園芸植物の分類

 花屋さんの店先に並ぶ花には現在では普通にラベルが付いています。そのラベルには花の名前、来歴、栽培の注意点など様々な情報が書かれています。その中の花の名前に関してです。
名前を注意してみると様々なものがあるのに気が付きます。和名、学名、園芸品種名、商品名などなどです。以前にこんなことがありました。「サフィーニアとペチュニアとはどこが違うの?」 「サフィーニアは商品名でペチュニアは属名なんです。」 「でも、ここにこれまでのペチュニアとは違いますと書いてあるんだけど、サフィーニアとペチュニアとは違うんですよね。」
これは商売戦略なんですね。サフィーニアはペチュニアの一種であるのに、わざわざペチュニアであることを隠しているわけです。これでは消費者は混乱してしまいます。植物の名前と言うのは、どのようなものなのでしょうか。ここでは園芸品種名を取り上げます。
名前は命名規約にもとづいてつけられる
国際植物命名規約 園芸植物関係の命名規約

 現在のラベルには学名を書くのが一般的になりつつあります。学名は世界共通なので便利なのですが、なかなか取り付きにくい面があります。この学名は「国際植物命名規約」にもとづいて命名されます。幸いこれについては最新のセントルイス規約の日本語訳が日本植物分類学会から出版されていますので一度手にとって見られることをお勧めします。
 問題は花屋さんなどで見られる園芸植物(栽培植物)の名前です。実は園芸植物に関しても命名規約があるのですが、国内ではあまり知られていません。International Code of Nomenclature for Cultivated Plantsというもので最新のものは2002年発行の第7版です。これには園芸植物の名前に関してどのようにするかの提案がなされています。また、園芸植物でもランに関してはThe Handbook on Orchid Nomenclature and Registrarionに基づきます。
 さてここで園芸植物(栽培植物)は何を指すかです。これに対応するのが野生植物です。つまり園芸植物(栽培植物)は園地(庭や畑など)で栽培される植物ということになります。


野生植物がそのまま栽培に移された場合

 


 これは野生植物の名前がそのまま使われます。東海地方の丘陵地帯に春咲くものにシデコブシがあります。これは庭にも普通に植えられていますがその場合、シデコブシの学名はMagnolia stellataですのでそのまま園芸でもこの名前が使われます。その昔野生で生育していたある個体が栽培に移され、それが現在、栽培下で接木繁殖されているわけですがこれらの個体はすべてMagnolia stellataと呼ばれます。Magnolia stellataは本来野生状態で生育しているものにつけられた名前なのですが、栽培されている個体にもその名前が適用されるわけです。


選抜個体の名前

 園地で栽培を続けていると時として、園芸的に価値の高い個体が出現することがあります。花が大きいとか花色が濃い、白花や八重咲きなど野生個体とはいくつかの特徴で区別される個体です。これは接木繁殖の場合にも枝が突然変異を起こして出現することもありますが、種子繁殖しているとかなりの確率でおこってきます。
このような個体には園芸品種名がつけられます。ただこの名前はラテン語以外の言葉を使うようになっています。野生植物の名前とは対照的ですね。
そしてこの表記です。園芸カタログなどでこのような表記を見たことがあると思います。
Phlox subulata ‘Tamanonagare’
この‘Tamanonagare’が園芸品種名になります。Phlox subulata シバザクラの園芸品種である‘多摩の流れ’というわけです。園芸品種名は‘  ’で囲むことになっているわけです。また'Tamanonagare'という表記も可能です。



園芸品種名はクローンにつけられる

 シバザクラは一般に挿し木などの栄養繁殖によって増殖されます。そのために各々の個体は原則的に遺伝的に同じですから、どこで入手しても同じ花が咲きます。このような遺伝的に同じ個体はクローンと呼ばれています。一般にはこのようなクローンに園芸品種名は与えられるのですが、一年草では種子繁殖であるため、遺伝的に純粋な集団と言うのは厳密にはありません。しかしこのような場合にも種子繁殖で形質にばらつきが見られなければ園芸品種名が与えられていきます。
これは宿根草で種子繁殖した場合も同様です。この場合もばらつきがほとんど見られない場合、園芸品種として取り扱われます。Geumの‘Lady Stratheden’の場合、種子繁殖をしてもほとんど形質にばらつきがでませんのでそのように取り扱われます。しかし業者によっては種子繁殖ではばらつきが出る可能性もあるということで特に断って表記をしているところもあります。たとえばGeum ex ‘Lady Stratheden’です。この場合のexは‘Lady Stratheden’から得られた種子ですよということです。
とはいっても種子繁殖したときにばらつきが出るようでは園芸品種として認められません。これは一年草と同じです。特に八重咲きなどでは種子で繁殖すると八重の程度に様々なものが出ることがあります。このような場合は園芸品種として認められないわけです。

 一つの種から多くの園芸品種がつくられている場合がよくありますが、このような場合こんな表記をすることがります。
Primula sieboldii サクラソウです。現在では野生状態のサクラソウを見ることはほとんどなくなりましたが、昔には(少なくとも江戸時代には)多くあったようでたくさんの園芸品種が知られています。
サクラソウというのは標準和名で、園芸品種はまとめてニホンサクラソウ(日本桜草)と呼ばれることがあります。つまりサクラソウは野生個体を示し、ニホンサクラソウ(日本桜草)は園芸品種群をまとめてさすということになるわけです。


多くの種が交雑されて成立した園芸品種の場合

 園芸品種の場合、一つの種が起源になっている場合以外に、いくつかの種が交雑されて成立したものがたくさんあります。特に高度に園芸化されたものはそうです。
 たとえばジャーマンアイリスです。日本では高温多湿に弱いためそんなに栽培されていませんが、欧米ではひじょうにたくさんの品種が知られています。ジャーマンアイリスの成立にはIris pallida、I. variegataの交雑種が基本になって、I. mesopotamica、I. cypriana、I. kashmirianaなどいくつかの原種がかかわっています。このような場合、園芸品種名はIris ‘・・・’で表記されます。
 日本で品種改良されたものは欧米と違っていくつかの原種がかかわっていることはほとんどありません。これはおもしろいことだと思います。ハナショウブはノハナショウブから改良されたものですし、前のニホンサクラソウもそうです。オモトやマツバラン、イワヒバといったものもそうです。
いくつかの原種がかかわっていると思われるものには栽培キクなのがあるのですが、そんなに多いものではありません。欧米の園芸品種がいくつかの原種の交雑が基本になっているのに対して、対照的ですね。


園芸品種の登録
様々な園芸植物のチェックリスト

 それでは園芸品種名はどのようにして一般に認められるようになるのでしょうか。
 野生植物の場合、国際植物命名規約にもとづいて命名がなされ、関係雑誌に発表されます。そしてみんながそれを種として認めるようになればその名前が定着することになります。よく「新種として登録された」と言われることがありますが、あくまで新種の記載であって登録ではありません。分類の発展で名前が変わることはよくあるわけです。
 園芸植物名の場合はこの登録という言葉が使われます。Clematis、Dahlia、Lilium、NarcissusなどはRoyal Horticultural Socetyが包括的に取り扱っています。また、African Violet Society of AmericaはSaintpauliaを、American Begonia SocietyはBegoniaをといった具合です。欧米の園芸の会にはこのように園芸植物名の登録・整理をおこなっているところがたくさんあります。このような会では毎年あるいは数年毎に登録品種の一覧を出版しています。
 園芸品種がたくさんある植物群では品種のグループ分けがおこなわれる場合があります。何を基準にするかは植物群によって異なります。ダリアやベゴニアなどでは花形や株の姿から、スイセンなどでは花形と交配親になった原種から、クレマチスでは交配親になった原種から主に分類されています。
      ベゴニアの場合
      スイセンの場合
      クレマチスの場合
 とはいってもこのような資料を見ればその園芸品種の成り立ちを歴史を追って見ることができるかというと、決してそうではありません。すべての品種が登録されるわけでもなく、交配親があきらかにされているわけではないからです。
 そのような中、ランは交配の歴史が原則的にすべてわかります。ランの命名規約は他の園芸植物とは独立してThe Handbook on Orchid Nomenclature and Registrarionにもとづいています。これについてはまた、別項目で。

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