突然の家事やるライフ(近況報告 2013夏)

 

 今年の夏は歴史的猛暑に見舞われたが、他にも2つの非日常的な出来事に遭遇し、忘れられない熱い夏となった。まず7月3日に、10年あまり老健施設でお世話になっていた義母が老衰のため満90歳で他界し、葬儀など一連の行事に喪主として奮闘した。その忌明け法要を終えた翌8月7日からは、娘の発病にともない3週間ほど初めて家で単身生活を送ることになった。後者についての顛末を次に記す。

 

新年に年賀状で「脱皮新年:家事やるライフに向けて脱皮し、不測の事態に備えたい」と宣言した。その対策を怠ったまま、8月5日に不測の事態が発生した。つくば市に住む娘から妻に「突発性難聴に罹った。子供3人を抱えているので入院はしないが、本来安静が大事。0歳児に手がかかり、今は夫が仕事を休んで対応しているが長くは続けられないため、通院治療を要する2週間ほど家事の応援をしてほしい」との SOS が入った。早期治療が13cardうまくいかないと難聴が固定する恐れもあり、私は単身生活を覚悟した。妻の旅支度と私への家事引き継ぎのため翌1日の猶予期間を確保して、翌々日から派遣することになった。

 

家事の基本は炊事、洗濯、掃除だが、その内容は多彩で、やることが多そうだ。私の持病である先天性依存症のため、これまでせいぜい食料品などの買い物、料理は目玉焼き、乾いた洗濯物の始末をするぐらいで、わが家の掃除機や洗濯機を扱ったことがない。3年前に導入したガス用のシステムキッチンも、機能が複雑でお手上げだ。調理器具や保存食材や調味料などの保管場所も知らない。妻は、ごみの選別方法や回収方法、町内行事とかも含め、家事全般について一通り口先だけで引き継ぎをして旅立った。私は災害復旧のために出向く自衛隊員の妻の心境で見送った。

 

家事からできるだけ逃避することも考えた。朝は喫茶店のモーニング・サービス、昼と夜は外食かコンビニ弁当にするとか、家を出て1人旅を繰り返すとか。だが、猛暑の盛りに外出はしんどいし、菜園の夏野菜たちも毎日待っていてくれる。それに健康面や次の不測の事態のことを考えて、ここは家事を学ぶチャンスだと受け止め、家事やるライフにどっぷり浸かることにした。

 

まずは食事。主食のご飯は妻が炊いて数個冷凍してくれている。それに自作の4種のジャガイモもある。副食用にはいつも新鮮なキュウリ、オクラ、ゴーヤ、金時草、5種のシシトウ、トマトにバジルなどのハーブがある。卵や肉とツナ缶の在庫もある。料理器具はフライパンと鍋、生食以外の調理法は「ゆでる、炒める、煮る」に絞った。主な調味料は塩、胡椒、醤油、みりん、酢、オリーブオイル、ゴマ油で、砂糖は不要。これらを駆使して作ったシンプルな料理は、自分が食べるには十分だった。

 

たまにはパスタ(トマトペンネ)にも挑戦してみた。妻が作っているのを見ていたので簡単かと思っていたが、いざ始めるとペンネの適量がわからず、鷹の爪やチーズ削りのありかもわからず四苦八苦した。しかも日ごろの味わいにはほど遠かった。たまたまこの時期にワインフレンドからいただいた八丁味噌の即席赤出しは、熱湯をかけるだけなので重宝した。いつもの味噌汁より旨みが濃く、さらに具を工夫すれば味に変化をつけられる。

 

食後の食器洗いは、量が少ないので心配したほどの手間ではなかった。フライパンに残った黒こげを取り去るのには、歯石を除去するように難航したが、すべてが片付くと達成感が味わえる。洗濯は難しいことではなかった。全自動式ではないので工程が細切れだが、教えられたとおりにできた。コードレス掃除機の扱いも充電もできた。町内のごみ出しデビューも果たした。月1回のびん・缶収集日には際立って多量のワインボトルを車で運んだ。

 

家事やるライフは9月2日まで続いた。娘の難聴は2週間あまりでほぼ治ったようだが、その後の静養のため、妻は夏休み期間いっぱい継続することになった。ただ、主人が休める2回の土日は一時帰宅が許された。結局私の単身生活は連続4日、5日、7日と計16日間に増えたが、断続的だったので何とか乗り切れた。

 

単身生活の1日の流れは、4:30起床、5:00車で移動して散歩、菜園作業(収穫、水遣りなど)8:00炊事(朝食)9:00洗濯、掃除、10:00新聞2紙閲覧、11:3012:30炊事(昼食)14:3015:30昼寝、17:3018:30炊事(夕食)22:00就寝で定着した。

 

あまりの猛暑のため、昼前からクーラーのある部屋に引きこもった。午後と夜のフリータイムには、テレビの部屋が冷房不備でもあり、読書に専念した。気に入って2度も観た映画「風立ちぬ」に関連して零戦パイロットを描いた「永遠の0(ゼロ)」や、いとこの子・佐藤智恵さんの最新作で悩みの解決法「魔法のコンサル思考術」(新潮社)など5冊。このため退屈はしないが、終日言葉を発しない日もあり、異常な日々ではある。

 

1人だけの食事は味気ない。食事の準備には手間取るが、もともと早食いのうえ相方がいないので食べ終わるのは早い。ワインなども早飲みになってしまう。朝昼は部屋のラジオを友とする。夕食時にはCDで好きな音楽を流すと癒されることに気づいた。日替わりで、以前コンサートにも出かけた中丸三千繪、森山良子、鈴木重子、リチャード・ストルツマン、ジャック・ルーシェなどを聴いた。在庫のCDから特選曲を演奏者別にCD10枚ほどにコピーしておいたのが役立った。食事はささやかなメニューでも、頭の中では毎夜ディナーショーの気分になれた。

 

買い物に行ったスーパーでの2つのエピソードもよい思い出だ。1つは、3品ほどかごに入れてレジに並んでいたら、直前にいたカートの女性から「お先にどうぞ」と譲っていただいたこと。もう1つは、レジ袋が指でどうしても開かず焦っていたとき、近くにいた奥様から「そこの濡れタオルを使うといいよ。歳とると手が乾くから」とアドバイスをいただいたこと。1人暮らしなので、他人の小さな親切がよけい心に沁み、気分が和らいだ。

 

妻は帰宅して台所に立つとすかさず、コンロのまわりや壁面に残った脂汚れとか、置かれた食器の乱雑さを指摘した。指摘は適確だが、それによって私の依存症が再発した。レジ袋の件を報告すると「そんなこと知らなかったの?」と呆れ顔をされた。妻にしても、孫たちと過ごす楽しさや自分が役に立つ充実感はあるものの、住み込み家政婦としての身の置き場のなさ、好きなようにできない飲食、車を運転して外出できないことなど、ストレスはあったのだろう。最近では、買い物など気ままに外出して精神的な疲れを癒している。

 

 今回の家事やるライフは、浴室やトイレの清掃、アイロンがけまでは手が及ばなかったが、貴重な体験だった。家事は細部にそれぞれノウハウがあり奥が深いが、初歩的な技は身に付いたので、短期間なら生き残れそうだ。いつもは空気のようなものと思っていた妻の存在と家事の支えの大きさにも改めて気づかされた。「さあ、どこへでも行くがいい。数日間なら平気だぞ」とまでは、まだ言えないが……。

 

2013.9.10

 

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