道草撮影の楽しみ
ホームページに、この1年は毎週花や草木の写真を更新している。これを見て「みんなお庭にあるんですか?」と尋ねられることがあるが、それはありえない。当初は、わが家の庭先や菜園とか野道で撮っていたが、最近ではさらに進化して、時々よそ様の農園にまでさりげなく忍びこみ、庭木を盗撮するに及んでいる。
7年ほど前に入手したビデオカメラ(兼デジカメ)は、被写体に1pまで接近して写せた。おもしろがって庭のローズマリーやコリアンダーなどハーブの小さな花を撮ってみたら、肉眼ではよく見えない意外な美しい世界が開けてきた。いま思うと、これが野花の撮影に深入りするきっかけとなった。翌年ホームページを作成したとき、「写真集」をジャンルの一つに掲げ、毎回トップページに写真を飾ることにしたため、何か興味を引く新しい写真が必要になったこともある。
その頃には休日のウオーキングは習慣化していて、四季を通じて歩いていた。最近では車で足を伸ばし、いくつか定番コースの田舎道を歩くことが多い。ウオーキングといっても散歩のようなもので、「道草」が楽しみだ。いまどきだと、道端で淡い赤紫色のホトケノザたちが「撮って!」と手招きする。4月にはスカンポの花のすだれが逆光に映えて「きれいでしょ、見て!」と話しかけてくる。よそ様のお庭からカラタチの白い花が、控えめながらじっと私を見つめることがある。7月には泥田のなかに蓮姫たちが勢ぞろいして、あでやかに出迎えてくれる。9月には通りがかりの畑に顔を出すダイズの黄色い花と私の目がカチッと合ったりする。花ばかりではなく春の若芽、色づいた秋の草木の実たちもまた……。このような素敵な出会いと誘惑に身をゆだねて1年が過ぎていく。
植物は、犬や猫のような動きがなく表情も乏しいが、写真の被写体として接すると、とても魅力があり、気に入っている。そもそも、植物の多くは種が落ちたり苗を植えられたり、いわば他動的に定められた場所で、寒暑風雪にも耐え忍び、無言で身をくねらせて生き抜いている。そう思うだけで、いとおしくて引きつけられる。いつもの散歩のときでも、じっとその場から美しさを発信しているにすぎず、尻尾を振ったり、にじり寄ったりして媚びることはしない。花は、遠目には赤、白、黄、紫などの色として見られるが、近づくと様々な形、様々な仕組み、様々な色合いに驚かされる。人工のデザインではとうてい及ばない自然の巧みさがあり、だからこそ人の心を動かし癒すことができるのであろう。
花は、いつでも、どこから撮っても美しいと思われがちであるが、そうでもない。開きすぎたり、変色した花びらが混じっていたり、おしべの形が不揃いだったり、光の当たりかたが悪かったり、背景の物や色合いが邪魔をしたり……。まずは撮影条件が最適の花を見つけ出すことが大事である。その子の目は「私を撮って!」と合図するのですぐわかる。あとはアングルと迫り方を試行錯誤してシャッターを押せばいい。ファインダーを覗いていてドキドキする緊張感が漂うときの写真、つまりその子の虜になっているときの写真は、たいてい後日の評判がいい。
掲載したトップページの写真について、一部のかたから折々コメントをいただいている。そのコメントをもとに、どんな写真が好評なのか考えてみた。
@花の集合体や一部分の形(デザイン)がおもしろいもの(マンサク、サンシュユ)
A背景がシンプルで、色数が少なく色彩がきれいなもの(ロウバイ、サンショウの実)
B朝のスポットライトを浴びたもの(イチジクの葉、キンモクセイ)
C名前は知られているが、通常はあまり見かけない花(ミツマタ、カラスウリ)
Dよく知られた花の、知られない細部の拡大や知られない実(ヤツデ、ハナミズキ)
E幼児のようなかわいらしさが想像されたり、擬人化して見るとストーリーを感じさせるもの(スズラン、カラスノエンドウ)
植物や花の写真をテーマとしたインターネットのサイトは、大学や植物園から個人のものまで数多くあるが、植物学的な正確さに重点があるようだ。私の道は、素人目に「きれい!」と思われる写真、植物に寄り添う視点から季節感、生命の力強さ、温もり、寂しさ、ユーモアを表現し、ご覧の心ある皆様に共感していただける写真を撮りつづけたいと思っている。
撮影のおかげで、日ごろ実物は見ていても知らなかった草木の名前を、この1年間だけでもかなり覚えた。野の草木を見る目や愛着も深くなり、それだけ本来あるべき自然との融和が進んだことになる。これまで撮った写真集を開くたびに、撮影時の空気、周囲の環境、シャッターを押す瞬間のときめき、初めて映像を見たときの感動が一瞬に蘇ってくる。今年いただいた年賀状の添え書きで、少数ながら「見てますよ」「見飽きません」「癒されます」などと書いてくださったかたもあった。声なき声もあるかもしれない。道草撮影は、いまでは私の余生にかけがえのない「道草」になろうしている。
2006.2.26
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