飲み方改革はじめ
昨年12月、酒は少量でも飲み続けると癌などのリスクが上昇するとの研究結果が報道された。私は、これまで適量という条件付きで「酒は百薬の長」の言葉を信じて、厚労省の定める「アルコール1日20g(グラスワイン2杯)以下」+αを日々飲んでいるので、価値観が変わるような衝撃を受けた。そして最近、新聞で「ソーバー・キュリアス」という言葉を知った。「しらふ好き」とか「飲まないことを好む」と訳されているが、あえて飲まないのがカッコいいという米国での新しい風潮を意味するようだ。ノンアルコール飲料が増加し、ノンアルコールのソーバー・バーまでできている。
昭和生まれの私の飲酒人生を、懺悔をまじえて振り返ってみる。初めて口にしたのは中学時代。塾仲間で大晦日を友人宅で過ごしたとき、出されたウイスキーをキャップで飲んだ。喉は焼けるが飲んでも平気だった。父母や祖父は飲めず、母は奈良漬け1切れで動悸がしたほどだったので、自信が持てた。大学時代には名古屋・広小路通りの丸栄前に並んだ安い屋台で友人たちと、おでんや焼き鳥をつまみに、コップ酒3杯を飲んで帰ったことを覚えている。
サラリーマン生活になってからは頻度が増した。20時近くまで残業している日には、誰が誘うでもなく有志で居酒屋へ向かい、ビールと熱燗を飲んで帰った。もっと長い残業が見込まれる日は、夕方に近くの居酒屋でビールを飲みながら腹ごしらえし、気合を入れ直した。歓送迎会、新年会、まとまった仕事の打ち上げ会も、酔いのおかげで先輩たちと気後れせずに語り合えた。麻雀をしながらのコップ酒は決断力を高めた。管理職になってからは、同僚との公私にわたるコミュニケーションツールとして、進んで足しげく居酒屋へ通った。上下関係にも、部門間の意思疎通にも、私にとっては大いに役立ったと思っている。
40代になってからパックツアーによる海外旅行を始めた。お酒が普通に飲めたおかげで会話が弾み、その場が打ち解けたばかりではなく、その後の交流にもつながった。スイス旅行では、帰国後も岐阜県中津川市(旧加子母村)で、10 年ほども山菜狩りなど定期的なお泊り会を楽しめた。他の旅でも、お酒が飲めなかったら、ここまでメンバーと親しくなれなかったと思うことがよくある。会社関係でも、お酒の手助けを得て、20代の岐阜支店時代の同僚たちと退職後にパックツアーを13回も継続できたし、40代の長野支店時代の戦友たちとの定期的交流がまだ続いている。
お酒は良いことばかりではない。若いころの失敗談は山ほどある。最終電車に乗り遅れたのは、数えきれない。最終に間に合っても名鉄本線から須ケ口駅で津島線へ乗り換えるはずが、次の国府宮駅まで乗り過ごしたことがあった。うまく乗り換えても、うとうとして最寄りの津島駅を通過し、次の日比野駅とか佐屋駅まで乗り過ごし、お迎えのマイカーの怒りをよく買った。最悪は、静岡へ出張した帰りに新幹線で名古屋を乗り過ごして京都駅周辺のホテルで泊まり、翌朝、直接出勤したことだ。
会社で迷惑をおかけしたことでは、本店で入社6年目頃の仕事の打ち上げ会のあと、今は亡き上司のお宅に皆で出向いたときのこと。終わりがけにウイスキーの水割りのコップを、隣にあった水のコップと取り違え、一気飲みしてダウンした。先輩が肩車で階段を下りる途中に転んで額を怪我し、私は無傷だった。そのまま深夜にタクシーで自宅の玄関まで死体のように意識不明で運び込まれ、結婚後間もない妻は仰天した。翌休日、2人で関係者にお詫びして回った苦い思い出が、今もよみがえってくる。そのつど反省はするが、その後も小さな不祥事は後を絶たない。電車やタクシーでバッグや眼鏡などを置き去りにしたり、タクシーで帰宅するとき、自宅への案内が不適切で遠回りしたり、自分が飲み会の代金を支払うべき立場にありながら、支払ったかどうか記憶になく、翌日関係者に確認したり……。
飲酒人生の後半は、酔いよりも味を求めてワインが中心になった。日本酒よりアルコール度数が少し低いので、飲み心地がよい。別稿「ワイン」力に記したとおり、素敵な出会いがあった。いま食卓では、ほかにビールと冷酒がいつも一応スタンバイしている。毎日のように晩酌をしているが、70歳に週1日の休肝日を設け、75歳には2日に倍増した。この歳になると、アルコールが体に決して良くないことがわかる。外食でたらふく食べながら飲んだり、連日多量に飲み続けると、血圧が大幅に上がる。それでなくても、晩酌が良質な睡眠を妨げ、睡眠負債を重ねていることは実感し、やがて認知症に至ることを恐れている。
アルコールが健康を害するという見解は否定できないが、飲むことによる癒しやストレスの解消、交友関係の広がりなどのメリットは無視できない。近年の日本ワインの充実、世界における日本酒の躍進ぶりなど、日本文化の行方にも目と口が離せない。その一方、国内でも、健康志向や節約のため、ソーバー・キュリアスの風潮は、若い世代を中心に今後ボディーブローのように浸透しそうな気がする。さて、孫たちから軽蔑されないためにも、私の飲み方改革はどうするか?妻は今、ソーバー・キュリアスに心酔している。この際、きっぱり断酒するのも選択肢の1つだが、在庫があり過激すぎる。厚労省の新型コロナウイルス対策にならい「不要不急」の飲酒を控えることから始め、徐々に酒量を減らしていく方向で進めることとしたい。
2020.2.26