前立腺がん疑惑(近況報告)

 この3月下旬から2ヵ月余り、ずっと気分が優れなかった。思いもよらず前立腺がんの疑惑に悩まされたからである。現在の医療水準とはまるで違うが、10年前に叔父が前立腺がんの転移で亡くなり、2年ほど前に私の同級生が前立腺がんの手術を行い完治したという事実も背景にある。私の場合、今も疑惑は解けていないが、がんが発見されたわけでもない。気分が小康状態のうちに、これまでの経緯を冷静にまとめておこうと思う。若い方々には直接参考にならないかと思うので読み飛ばしていただけばいいが、同世代の方には話のタネとしてお役に立つかもしれない。

 

 3月23日 夕方、自宅で本を読んでいたとき、頻繁に尿意をもよおした。いつもと違い、ちょっとおかしい。その夜は2時間おきにトイレに向かい、睡眠不足と不安で精神不安定になった。ともかく病院へ行かなければ……。

 

3月24日 近くの泌尿器科の病院は思いつかなかったので、津島市民病院へ朝一番で走った。ところが泌尿器科は、昨今の医師不足のため常設ではなく月・木のみの開設となっている。今日が月曜日でよかった。若い医師による直腸診、検尿、血液検査の結果、細菌性(多くは大腸菌)急性前立腺炎と診断され、1週間分の飲み薬(抗生物質)が処方された。その夜、予定されていた鮟鱇鍋のお食事会に出席したが、食事が進まない。精神的なものではなく食欲がない。翌朝には38度に発熱して完全にダウン。やがて薬が効いて排尿は徐々に改善されたが、熱は3日間つづいた。

 

3月27日 腹部エコーによる残尿検査、検尿、血液検査の結果、白血球が減少して回復ぶりを裏付けたが副作用が見られるため、今日から別の薬に変わった。

 

3月31日 尿流検査、検尿、血液検査の結果、急性前立腺炎は完治した。ただし、細菌が完全に死滅することは難しく、再発がないとはいえないと付け加えられた。

 

4月14日 66歳という年齢から、念のため前立腺がんの血液検査PSA検査)をした。最近急激に普及している検査法である。3年ほど前に一度実施して異常はなかった。今回の検査結果は12ng/ml基準値は4なので、かなり高い。がんの確率は50%ほどといわれる数値である。確かにPSAは前立腺がんの腫瘍マーカーといわれるのだが、他に前立腺炎や前立腺肥大症などによっても高くなることがあるという。1ヵ月後に再検査することになった。

 

5月12日 PSA検査値は10。少し減少はしたが、依然としてがんの確率は50%ほどの危険域にある。万一手遅れになることも恐れ、組織を採取する前立腺生検を行うことにした。この検査は津島市民病院ではできず、弥富市にある海南病院を紹介された。

 

5月15日 海南病院の泌尿器科では3名の医師が併行して外来患者を診察している。診断の結果、1泊2日の検査入院が決まった。入院は初体験であるし、いろいろ不安がある。不安は知識があれば少しは和らぐので、近くの書店で入手した「前立腺の病気」という本を丁寧に読んだ。前立腺の位置、役割をはじめ前立腺肥大症と前立腺がんの関連、検査や治療法など正確には知らないことばかりだった。前立腺がんは@近年発生率が最も増加しているがんである。A60歳から急増し70代がピークとなる。B前立腺肥大とがんは別物で、肥大からがんになることはない。C他のがんと比べて進行が遅く70歳以上では無治療での経過観察も選択肢となる。

 

5月26日 11時、生検のため入院。二人部屋のベッドへ案内された。窓際で明るくて悪くない。検査着に着替える。人違いを防止するため名前の付いたリストバンドを装着する。明日午前中に退院するまでずっと止血剤の点滴を続けるということで、以後点滴液つきの車(以下「点滴くん」という)と生活を共にする。更に抗生物質の点滴を加え、13:30足取り重く検査室に向かった。

 

ベッドに仰向けになり、両足を開いて足を固定される。砕石位と呼ばれるお産のときの体位だが、出産時のような希望に満ちたものではなく、ただ惨めな心地だ。まず直腸を消毒。次に肛門から自動生検装置付きの超音波装置を挿入した。これは優れもので、前立腺のあらゆる断面の画像が見られ、それを見ながらバネ仕掛けで自動的、瞬間的に組織を採取するので安全、確実に生検できる。この機械が開発されるまでは、局所麻酔をして3oほどの太い針で勘に頼って組織を採取していて、苦痛のうえ2泊3日ほどかかったようだ。医学の進歩は本当にありがたい。とはいえ、前立腺に計8回も針を発射されるのは不安で不快だ。さほどの痛みはないが、普通の注射でも8回つづけて刺されれば苦痛も増幅される。生検は10分もかからずに済んだが、時間が長く感じられた。それでも、これまで体験した胃や舌の生検より苦痛ともいえない。そのまま看護師さんの誘導に従い、点滴くんとともに歩いて病室へ戻った。

 

あとは静養するだけだ。退屈しのぎに瀬戸内寂聴さんの法話集「寂聴 般若心経」を読み、「何事にもこだわらない空の心」を学ぶ。最初の検尿で血尿はなかった。もう心配はない。食堂での夕食やトイレは点滴くんと一緒だが、慣れれば親しくなる。他室では老人が何度も非常ボタンで看護師さんを呼び出したり、廊下で転んだり、(廊下に名札が表示されていないので)戻るべき部屋がわからなくなったり、なかなか大変だ。22:00消灯後はほどほどに眠れた。

 

5月27日 夜中にも暗闇のなかで若い看護師さんが懐中電灯で照らしながら点滴液を交換してくれる。早朝6時過ぎに採血、抗生物質の点滴などを受けた。朝食後は止血剤の点滴終了が待ち遠しい。10:30リストバンドが外され、馴染みの点滴くんともお別れし、やっと退院できた。交替制の看護師さんたちも丁寧に対処していただけて、初めての入院体験は想像以上にスムーズだった。検査代、3食、差額ベッド代を含めて約25,000円は高くない。結果は1週間後に明らかになる。

 

最悪のことを考え、前立腺がんが発見された場合のことをインターネットなどで調べ、次のことがわかった。

@検査結果のポイントは、がんが前立腺内に限られているかがんの悪性度はどうかである。生検結果によっては、更にCTMRIによる画像診断とか、骨へ転移しやすいので骨シンチグラフィという画像診断もありうる。

A70歳以下でがんが前立腺内に留まる場合は、治療実績が確立されている手術療法が良さそうだ。入院は約2週間。この海南病院でも年間50件ほどの実績がある。ただし、性機能障害や尿漏れが現れることがある。

B切らずに治す放射線療法も最近急速に普及している。治療の目安として、早期がんは「低」、早期がんでも比較的進んだものは「中」、前立腺の外に浸潤しているものは「高」と分けられる。「低」に対しては、放射線を出す物質を入れた小さな容器を前立腺に埋め込む密封小線源療法が、低線量照射のため後遺症が少なく、尿漏れはない。3、4日の入院で済む。「中〜高」にも有効なものは、コンピューターの助けを借りて腫瘍部分のみに放射線を集中して照射するIMRT(強度変調放射線治療)であり、周りの正常な細胞を傷つけず副作用を減らせる。米国では標準治療になっている。治療期間は2ヵ月ほどとか。いずれの治療法も、最近保険適用されることになったが、現実に可能な病院は愛知県がんセンターや大学病院などまだ数少なく、待機期間がかなり長そうである。

 

6月2日 検査結果を神妙に聴く。「がん細胞は発見されなかった。ただし今回のPSA値は9で、1210→9と下降傾向は見られるものの、まだ高い水準にある。3ヵ月後に血液検査をし、結果次第では再度生検を勧めたい。今回8ヵ所の組織を採取したが、その結果だけで、がんが無いとは断定できないから」

 

第1審は運よく無罪判決であり、第2審での有罪確率は1020%といわれるので、展望は少し明るくなった。検査や手術などの場合を想定して今後のスケジュールを空けておいたが、少なくとも3ヵ月は自由の身になる。妻は「執行猶予3ヵ月だね」と言うが、正しくない。執行猶予とは、有罪と判断したうえで刑の執行を猶予するのだが、今の私は、疑惑は残るものの、まだ無罪と推定されているのだから……。 

2008.6.15

同年9月、3ヵ月後のPSA値は5と激減し、1210→9→5と順調に下降傾向をたどっているが、まだ基準値4を超えていて要観察中である。
 
同年12月、更に3ヵ月後のPSA値は3.75と基準値をやっと下回り、引き続き観察を要するものの、無罪がほぼ確定したと言える。
 
翌年5月、更に半年後のPSA値は1.8と基準値を大幅に下回り、自ら無罪宣言をする。

舌癌疑惑

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