに返してる分をね。全部取り込むのはどうかと思って」
 欲しい答えだけを得た達彦と政人は、じわじわと彼らの近くから退いた。徐々につきあい方を学んだのだろう。和真にとっては既知のことである。
 そうして三人が逃げれば、あとは悪友と自認するふたりの独壇場である。
「で、トモ? 俺が言いたいのは」
「もちろんおまえの分もあるよ。だから渡したろ?」
「っ、ちがうだろ! 俺は顔がバレたくないんだぞっ」
 ああ、そういえば。激昂した彼に対して周囲の反応はその程度だった。
 身長も雰囲気も、どう考えても目立つ彼だ。しょせん隠そうということが間違いなのだ。
 けれど彼は悪あがきのように血の気の退いた顔を見せている。
「……まさか文芸にも?」
「そりゃ当然。いいお得意サマだからね」
 壁へとがっくりもたれかかった姿は、哀れとともに苦笑を誘うばかりだった。
「顔、だせねぇ……」
「問題ない思うよ? 謎のドラマーとして盛り上がってたから」
「は?」
「だから大丈夫だって、約一名を除いては」
 怪訝な顔にむしろ愉しげな笑みをみせ、結城は不器用な目配せを送っている。意外性に目を瞠るのは、そういえばと終演後の呟きを思い出した政人だ。
「なにせそのひとは、ご指名だったから? ウチのふたりが写ってるのをって」
「部長かよ」
「うん、部長だね」
 がっくり脱力したくだんの部活の住人は、そろって深いため息を吐いていた。
「いったいどんな写真だったんだ……」
「それはその中に。ま、黙っててはくれると思うよ? ということで」
 決着はついたということだろう。ガタンと椅子を鳴らして嵐の元凶は立ち上がる。安全を確認した和真は、疲れ果てた恋人の元へと駆け寄った。だが気になったのはどうやらその手に呆然と持たれたままの写真らしい。
「あれ? 額がちがう……」
 疑問は即座に口を突いて出た。写真の束を取り出すついでに封筒から出てきた金額が、なぜかかなり多い気がしたからだ。
「え、なになに?」
「ああ、本当だ。ちがうな」
 演奏をともにした気軽さから、他のメンバーも和真の手元を覗き込む。がやがやとやり取りをすれど、だがその答えを返せるのはただひとり。
「当然でしょ。売れた枚数ごとの配分だから。まあ翔以外は割に均等よ?」
 扉から出ていく直前。ひょいと元締めは舌を出して暴露していく。
「……謎めかせて余分に売ったんだろ」
「さあ?」
 くすくすと笑ってみせる顔からは、答えはかけらも読めない。
 モデルにはその対価。属する部活には通常マージン。では、撮影したカメラマンには。
「ったく、四人分でおまえ自身がいくら稼いだコトやら」

 一番あくどいのは、やっぱこのひとかもしれない。
 誰もがそう感じた微笑みの仮面は、今日も健在です。



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ライブの記念写真かと思いきや。
そしてLSDのネタにもリンク(笑)




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