かたらい
(北小学校PTA文集)から (3)
うさぎのお尻は肉感的で、しっぽもポツンとして、かわいい。泣き声も出さず、人にこびることもないのが、また良い。
実は、昨年6月から家族の仲間入りをしている。以前から厚子の、「ペット」と「ファミコン」の二大要求に耐えかねていたところ、ご近所からのお誘いもあり、娘の「自分できっと世話をする」という言葉を半ば信じて、つい「ウン」と言ってしまったのである。ペットの効用については承知していたが、情が移るだけに、死ぬとつらいからというのが、私がためらう理由であった。
思いのほか早く、私の心配していたことが起きた。飼い始めて6日めに2匹の赤ちゃんのうち1匹が亡くなった。この朝、娘は庭の片隅に遺体を埋め、その上に小石と木の葉で「モコ」の名を形づくった墓を作り、仏壇から1本の線香を自分で持ち出して立てた。そして、「学校に行きたくない」と涙ぐんだ。
残ったうさぎは「ムク」と名付けられていた。娘が、いただく前から50音図をにらみ、気に入った2字の組み合わせを選んだものである。娘はうさぎの飼い方の本を幾冊も借り出してノ−トに書き写し、うさぎの好きな物の話とか「耳を持たないように」とかの注意を得意げにした。自分でも鍋をとり出し、おから、にんじん、大根の葉と、色どりと栄養のバランスの良い料理をこしらえたりして、やや過保護に育てている。更に、ムクの水飲み装置をあれこれ工夫したり、足下が冷たいからとじゅうたん風のわら細工を作ったが、これはかじられて失敗した。夜などは玄関先に新聞紙を敷きつめて遊ばせ、運動不足を補った。
そのうちに、ムクのストレス解消にと、娘の猛反対を押し切って、鈴をつけて放ってみようということになった。こうなると親の楽しみに変わる。初めは警戒していたムクも、すぐに野性に戻った。脱兎というだけあって急発進、急加速、急停止は思いのままだ。母が育てた草花も遠慮なく食べ歩いた。遠くまで逃げはしないが小屋に入れるまでが一騒動である。すり寄ってきても、捕まえようとすると逃げる。娘は虫捕りのたもを持って追いまわし、お互いの知恵くらべを楽しんでいる。最近では見慣れた風景となった。
単身赴任の私も、帰るとまず娘よりムクを見る。妻は寝る前に何やらブツブツと話しかけ、1日のウップンを晴らしている。母は「エサはまだあるか」と自分の作った野菜の出番を待っている。娘は叱られた時ムクのところへ走っていく。
この半年、うさぎをきっかけにして娘は変わった。いや、変わっていないのかもしれない。部屋の片づけも、お手伝いも、以前と変わらないのだから……。むしろ、娘のもう一つの面が現れたと言った方がいいのかもしれない。
今のところ、うさぎの効用は思ったよりも大きいようである。「ファミコン」にしなくてよかった。
1987.1
ワ―プロ狂い
自分の考えていることが活字になり、紙に定着する。手軽に美しい文字が書ける。書くことが楽しくなる。ワ―プロは創造性を刺激するすばらしいオモチャであり、今、私は狂っている。
会社で若い人たちがワ―プロを苦もなく使いこなすのを見て、昨年7月、自分で買い練習を始めた。まず、あいうえお順のようで、そうでもない不思議な文字の配列に悩まされた。まるでカルタとりのようなもので、「ほ」や「ふ」の札がときどき消えた。それでも2、3日夢中でいじってみると、なんとか、それらしいところへ指が行くようになった。こうして一つの壁が破れると、あとは楽しい。文字の拡大や変形なども自由にできるようになった。
その結果、この半年の間に、20〜30ペ―ジにわたる旅行記を2冊、多色刷りで書きあげた。ほかには、住所録などの名簿やいろいろな物のリストアップをしてみた。この1年間に読んだ本を一覧表にしてみると、急に少し利口になった気がしてくる。日頃なんとなく考えていることも、あらためて文字にして並べてみると、新しい発見があり、私の世界が広がっていく。最近の娘の生活ぶりを見ていると、テレビや電話など文字離れの生活を好んでいるようであるが、こういう時代にこそ「書いてみる」ことの大切さを感ずる。
娘といえば、やはり子供は好奇心が強い。ほんの少し打ち方の手ほどきをしただけで、すぐ覚えた。そして、記号などを並べて火星語の手紙だとか、おみくじを作ったりして遊んでいた。宿題をやっていて漢字がわからないと、辞書をひくかわりにワ―プロをたたいて文字を出した。今年いただいた年賀状の中にもワ―プロのものがいくつかあったが、もう5年もすれば、あの電卓のように急激に家庭に普及するのだろうか。小学生のころからワ―プロをたたいて育つと、先はどんな人類になるのだろうか。
子供に比べると大人の反応は鈍い。妻も必要は感じているようであるが、「その前にまだやることがある」などといって、なかなか手をつけない。母にはボケ防止に良いと勧めたが、興味深げにのぞきこむだけで、さわる気もなさそうである。
新聞によると、ビジネスマンはもとより、主婦や老人層にワ―プロ文化が静かなブ―ムになっており、「自分史」「句集」など自分の本づくりを楽しんでいるようである。一昔前に「書きますわよ」という言葉がはやったが、主婦がワ―プロを使いこなす時代になると「打ちますわよ」と脅されそうである。家族のみんなが打てるといいなあと思うが、妻からも娘からもワ―プロで打った要求書をつきつけられる……などと想像すると、ワ―プロに狂うのは私だけでいい、という気にもなる。
距離を置きながら娘の成長を思いやる親心を行間からお読み取りいただけたでしょうか。
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