クロマメノキとリンドウ(山田峠〜芳ケ平〜白根火山) 1986.9.7

 

 以前に「9月の中ごろ白根山の近くでリンドウの群落がきれいだった」という今井(英) さんの話を聞き、ぜひ行きたいと思っていた。志賀高原の渋峠を越え、山田峠でバスを降りた。マイカ―がたくさん駐車し、家族連れの人たちが丘陵にのぼっていたので、ビニ―ル袋を持った奥さんに何をしているのか尋ねてみた。「ブル―ベリ―を採っているんです。一つ食べてみませんか?」と差し出された。表面が白っぽい青紫色の一粒を口に入れたら酸っぱかった。「ブル―ベリ―の木はもっと背が高いのではないですか」と確かめてみると「ここは高いところだから伸びないんですよ」と言われた。これ以上逆らってもと思い、お礼を言って立ち去ったものの、疑問は残った。(後で調べてみると「クロマメノキ」が正解で「浅間ぶどう」とも呼ばれているようだ。明らかにブル―ベリ―と異なる品種だが、ブル―なベリ―であることは間違いない。)

 白根山を右に見てどんどん下る。といっても道に草が覆い、人の形跡がない。一人だけでいると、地球を一人占めしたようで気分がいい。ずっと進むと例のクロマメノキがあちこちにあり、いっぱいに実をつけている。休憩のつもりで少し採ってみる。両手にいっぱいになった。袋がないので、予備の薄いビニ―ルのジャンバ―のポケットに入れた。写真を撮ったりしながら30分ほど採ると、両方のポケットがいっぱいになった。また歩く。雨水に道が流されているので方向だけを定めて進む。やっと芳ケ平の近くの小屋にたどりついた。ブドウジュ―スを飲んでひと息つく。

 芳ケ平へ向かう。ここは、ひと月前に家族で渋峠から下って来たばかりで、静かで俗化していない、いい所だと思った。そのときリンドウの葉を見て、また来ようと思った。細い道の両側に、迎えてくれるようにリンドウが咲く。林道に咲くからリンドウか。枯草が多いなかで紫色がよく目立つ。春夏をじっとがまんして「やっと私の季節よ」と言っているようだ。花屋さんで見かけるものより、一段と色が濃くて美しい。茎の色も濃く、たくましい感じがする。伊藤左千夫の「野菊の墓」をふっと思い出す。民子さんの「政夫さんはリンドウのようだわ」という声が聞こえそうな気がする。枯れた湿原にかたまって咲くリンドウに心ひかれ、何度もカメラを向けた。

 帰り道もリンドウばかりが目についた。目をつむってみても、頭のなかはリンドウばかりで、知らない間に私は民子さんになっていた。

 ぶらぶら歩き、1620分ごろ白根火山のバス停に着いた。様子が変だ。閑散としている。ダイヤを見ると16時が最終だった。この季節は早くなっていたのだ。無計画に時刻表も確かめずに出てきたことを悔やんだが遅い。よくよく考えた結果、マイカ―にお願いするしかないと思った。ペア―の車は遠慮してワゴン車のご家族に事情を話したら、やや哀れみながら「万座から松代へ行くんで、須坂まででいいかい?」と気軽に乗せてくださった。

 少し荒い運転だったので、シ―トベルトをきつめにして身を守った。途中つづら折れの道で、ガサガサッという音とともに1頭のカモシカが降りてきて道を横切った。それではと下で待ち伏せをしたが出てこない。カモシカも住みにくくなった。須坂の駅で、本来の交通費にカモシカの見物代を加えた金額を、そっと座席に置いて別れた。

拡大写真: クロマメノキ  リンドウ


   ・2008.9.9 22年ぶりに民子さんに再会しようと、白根火山から芳ケ平まで一人で歩きました。リンドウの写真は、その日に撮ったものです。
   ・現在、クロマメノキの実を採ることは禁止されています。


サイトマップ