【NO GAME 〜 遊戯なんかじゃ、終わらない】




「経験、あんだろ?」
 鼻先だけで嘲ってやれば、あいつは悔しげに唇を噛みしめた。ギュッと、その赤さを見せつけるように。
 ほら、そんな顔したら、バレるぜ? 一瞬で隠したつもりだろうが、俺の目にははっきりと灼きついていた。
「ほら……」
 哀れだとは思う。だからといって、許してやる気もない。売り言葉に買い言葉だろうが、買ったのはこいつだ。

『未経験だなんて、勝手に決めつけるなよな!』

 ヘタな嘘だ。いや、決めるなと言ってるだけだ、嘘とは言い切れない。だがそんなところを、いちいち突っ込んでやる趣味はない。もちろん、誰と何があったかなど、わざわざ訊いてやるものか。あばきたてて終わりなんて、陳腐すぎる。
「なら、見せてみろよ。その経験とやらをさ」
 軽くそそのかして、連れ込ませたホテル。ロクに設備すら選ばない相手と転がるように部屋へ入れば、いきなり下だけ脱がしかけられて、この状況。ベッドにさえ向かわないのは、どういう趣向だろうか。
「こういう遊びが、好きだったのかよ」
 からかってやれば、いきなり俺のモノを握りあげてきた。しかし足下にひざまづく姿も、確かに捨てたもんじゃない。ゆらりと見上げてくる、気の強い瞳も、かなりイケている。
 だからきっと、自分の笑い方が冷たいのは、気のせいだろう。
「歯は、立てんなよ」
 とりあえず銜えればいい。そんな雰囲気が、はじめての行為だとなおさらに示している。本人は気づいていないだろうが、好奇心に満ちたまなざしも隠せてはいない。とまどいながらも、大きく開かれた唇の中もまた、鮮やかに赤い。欲情しきった色合いだ。
 そんな必死さは初々しいが、未経験なヤツ相手で余計なケガはしたくない。
(これだけで、終わらせる気はないんだよ)
 だからといって、この現状を愉しませてもらわないテはないんだが。
「あふ……」
 そこらの女よりも、口が小さいのだろうか。突き上げてやるまでもなく、喉の奥に当たる感触がする。容量的にむずかしいのか、動きは稚拙。だが舌ざわりと熱量は、一級品だ。自分で腰を使うんなら、苦しげに悶える喉まで、かなり気持ちよくぶちまけれそうではある。
 必死さも、俺には一錠のバイアグラ。いつまでもこうしていてもいい気が、しないでもない。そのくらいには心地よかった。
「ね、……どう?」
 昂ぶっているのは、どうやら相手も同じらしい。いや、こいつのほうが熱くなってるのか。くねる腰も無意識のものなのだろう。銜えこんだままこちらを窺う姿は、意外なまでの妖艶さ。とろりと欲情したまなざしなどは、鏡に映して見せてやりたいほどのものだ。
 床の上にうずくまる、飢えた獣。どうしてやれば、その猥褻さを教えてやれるだろう。
 何も言わず、俺はとりあえず半端な欲望を吐き出してみた。半分、意志による解放。微妙な倒錯感。
「 ―― おい」
 かたく瞑られた瞼が、びくびくと痙攣した。けれど、あえて指示しなくても、硬直した喉が小さく動かされていく。
 いい心掛けだよ、ホント。信じてやろうか、さっきのあの嘘を。
「旨かっただろ」
 どこまででも、試してみたくなる。逝きつく先を、みつけてやろうか。
「もっと、イケるでしょ? 先輩も」
 息を整えたかと思えば、ペロリと下唇を舐めてきた。色気づいた仕種。いや、獣の本能がなせる技か。そのあたりのAVなんかじゃ太刀打ちできないくらい、要するにサカっているわけだ。
 こいつの顔は、どれも仮面だ。清純そうな顔も、挑発めいた表情も、すべて。
『好かれたいと思うことって、なんか悪いコト?』
 本当のこいつは、もっとしたたか。俺ごときには、及びもよらないほどにだ。だまされまいと思っていても、なおハマらされる。
(そこまでして、遊んでいたと主張したいのかよ、お前は)
 経験をひけらかしたい理由は、どこにある?
 それはきっと、読み解けない古代語のようなもの。けれど、その謎を解き明かす必要はない。だから、俺はただそういうことにしてやって。
『ヒドイコト、してやりゃあいいんだろ……』
 抱いてしまうのは、簡単だ。いたぶるのも、同じく。けれどそうして解くべきなのは、ただひとつ。
「どうしたの?」
 いつもの不安げな顔が、不意に覗く。いや、これもこいつの仮面だ。
「あと俺が三回イクまでつきあってもらおうか」
「それだけでイイの?」
「何時間かかるか、知らねぇがな」
 血にまみれさせるばかりが、痛みを堪えさせるばかりが、ひどいわけじゃない。イカせてやらないのもイイ手段。
 だが ―― 何もでなくなってなおイキまくるのも辛い。
 そうだ。延々とつづけてやれば、快楽も責め苦。遊び慣れたこの身体には、こいつのくれる生ぬるい刺激では、昂揚こそすれ本気で達するにはほど遠い。
『恋愛に狂った男が与えられる最大の苦痛を、教え込んでやる……』
 想いを口に乗せることなくニヤリと嗤えば、期待に震えやがったな、お前。見逃してはやらないぜ。
(手加減されたくないってコトだよな?)
 屈辱感が、征服欲に火をつけるコト。知らないわけじゃないんだから。
「責任くらいは、きちんと取ってもらわなきゃな……」
 鬼と言われようが、知ったことか。
 限界をぶっちぎって溜め込んだモノを、まき散らす快感 ―― 味わわせてもらおうじゃないか。
「ベッド、行こうぜ」
 シャツは自分で脱ぎ捨てて、俺はさっさといかにもな色合いのベッドへと向かった。


 一度目は、ゆっくりといつもの形で。二度目は、乱暴に責め立てやすい、四つん這いの姿勢で。
 そして時間感覚などとうに失せた三度目のいま。ヤツは、俺の上で踊り狂っていた。すでに体力などほどんど残っていないだろうにだ。
「本気を、みせてみろっ」
 そうだ。俺にそれを求めておいて、てめぇがそれをみせないなんて、そんな筋があるかよ。感情のまま荒っぽく突き上げてやれば、悲鳴にほど近い声があがる。背中をザワつかせる嬌声だ。
 そうだ、恥も外聞もなく、泣き叫べ。狂ったように、求めてみろ。仮面なんて、全部捨てちまえ。
「はじ、めて…だからじゃ、ない……」
 切れ切れな声は、きっと非処女を示したがった、理由。
 ああ、そうだよ。そんなこと、わかってるさ。お前が変わるのは、俺のせい。これほど感じるのも、俺の……。
「無駄な、意地の張り合いだな」
「ひぁ、あ……あっ」
 思わずでてしまった声だが、もはや意味は通じないらしい。最初の賭など、お互いとっくに意味を失っている。
 誰とどうしてたかなんて、だいたい知ったことじゃない。
 強がりのようで、これは本音。本当に過去、誰かと遊んでいたって、それだけのことだ。いまこいつがいるのは、俺の元なのだから。けれど、バカにされて笑ってるやるほど、余裕じゃないだけのことだ。
(わかるだろ?)
 お前だけが、プライド持ってるわけじゃない。自分の言ったことばの重さも知らないで。
「遊んでいたなんて、わざわざなんで言われなきゃならない?」
 余裕のかけらもないセリフは、とうに快楽にだけ囚われた相手にだからこそ言えるもの。
 唾液すら飲み込む余裕なく口をあけっぱなしにして、自分の上で踊る白い肢体。なびく髪や揺れる胸があれば、どれほど卑猥なものだろう。その代わりにある性の象徴は、もっともイヤらしいはずの場所なのに、持ち主のシャイさを示すようにピンクに恥ずかしがっている。そこからつぎつぎとあふれ出す雫は、熱くなった自分の身体よりもなお熱かった。
 自らの与える感覚に、酔いつづけてくれる、なにひとつ隠さない姿。
 溺れている、この与えられた身体に。そう自覚すれば、なおハメられていくしかない。
「俺好みに、変えてやるさ ―― 」
 約束の三度目を迎えれば、飲み込まれそうな感覚の先、崩れ落ちてくるヤツの重さだけが残った。
 完全に、意識は手放したらしい。自らの体液に全身をまみれさせたまま、俺の上で安らかな表情をみせていた。意地とはいえ、慣れない身体で、俺につきあいきりやがったわけだ。
 荒い息のなか、俺は賞賛せずにいられなかった。
「やっぱ、すげぇよ。お前は」

 手段を選ばないお前は、すぐに求められる形に変わってしまう。
 だからこそ、いつでもまっすぐ。どこまでもキレイ。
 そうして、結局そんなお前を変えられない。

 絶対に、俺じゃ勝てない。敗北宣言なら、いつでもしている ―― なにせ。
「恋にされちまったもんな」
 呟いてみれば、自分でも意外なほど心になじむ。わずかにすっぱい、けれど甘い感覚。こんな想いをもつことなど、二度とないと思っていた。
 汗に汚れた手をシーツになすってから、胸元にある頭をなでてやる。湿り気を帯びた短い髪が、やわらかい感触を掌に伝えてきた。そっと抱き寄せて、楽な体勢をとらせてやれば。
「ん、しょ……ぅ」
 しなやかな身体は、無意識にもすり寄ってくる。甘ったるく名前まで呼びながら。
「もう、逃がしてやるものか……」
 これは警告。もしも俺から逃げたら、どうなるか。見せたのは本気、そこから何を見いだすかはお前の力量だ。だが、最初っから勝負なんかさせてやるものか。
「まあ、なんにしたって」

 負けてはやらねぇけどな。


オマケ




だから、なんなんだよーっ!

tresure『勝利宣言』をパロらせてもらってみた。
なぜかギャグになった…こいつら、使えねぇ!
露骨やリアルになんて、できん……。
どうせ翔の目標は、清純派だー(笑)




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