「ワイン」力


 近頃はやりの鈍感力、そうじ力、老人力……という言い方からすると、私はワイン力に導かれてきた。

 ワインを飲みはじめて、もう30年を超える。きっかけは野球の江川卓さんと同じで「ワインはアルカリ性で体にいい」ということである。その頃に街で入手できるワインはほとんどが国産で、種類が少なく品質も今から思えば良くなかったが、興味本位で飲みつづけた。やがて何度かのワインブームもあり、数々の体験を積み重ねてワインの美味しい味わい方を学び、60代の今も毎日のように口にして楽しんでいる。

 ワインの魅力はいくつもある。見かけのおしゃれ感のほかにも、@良質のものは、それだけで美味しいA赤ワインのポリフェノールや白ワインの滅菌効果など体にいいBブドウの種類、生産地、保管方法、飲む時期、飲む温度、食べ合わせなど諸要素によって味が異なり奥深いCワインがある食卓の話題は明るく前向きになるD年齢、性、職業などを超越した対等な人の輪ができる。これらのワイン力が数多くの人を引きつけている。

 私にとっては、ワインの侮りがたい欠点もある。美味しさのあまり、@舌が滑らかになり過ぎるA時計の針が早くまわり過ぎるB飲み過ぎ、食べ過ぎで、腹が広がり過ぎてメタボリック症候群に接近する。

 ワインは、できれば5、6人以上で飲むと種類が多く試せて好ましいが、私のような世代でワインの味わいを一緒に楽しめる人は、親戚、近所、友人を通じてあまりいない。私の世代は、宴会や居酒屋などで大酒は飲むが、とりあえずビール、次に熱燗(最近は焼酎)とパターン化していて、味わうより酔って気持ちよくなることが優先される。たまに口当たりのよいワインを持参してワインを奨めるのだが、残しはしないものの反応は今一つである。

 ワイン好きで、いつも美味しく飲みたいと思う若い女性は多いため、ワイン会(ワインを飲む食事会)30代の女性が主力メンバーとなる。私など本来なら仲間に入れていただけないのだが、高齢で人畜無害であること、ワインの体験と話題が豊富なことから同席を許されているようだ。個人宅での月例のワイン会のメンバーにも加わっているが、出席するときはワインのほかに、自家菜園での朝採り無農薬フレッシュハーブも季節ごとにいろいろ持参し、料理とのマリアージュ(相性)を楽しんでいただいている。私たち夫婦主催でワイン会を催すこともあり、当日のメンバーやレストランの料理を思い浮かべながらワインをコーディネートするときは心がときめく。単発のワイン会やワインセミナーに参加して、料理にピッタリ合うワインとか、リーズナブルで美味しいワインに出会ったときもうれしい。このようにワインを楽しむ機会が年中けっこうある。

 前記のワインフレンドは、かつてワインサロンで一緒に学んだ人たちが多いが、その後のワイン会で意気投合した人もいる。30代の女性といえば私の娘と同世代である。娘は10年以上も前から遠方に住み、日頃あまり話すことはないし、ワインも口にするがさほど飲めない。ワインフレンドの多くは就職や結婚などにより親元を離れていたり、私と同世代ほどのご両親は前述の事情からワインに馴染みが薄く、親子でワイングラスを傾けながら話し合うことはあまりないようだ。そんなわけで双方がワインを通じて擬似家族のように繋がっている。実の親子とは違って、どんなに打ち解けても少しは控えてものを言う緊張感は残しながらも、会話を通じて若い世代の関心事、ファッション、日常の暮らしぶり、世相の捉え方、若者の言葉づかい、IT機器の活用法など最新の文化をナマで知ることができる。長らく老夫婦のみの暮らしが続いている私たちにとって得がたい学びの場であり、実際に娘に接するときの心の準備が自然に備わってくる。

 サラリーマン生活をリタイアして2年ほどになり、新しい生活様式が徐々に確立しつつある。ここまで大病もせずに来られたのは、ひとえにワイン力のおかげである。またワインフレンドたちの支えがなかったら、セカンドライフにおける気持ちの若々しさを今ほど持続できなかったと思う。幸い皆さんそれぞれに向上心が強く、仕事の面で存分に力を発揮したり、ワインなどの資格をいくつも取得したり、大学院に進学したり、素敵な伴侶を見つけて結婚したりと、良い話題が尽きない。私たちはそのつど喜びを共にして大きなパワーをいただいている。

 これまでも転勤、結婚などで名古屋地区を離れたり、海外へ移住したり、出産にともなってメンバーから外れたワインフレンドも少なくない。私自身、余命を繋いだとしてもワインを人並みにいただける日はそう長くない。近年、無農薬・無添加の自然派ワインが脚光を浴びたり、欧州以外のワインも品質が向上したり、まだまだ学ぶことが多い。これからも、一人でも多くの方にワインを美味しく飲んで虜になっていただけるように努め、自らはワイン力の余韻によって気持ちだけでも豊かな日々を送りたいと願っている。

  2007.4.15

   ワイン&私

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